#66 ルンドラの英雄
ガンマとアルシャーナとヌヌセちゃんが領主特務塔の扉を開けて玄関に入ると、ワルジャークの四本足の四人を描いた絵が飾られていた。
後ろにディルガインとヒュペリオン、前にライトとレウが、それぞれ笑みを浮かべている。
描かれたこの塔の主たちはもう、この塔にはいない。
「邪魔するぜっ!」
と、その絵に向かって手を上げ、アルシャーナはそのまま階段に駆けあがった。
「ほんとに邪魔しに行くんれすもんね」
とヌヌセちゃんが言いながら続いた。
「うまく邪魔できんと、大変なことになるでえ…!」
ガンマも続いた。ガンマはヌヌセちゃんを守るため、ヌヌセちゃんを自分とアルシャーナの間に挟む位置の並びにしている。
ガンマとアルシャーナとヌヌセちゃんが階段を駆け上がり、四階建ての三階まで差し掛かると、ちょうどその塔三階中央の大広間…つまり領主特務塔三階中央大広間で、レルリラ姫が、必殺のプリンセスR(ルー)ストームをフェオダールに炸裂させたところだった。
「ぐはぁああああっ!」
パリィィィン! とメガネが割れた。
吹っ飛ばされたフェオダールは、少し前にフェオダールが外に向けて顔を出していた窓にガシャーンと当たり、そのまま窓を突き破り、頭から地面に落ちた。
「勝ちました。メガネからビームを出したりメガネを出したりする、手ごわい相手でした…」
そう言われてみると大広間の床には割れたメガネがいっぱい落ちている。フェオダールが大量のメガネをぶつけたりレンズの収斂光で攻撃したりしたあとであった。
「ぴい!」
ぴちくりぴーが外の窓の下をのぞくと、三階から頭から落ちたフェオダールは、もう起き上がれそうにない状態になっていた。
「レル、強くなったな」
「めっちゃ力襲覚(エクスクリティカル)でドーピングしちゃいましたわ。明日からしばらくものすごい筋肉痛です」
レルリラ姫はアルシャーナに頭を撫でられてにっこりした。
それからレルリラ姫は広間の隅に飾られている石像を見た。
「皆様、石化されたお父様はここに移されていました」
「ドルリラ王様、このようなお姿になって痛ましいのれす…」
「よし、じゃあさっさと終わらせて王様も戻して差し上げないとな」
と、ヌヌセちゃんとアルシャーナがそれぞれ言った。
「さぁてそうするには…、この三階のどっかに、巨魔導鬼ソーンピリオが邪雷王の封印を解こうとしとる部屋があるはずや」
ガンマが言った。
ライト提供の情報である。
丸い塔内の領主特務塔三階中央大広間をぐるりと取り囲むように放射状に各部屋や窓が並んでいる。レウの部屋やヒュペリオンの部屋もある。
「ここじゃないれすか?」
ヌヌセちゃんが指し示したドアには『ソーンピリオのお部屋・ノックしろよ??』と書かれている。
「そう書かれてるといきなり開けたくなるな…」
がちゃ。
アルシャーナはおもむろにドアを開けた。
そういう行為は絶対にしてはいけないので気をつけてほしい。
「ノックしろって書いてあるだろうが―――!」
アルシャーナが絶対にしてはいけないことをしたので部屋の主のソーンピリオから大目玉がもたらされた。
「わわっ!」
と、つい驚いてしまうアルシャーナである。
すると、フェオダールの部屋の隣の部屋のドアががちゃりと開いて、イズヴォロがアルシャーナの首根っこを引っ張り、再びソーンピリオの部屋のドアを閉めた。
ばたん。
そして、イズヴォロはパチパチパチ…と六拍ほど拍手したあと、緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアを構えてソーンピリオの部屋の扉の前に立ちふさがった。
ちなみに、ソーンピリオが出てきた部屋の隣の部屋には「イズヴォロの部屋。ノックするように」と書かれている。みんなノックしてほしいのであった。
「貴方がた…、外にあれだけうじゃうじゃいた魔王や神機やゴーレム達をみな倒したのですか? 賞賛に値する! 賞賛! 賞賛です! だが、そこのソーンピリオ先生の部屋は関係者以外立ち入り禁止です。この私が立ち塞がりましょう! 迎撃! 迎撃です!」
「じゃあ…ぶっとばすか!」
「やるのれす」
「一気にいこか!」
「ですね!」
アルシャーナとヌヌセちゃんとガンマとレルリラ姫が、順番に構えた。
「邪雷王様の復活はわが主・レウ様の悲願でもある…。この緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアでこの扉を守り、守り、守り抜く!」
そこに、
「イズヴォロよ、貴様ひとりでは彼らの相手は無理だな…」
という低声が響いた。
ドン!
白い天翔樹の葉がひらひらと舞う。
その場の空気を一瞬で粉々に粉砕する威圧感は、ガンマたちに覚えがあった。
「!…」
「ワルジャーク…!」
「ははぁあああああっ! これはこれは砕帝王将ワルジャーク様!」
「イズヴォロよ、わたしが代わろう。
貴様はその大剣を構えてそこに立ち、絶対に扉の前を動くな。そして誰にもソーンピリオによるシーザーハルト復活の作業を邪魔させるな」
「ははぁあああっ! 仰せの通りに! このイズヴォロ、ワルジャーク様の最後の一兵として働く所存! 所存でございます!」
「貴様には昔から世話になるな」
「ははあっ! 邪雷王様をともにお迎えいたしましょう!」
もともとイズヴォロはワルジャークの配下の兵士出身である。その後レウの配下として配属された。
「ワルジャーク…。ケンヤ様とライト様があなたのもとに向かっていたはずれすが…、白狐大帝レウや砕日拳使アイハーケンや、あと…なんかシャボン玉の魔王とかホイッスルぴーぴー吹いてた魔王とか、あとなんか…えっと、なんて言ったらいいのか…えーと。Uターンして帰ったら何もしない魔王…? たちと戦っているのれすか?」
ヌヌセちゃんが尋ねた。
「さっき名前の挙がった者たちはいずれも、もう戦えん」
「!?」
「どういうことや!」
「戦えないとはいったい…」
「ええい、死にゆく貴様らにこまごま説明するのも面倒!」
「ワ、ワルジャーク様、ではレウ様はご無事なのでしょうか」
「イズヴォロまで聞くか。話はあとだ、あと」
「はっ…気になりますが…」
などと話しているうちに、ヌヌセちゃんが仕掛けに入った。
「ケンヤ様たちが心配なのれ…戦いを急ぐのれすっ!
呪文…熱灼獄(アティトゥガ)!」
ゴッ!
と、ワルジャークの足元から中心に一気に空気が熱せられ、真っ赤な魔力が空気をゆがめた。
ワルジャークの身体はどんどん熱せられてゆく。
「総大司教…、貴様を…ここまで始末できなかったのが…改めて悔やまれるっ!」
「ヌヌセちゃんと…呼んでほしいのれすけどね!」
と言いながらヌヌセちゃんはぐっと灼熱の温度を上げてゆく。
「呼ばんわっ! ぐっ…ぐおああああッ!」
ワルジャークがダメージを受けながら右手の掌を開くと、そこに殺意に輝く精霊エネルギーを纏った例の武器が現れた。
四本の角がついた巨大な鉄槌・スフィリカタストロフィである。
そして例によって鉄槌霊ミトラカがワルジャークの背後に現れて声をかける。
「振り回してください…わたしを振り回してください…。鉄槌の下されるべき、このまとわりつく灼熱や、許されざるそこのナマイキ司教に…破壊の鉄槌をお下し下さい…ワルジャーク様…!」
「無論だミトラカ! ミトラカ霊臨ロタシーオマルテーオ回槌超滅(かいついちょうめつ)デトルゥーオ!!!!」
ぶんぶんぶんぶん、とワルジャークは両手で鉄槌をもってぐるぐる回りはじめた。
高速回転で精霊エネルギーが灼熱を打ち消してゆきつつ、破壊のパワーを貯めてゆく。
ヌヌセちゃんが叫ぶ。
「ナマイキで悪かったれすねえ…、すぐおいで、ユールル! 聖泉陣(セイセンジン)!」
その「すぐおいで」の「す」のあたりからフライング気味でヌヌセちゃんの右胸のパネルから聖泉(セイセン)の虹蛇(ウァナンビ)の精霊ユールルが現れ、左胸のパネルからは光がこぼれてこぽこぽこぽこぽ!という水音とともに透明な聖泉陣(セイセンジン)が現れた。
「虹蛇防壁(ウァナンビ・アミナ)!」
シャ―ッ! と、ユールルはヌヌセちゃんのまわりをぐるぐると回り、防壁を作った。
ワルジャークが
「デトルゥーオ!」
と叫ぶと、一気に溜めこんだ回槌超滅(かいついちょうめつ)デトルゥーオのエネルギーを放出させた。
ドゥアアアアアッ!
そのパワーの激しさに、ヌヌセちゃんは纏ったユールルの虹蛇防壁(ウァナンビ・アミナ)と聖泉陣(セイセンジン)ごと、吹っ飛ばされてしまった。
「わぁああああっ!」
入れ替わるようにレルリラ姫が飛び出した。
「技を繰り出して防御のヒマのない今がチャンスですわ!」
すぐさま、力襲覚(エクスクリティカル)による剛腕効果を保ったレルリラ姫が花粉の剣「花豪R粉剣(カゴウルーフンケン)」で奥義をワルジャークに繰り出した。
「花豪R粉剣(カゴウルーフンケン)・王宮剣・轟華絢爛論刀(・おうきゆうけん・ごうかけんらんロンド)!!!!!!」
ブワアアアッ!
「振ってください!!」
鉄槌霊ミトラカがワルジャークに叫んだ。急ぎなので長々とは言わない。
「ディストラクション!!!!」
正式名称は「ミトラカ霊臨スフィリカタストロフィ砕槌永滅(さいついえいめつ)ディストラクション」であるが、取り急ぎ鉄槌がレルリラ姫にも振り降ろされた。
ひゅんっ、アルシャーナはとレルリラ姫のベルトを掴んでぶんっ、と斜めにずらし、レルリラ姫の剣はワルジャークに当たるがワルジャークの鉄槌はレルリラ姫に当たらない、という絶妙な位置にずらした。
ドゥオオオッン!
響き渡る破壊音のなかでアルシャーナはジャンプし、ヌンチャク・幸来棍(こうらいこん)を垂直にまっすぐ振り上げて、必殺の一撃を繰り出した。
「雙節棍(そうせつこん)・空魔殺法棍垂敲(くうまさっぽうこんすいこう)!」
垂直に激しくしなやかに幸来棍を振り下ろす。
そこでミトラカが
「お投げ下さい!」
と言うと同時にワルジャークはぎゅんっ! と、鉄槌を力いっぱい投げた。
「なっ…投げる!?」
「ユールル!」
ヌヌセちゃんが叫ぶとユールルが大きく回って鉄槌の前に来て壁になった。
「シャ――ッ!」
猛烈な破壊エネルギーをまとった鉄槌スフィリカタストロフィは、そのままカーブを描きながら突進し、まずユールル、次にアルシャーナ、その次にレルリラ姫、さらにヌヌセちゃんと、玉突き事故のように一匹と三人を重ねながらぶつかり、壁に当たった。
ヴィォオオオァァン!
「くうっ…!」
技を決めたワルジャークは幸来棍の空魔殺法棍垂敲(くうまさっぽうこんすいこう)は避けられなかったので、しゃがんで頭を抱えながら、
「ミトラカ霊臨フリーゲンハンマー投槌飛暴(とうついひぼう)ドイヒゲ―エン…、了槌(りょうつい)ッ…!!!!!!」
と言い、手を高くかかげると、ひゅん、と鉄槌はワープしてまた、ワルジャークの手に戻った。
だが、そこにすかさずガンマの詠唱が聞こえる。
「タケティーンタケティーン霆々(ていてい)たる巨なる柱、
ブヤシミ・トゥイ・タケティーン霆々たる巨なる柱の災い、
降りかかる許しを得てここに控えし霆々たる柱…」
ミトラカがさらにワルジャークに言う。
「五文字魔法が来ます! お防ぎください、わたしでお防ぎくださいワルジャーク様!」
「う…ううっ…」
「傷んでいる場合じゃないですワルジャーク様、急いで!!」
「む、無論だっ…ミトラカっ!」
「はやく!」
ざっ、とワルジャークは立ち上がり、
「ミトラカ霊臨モーロトシチーオ回槌防盾(かいついぼうじゅん)ザシチータ!」
と言って鉄槌スフィリカタストロフィをバトントワリングのように高速で振り回すと、巨大な盾のように防御帯がワルジャークの周囲に形成されてゆく。
ガンマは
「究極呪文(アールスペル)…、降災巨霆柱(アウォキジャッスール)!!!!」
と、五文字魔法を発動させた。
ガンマに放たれた霆(てい)系五文字魔法「降災巨霆柱(アウォキジャッスール)」は、天井から巨大な太い稲妻の柱を勢いよくワルジャークの頭上から叩きつけた。
「ぐわぁあああああっ!」
「うっ…うおおおおおおおっ! 降り続けや巨霆柱(ジャッスール)ぅううううっ!」
バリバリバリバリ・・・・・ッ!
ガンマが、太い稲妻の柱を絞るように濃縮させてゆく。
リヴィヴェエリスを倒したときにはこの領主特務塔よりも太かった「降災巨霆柱(アウォキジャッスール)」は、濃縮されてワルジャークの身体を包むくらいの細さになっていく。
「こ…子供が…このような五文字魔法を…使うとは…っ!」
「どおおりゃああああっ!」
ガンマの稲妻はどんどん勢いを増す。
「な…なんという魔力(フォース)…父親ゆずりだな…ガンマード=ジーオリオン…!」
「ち…父親…やて…? わいの…?」
稲妻に耐えながらワルジャークはガンマにそんな話題をし始めた。
「なんだ…知らぬのか…? 貴様、ジーオリオンという名であることは把握しているのだろう?」
「どういうことや…? せやから…なんやねん…!」
「貴様の母親のことも知っているぞ?」
「…なんでや…? それは…どういう…」
「ふむ…知らぬならば…貴様は、知らぬままここで死んだ方が良い…な!」
「…なんや知らんけど…死にかけとるのはおんどれのほうじゃ…!」
「ふっ…この…砕帝王将ワルジャークを…舐めるなよ…ジーオリオン…っ! もっと高まれ…ミトラカ霊臨モーロトシチーオ回槌防盾(かいついぼうじゅん)ザシチータよ…ぬうううああああああっ!」
ブオワアアアアアッ…!
鉄槌は激しく闘気を放ち、攻防一体となった。
そしてその身に降りかかる強大な五文字魔法とその術者を破壊すべく、一気に暴走した。
ドォォォオオオオオォォ…ン…
「うっ…うわあああああっ!」
ガンマはワルジャークのフルパワーに吹っ飛ばされ、稲妻の柱も霧散していった。
ザシャア…。
「み…みんな…無事か…?」
「ええ…」「なんとか無事れす…」「だ…大丈夫だ…」「シャ―ッ…」「ぴい!」
「よかった…」
倒れたガンマの問いに、同じく横たわったままの三人娘と一匹蛇と一匹鳥が返事した。
ちなみにこういう時、ぴちくりぴーは遠く離れて見てるだけなのでノーダメージである。
「うう…」
と、苦しそうにしながらヌヌセちゃんは倒れたまま左胸のパネルに手を当てて聖泉陣(セイセンジン)をさらに広げて、ガンマのほうまで防御の面積を広げてゆく。
「そ…それからワルジャーク…、わ…わいは…誰と誰の子なんや…?」
そうガンマが問うと、ワルジャークは息を切らしながら、すっ…と、鉄槌をガンマに向けた。
「はあ…はあ…はあ…。
…御雷(ミカヅチ)のガンマードよ。その話はここまでだ。わたしの進めるべき話ではない。
き…貴様、この戦いで生き残れば、じきに直接知ることになるさ。
そうして…真実を知るよりも、ここで死ぬことを勧めたい。
そのためには…貴様ら、大丈夫ということでは困るのだ…!」
「な…なんやてえ…!?」
「五文字の返戻(へんれい)に…、貴様らみな、わたしの五文字も浴びて逝け!」
ワルジャークが高く鉄槌を空に掲げると、破壊神コロスクロスを力源とする莫大な黒い魔力(フォース)が、まるで雲形定規で描いた集中線のようにカーブを描いてどんどん集ってゆく。
「ホナナーホホナナーホ ホナナーホホナナーホ…。
甲乙の根本広く遠く勘ぐれば内なる潰(つい)えし田園の多牢(たろう)ブギり連なるは道ぢるく道ぢるく気ぃつけて行かれぃ気ぃつけて行かれぃと壊破(かいは)の神申す滅亡の時…!」
余談だがここの詠唱で言われる「ぢるい」というのは「ぬかるんでいる」という意味である。
「究極呪文(アールスペル)…、…壊破瑛潰熄(ヴーギィーレーン)!!!!!!」
カーブを描いて集った黒い魔力(フォース)たちは、びゅる"る"る"!と鈍い音を立てて液体のように地面にぶわっと広がり、ぢるい黒沼がワルジャークの足元から一気に突き進んでガンマやアルシャーナ、レルリラ姫、ヌヌセちゃんのいる方向へ広がった。
ヌヌセちゃんの広げた聖泉陣(セイセンジン)はバチバチバチと抵抗するが、しゅわじゅわバシバシと音を立てながら液量を減らしてゆく。
そして一気に反応を起こして大爆発した。
ヴォオガァァァアアアアン!!!!!!
「…了文…ッ!」
ワルジャークは片膝をつき、鉄槌を構えたままそう叫んだ。そして
「おそるべしは聖泉陣(セイセンジン)の防御力か…、五文字魔法にしては…破壊が甘くなったな…」
と、つぶやく。
「うぐっ…」
ガンマたちは地面に倒れている。
「シャーッ…」
「よく威力を削いだのれす…ユ…ユールル…」
ヌヌセちゃんは倒れたまま、その傍らで目を回しかけているユールルの頭をなでた。
「もう少し…破壊が必要だな…」
とワルジャークが呟いたところで、
ガシャーン! と、窓が割れて、飛竜が飛び込んできた。
「グワアオオォーッ!!」
「トムテ!」
「無事かい? 姫さん!」
どさっ、と、トムテは抱えていた二人と、もうひとつ、「何か」を地面に下ろした。
「ケンヤ! ライト!」
レルリラ姫が叫んだ。
トムテの運んできたケンヤとライトは気絶したままだった。
「ほかの聖騎団の連中はもう何日も戦いすぎてもう戦えねえんだけどよ、オレは姫さんのポーションで傷口を塞いだ後、また行けそうになったからレックスの旦那に断ってひとりで城内に入ったんだ。行けるのに行かねえってのは聖騎士レックスの騎竜として納得が行かねえかんな!
あちこちでドンパチしてるのはわかったが、どっちに行ったらいいんだぁ?って思いながらよお、とりあえず一番高い建物の上がメイン会場だろうと思って迷いながら行ってみたらよ、このふたりが倒れてたってスンポーよ! そしたらこの塔からどっかんどっかん爆発が漏れてたのが見えたから、連れてきたぜ!」
「で…でかした、トムテ…!」
アルシャーナが言った。
「ケ、ケンヤ様たちは…大丈夫なのれすか?」
と、心配するヌヌセちゃんに答えるようにガンマは視線を合わせ、少し手を上げたあと、
「メルカフーイメルカフーイめくるめく癒しの者に癒されの者カーミリア駆けがけ滋養の使いめくるめく! 超呪文(ネオスペル)・統周複身(トージェアルギオン)!」
と、すかさずガンマは、ライトとケンヤ、そして自分たちに範囲回復魔法をかけた。
光が輪を描き、みんなの傷が塞がってゆく。
「竜ふぜいが…、堅牢の鉄籠を一体どのように破ったのだ」
「どうやってってそりゃ、リモコンが普通に置いてあったからよ…」
「なるほど。…で、なぜ『それ』を持ってきた?」
ワルジャークが尋ねた。
トムテは、ワルジャークの部屋からライトが幼いころに使っていた三輪車を持ってきていたのだった。
「マッキーで『ライト』って書いてあるからよ…」
「それは…持ってくる理由になるのか?」
「つまり、ライトが子供の頃に使ってたんだろ。こいつをお前は、部屋に置いて大事にしてるんだな…って思ってな」
「…だから…持ってきてどうするというのだ?」
ワルジャークは右手で頭を抱えて、目を細めている。
「親の気持ちっていうのは…オレもまだ十分にはわかってねえけどよ、大きなもんだ。大きなもんなんだっていうのは…ちっちぇえ頃には当たり前だと思ってたことだけど…、最近特によく…感じてるんだ」
「だから…何だ?」
「これを持ってきたらどうなるのかなんて、わかんねえよ? だけど…お前のそんな困った顔が見れた、つまりな、オレはお前を困らせたってわけよ。なんで困ってるのかは…お前の心の中にあるんだろ? そいつをもっかい自分の心と向かい合って見つめてみろよ、ワルジャーク」
「砕W破(サイウーハ)!!!!!!」
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォァァァァーーッ!
ワルジャークは両手から波法を放ち、トムテの左右からトムテの身体に絡まるように高速で捕え、ぎゅおっ! と旋回し、さらに爆発した。
「ひとの事情に…踏み込んでくるな…ッ!」
「グォワアアアアッ!」
ざしゃあ…、とトムテが悲鳴をあげて、地面に転がった。
「トムテ…っ!」
と、よろよろとレルリラ姫がトムテに近寄った。
「う…ううっ…」
トムテは気を失ってしまっていた。
ばっ、とそこに、回復して目を醒ましていたライトがトムテの前に立った。
「じゃあ…、当事者が代わって、踏み込ませてもらおうか…!」
ライトは星導聡流剣を構え、背後の仲間たちを守るようにワルジャークを見据えた。
「ライト…。下がれ。お前はすでにわたしのパピリオインフェルヌスツアーや飛槌絶砕タドミールを受けて敗れ去ったのだ。再び傷口を塞いでかかってきても同じこと…!」
「どうかな、ワルジャーク様。あなたは本当はお優しい方だ。あなたが長年愛情をこめて育てたこの僕は、あなたは殺せない」
「ライト、さきほども半殺しにされておいてよく言うな!」
「まあ半殺しまでだろうね。それこそまさに『同じこと』さ」
「ライト…わたしを侮辱するなよ…?」
「いや…違う。あなたのなかにはまだ、そういう素晴らしさがある、ということなんだ」
「何を言うか!」
「ワルジャーク様。あなたは…魔王となって長い年月を過ごしても、さらに三大魔王と呼ばれるまでになっても、人間の心を完全には失っていないんだ。
僕は…貴方に育てられたから…よくわかっている。
風帝を憎むのも、下界の支配を目指すのも、本質的には世界を、人間を守るため。
きっかけはルンドラの民を守りたいという気持ちから始まっていること。
それが、世界のために戦いたいというワルジャーク様の気持ちにつながった。
それは…その風帝のいる蒼い風の理念と根本では同じなんだ。
ただ、やり方が、違うだけ…! そこで、間違ってしまっただけ!
だけど根本では、同じ!」
「お…同じだと…、いや…違う! 間違いがあってからでは遅いのだ…! ブルーファルコンは、世界を滅ぼす力なのだから…!」
「いや、僕は思うんだけど…ブルーファルコンが世界を滅ぼす状況に追い込まないことが、魔王のできる、この世界の保全ではないのかい?」
「…!…」
「本来、ブルーファルコンは世界を救うための力として存在しているんだ。ケンヤはそうしている。だから、ずっとそうさせるよう…僕は、ケンヤに、ブルーファルコンに寄り添いたい! そして…」
「…そして…何だ?」
「ワルジャーク様も、そうあるよう、考えを改めてほしい!」
「今さら…そのようなことが…できるものか!」
「今さらでなければ出来ると考えるのなら、いつでも出来ると思うべきだ! 考えを変える勇気をもって!」
「何だ…何だというのか…、わたしは…もしや…」
「すでにあなたの中には答えがあるのさ。すでにそこのトムテも言ったように」
「わたしは…すでに…考えが…変わってきている…?」
ケンヤも傷口がふさがり、背後でその会話を聞いた。
「ワルジャークの考えが…変わってきている…だって?」
ヌヌセちゃんがケンヤの傍らで回復のお札を貼りながら
「これは…流れが…変わりますれすね…!」
と言った。
「…待て…ッ! 待て…、…ちょっと待て!」
ワルジャークは、ばっ、と広げた手のひらをまっすぐ前に向けた。
「いや…落ち着かせてもらおう…。
聞け。わたしには真実よりも本心よりも、大切なものがある。
それは、わたしの大魔王としての、砕帝王将としての、誇りだ!」
「まだそんなことを言うのかい?」
「言うわ!」
「あなたは、本心に背くことであなた自身の誇りを蹂躙していることに気付きたまえ、ワルジャーク様」
「それは…わが誇りへの侮辱ととらえさせてもらう…ライトよ!」
そこで、鉄槌霊ミトラカが再びワルジャークに語り掛けた。
「ワルジャーク様…。何がご自分の本心なのか、など、他人に決められるものではございません。
それはワルジャーク様ご自身の行動でお決めくだされば良いのです…。
その誇りもまた偽りなき本心!
わたしを振るも本心、振らぬも本心、そして迷うもまた本心なのです…。
すべてワルジャーク様の思うがままに。
敵に自分に物理に心に、鉄槌をお下し下さるも下さらぬも自由!
自由も自由、大自由!
さあ、お決めください…!」
「そ…そうか…?」
「まだどこか迷っていますねワルジャーク様。その迷いもまた、真実。
わたしは…ついてゆきます! さあ、お思いの行動を!」
「ミトラカ…、…よし!」
ワルジャークは鉄槌スフィリカタストロフィの柄をぎゅっと握り、ドン! と気を溜めた。
「…いま、ここは戦いの場! それ以外の場ではないッ!」
「ああ…お決めになりましたね! ならばお握り下さい…わたしをお握り下さい! わたしをぎゅっと…もっとぎゅっと、離さぬようにお握り下さい…! あっ…ああっ! そうです! そう!」
「行くぞ、我がミトラカ!」
ドン…! ドンッ…!
二段、三段、とさらにワルジャークの気が高まり、鉄槌にエネルギーが蓄積されてゆく。
「アッ…! アッ…!」
蓄積されるごとにミトラカが声を上げる。
「ワルジャーク様…、わかったよ…、まだここが戦いの場であると言うならば、
それならば僕がここを、戦いの次の場に進めるまでっ!」
ぶおおおおおっ、とライトの魔力(フォース)が高まった。
「ランウィニーン・ランウィニーン…
輝きはますます秘めよ薄きシャツの預言者よ
ランウィニーン・ランウィニンヴィナセス…
迷い時は駆けよ向かえよ星に尋ねよ雫のオーロラよ
惺々(せいせい)に勝りし神々をかえすがえすも揺れる未来にここに験(ため)せ!」
ライトが魔法詠唱に続いて魔法本文に入ると、詠唱ではなぜか薄いシャツの預言者になぞらえられた光るオーロラから雫のように彗星のような巨大な魔力エネルギーがいくつも轟音を立ててワルジャークに迫った。
「超呪文(ネオスペル)…惺神験勝(アテナヴンダーウィニング)!!!!!!」
ゴヴォヴォウォオアアアアアアアッ!!!!!!
「あっ…ああああっ…、ワルジャーク様、お撃ち下さい、わたしからお撃ち下さい、この積み重なり絡み合うわたしとワルジャーク様より出でし破壊の結晶を!」
ミトラカの高揚した掛け声が合図だった。
ライトの放った惺神験勝(アテナヴンダーウィニング)に対し、ワルジャークは三段の発動で溜めこんでいたエネルギーを一気に放出して迎えうった。
「ミトラカ霊臨パティッシュヘメトレー狙槌波葬(そついはそう)レキヴール!!!!!!」
ゾゥズォボオオオォォォォアアアアアッ!!!!!!
スフィリカタストロフィより発射された三重の斬波がライトの四文字魔法と激突した。
ヴァリヴァリヴァリヴァリヴァリ・・・ッ!
四文字魔法はじりじりと押されてゆく。
「うっ…ぐっ…ぐぐぐぐ!」
「さあライトよ、このまま突き進めば、魔法の攻撃エネルギーも、こちらのものにできるぞ…!」
「くっ…!」
「あきらめんなライト! 雷盾王聖円盤(らいじゅんおうせいえんばん)!!!! らあああアアアアアッ!!」
そこでガンマが盾を呼び出して、ライトと波撃の間にすべりこんだ。
ババババババババッ・・・・と、惺神験勝(アテナヴンダーウィニング)と狙槌波葬(そついはそう)レキヴールのふたつの奥義がガンマの盾を攻め立てる。
「どうかな? いくら雷盾王ゆかりの伝説の盾でも…ふたつの奥義の破壊の前には…簡単には防げまい!」
「ガ、ガンマ、大丈夫か!」
「う…うおおおおおああああっ!」
「亡ι簸(ボウイーハ)ッッ!!!!!!」
そこで、思いがけず、イズヴォロが波法を繰り出した。
グォオオオアアアアッ…
パァァアン!
扉の前の位置をワルジャークの言いつけ通りに動かないままイズヴォロが放った緑色の波法は、カクカクと曲がりながらガンマの盾の裏側から弾き、この攻防の行方を大きく変えた。
ドゴォオオオオオオオンッッッ!!!!!!
大きな爆発が起こった。
がらがらん、と弾かれた雷盾王聖円盤が落ちた。
「ガンマ!」「ライト!」「ガンマ様!」「ライトさん!」「ぴい!」
もわもわと立ち込めていた煙が晴れると、ガンマとライトが倒れていた。
「はあ…はあ…はあ…、助かったぞ…イズヴォロ」
「ははぁっ! ありがたき幸せ!」
イズヴォロがかしこまった。
そこに、階段で上がってきた報告兵ツァインバヌトリが到着した。
「ワルジャーク様、いまご報告よろしいでしょうか」
「いま…戦闘中だ…あとにしろ、有能なるツァインバヌトリよ」
「急ぎの要件です」
「…申せ」
「レウ様がお亡くなりになったとの話だったので、そのご遺体を探させて頂いていましたが、冷蔵庫に封じられているのを見つけました。以上です。ラブレターもまた書きましたが、それは戦闘が終わってからお渡しします」
ものすごいことが書いてあるのだ。
「ラブレターはさっきもらったのもまだ読んでおらん。…いらんと言っている…。任務ご苦労。下がっていろ」
それもものすごいことが書いてあるのだ。
「では…、必ずご勝利を。ワルジャーク様」
一礼し、そそくさとツァインバヌトリはまた階段を下りて行った。
「ライト…どういうことだ?」
「…思った…より…驚いて…いないね? ワルジャーク様…」
「お前のそれまで言葉や態度からどことなく、レウは死んでいないのでは?と思わせるところは、ややあった」
「…ほっとした表情をしているね、ワルジャーク様」
「…よかった…」
「…また…泣いてるのか? ワルジャーク…」
「泣いておらん。…そこにいちいち踏み込むな、ケンヤ=リュウオウザン」
すこしワルジャークの瞳には潤いが見える。
「ライト、貴様はさきほど、わたしとともに戦えと言ったか」
「そういう話は…した」
「だが勝ったのは、わたしだ」
「…まだ…負けてない…」
「私の方が強いが、お前の言うこともわかるから、わたしがお前の側に少し寄ろうと言っているのだ」
「!?」
「ライト。そして蒼いそよ風の諸君。わが軍に加われ。ともに世界を統べる力となれ。
来てくれるならば…考えを改めよう。わたしも、ブルーファルコンとともに寄り添う覚悟を決めよう。
わが師・邪雷王シーザーハルトは、きっと賛同すまい。だが、復活させた恩義を示し、説得を試みる。
それが…わたしの出来る、精一杯の心変わりだ」
「!!」
「ワルジャーク…お前、オレたちの仲間になっていいと言ってるのか?」
「…部下になれと言っているのだ」
「本当に…ブルーファルコンの存在を、認めるのか?」
「…ライトがいてくれることと…この戦いが…私を変えた。
貴様たちにチームとしてしばらく議決をとる時間を与えてもいい。どうだ? リーダーは神風(カミカゼ)のケンヤか。どうだ」
「ワルジャーク…。あんたの心変わりは最大限に評価するけど…オレ達はあんたの部下には、ならない。議決なんかするまでもない」
「…共闘はするか?」
「…何と戦うんだ? 状況次第だ。例えば下界軍と戦うっていうなら共闘しない。それならむしろあんたと戦う。
だけど魔界や地底や異空間とかが攻めてくるっていうんなら…、どうかな、うーん、やっぱそれでもオレ達は…オレ達でやるかな。…でもそういうことなら…勝手に助けてもらっちゃうことはあり得るか」
「…ケンヤ=リュウオウザン。状況を把握しろ。
いま貴様たちはこのワルジャークの圧倒的な力を前に、全滅寸前なのだ。
だが、息子同然のライトのコネクションもあり、生きながらえようとしているのだ。
この大魔王が、砕帝王将ワルジャークが、貴様達を認め、今後はともに戦おうと言っているのだ。
考えろ、こんなチャンスはない。考えろ!」
「な、なにを! まだ戦いは終わってない…!」
「ワルジャーク様、わたしは反対です!」
「…なんだと? イズヴォロ!」
「反対も反対、大反対いたします! ブルーファルコン打倒は魔王の王たる邪雷王シーザーハルト様の主是のひとつ。我が主レウ様もこれは絶対としています。一兵卒の頃より長年ワルジャーク様につき従ったわたしですが、そのようなお考えの変容は、もはや謀反に等しい。到底、到底到底、見過ごせません!」
「…わたし自身、先程考えを変えたのだ。混乱は当然と言えよう。だがイズヴォロ。今は持ち場に集中せよ。話なら、あとで聞く」
「なりませんワルジャーク様、あなた様はいま神風のケンヤに勧誘を拒否されたのです。いまここではっきりと、蒼いそよ風を迎えることは諦めると申し上げ下さり、引き続き蒼いそよ風を打ち滅ぼし下さい! でないと、私は納得いたしません!」
「ワルジャーク様、その考えは…諦めないでいい。別に、交わらなくてもいいんだ。すこし同じ方向を向けるならそれもいいじゃないか。お互い想っていられるなら…同じ場所にいられなくても、いいじゃないか!」
ライトがそう言った。
「裏切者の言葉に耳を貸してはいけませんワルジャーク様!」
「すこし黙れ、イズヴォロ」
「……!」
「わたしの元を去りたいなら、去れ。長らく世話になったな。心から礼を言おう。
そして貴様はシーザーハルトの軍門として、貴様自身の意思でその扉を引き続き守っていればよい。…それならば、異論はないな?」
「…それならば…異論はない!」
「敬語をやめたか…?」
「………」
そこから、イズヴォロはワルジャークに返事をするのをやめた。
その間に、ケンヤ達は立ち位置を調整していた。
ケンヤ、ガンマ、アルシャーナ、レルリラ姫、ライトの五人が横一列に立ち、その背部でヌヌセちゃんが聖泉(せいせん)の錫杖(しゃくじょう)・モハディス・ナフラ・カッカラーを構えた。
しゃーん、しゃーん、しゃーん、と錫杖の音色とともに、ケンヤ達五人のまわりに聖泉陣(セイセンジン)が広がってゆく。
ケンヤが言った。
「ワルジャーク。オレ達は…あんたに勝つ。
あんたの心変わりは評価する。
だけど、あんたの犯した罪はウイングラードの掟の下で裁かれる。
もうあんたは、それだけの罪を重ねに重ねたんだ。わかるだろう。
あんたは処刑されるかもしれない。封印されるかもしれない。幽閉されるかもしれない。
それでももしも…、もしもあんたがオレ達と共に戦えるとすれば、それはウイングラード王国の許しの下であんたがオレ達と共に戦うことが許され、なおかつオレ達がそれに合意するならば、という過程を得てからだ」
「このわたしに…ウイングラードの掟に従えだと? 貴様たちを認めて手を差し出したわたしに…、そしてルンドラの独立を求めて戦ってきたわたしに…いま、それを言うのか?」
ライトがそこで
「ワルジャーク様、あなたはこれから僕たちの技で敗れるんだ。そうすれば、あなたはもっと…考えを変えられる」
と、言った。
「わたしが…敗れるだと? そのような技があるものか! 貴様らもうほとんど体力があるまい! 出来てあと、一撃かそこらといったところだろうが…!」
みんなもう体力がなく、出来てあと一撃だろうというのは、事実だった。
それぞれ強大な魔王達との戦いを経てワルジャークにも痛めつけられているのだ。
回復魔法で傷は塞がっても、蓄積されたダメージは限界に来ていた。
だが。
ワルジャークを倒す技がないか?といえば皆、そういう認識では、なかった。
「そのような技…あるよな、みんな」
「あるね…!」
ライトとケンヤが言った。
「いよいよ…五人で、あれをやる時が来ましたのですね!」
「ニャンチェプールの輪投げ競技場のすぐそばの港での、アトマックとの再戦時にやる予定だったけど、出来なかったからな…!」
「今度は、決めるでえ!」
と、レルリラ姫、アルシャーナ、ガンマが続けて言った。そしてケンヤが叫ぶ。
「百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)だ! 風来風来風来…!」
「「「「百華星撃・蒼空風雷撃!」」」」
ガンマ、アルシャーナ、レルリラ姫、ライトの四人が技名を復唱した。
「わらひも助力いたしますれす…聖泉陣(セイセンジン)…、追防(ついぼう)の湧き!」
ヌヌセちゃんの掲げた札が輝き、ケンヤ達の足元の聖泉陣が輝きを増し、防御力アップ効果が追加された。
レルリラ姫は、幸運にもその存在にひそかに歓喜していた窓際のレンガとレンガの隙間に咲いているイシガキスキマスキスキミニデージーの小さく黄色い花を視界に入れて、華法のステッキ・華粉翼王女杖(カフィングプリンセスワンド)を構えた。
『リリンレレレルリ・ルールララ☆
わたしの心は五輪挿し。ひらけ門花よ門花よひらけ・
ひらいてひらいて、イシガキスキマスキスキミニデージー!』
門花となったイシガキスキマスキスキミニデージー(漢字で書くと石垣隙間好き好きミニデージー)が五色の光を放ち、五種の花粉が召喚されると、五陣の華法陣が形成されていく。
そこでレルリラ姫は華法と平行して三つの魔法を唱えた。
「呪文…力襲覚(エクスクリティカル)! 呪文…覚英知(イワンシーク)! 呪文…覚疾速(カールインス)!」
そして、さらに華法を仕上げた。
『五輪挿し華法…百華花壇群(ヒャッカカダングン)!』
ごうっ!!
数えきれないほどの無数の光の花びらが舞った。
パワーとフォースとスピードの三つのステータスを上げる魔法が華法陣により増幅されてケンヤ達五人を包んでゆく。
「連携技か…、さ…させるものかっ!」
ワルジャークが鉄槌を持ち上げたところで、魔法効果でスピードアップしたライトが剣波を浴びせた。
「星導聡流剣・剣義!! 星撃L牙玲央(アステールエルガレイオン)!!」
彗星のような猛烈な剣波の一撃が縦方向にL字を描き、ワルジャークの上空からまっすぐに降り続いて、留まった。
「ぬ…ぬおおおおおっ!!」
「レル…素晴らしい華法だ! 威力が…増している!」
ライトの星撃L牙玲央(アステールエルガレイオン)の剣波がワルジャークに降り注ぎ続ける。
「よおっし! 出でよ、閃空域(センクーイキ)! …だだだだだだだっッッ!」
アルシャーナは蹴り上がり、空中の立方体の八方に八閃の蹴撃を入れて、極限に圧縮された「閃空の空域」を掴んでワルジャークにぶん投げた。
「だあっ!」
「…! う…動けない…だと…、この…わたしが!」
閃空域(センクーイキ)と星撃L牙玲央(アステールエルガレイオン)のふたつに捕らえられたワルジャークはますます身動きがとれない。
「いっけえケンヤ!」「ぴいいいいい!」
アルシャーナとぴちくりぴーが咆吼(ほうこう)した。
「風矢陣(ふうやじん)アネモスヴェロス!」
ケンヤが風の矢・アネモスヴェロスを放った。
「おぉおおおりゃあああ! 風の矢(アネモスヴェロス)に混ざれっ! 呪文(スペル)・雷散弾(ライオサンガ―)!」
ケンヤのアネモスヴェロスに、ガンマの雷の弾道が追尾して混じり合い、ワルジャークに向かっていった。
「追撃が来ます! お防ぎください、わたしでお防ぎくださいワルジャーク様!」
ミトラカが回槌防盾ザシチータの使用を促したが、そうもいかなかった。
「う…動けんのだ…!」
「お動きください、ワルジャーク様、男でしょ!!」
「む、無論そうだがっ…関係ない! 動けんものは動けんっ!」
「はやく!」
「ぬあああああっ!」
さらに追って、アルシャーナとレルリラ姫とヌヌセちゃんが波法を追加した。
「空Ξ閃(クークーセン)!!」「R輪芭(アーリンバ)!!」「泉N波(イズミンパ)!!」
ドヴヴォオオオオオオァァァァアアアッ!!!!!!
「ライラニワーノ ライクロヒューン
雷の賛歌 雷の賛歌
パトライック ライエムボマー 雷の賛歌…
超呪文(ネオスペル)…ッ!! 魁啻電雷(スパークライズマ)!!!!!!」
ガンマもさらに四文字魔法を追加した。
「うおおおおおっ…さらに高まれ…星撃L牙玲央(アステールエルガレイオン)!」
ライトは剣波をさらに出力アップさせてゆく。
ドゴオオオォォォン…!!!!!!
激しい爆発が起こった。
ワルジャークが爆風で舞いあげられていくなか、ケンヤはかぎ爪の構えで両手を不規則にぎゅんぎゅんと回し、X字の収束した風のかたまりの端を持って、力いっぱい、さらに回転させた。
「神風突風扇(カミカゼトップウファン)!」
ゴウォオオオオオオッ!
絡まったすべての風が解放され、巻き起こった猛烈な突風がワルジャークの身体を襲い、そのままカーブを描いて地面に叩きつけた。
どしゅうう・・・・
ワルジャークの身体は、大の字になって倒れていた。
「決まった…」
どしゃあ…、
と、ガンマ、アルシャーナ、レルリラ姫、ライト、ヌヌセちゃんも、倒れた。
立っているのは、ケンヤだけだった。
「大丈夫か、みんな…」
「もう…体力が…ありませんわ…」
「ぼ…僕もだ…」
「…なんか予定してた連携より…連携の技数、増えたんだけど…」
「…わらひが…増やしました…!」
「技名…変えよう」
「はいガンマ、即命名…」
「えーと…、百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)・聖(ひじり)!」
ヌヌセちゃんのエレメンタルは「聖泉(セイセン)」なので、技名に「聖(ひじり)」が追加された。
そのとき、目を醒ましたトムテが
「がああああ――――っ!」
と、ワルジャークに轟炎を吐きかけた。
赤い輝きが勢いよくワルジャークを焦がしてゆく。
焦げ臭さが充満し、トムテもまた、再び倒れた。
「はあ…はあ…オレも…足しといてくれるかい…?」
「はい…ガンマさん、命名してあげてください」
倒れながら、レルリラ姫が要請した。
「えーと…、牙(が)・百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)・聖(ひじり)!」
トムテのエレメンタルは「牙鐔(ガヒョウ)」なので、技名に「牙(が)」も追加された。
「牙(が)・百華星撃・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)・聖(ひじり)…、了撃!」
「「「「「了撃!!!!!!」」」」」
そして、七人が終技を宣言した。
「スペシャルバージョンになりましたわ!」
ぴちくりぴーが慌てて、倒れたワルジャークのところにやってきて
「ぴい!ぴい!」
と、くちばしでつついている。
彼女にとってはものすごい必殺奥義である。
必殺といっても必ず殺せないが。
ひと通りつついたあと、ぴちくりぴーはガンマやレルリラ姫やケンヤの周りを飛び回った。
「ぴいぴい? ぴいぴい?」
と、訴えている。
「自分も攻撃したから技名に足してくれって言ってますわ」
「うーん…」
「難しいなあ…」
「減るもんじゃないし足してあげたら?」
「うーん」
ケンヤはそこで、こう言うことにした。
「いいか、ぴちくりぴー!」
「ぴい!」
「さっきの『ソークーフーライアタック』の『ー』の部分は『ぴちくりぴー』の『ー』とする!」
「みっつも技名にあなたの名前が入ってますわ、ぴちくりぴー!」
「ぴい! ぴい!」
レルリラ姫にそう言われたぴちくりぴーは、嬉しそうにぱたぱた飛び回ったあと、また広間の隅に戻っていった。
すると、
「お…恐るべき連携攻撃だ…」
がしゃあ…、と、その身にまとわりついた瓦礫を振り払って、ワルジャークが立ち上がった。
「ま…まだ…立ち上がっただって…?」
「なんだ…立っているのは…貴様だけか? ケンヤ=リュウオウザン…」
「オレだってギリギリだけど…、いい機会だ…。破られたΦ凰斬、破られたままにはしない」
「そこにこだわるか。いいだろう、何度やっても同じことだ。来い!」
「剣化…風陣!」
ゾン! 戦士剣風陣王が再び刀身を現した。
「盾風壁帯(たてかぜへきたい)!」
ケンヤは高速で風を回転させた盾風を複数並べて、盾たちの壁を作った。
「盾風だと? そんなものを幾つも並べたらΦ凰斬など放てまい! 策が甘いのだ!」
ぐっ…ぐぐぐぐ…っと、ケンヤは前傾姿勢をとった。
そしてぎりぎりまで引いた弓矢を放つように、ケンヤは、ぱぁん、と突進した。
「うぉおおおおおおっ!」
ばっ、と、ワルジャークは膝をつき、構えた両手を地面すれすれの位置にやった。
「砕W破(サイウーハ)!!!!!!」
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォァァァァーーッ!
ワルジャークの両手から放たれた波法は地面を這うように高速で突き進み、左右からケンヤの足をからめとろうとした。
だが、盾風がギリギリの位置でそれを阻み、ぎゅんぎゅんと干渉した。
「ギリギリだから…剣は、届く!」
「な…なんだとおおお!」
「Φ凰斬!!!!!!」
ザンッ!!!!!!
必殺のΦ凰斬が、今度はワルジャークに直撃した。
「Φ凰斬破り、敗れたり…!」
「ぐ…はあっ…」
ザシャア…
ワルジャークは再び倒れた。
「…な…何故だ…、何をした…?」
「ワルジャーク。あんたはΦ凰斬の推進力を断てばオレに勝てるって分析して、そして勝っただろう。
それであんたがオレの下半身を狙ってくるなら、オレは下半身をあんたの射程に入れずに刀身だけが推進するように繰り出せばいい。
まず、下半身をフラットに真後ろにすること。風に身を任せればいける。
ただしあんたの波法は左右からも来る。
だからさらに盾風壁帯を下半身だけの高さに展開させた。剣の届く範囲の半分の位置、ギリギリにすることでオレの剣は届く。剣の威力は落ちない。あとはいつものΦ凰斬をぶつけるだけさ。
それが、この結果だ!」
「ぐうっ…、…見事だ…ケンヤ=リュウオウザン…!」
「ワルジャーク…敗北を、認めるか?」
「認めないで…ワルジャークくん!」
「…ミトラカ!」
…どうした? 様づけを忘れてるぞ、ミトラカ」
「もう…最後かもしれないから、鉄槌霊って役割に徹するのはやめるね、…ワルジャークくん…」
「…ミトラカ…」
「わたしを体内召喚して。…さあ、早く!」
「駄目だ…それは…契約違反だ。そうしたらお前とは…お別れになってしまう」
「あなたが死んでしまうよりはましだよ、ワルジャークくん」
「ずっとお前と戦いたいのだ、ミトラカ」
「いまから五分くらいは、一緒にいられるから」
「それでは駄目だ」
「お別れになっても、お互いいつか、生まれ変わったら、また隣の家同士で、幼馴染をしましょう」
「人間の頃は…お互い…そうだったな…」
「行くからね…!」
「……」
「大好きだよワルジャークくん…!」
そう言うと、
ひゅううううぅぅん…、と黒い光が集まり、鉄槌霊ミトラカはワルジャークの中に吸い込まれていった。
ドン…!
そして、光が解き放たれるとともに、新たな姿となったワルジャークが、誕生していた。
「…ミトラカ…いるか…?」
ワルジャークは、ミトラカの姿が半分混じったような姿になっていた。
声や体形は、女性寄りになっている。
「…返事が…ないな…」
と、言うワルジャークだったが、聞こえる自分の声はミトラカの声のようだった。
「ワルジャーク…なのか?」
ケンヤが尋ねた。
そもそも性別が変わったようだ。だが不思議と、そこにいるのがワルジャークだとは、ケンヤにも思えた。
「では…五分ほど、ミトラジャークと名乗ろう…」
ひゅんっ!
高速で動くと、どうっ! とミトラジャークはケンヤの腹に一撃でパンチをした。
「技名を言う間も…惜しい!」
ケンヤは、崩れ落ちた。
ひゅんっ、と、次にライトの元に行き、蹴り飛ばし、そのまま勢いよく裏拳でガンマを弾き飛ばした。
どうっ! ライトはヌヌセちゃんと激突して壁に叩きつけられ、ガンマも反対の壁に猛烈にぶつかった。
「くっ…そおおっ!」
アルシャーナが力を振り絞って立ち上がり、向かっていったが、ミトラジャークは後ろ回し蹴りで返り討ちにしてしまった。
ドゴオオッ! アルシャーナはトムテにぶつかり、そのまま床に激突した。
「呪文(スペル)…草巻締(ヨモギンモティーン)!」
力を振り絞るようにレルリラ姫が三文字魔法を繰り出した。
ぎゅるぎゅるぎゅる、と魔法の巻き草が現れてワルジャークを締め付けてゆく。
だが。
「ぬううううんっ!」
バリバリバリーッ! と、破壊エネルギーが発散されて、魔法の草は粉々になってしまった。
「どおおおおああああっ!」
ばしいっ! ミトラジャークが手刀を真横に真っ直ぐ打ち据えると、レルリラ姫も弾かれ、壁に激突した。
「はあ…っ…はあっ…はあっ…」
ミトラジャークは息を切らせている。
「魔頂選定委員会よ…。聞いているのだろう…。ご覧の通りだ。
貴様らより派遣されている鉄槌霊ミトラカの契約を破ってしまった。
鉄槌以外の使用をしてしまった。この通り、ミトラカは私と一体になり、鉄槌霊としての唯一性は減退してしまった。
ついては、ミトラカの身柄を言い値でもらい受けたいが、いかがか!」
すると、光る魔法陣からくす玉が出てきて、ぱかっと割れた。
[謝恩価格 400万アホ]と書かれている。
「いいだろう! ンプェポュリス頂央陛下にも…よろしくと伝えるがいい!」
ワルジャークが、魔頂勢力のトップに立つ魔王の名を上げてそう言うと、くす玉は消えて行った。
「ミトラカ…これからも…ずっと一緒だ! しばらくは…リボ払い生活だがな!」
(嬉しいよ…ワルジャークくん…!)
ミトラジャークの姿のワルジャークの心に、ミトラカが語り掛けた。
「ああ…!」
ワルジャークが人間だった頃、隣の家に住んでいた同級生の幼馴染が、ミトラカという少女だった。
その後ワルジャークは死後、魔王となった。ワルジャークの力になりたかったという未練を抱えていたミトラカの霊は、魔王の力の強大化を目指す魔頂選定委員会によって拾われ、ワルジャークの愛用する鉄槌スフィリカタストロフィに宿る鉄槌霊ミトラカとして生まれ変わった。そして彼女は鉄槌霊に専念することで精霊力を特化させてワルジャークの戦力となることを条件に、ワルジャークに派遣されていたのだ。
鉄槌霊として復活したことがミトラカを精霊として現世によみがえらせるための約束事だったので、ミトラカがそれを破ってワルジャークと一体化するということは、ミトラカの精霊としての寿命を大きく縮めることになる。
だからワルジャークはミトラカの身柄を魔頂選定委員会より譲り受け、余生を共に過ごそうとしたのである。
また、鉄槌霊に専念することでしかミトラカは現世に残れないため、あくまでワルジャークのことは様付けで呼び、その関係に一線を引くことに務めていた。
ワルジャークが様々な相手と恋愛をしても、じっと我慢していたのだ。たまに我慢できなかったが。
だが、ワルジャークの命に係わるなら、話は別だった。
だからミトラカは、こうしたのだった。
ドンッ… ミトラジャークの身体が大きなオーラをまとった。
「どうした…わたしの相手どもはもう終わりか!」
ミトラジャークはますます勢いづいた。
ざっ…
ゆっくり、ケンヤが立ち上がった。
「風来風来風来風来…!」
ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅん…風が集ってゆく。
「もう一度だけ…願っておこう…」
「…何だ…」
「神風のケンヤ。わたしたちと…ともに戦え…、正義のために…」
「あんたはもう…正義を口にするべきじゃないほどの悪事を重ねているんだ」
「正義も悪もどちらでもよい…我々は…あるべき理想の…割と同じ方向を向けるのだ」
「あんたは…悪いヤツだけど…それだけじゃないってことはわかるよ」
「…それは…わかってくれるのか?」
「だって、ライトを育ててくれてたんだもんな。あんな三輪車も買ってあげてさ。三輪車にシールが貼ってある。あのシールのお菓子も買ってあげたんだろう」
「そうだな、ジャアスコでな」
「ジャアスコでか」
「そうだ」
「ライトは…いいやつなんだ」
「そうだろう、自慢の子だ」
「ライトをこんないいやつに育てられたのはあんただからだ」
「…褒めて…くれるのか」
「魔王達に囲まれてライトをあんなまっすぐなヤツに育てられて、あんた達はよくやったよ」
「そうだろう」
「だからこそ…悔しいんだ」
「…」
「ライトを騙していたんだろう」
「…そうだ」
「ライトのエレメンタルを利用して、星を操る力を得て、神を征する存在になろうとしていたんだろう?」
「…否定しない…だが…それだけではない」
「それだけではないのは伝わってるよ。だけど…それで世界を滅ぼそうとして、たくさんの犠牲者も出した」
「そうだ」
「許せるわけが…ないッ!」
「だからどうする」
「罪を償え…せめて、そこからだ!」
「罪を償えば…ともに戦ってくれるのか?」
「…それも…認めるのか?」
「…いや…続きを…戦ってからにしよう」
「…オレは、あんたを倒すぜ…?」
「わたしもそうする…!」
だからケンヤは、溜めこんだ風を放った。
「風行・風矢陣、アネモスヴェロス!」
ブオワアアアアッ! 圧縮された風の矢がミトラジャークに向かう。
「ギュネジーギュネジギューネ 砕かれし万物引く手 滅する亡者引く手 すべからく巨体引く手の麒麟と白鯨の遺跡よギュネジーギューネ…」
ミトラジャークは四文字魔法をケンヤに放った。
「…超呪文(ネオスペル)…砕亡万滅(ディラクーナーワ)!!!!!!」
巨大な魔力で形成されたねじれた黒い手と、麒麟や白鯨のような形状の魔力たちが爪を立てていくつも出現し、うねりと共にぎゅんぎゅんと旋回してアネモスヴェロスを弾き尽くし、そしてケンヤのもとに突進して大爆発した。
「う…うわあああああっ…」
カッ…!
ケンヤの身体は弾かれて宙を舞った。
ケンヤは、意識を失ってしまった。
「ケンヤ…!」「ケンヤ…!」「ケンヤ…!」
………声が……聞こえる…。
真っ白い光の中で、ケンヤの意識が浮いていた。
ケンヤの両親や叔父たち、今は亡き先代蒼い風のメンバーたちがケンヤを呼んでいる。
そして彼らはケンヤの前で収束して、ザスタークになった。
「父さん…かあさん…、長老…、みんな…、それに…ザスタークさん…!」
「ともに行こう、少年。最後の戦いだ」
「だめだよザスタークさん…あと一回しか実体化できないって言ってたじゃん!」
「ミトラジャークに勝つにはこれしかない。わたしを纏え。一体化するのだ」
「どうなるの?」
「お前とわたし、ひとつの身体になる」
「えっ! 名前はどうしよう」
「ザスケンヤでいいだろう」
「なんか語呂がどうも…」
「ならケンタークはどうか」
「うーん」
「ならばケンヤザスタークでよかろう」
「じゃあ…それを縮めて、ケザークで」
「ではフルネームはケザーク=ザ=ケンヤザスターク、だな」
「…わかった。…でも、そうしたらザスタークさんは…」
「大丈夫だ、もうお前は、ひとりで十分やっていける。今日も何人かの魔王を倒しただろう」
「…でも…寂しいな…」
「いつでも見守っているからな、大丈夫だ」
「いつも見守られたらさすがに恥ずかしいこともあるよ?」
「それは気にするな」
「うーん…でも、今回限りなの?」
「そうだ」
「…そんな…」
「さあ、行くぞ…!」
「ザスタークさんっ…!」
ひゅうううううう。ふゅゅぅううう。
ひゅうううううう。ふゅゅぅううう。
ミトラジャークは、風に包まれていた。
「この…風は…」
蒼い風の旗が光に包まれて現れ、ケンヤの身体を包むと、風が風を鳴らし、音は音に重なり、音楽魔法が流れ始めた。
ざんざんざざん、ざんざんざ、ざんざん!ざんざんざざん、ざんざんざ、ざんざん!
曲は変調し、テンポが早まる。
竜巻が、爆発的なる膨張を遂げた!
どん…
竜巻が止み、すたっ、と戦士が立った。
髪色が濃いブルーに変わっていて、髪は逆立っている。
そして目を閉じている。
「ザスターク…なのか…!?」
と、ミトラジャークが訊くと、瓦礫を含んだ竜巻がぶわああああっ、と巻き上がり、ミトラジャークを吹っ飛ばした。
ズォオオオオオオッ、ドアアアアアアッ!
「ぐ…ぐぅっ…」
と、ミトラジャークがゆっくり立ち上がると、相手の前方に、ぶぃいいいいん…、と蒼白い光の字幕が現れた。
字幕にはケザーク=ザ=ケンヤザスターク と、描かれている。
「字幕…だと!?」
ミトラジャークは驚いた。
そこにいたケザークという名の戦士は、ケンヤの姿だったが、ザスタークの装甲とケンヤの鎧が複合したような佇まいをしていた。
「何か…言ったらどうだ? ケンヤザスターク」
そう呼ばれると、目を閉じていたケザークが、ゆっくり、ゆっくり、発光した澄んだ瞳を開き、
それから、ミトラジャークを見据えて、少し、目で笑った。
「…そうか…」
ミトラジャークも、目で微笑みを返した。
「リーダー…」「大将…」「ケンヤ…」「ケンヤ…」
「ケンヤ様…いや…ケザーク様…!」
倒れていた仲間たちも、少しずつ意識を取り戻して、新たな姿のケンヤである、ケザーク=ザ=ケンヤザスタークを見ていた。
それから、何も言わないままケザークは戦士剣風陣王を握り、斬りかかった。
ミトラジャークはその腕と一体化した鉄槌で斬り結ぶようにケンヤザスタークと戦う。
ケザークは風となって高速移動し、ぎゅんぎゅんと爆発を伴う攻撃を繰り出してゆく。
「ホナナーホホナナーホ ホナナーホホナナーホ甲乙の根本広く遠く勘ぐれば内なる潰えし田園の多牢ブギり…」
ミトラジャークは五文字魔法の詠唱を唱えかけたが、その途中でケザークの渾身の一斬を受けた。
ザンッ!
「ぐわああああああっ…」
バシュウウウッ・・・、とミトラジャークは元の姿に戻ってゆく。
ザシャア…と、元の姿のワルジャークと、鉄槌ストロカタストロフィが転がった。
「うぅ…ミトラカ…ミトラカ…まだ生きているか…ミトラカ…!」
ワルジャークが言うと
(ともに…逝くことに…なりそう…ワルジャークくん…)
と、声が聞こえた。
ギュイイイイイイィィィン・・・・
ケザークの額に、青白い光が見える。
「おおぉ…ブルーファルコン…、ついに…来てしおうとしているのか…ケンヤザスターク! …させん…発動…させんぞ」
ワルジャークは立ち上がり、突進した。
「おおおおおおおおッ!」
ブオワアアアアアアアッ!!!!!!
両手を構えるケザーク=ザ=ケンヤザスタークから激しい風が巻き起こった。
どわぁあああああっ、と、壁が飛び、柱が折れ、天井が飛び、床がはがれてゆく。
「シャアアアアアッ!」
あわててユールルがヌヌセちゃんやガンマたちの周りに光の幕を張ってゆく。
ドォオオオオオオオン・・・・
青白い光と爆風があたりを包み、激甚なる爆発が起こった。
領主特務塔は、倒壊した。
◆ ◆ ◆
こうしてワルジャークは、倒された。
領主特務塔の跡地は、瓦礫の山が積みあがっていた。
ガンマたちはユールルに助けられて、なんとか無事に瓦礫の上で生存していた。
だが、生きているのがやっとの状態である。
「はあ…はあ…はあ…」
その積みあがった瓦礫の上で、ワルジャークは鉄槌を下向きに持ったまま、
「ぐはぁっ…」
と、血を吐いて、崩れ落ちた。
ずしゃ…
そして空から、蒼い風の旗をその身の下に敷いて、元の姿に戻ったケンヤが横になったまま、ふわりふわりと落ちてきた。
「わらひが…受け止めますれす」
「いや、ヌヌセちゃん、わいが…」
ガンマがヌヌセちゃんを制して、ゆっくりと落ちてくるケンヤをお姫様だっこした。
ケンヤは気を失ったままだ。
「リーダー! リーダー! なあ! て」
目を開けない。
「呪文(スペル)・起床(こっこけこ)!」
「はっ!」
ケンヤは魔法で無理やり起こされた。
「…やったな、リーダー!」
「え…ええっ? …ええ?」
「やったやん?」
「誰が?」
「リーダーが」
「誰を?」
「ワルジャークを!」
「…覚えてないなあ…」
「ええええ…」
無意識で倒していたのだ。
「ああ…ザスタークさんが…助けてくれたんだ…」
「せや…な…、でも、あれをやったんはザスタークさんやない。わいにはわかる。無意識の、リーダーがやったんや! ザスタークさんに助けられて、な!」
ガンマがウインクした。
それからレルリラ姫が近寄って、ケンヤの手の甲にキスをした。
「あとで勲章をあげましょうね! ケンヤ!」
ぴちくりぴーもぴいぴい鳴いている。
「じゃあわらひもキスするのれす!」
ちゅ…と、ヌヌセちゃんが近寄って、ケンヤの頬にキスをした。
「魔王を倒したのれすからこのくらい…もっとなんでもしていいのれすよ!」
そう言ってヌヌセちゃんは、ぎゅっとその身体を押し付けた。
「…僕もしたほうがいいのかい?」
にやり、とライトが笑うので
「ええーっ…」
と言ってからケンヤは、
「……」
と、ぽかんとしたまま
「…アルシャからも…?」
と言ったので、アルシャーナは
「ばぁーか、でも、よくやったな!」
と言って、ぴこん、とケンヤの額を軽く人差し指で弾いた。
「レルリラ…ここは一体…」
そんなケンヤ達に、元の姿に戻ったドルリラ王が声をかけた。
ドルリラ王を石化していたヒュペリオンの魔法の、石化維持魔力の力源に設定されていたワルジャークの力がそれだけ弱まっていたのだった。
「お、お父様!」
ドルリラ王は、ぐおぐおと鳴いて喜ぶトムテの背中をなでながら
「もしかして…ディンキャッスルか、ここは」
と言った。
主塔が見えるのでわかったのだ。
「そうですよ、ケンヤが、わたくし達が、ワルジャーク達を倒したのです!」
「レルリラ…こんなにたくましくなって…!」
ジャ――ッ…と、ドルリラ王の目から涙が流れた。
「あらら…たくましくなってしまいましたか…、まあ、のぞむところでしたけど!」
「ドルリラ王様、ご復活お祝い申し上げますれす」
「おお…総大司教ヌヌセちゃん。ありがとう」
「邪雷王の封印がこの瓦礫のなかにありますれす。ワルジャークもそこに倒れてますれすが…彼らは並の封印で対処するには強大すぎますれす。
これはドルリラ王様とわらひの承認をもって、バッキングミ本殿地下のバッキングミ魔群封印大神殿の鍵を開けて封印するしかないと思われますれす」
「…そうか…そうだな!」
そこで、血を吐いて倒れたままのワルジャークが、口をひらいた。
「ドルリラ…おめでとう…無事…石化から…戻ったのだな…」
「ワルジャーク…まだ生きていたのか」
「ドルリラよ…、ヌヌセちゃんよ…。わたしと邪雷王を…封印するがいい…。もう思い残すことはない。わたしを好きに罰するのもよいぞ。処刑されてもよい。わたしは…もう…罪を…すべて受け入れよう…」
「わらひを…ヌヌセちゃんと呼んだのれすか? あの…ワルジャークが…!」
「本気で言っているのか? ワルジャークともあろうものが…」
「わたしは…ケンヤザスターク達に敗北したからな。認めよう。
わが子も同然であるライトのある限り、風帝は守られる。世界を風帝に守らせることが必要なのだと、わたしは考えを改めた。つまり、風帝を悪とする邪雷王の目覚めるべき時ではない。
だから…封印すればよいのだ…」
「…ありがとう…ワルジャーク」
「ああ…ライトをよろしく頼む…ケンヤ」
「あんたも…ライトを育ててくれて…さらったこととかは許せないけど…そこは、ありがとう」
「ワルジャーク様…」
ライトは、ワルジャークの手を握った。
もうその手に、力強さはない。
その時である。
ドヴォアアアアアッ! と、一か所の瓦礫が巻き上がった。
そこから、イズヴォロが、続いて巨大な真っ黒い球体エネルギーに包まれた葛籠(つづら)を抱えた巨魔動鬼ソーンピリオがはい出てきた。
「ソーンピリオ様、ご無事ですか」
「おお、助かったじゃねえかよ、イズヴォロ」
「イズヴォロ…!」
イズヴォロは緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアを天に掲げた。
「まもなく邪雷王シーザーハルト様が復活される…。だがこの戦いで、ワルジャークもワイゾーンも、そして数多くの魔王も倒された。魔王の王たる邪雷王様の配下となるべき者が不足している。ついては魔頂選定委員会よ、この様子を見ているのだろう。
邪雷王様の新たな配下として、さらなる魔頂の派遣を要請する!」
すると、光るくす玉が現れて、ぱかっと開いた。
[人員不足]と書かれている。
「なんと!!」
イズヴォロが驚くと、もうひとつ光るくす玉が現れて、またぱかっと開いた。
[配下はお前がやれ]と書かれている。
「やるけれどもッ!!」
と突っ込むイズヴォロに、ソーンピリオが愚痴った。
「るっせえなあ…あとちょっとだからそこらでわーわー騒ぐんじゃねえよスットコドッコイがぁー、ときたもんだ…」
「さ…させ…ん…ぞ…」
と、息も絶え絶えに、ワルジャークが言った。
「あぁん? …聞き間違えたかなぁ…、よお、さっきオレっちにさせんぞって言ったのか? ワルジャーク様よ…」
「そう…だ…、中止するのだ…ソーンピリオ…」
「おいおいおい…オレっちはあんたの要請でやってるんだぜ? なぁに急に言い出してるんだ? 変な酒でも飲んだか?」
ごわごわごわごわ…
ソーンピリオが向かい合う邪雷王の封印の葛籠(つづら)が、なにか動き出した。
バチバチバチバチ…と、封印とせめぎあっている。
「ぬーっぬっぬっぬ…!」
そこに、よろよろと、木頂儿萌(モクチョウニンモ)ョデ~ォ・ぬが現れた。
「ぬーぬっぬっぬ。邪雷王様ぬ、ご復活が、近いようです・ぬ!」
「ョデ~ォ・ぬ、と言ったか」
イズヴォロが目を細めた。
「あいつ…身体を潰したはずなのに…また再生したのか」
ライトが驚いた。
「ぬ? ワルジャーク様は邪雷王様と、再び対立されているようなのか、ぬ?」
「端的に言うとそうなる」
「ぬ…、では、ワルジャーク様と、邪雷王様・ぬ、どちらが生き残りそうか・ぬ? わーは、残ったほうにつく・ぬ」
「ふざ…ふざ…ふざけたことを…言うなぁああああ!」
ズザン!
いきなりイズヴォロは、緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアで、ョデ~ォ・ぬの身体を真っ二つに切り裂いてしまった。
「ぬぬぬぬぬ―――――――!!!!」
「木頂儿萌(モクチョウニンモ)ョデ~ォ・ぬよ、離反に等しい言動をした貴様は、罰としてその命を捧げよ。これから邪雷王様の右腕となるわたしの力となってもらう…。取り込まれろッ!」
ズオズオズオズオ・・・
イズヴォロは、木頂儿萌ョデ~ォ・ぬの真っ二つになった肉体に手を当てると、その身を緑の光に変えて吸い取っていった。
「あ…あいつ…!」
「パワーアップ…したで!」
ケンヤとガンマは息をのんだ。
イズヴォロは自らを誇った。
「魔頂選定委員会よ、見たか! これで木頂(モクチョウ)の座は空いただろう! わたしを空位の魔頂に選定せよ! 最強の大剣を携えるこの私を!」
すると、光るくす玉が現れて、パカッと開いた。
[審議中]
と書かれている。
「いいだろう…魔王の王たる邪雷王様の右腕となれるのだ、選定は間違いあるまい…。さあいよいよだぞ…!」
ごわごわごわごわ・・・・
葛籠が鳴動している。雷をまといはじめた。
邪雷王の復活がいよいよ近いのだ。
トムテがドルリラ王とレルリラ姫を守るように、彼らの前で翼を広げた。
「わらひたちはワルジャークとの戦いでもうほとんど…戦えないれす…どうすれば…」
ヌヌセちゃんがそう言ってぎゅっと錫杖を握った。
「ヒュぺリオンの封印を解いて、助けてもらおう」
アルシャーナが、きっぱり言った。
「えっ…ええええっ?」
ケンヤやガンマたちは驚いた。
「なあワルジャーク、あいつは、あんたの言うことに優先的に従うだろ?」
「そうだな。間違いない。従うというか…絆が深いのだ…」
アルシャーナはワルジャークと言葉をかわした。
「まあ…レウやディルガインは邪雷王の思想に傾倒している部分もあるからね。その点ヒュペリオンは完全にワルジャーク様オンリーだ」
と、ライトが言った。
「このままだと死にかけてるワルジャークはきっと、パワーアップしたイズヴォロに斬られるだろう。だけどヒュペリオンなら…それを止めるため、イズヴォロと戦ってくれる!」
アルシャーナが言った。
「閃空のアルシャーナ、貴様…ヒュペリオンと、良い戦いをしたんだな」
ワルジャークが言った。
するとアルシャーナはなぜか赤面して
「良くない戦いだった! 最悪だったよ! …だけど、あいつがどういうヤツかはわかったから」
と言った。
ドルリラ王がヌヌセちゃんに
「ではヌヌセちゃん、私が解呪を手伝おうか? 私も君たちを、信じることにする」
と言ったので、ヌヌセちゃんは
「大丈夫れす、おそれいりますのれす…」
と言って、ヒュペリオンを封じた大きな封印札を取り出した。
「わらひも…アルシャーナ様を信じますれす!」
解呪簡略化の仕掛けを施してあったので、ヒュペリオン復活は一瞬で終わった。
ドン!!
赤虎臣ヒュペリオンが登場した。
「あ、アルシャーナ様!」
ずざーっ!
そこで、いきなりヒュペリオンがアルシャーナに片膝をついたので、一同はびっくりしてしまった。
「様はよせって!」
アルシャーナが焦った。
「わかりました、様はよします! 最大に敬愛する我が閃空のアルシャーナ! 踏んでくださって結構!」
「こほん…」
ワルジャークが咳ばらいをすると、
「あっ、ワ、ワルジャーク様!!!!!!」
ずざざざーっ!! と、ヒュペリオンは片膝の角度を変えてひざまずき直した。
「なるほど…納得しましたわ…」
ワルジャークがさっそくヒュペリオンに状況を説明し出す様子を見ながら、レルリラ姫がおどろきつつそう言った。
「…と言うわけなのだ…ヒュペリオン…」
「…そうでしたか…ワルジャーク様…」
事情を聞いたヒュペリオンが、すっくと立つと、事態は動いていた。
ドオオオオオオオォォ――――ン……
葛籠(つづら)の蓋(ふた)が、舞い上がった。
バババババババババッ…
もはや、邪雷王シーザーハルトの封印は今まさに解かれる寸前であった。
「ウォオオオオオオオオオオッ…、出せ…ここから俺を出せぇえええっ…!」
「邪雷王様、頑張れ、あと少しだ!」
ソーンピリオが邪雷王に檄を飛ばした。
「ヌウウォオオオオッ…、ソーンピリオ…お前…甘いんだよ…、なにが頑張れだ…お前は頑張ってるのかよ! 世界のため…宇宙のためなら…死んでもオレをここから一秒でも早く出してやろうっていう…気概が足りねえんだ…! 何を見ている? 未来を見ろ!
いま何をすればもっとこの先に良い未来になるのか…そのためには何をしなきゃいけねえのか…、そのためには死んでもいいっていう気になってるか? なってねえ、なってねえんだよぉ! くれよ、お前の力を! そういう気持ちだよ! おお、お、ウオオオオオオオッ!」
「へ、あ、じゃ、邪雷王様!? う、うおああああああっ!!!!!!」
シュオアアアアアアアッ…、と、ソーンピリオは砂になって、邪雷王シーザーハルトに吸い込まれていった。
「足りねえ…足りねえなあ…! 誰か…誰かもっと力のあるやつぁいねえのか…!!!!!! ちっちぇえんだよ、みんなちっちぇえ…、大きな気持ちで考えたら…出来ることがあるだろうよ…ソーンピリオはやってくれたぜ…オレの一部になってくれた…、そういうことだ、そういう気持ちが足りねえ奴が、多すぎるんだよぉおおおおッ!!!!!! 出せ…はやくここからオレを出せ…、まだ出れねえ…足りねえよおおおおっ!」
ガンマは朦朧としながらも、遠くに邪雷王のそんな声を聞き、魔力の性質を感じて、ある確信のような気持ちが心の中に芽生えていた。ワルジャークと戦ってる最中に交わした話が心の中で整合性を提示している。それは、自分の父親が誰なのかということについてである。だが、認めたくはない気持ちが強い。
…ガンマは、目を閉じてただ、ふるふると、小さく首を振るだけだった。
また、ヒュペリオンはというと、息をのんでいだ。
「…邪雷王シーザーハルト…そうだ…あの方は荒れると…ああいう感じだったな…」
唸りの響き渡る邪雷王の咆哮がヒュペリオンの腹の底から震えをもたらしている。
「そうだ、ヒュペリオン。あれは落ち着いているときは、寄るものを心酔させるモードの時もあるのだが…、荒れると手が付けられん…そういう人だったな…」
ワルジャークが言った。
「そうですか…」
ジャキィィィン、と、ヒュペリオンがヒュぺジャべリオンを構えた。
イズヴォロも、大剣を構えた。
「邪雷王様が力が足りないと仰せだ…。ヒュペリオン様に、ご犠牲になっていただきますか」
「何だと…? イズヴォロごときがこのヒュペリオンに勝てると思っているのか?」
「笑止、笑止です!
わたしはもう、あなたの知っているイズヴォロとはもう違うのです!」
「木っ端魔王を吸ったくらいで粋がるな!」
だっ…、ヒュペリオンがヒュペジャべリオンを振り上げてイズヴォロに向かった。
「貫かせていただく!」
「ううううるせえええええええ!!!!!!!!!!!!」
バリバリバリバリ…!!!!!!
「ぐわあああああああッ!」
その時、ヒュペリオンに激しい雷撃が落ちた。
ずしゃあ…、とヒュペリオンは倒れた。
「じゃ、邪雷王様! ありがとうございます!」
イズヴォロが邪雷王に礼を言った。
「…てめえは…昔ワルの奴の兵だったヤツだな。…俺の部下をやりてえのか?」
「はっ…イズヴォロと申します!」
「よおしイズヴォロ…やってみせろ…!」
邪雷王の瞳がヴィカァアッ、と光ると、イズヴォロの身体に黒い魔力が爆発的に湧き上がった。
「ウ…ウオオオオアアアアアッ…!」
「ヒュ…ヒュぺリオン…ッ!」
ワルジャークが、よろよろと立ち上がった。
「…ミトラカ…来い!」
だがミトラカは、来なかった。
「…逝った…のか…」
ワルジャークの傍らに転がっている鉄槌は、遠い過去、ミトラカが宿る前の状態に戻っていた。ツヤが全く異なっている。
「ミトラカ…」
そこでケンヤに、
「ワルジャーク…もう…立つな…」
と、言われると、ぽん、とワルジャークは黙って、そう言うケンヤの肩を叩き、
「いや…、シーザーハルトに…一矢報いる!」
と答えた。
よろ…よろ…、とワルジャークが歩き出した。
「ワルよお…お前…俺を復活させたいのかさせたくないのか、どっちだ?」
「すまんな師よ…、気が変わったのだ。今は、させたくない」
「斬れ。イズヴォロ」
ザンッ!!!!!!
イズヴォロの緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアが猛烈な黒の魔力を混めて振り下ろされた。
どっ! とワルジャークの血液が噴き出した。
それは、あまりにあっけなかった。
「…あなたが…離反したのが悪いのですよ…、ワルジャーク様…。これは当然…当然の帰結…!!!!!!」
「なる…ほどな…貴様の立場なら…そうもしよう…ぐはっ…」
砕帝王将ワルジャークに致命傷を与えたのは、一兵卒の時代からワルジャークに仕えてきた男だった。
邪雷王の力を与えられていたとはいえ…。
「ワ…ワルジャーク様…!」
ライトが叫んだ。
「く…来るな…、ライト…!」
ワルジャークは、がらん、と、鉄槌をおろして、ばっ、とイズヴォロを羽交い絞めにした。
「さっ…最後の…悪あがきですか…? ワルジャーク様…! 無駄、無駄というもの!」
羽交い絞めにされたイズヴォロは余裕をみせた。
ワルジャークの流す血の池が広がってゆく。
そこに、ひゅんっ、だだだだだだ! と駆けてきて、イズヴォロの背中にナイフを刺す少女がいた。
ザクッ!
「ぐおおおおおおっ!」
イズヴォロの悲鳴が上がった。
「ツァインバヌトリ!」
「んあああああ!!!!!! んんんあああああ!!!!!! よくも、よくもワルジャーク様にいいいいい!!!!!!」
ざく! ざく! ざく! ツァインバヌトリはナイフでイズヴォロの背中をメッタ刺しにしてゆく。
ツァインバヌトリの情念の魔力は、強化されたイズヴォロの魔力(フォース)を上回っていた。
「…ツァイン…バヌトリ、そこ…の…鉄槌も使ってくれ」
「かしこまりましたワルジャーク様…!」
「んんぬうううううっ…!」
持ち上げるだけで精いっぱいだったが、ツァインバヌトリはなんとか持ち上げてイズヴォロの頭に真横から鉄槌スフィリカタストロフィをぶち当てた。
どうっ!!!!!!
イズヴォロは
「ぐわあああああああああ!!!!!!」
と言って、よろめいた。
ぎゅんっ、どすん! と、そこでアルシャーナがイズヴォロに柿Ξ脚(カキクウキヤク)の蹴りを入れ、蹴り飛ばされたイズヴォロを、ケンヤ、ガンマ、ライト、レルリラ姫が取り囲んだ。
四人は、剣と杖と剣と杖を振り上げた。
ザンッ…!!!!!!
ドオオオオオオオウン!!!!!!
イズヴォロは大爆発を起こした。
そこにくす玉が現れて、パカッ、と開いた。
[木頂に任命]
と書かれている。
そして、
ひゅん…、とイズヴォロは消え去った。
「…消えた…!?」
爆発を起こしたイズヴォロの肉体は、破片もなく突然に消えたのだった。
「魔頂に任命されて強制召喚されたんや…おそらく…HP残り1で救われた…」
「…そんな…」
「くそっ…」
「…どこまでも…しぶといヤツだな…」
ガンマ、レルリラ姫、アルシャーナ、ケンヤがそれぞれ言った。
一方、ワルジャークは倒れ、血だらけでツァインバヌトリにひざまくらをされていた。
「ひざまくらは…やめて…くれ…有能なる…ツァインバヌトリよ…」
「いやです…」
「…ラブ…レター…二通…読めなかった…な…」
「いま、お読みしましょうか…」
「絶対に…やめて…くれ…」
ものすごいことが書いてあるからだった。
「…あっ…ワルジャーク様…いけません…」
ざっ…、と、ワルジャークはツァインバヌトリを引きはがして、全身を血に染めながら、再び立ち上がった。
「ワルジャーク様…! 死んでしまいます…!」
「もう…死ぬ。ツァインバヌトリ…お前は…他の魔王の下で…報告兵をやるといい…」
「ワルジャーク様がいいのです!」
「ヌヌセ…ちゃん…白紙の…封印札を…一枚くれ…」
ワルジャークが手を差し出すと、ヌヌセちゃんは、一番大きな封印札を手渡した。
「ワルジャーク…あなた…もう…肺が潰れて…」
「あ…ありがと…う。貴様を殺せずにいたことで、助かったよ…」
そう言って、枯れた声となってしまったワルジャークはヌヌセちゃんとすれ違った。
ワルジャークはそれから、ゆっくり、ゆっくり、邪雷王の葛籠(つづら)に向かった。
「そうだ…死ぬ前に…ここに向かってこいワル…、貴様の生命を使って…俺は…この封印から…出てやる…!」
邪雷王シーザーハルトが叫んだ。
ワルジャークはケンヤに背中を向けたまま語った。
「ケンヤよ…。わたしはイリアスが命を懸けた行為と同じことをする。風帝が世界の脅威にならない世界を…わたしは…信じているぞ。
死しても…きっと…見守ってやろう。
貴様を想い…、ザスタークにまでなった、蒼い風の二十五の勇志達のようにな…!」
「ワルジャーク…!」
ケンヤは、ぎゅっと拳を握った。
「我がすべての生命力を…この魔法に込める…!
カタッドゥーク シュノーンフィーン オシレイーヌ二シマウーン……!
呼ぶは永遠のいま…! シマッシモなりシマワレッシモなり封印の甘美!!!!
究極呪文(アールスペル)…!! 嗔封鼎架印(フィーンディッカー)!!!!!!」
ぎゅうううぅぅぅぅ…ん…
邪雷王の葛籠(つづら)は大きな封印札に吸い込まれてゆく。
アルシャーナは仕方なく、気を失っているヒュペリオンの頬をぺちぺちすることにした。
「おいヒュペリオン起きろよ、何やってんだよ、
お前の大事なワルジャークの死に目が見れないぞ!」
「あ……? !…ワルジャーク様…!」
ヒュペリオンが目を醒ますと、ワルジャークは邪雷王の封印を終えたところだった。
そしてワルジャークの身体は、だんだん透明になっていった。
「封印を…終えたのですね!」
ヒュペリオンが言った。
ワルジャークはもう、何も言えなかった。ただただ、ヒュペリオンに微笑んだ。
「ワルジャーク様、邪雷王の封印は…わたしが守ります…。二度と蘇らないように…!
あなたの最後の仕事を…無駄にはしませんッッ!」
ぼろぼろとヒュペリオンの目から涙が落ちた。
ドルリラ王がワルジャークに語り掛けた。
「ワルジャーク、お前は最期にこのルンドラを救ったのだ。
お前がその行動をとらなければ邪雷王は復活し世界は滅亡の危機に陥っていた。
その際に真っ先に支配されていたのは、このルンドラだっただろう。
お前は…最期の最後に。ルンドラの英雄となったのだ」
「ルンドラの…英雄…」
ケンヤが呟いた。
さぁああああっ… と、風が吹く。
ワルジャークの姿はどんどん透明になったあと、完全に消えた。
こうしてワルジャークは、その生涯を終えたのだった。
ケンヤのまわりに、ガンマとアルシャーナとレルリラ姫とライトとヌヌセちゃんが再び集まった。
そして、六人で蒼い風の旗を持ち、空に掲げた。
それを、トムテとぴちくりぴーが見上げた。
ワルジャークのこの日の行動は記録に残され、死後も、魔王でありながら「ルンドラの英雄」として、現在も一部のルンドラの民から支持されている。
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