#67 伝説への旅路
騎皇帝ドルリラ王と総大司教ヌヌセちゃんの承認により、長く閉ざされていたバッキングミ神宮殿本殿地下のバッキングミ魔群封印大神殿が解放された。
邪雷王をはじめとするすべての封印札も神殿に封じられることとなった。
ヒュペリオンはこの地下に幽閉されながら邪雷王の封印を守ることになった。
これはヒュペリオン自身の希望も含まれている。
そしてツァインバヌトリもヒュペリオンと一緒に幽閉された。
推しがかぶっている二人である。うまくやれるだろうか。
わからなかった。
◆ ◆ ◆
さて、ここは、幻界(ワンダーラ)の境界にある異空間「ワラキゾ」に浮かぶ浮遊城「タピュスル」である。
その一室では、年老いた魔頂OB・OGの名誉魔頂達により構成される、魔頂選定委員会・執行部の四点が黒く燃えさかる炬燵(こたつ)に入り、闇のみかんを食べていた。
名誉月頂・剛輪師(ごうりんし)ハイドハイン会長、
名誉水頂・柔滝鬼(じゅうたっき)ヅッズヂジレ副会長、
名誉陽頂・甚黄邪(じんおうじゃ)ゥュッヲ~ゅ会計、
名誉土頂・聯砂魔(れんさーま)アテムワボン書記、
の、四点である。
いずれも過去には現役の月頂、水頂、陽頂、土頂だったが、現在は引退してこの座にいる四点である。
魔頂選定委員会というメンバーはこの四人ですべてではなく、彼らは委員会の執務を行う執行部である。その他の魔頂OB・OGも複数、各地に存在している。
ちなみに現在、現役の魔頂では「月頂」は空席である。
また、現役の「陽頂」は陽頂刕玄(ヨウチョウリヒョン)ンプェポュリスという「大魔頂」で、彼女は「魔頂十三点」よりも上の立場「頂央陛下」と呼ばれる立場に存在する。彼女はこのタピュスルの主でもある。
この部屋には「現役魔頂・現況一覧」と書かれたホワイトボードが置かれ、このように書かれている。
<現役魔頂・現況一覧>
陽頂刕玄(ヨウチョウリヒョン)ンプェポュリス頂央陛下(就寝中)
月頂 (空位)
第一魔頂点 水頂夊磨(スイチョウスイマ)メルケゾーラ(遠征中)
第二魔頂点 金頂亠仁(キンチョウトウジン)ミナンヴィーナ(頂央陛下のお世話)
第三魔頂点 地頂崑兀(チチョウコンゴツ)ゴデュジバヘッッバ(封印中)
第四魔頂点 火頂燈監(カチョウヒカン)ムワピゥュィ(封印中)
第五魔頂点 木頂緑翼(モクチョウリョクヨク)イズヴォロ(木頂儿萌(モクチョウニンモ)ョデ~ォ・ぬを吸収)
第六魔頂点 土頂屮坦(ドチョウサタン)トトンブーザ(遠征中)
第七魔頂点 天頂羅凰(テンチョウラオウ)ヴィシャシュラ(封印中)
第八魔頂点 海頂鱗爿(カイチョウリンショウ)タノタノャアァヤ(有給休暇)
第九魔頂点 冥頂魔天(メイチョウマテン)エクスジード(封印中)
第十魔頂点 鬩頂冂現(ゲキチョウキョウゲン)リヴィヴェエリス(封印中)
第十一魔頂点 穀頂刈厂(コクチョウガイガン)ケレンダース(遠征中)
第十二魔頂点 鳥頂爻鵡(チョウチョウコウム)ナナナノメーメ(遠征中)
第十三魔頂点 妊頂戔尢(ニンチョウセンオウ)パンサザーロ(産休)
<今週の目標 忘れ物をしない>
そんなホワイトボードを眺めながら、魔頂選定委員会の四人は考え込んでいた。
「邪雷王シーザーハルト様は、大変なところに封じられてしまった…」
剛輪師(ごうりんし)ハイドハイン会長は、白ヒゲを撫でながら眉をしかめた。
「そうさのう…、う、げほっ、げほげほ、げほっ」
甚黄邪(じんおうじゃ)ゥュッヲ~ゅ会計は咳込んでいる。
「うー…うー…大変だ…。よりによって神宮殿の本殿の…地下か…。うぅ…」
柔滝鬼(じゅうたっき)ヅッズヂジレ副会長は、うめいた。
「そんなに大変なのですか?」
聯砂魔(れんさーま)アテムワボン書記は、尋ねた。
「そうさのう、あれは、下界(ドカニアルド)の大地の創成に関わる地点のひとつじゃ、げほっげほっ」
「うー…うー…あれが封じられたバッキングミ神宮殿の本殿は、あらゆる神々の加護を受けられる総本山。十超神のみならず界主や神界神の威光すら降り注ぐ地だ。その地下の大神殿が解き放たれ、邪雷王様がそこに封じられるとは…うー…うー…」
「現役の魔頂で動けるものは、いま少ないですよ」
「ほれ…、木頂(モクチョウ)の新入りがいたじゃろう、イズボロとかいう。げほっ、げほっげほ」
「イズヴォロです」
「イズボロ?」「イズヴォロ」
「イズボロって言えておるが…げほっげほ、げほ」
「ヴォです」「ボ?」「ヴォ!」「ボ!」「もういいです」
「イズボロと言えておる…げほっ、げほっげほげほ」
「…その、イズヴォロは死にかけていて魔導集中治療室にいます」
「他の魔頂も動けんか…? アテムワボン」
「はい。みな忙しそうです、会長。ホワイトボードの通りで」
と、アテムワボンは軽くため息をつきながら、極秘発注する大量のくす玉を仕入れるための業者への発注書を封筒に入れ、裏に「緘」と書かれた封緘印をポンと押した。
「各界から争いへの勧誘を受けすぎるからだ…うー…うー…」
「だがその収益で活動を維持できているのだ、致し方ない」
「その収益でンプェポュリス頂央陛下にもおもちゃや絵本やお菓子を買ってあげられますしね」
「わしらはもう衰えて戦えんしのう…げほっげほっ…
風帝とかいうバケモンと戦ったら二秒で死ぬのう」
「物を出し入れするだけで勝てるような作戦があれば封印を奪えるし、敵もどこかにしまえるし、勝てるかもしれんのだが…」
「しかし、魔頂を選び力を受け継がせること、サポートすることは出来ますから」
「そうさのう…、なんとかせねばならぬ。我々は魔王の王たる邪雷王様を復活させねばならんのじゃ…。それが世界を定めなのじゃから…げほっ、げほっ」
「だがこうなっては」「無理だ!」「難しい!」
「強大な魔力が…必要だ」
「魔力…」
「大きな、大きな魔力があれば、あらゆる封印も悦んで衣を脱ぎ、脚を開くだろう…」
「なぜ意味もなくそんな卑猥な表現をするんじゃ」
「解せぬ」「解せません」「わしゃあ解せるがのう」
「解せぬ…が…大きな魔力…か…」
「どのくらいの魔力だ…うー…うー…」
「三大魔王が裸足で逃げだすくらいの魔力だ」
「どんだけじゃ」
「裸足で逃げだすて」
「イメージがしづらいです」
「封印が解かれてから神殿から裸足で逃げだす感じか」
「そうなのか」「なんか違うと思うが」
「そんな魔力がある場所はないか」
「知らん」「知りません」「知らんのかい! ううぅげほげほげほ!」
「上で、ンプェポュリス頂央陛下がすやすやりんこ、すやすやりんことお休みなのだ、あまり大きな声で咳込むでない」
「おねむの時間ですね」
「しかし、何か考えねば…」
「というわけで、策はないだろうか…」
「ない」「ないです」「ないんかい」
「ないなら…仕方があるまいか…」
そして、四人は再び、闇のみかんに手を伸ばした。
当面、邪雷王は封印されたままとなるようであった。
◆ ◆ ◆
ウイングラード騎皇帝王国は、そしてロンドロンドの街は、ようやく主権を取り戻した。
ドルリラ王も再び居城に戻り、新たな聖騎士団のメンバーにも謁見を済ませた。
あれから二日ほど経った。
参宮ロンドロンド街道の城付近の大通りでは、急遽パレードが行われることになっていた。
さて、そんな大通り沿いに、セントロンドロンドスクールの寮があった。
その寮にいる少年・クラーク=ファル=スカルヤー・十二才は、寄宿舎の三階の一室で寝転んで本を読んでいて、いつの間にかうとうとと居眠りをしてしまっていたようだった。
だが、なにやら外から破裂音がするので目を醒ました。
八才の妹のセシルが、クラークの胸を枕にして、すやすや寝息を立てている。
妹が自分を枕にして眠るその体温があまりに心地よく幸せなので、あまり動きたくはなかったのだが、仕方なく、何だろうか、と、クラークはそっと妹をどかして起き上がった。
窓の外を見ると、パーン、パーンと、打ち上げ花火が上がり、人々が歓声をあげていた。
「そろそろ夕方になるか…。昼過ぎからごろごろ昼寝をして過ごしてしまったな…」
そんなひとりごとも漏れた。
紅炎(グレン)のクラークは、ここロンドロンドに留学して三ヵ月ほどになる。
文武に優れた彼は奨学金を得て、故郷のギベルを離れてセントロンドロンドスクールという全寮制私立学校に通っていた。
といっても一月のワルジャロンドの侵攻から二ヵ月とすこし、ロンドロンドは国政が止まり、学校は多くの宿題を出してしばらく休校になってしまっていた。
さて、窓の外では、クラークと同じ寮で寝泊まりしている同級生のオーガのハイゼンベルグ・十二才が、金棒の素振りをしていた。
「おっ、クラーク、起きたか。いびきがきこえてたぞ。なあ、これからパレードがここを通るそうだぞ。ちょっと降りて来いよ。もうすぐだそうだぞ」
ごとりと金棒を置いて、ハイゼンベルグは自慢のツノと白い歯を光らせて笑った。
寄宿の窓から見える大通りは交通規制され、見物人たちがわいわいと集まり始めている。
「そうはいかんなあハイゼンベルグ。実は今朝から八才の妹のセシリアーナが遊びに来ているのだ。両親が昨日、食材の買い出しついでに置いていって、明日また迎えに来て、故郷のギベルの街に帰ってしまうのだ。
そうだな、よし、これからわたしは妹とパレードを観ることにしよう」
「おっ、お前がよく話してる妹のセシルか、おい、紹介しろよ、ぜひお友達になりたい!」
「だめだだめだ、お前みたいなエロいことばかり考えてるドスケベオーガに大事な妹は紹介できん!」
「お、お前なあ、クラーク、青春は今しかないんだよ? わかる? 青春。青春を阻害しちゃいかんよ?」
「セシリアーナは八才だぞ。もうすぐ九才だぞ。お前と青春させるわけにはいかん」
などと話していると、セシルがふわああふうぅ、とあくびして目覚めた。
「あ…、おにーちゃん、起きたぁ~! もう、おにーちゃんたら寝てばかりいて! 一緒においも買いにいこうよ! それから一緒に皮むきしよ?」
「セシリアーナは本当にジャガイモが好きだなあ…お前も寝ていたではないか」
「おにーちゃんに会いに来たのに寝てばかりいるんだもん、あたしもつられちゃうよ!」
すると、窓の外からハイゼンベルグの声が聞こえる。
「おーい、クラーク、それに妹ちゃぁーん! パレード来たよお! パレードぉー!」
「…だれ? おにーちゃん」
「気にするな。お前は何も見ていない」
「…ええー…?」
「それよりほら、セシリアーナ、パレードが来たぞ」
「あっ、ほんとだ、うわあああ、すごいなあ!」
聖騎士や騎兵たちを従えて、立派な馬車がいくつも、大通りを少しずつ凱旋していった。
新聞で見たことのある、姫や国王や総大司教も手を振っている。牛も馬も竜も小鳥もいる。
なぜか着ぐるみのライオンやらパンダやらもいる。
観衆は拍手をしたり手を振ったりして、王国の復活を喜んでいる。
ピンク色の不思議な髪型の姫が手を振っていて、クラークと目が合った。
クラークがちょっと嬉しくなって手を振り返すと、にこっ、と姫は微笑みを返した。
「うっ…」
クラークはちょっとズキューンと来た気がしたが、姫を乗せた馬車はどんどん進んでいった。
「ねえねえおにーちゃん、あのパレード、蒼い風の人はいる? 絵本で見たことある!」
「絵本に出てた人たちはもう亡くなった世代だよ、セシリアーナ。
でも、今のメンバーならどうだろう…うーん、いるのかどうか、わからんなあ、パレードいっぱいいるし」
「その人たちは、ワルジャークっていう魔王を倒したんだよね。ほかにもいろいろ?」
「そうみたいだな。新聞で見たぞ。だから、これでわたしもやっと学校に通える」
「よかったね、おにーちゃん!」
「わたしも久々にお前に会えてなんだかほっとしたよ。実はちょっとホームシックだったのだ」
「もう、妹ばなれしなくちゃダメだよ? おにーちゃん」
「お前も兄ばなれできてないから来たんだろう? セシリアーナ」
「…まあ、おたがいさま、だね?」
「そうかも、な?」
妹は、兄にぺたりとくっついた。
どんどんパレードが進んでゆく。
「おぉーい、妹ちゃぁーん、降りてこいよぉー!」
下でハイゼンベルグが何かを言っているが、クラークはしばらく無視をすることにした。
◆ ◆ ◆
パレードが終わって馬車がロンドロンド城に戻ると、レルリラ姫はダッシュで「王の間」の玉座の奥にある広間に向かった。
だだだだ…、
ばんっ!
と、扉を開けると、ケンヤとガンマとアルシャーナとライトの四人が、出発準備を終えたところだった。
「ま…間に合いましたわっ!」
「ありゃ? パレードもう終わったんかいな?」
「もう、パレードの間に行っちゃおうと思ってたのに」
「お疲れ、レル!」
「なんでパレード一緒にしてくれなかったんですかっ?」
「だからいやだって言ったじゃん。そゆの苦手なんだってオレ」
「僕は幽閉されないで済んだのが奇跡だったくらいだしね、姫や国王陛下やヌヌセちゃんの取り計らいのおかげでこれからもケンヤ達と旅ができるけど。
だけどパレードになんか出たら僕は石を投げられるよ」
「もうっ…このパレードの主役は皆さんだと思うんですけど!」
「レルも立派な主役さ! ほらほらそんなに頬を膨らせてないで!」
「はあ…、もう、お別れなんですのね」
「レルがいなくなったら女の子があたしだけになっちゃうから、なんか華やかさが減っちゃうな」
「大丈夫ですよ。アルシャさんすっごくかわいいですもん」
「ありがと!」
そう言われて、アルシャーナはレルの頭をなでなでした。
「いつでも遊びにきてくださいね」
「そうする!」
「ああ、それに悪いやつが来た時も、いつでも駆け付けるから」
「悩み事が出来たときもいつでも聞いていいんだぜ!」
「そういうときはケンヤよりガンマさんに聞くかもですわ」
「ええで! お安い御用や!」
「ちぇー!」
話しながらロンドロンド城の外の正門エウイアアーチに出ると、ジージと、ウイングラード聖騎士団の七人が見送りにきてくれていた。正門の門番のムーンライムさんもいる。
「皆様…本当にお世話になりました。このジージ、心より感謝を申し上げます」
「ジージさんも、いろいろありがとう。元気で」
「行くんだな、ケンヤ君。気をつけろよ。わたしとの修行で学んだこと、忘れるな」
「…いろいろありがとうアッカさん。
この戦い、アッカさんとの修行で覚えたΦ凰斬がなかったら勝てなかったよ。
アッカさんが師匠になってくれて、オレ、誇りだ」
「なあに、こちらこそこんな光栄はないから」
「ああ…もうお前らには降参だよ。すげえわ。息子にもよろしく伝えとくからさ、元気でやんな!」
「レックスさん!」
「トムテはよ、もうお前らのところで働かせた方がいいんじゃねえかって思ったんだ。だけど、こいつはオレのところのほうがいいんだと!」
すると、騎竜のトムテがウオオン、と、小さく鳴いた。
「トムテ…元気でな」
ケンヤは、頭を低くして近づいたトムテの頭をなでた。
「ケンヤの旦那。オレ、この旅でとっても強くなれたからよ。レックスの旦那の力になってこれからも頑張るから。お前らも…達者でな!」
そしてジージと聖騎士達は並んで、敬礼した。
正門から少し離れた駅馬車のステーションに、大ダチョウ四羽立ての馬車がやってきた。
国政が正常化したので、駅馬車の運行も久しぶりに正常運行に戻ったのだ。
パレードが終わったばかりで交通封鎖が解かれたばかりの中をやってきた馬車だった。
大ダチョウなので、厳密には馬車ではなく鳥車なのだが、機能上、馬車と記載したい。
「ドッブワァーまで行くやつだ」
「あれだね」
「じゃ…元気で」「みんな、ありがとう」「またね」
などなど、挨拶して、ケンヤとガンマとアルシャーナとライトは魔導ICカードを駅馬車の改札魔導機にピッとタッチし、馬車の広いシートに乗り込んだ。
「ぴいぴいぴい!」
馬車の窓から外を見ると、手を振るレルリラ姫のまわりでぴちくりぴーがくるくる回って、別れを告げた。
「はいよぉー!」
と、御者が言って、大ダチョウの駅馬車を出発させた。
馬車が出ると、途端にレルリラ姫や聖騎士達が小さくなってゆく。
「さよなら…わたくしの…蒼いそよ風! また会いましょう!」
いつも、そばにいるのが当たり前だった女の子が、今は隣に座っていなくて、遠くから大声でそんなことを叫んでいた。
本当にお別れなんだ…。あらためて、ひとりひとりの中に気持ちが込み上げてきた。
「レル…」
「ずっとずっと、仲間だからな!」
「そやで!」
「いつでも…連絡するからなー!」
どんどん、レルリラ姫は小さくなっていった。
「なんだか…寂しくなっちゃうな…」
と、ライトがしんみりした。
「ご乗車~ありがとうございます~…
この駅馬車は、ドッブワァー行き快速馬車ですぅ~…。
ロンドロンド市街は各駅に止まりますぅ~…。
え~…まもなく~…バッキングミ神宮殿本殿~…キセー線、メ―ショー線はお乗り換えです~…お忘れ物のないようにお降りください~…」
御者のお兄さんが鼻声でアナウンスした。
「つぎはバッキングミ本殿だって」
「ヌヌセちゃんがおるとこやな」
「…乗ってきたりして…」
「いやあ、総大司教は旅はしませんのれすって言ってたよ?」
「停車します~…」
「…あっ…」
ピッ、とカードをかざして、サングラスをかけたビキニローブのお姉さんが乗ってきた。
それは、どうみても、ヌヌセちゃんであった。
お姉さんはケンヤとガンマの間に無理におしりを押し込んで座ろうとしてきた。
なので、ガンマがちょっとずれて、入れてあげた。
サングラスを取ると、やっぱり、ヌヌセちゃんだった。
「…来ちゃいましたれす…。やっぱり、ついていくことにしたのれす」
「「「「えええぇぇぇーーーっ!」」」」
「な――んてね、うそれすよ??」
と言いながらヌヌセちゃんは胸元にサングラスを差し込んだ。
「え、ええええ!!」
「皆様にあいさつだけして降りますれすよ」
「な、なぁんだ…」
「わらひね…夢だったんれす。蒼い風に入って冒険すること。
でも総大司教は旅をしませんれすからね。
神殿にやってくる皆の役に立ちまくってこその総大司教れすから。
だから子供の頃にあこがれた蒼い風の一員になるのは、ずっと夢のままだって思ってたんれす。
それで…こんなふうに皆様のお役に立てて、ほんと、よかったなって、思ってますれす」
「ありがとうヌヌセちゃん。ヌヌセちゃんが総大司教じゃなかったら…、ほんとに、このままついてきて欲しいくらいだよ」
「とても助けられたわ、おおきにな、ヌヌセちゃん」
「ワルジャーク様たちはずっと、ヌヌセちゃんを殺そうと必死だった。そんな中でこうやって生き残ってくれて、本当に良かったなって僕は思うよ。ワルジャーク様の配下だった時に対峙しなくて良かった…」
「ヌヌセちゃん、いったんさよならだけどさ、元服の儀はやってもらうし、また時々行くし、世話になるからね。あと…戦死しちゃったらその時もお祈りしてな!」
「絶対に…戦死はしないでくらはいね?」
「ぜひそうしたい」
「皆様…、わらひは皆様を、ずっとお慕い申し上げております」
「中でもヌヌセちゃんはケンヤが好きなんだろ?」
「そうれすよアルシャーナ様、あったりまえなのれす!」
「あ、隠したり照れたりはしないんだ」
「わらひはほんとは、もう今からでもケンヤ様に襲いかかりたいくらい、ケンヤ様をお慕いしてますれす」
「えぇー…」
「でも、わらひの身体はもう、すっからかんれすからね。
なんかもう…機能的にギリギリ生きてるっていうか…いっぱいいっぱいなんれすよね。
子供も作れませんし、きっとほんの何年かあとには、歩くこともできなくなりますれす。だから…ほんとは宇宙一ケンヤ様をお慕いしておりますれすけど…ケンヤ様と一緒にはなれませんのれす」
「ヌヌセちゃん…」
「ケンヤ様、もし好きなお方ができたら、わらひのことは一切考えないで、アタックしてくらはいね」
「えっ…」
「推しの幸せを祈るのが当然なのれす。わらひはもう、大全力で応援しますれす!」
「でも…オレまだ元服もしてないし…わかんないなあ、そういうこと言われても」
「いやぁ…ケンヤ様が女の子の胸がお好きなのは、わらひに向かう視線を見ればわかりますれすよぉ?」
「ケンヤは…そういうのが好きなのか?」
「えっ!、そ、そんなこと…言われても!」
「じょーだんれすよっ??」
「もう、ヌヌセちゃんたら!」
ケンヤは少し視線をそらしながら、本音を言った。
「オレ…よくわかんないけど…、誰かを好きになったらさ、好きになったひとだから…そういうひとの、いろんなとこが好きになる! ってのが…順序なんじゃないかな? オレは…そういう順番だと思う。いや…胸をまじまじ見ちゃったのは…ごめんだけど…」
それからケンヤは、真っ赤になって
「オレも、ヌヌセちゃんのこと、ずっと慕ってるから! ほんと…慕ってる。すごい人だった。尊敬する。それに、かわいい。こんなかわいい人…いない。
…ヌヌセちゃんはさ、生命護持の影響で、もう味もにおいもわかんなくなっちゃったり、いろいろ大変なことになっちゃってるって聞いたけど…長生きできるように願ってる。ヌヌセちゃんのこと、大事な仲間だって思ってるから!」
それを聞いて、ヌヌセちゃんはぽろぽろと涙を流した。
「ケンヤ様…やっぱり…押し倒したいれすっ!」
「「「だめだからっ!」」」」
ガンマとライトとアルシャーナがすかさず突っ込んだ。
ケンヤを押し倒そうとじたばたするヌヌセちゃんを、アルシャーナが羽交い絞めにしてしばらくワチャワチャしたあと、ヌヌセちゃんはぴたっ、と止まり、
「えへへ…、冗談れぇ――す??」
と、笑った。
「どこまで…冗談なのやら…」
それから、ヌヌセちゃんは、手を差し出して、四人ひとりひとりに握手をした。
ケンヤはヌヌセちゃんとの握手を終えると、
「このハチマキにも…握手してよ、ヌヌセちゃん。父の…形見なんだ」
と言った。
ぎゅっ…、と、ヌヌセちゃんはケンヤの勇気の証の先を握った。
「蒼い風の魂は…このケンヤ=リュウオウザンが、ヌヌセちゃんにも託したから」
「確かに…この総大司教が、託されましたれす…!」
にっこり笑ってヌヌセちゃんが手を離すと、ひらり、とハチマキが引力に沿って降りた。
「まもなくぅ~…ソレイン宮前ぇ~…。
セメトル宮、ティコクオ宮にお越しの方も、ここでのお降りが便利ですぅ~…
なおー、駆け込み乗車は他のお客様のご迷惑になりますのでおやめ下さい~…」
馬車が、次のステーションに着いた。
「じゃ…わらひはここで降りますれすね。そして折り返しの馬車に乗って帰るのれす。
皆様、また、会いましょうなのれす」
「ありがとう…」「元気でね」
「今日はもう、すぐ寝たほうがええで」「気をつけて」
にっこりと微笑み、魔導ICカードを駅馬車の車体についた改札魔導機にピッとタッチして、ヌヌセちゃんは馬車を下りた。
ソレイン宮と、はす向かいのティコクオ宮では、馬車を見送ろうと、マリザベス、ホリー、トティ神殿長やメシトゥクータ料理長、オクレール門番長やチエンスッカー副門番長、その他多くの人が、馬車の中のケンヤ達に手を振ってくれていた。
停留所に降りたヌヌセちゃんも振り返って、一緒に両手で手を振った。
「ありがとーう!」「お元気でえええ!」
「敵にお気をつけてえええ!」「いつでも来てくださいねえええ!」
神殿の人たちが口々に声をかけてくれた。
「マリザベスさん…お元気で! 先程は、ありがとうございました!」
ライトが馬車の窓から声をかけた。昼間に一度会って挨拶は済ませている。
「あなたのご両親は…、ずっと空の星から、あなたを見てるからね、ほんとにも――ーっ!」
と、マリザベスが叫んだ。
「ありがとうございます…!」
ライトは、深くお辞儀をした。
そのまま、馬車は再び動き出した。
たくさんの出会いたちが、
別れという名のものになって、
また、小さくなってゆく。
「パレード行かなかったのに、この馬車で結局パレードみたいになっちゃった…」
「ほんと、ありがたいね…」
「なんかさ…いい旅だったな」
「終わってみるとね」
「まあ…死ぬかと思たけどな?」
「終わってなんかないさ、旅はまだまだ続くんだ」
「さぁて、こっからどんな旅が待ってるかなあ」
「蒼い風の基地にも…久々に戻りたいな」
「行ってみたいな、どんなところなんだい?」
「いいとこさ。…ライトの部屋も作ってやるからな!」
じゃあ…イグザードにもらった曼荼羅を飾ろう…、と、ライトはすぐに、思うのだった。
◆ ◆ ◆
ずしゃあ…。
蒼いそよ風の乗った馬車が遠ざかったのを見届けたあと、ヌヌセちゃんはその場で倒れてしまった。
ぐしゃあああ…、と、倒れたヌヌセちゃんの身体を中心に円形に、血が広がってゆく。
「あらやだわ!」「総大司教さま!」「ヌヌセちゃん!」「ヌヌセ様!」
馬車を見送っていた面々は驚き、それぞれが即座に職務に応じて対処に走った。
総大司教ヌヌセちゃんの呼称は「ちゃん付け」をしろという神殿ルールなのだが、それを忘れて「様付け」するくらい、慌てている者もいる。
トティ神殿長はあわてて駆け寄り、回復魔法を始めた。
「…わらひは…しあわせれす…、これからも…がんばりますれす…ケンヤ様…」
と言って、ヌヌセちゃんはそのまま、
意識を失った。
「呼吸と…心拍が…止まられています…!」
「心臓マッサージ!」
「魔法いそいで、ほんとにもう!」
「ハイポーションありますのん!」
わらわらと神殿の人々が対処を行う。
ヌヌセちゃんはこの戦いで何人ものの魔王と戦い、激闘を終えて、ケンヤ達と別れるまでずっと気を張っていたのだが、別れと共にその緊張が一気に解かれたので、ギリギリで繋ぎとめて維持していた生命が、がらがらと崩れようとしていたのだった。
だが、ケンヤから受け取った誇りが、ヌヌセちゃんの心の中で強く輝いていた。
ここで負けるような彼女では、なかった。
横たわっているヌヌセちゃんの身体が、白い光に包まれはじめた。
生命強制護持札術の発動が始まった。
総大司教ヌヌセちゃんの顔は、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
何しろ彼女は、幼い頃から憧れていた、蒼い風の魂をたったいま、愛する人から託されたばかりなのだ。
だから、この総大司教はこの日、
死ななかった。
◆ ◆ ◆
一方、ルンドラ島である。
主を失ったディンキャッスルの城門は、跳ね橋が上げられている。
領主特務塔は倒壊したが、主塔をはじめその他の建物は残っているので、今後、人員を新たにしてここでまた、ウイングラード王国・ルンドラ領の政務が行われる予定になっている。
ルンドラ出身のロンドロンド在住の新領主が近日派遣されると新聞には書かれている。
さて、そんなディンキャッスル前には、そんな状況も露知らず、異国よりやってきた老人と少年の師弟が、その城門前で佇んでいた。
「着いたぞ、ジョー」
ジョーと呼ばれた鋭い眼光の少年は、銀の長髪を煌めかせて
「ここが…ワルジャークとかいうくそ大魔王のいる…ディンキャッスルとやらか? シルヴァ師匠よぉ…」
と、にやりと微笑んだ。
「そうだ。ワルジャークを倒すという修行のためにわざわざ、わし達は遠くヤマトゾルクから何日もかけ、はるばる怪鳥クチプロスの背中に二人で乗って、こんなルンドラ島まで旅してきたのだ」
「怪鳥クチプロス…ほんとねぇわ…乗りごこち最悪だった…」
「帰りも乗るのだぞ。これも修行だ」
「ああ…またあの怪鳥クチプロスに乗るのか…」
「だがジョー…お前の好きな剣での戦いという修行が、ここでは存分にできるそ?」
「そうだ、シルヴァ師匠。それだけを楽しみによ…、オレ様はよぉ…怪鳥クチプロスのひっでえ乗り心地を我慢してきたのよ…。
ここでオレ様は…三大魔王と言われる強えぇ大魔王を、斬れるんだな?」
「そうだ。それが今日の修行だ」
「おぉよ…、いいだろう、それなら最高だ。…相手にとって不足はねえ…ッ!」
「ジョー。お前がわしの弟子になって、一年と…少し。
お前が本当の一人前のサムライになるには、おそらくあと三年ほどは修行が必要。
だがな、いまは世界の危機。お前もかなりの剣士になった。
こんな時くらいは、壱紋寺に籠って修行をしている場合ではないのだ。
ジョー。これまで磨きかけたその修行の力、存分に振るえ!」
「おうともよ、シルヴァ師匠!」
「すんまそーん、すんまそーん」
「あぁん? なんだぁてめえは!」
「通りすがりのまるはげのおじさんです。すんまそーん」
「通りすがりのまるはげのおじさんだとお!!」
「通りすがりのまるはげのおじさん、一体何の用かな?」
」
「さっきちょっと会話聞いたんですけど、すんまそーん」
「あぁん?」
「あのぉ…ワルジャーク達はもう、きれいさっぱり、倒されましたよ?」
「あぁあああーん!?」
「すんまそーんっ! すんまそーんっ!」
まるはげのおじさんは、ジョーの剣幕の恐ろしさにスタコラサッサと逃げて行った。
「仕方ない…怪鳥クチプロスに乗って帰ろう。
そして、修行の続きだ。ジョー」
ぽん、と、シルヴァはジョーの肩を叩いた。
「ざっけんな! オレ様の許可なく勝手にやられてんじゃねえぞ、ワルジャークううううぅぅ―――!!!!!!」
こうして、平和を告げる声が高らかに響き渡るのだった。
◆ ◆ ◆
河岸段丘の丘陵を横切る参宮ロンドロンド街道を、大ダチョウの駅馬車が駆けてゆく。
蒼いそよ風は、今日も伝説への旅路の途中である。
これからまだ、彼らには数多くの冒険が待ち受けているのだ。
幾多の困難を乗り越えて、時には立ち止まり、時には戻りながらも、進んでゆくのだ。
ケンヤが馬車の窓の外を眺めていると、
「あ…」、と、気付いた。
〈ロンドロンドまで三キロナメトル〉
と書かれた、フェニックスか何かをかたどった古い木の看板の前を、馬車は通り過ぎていった。
ケンヤは幼い頃、戦場の帰り道に父に背負われて、たくさんの恐怖に捉われながら、あの看板を見たのだ。
それから一月に、再びここにやって来た時にも、あの看板を見て、その時のことを思い出していたっけ。
あれから約二カ月の間に、ずいぶん色んなことがあったものだ…。
ケンヤが馬車の窓から後ろを振り返ると、丘陵の先にある城塞とロンドロンド城はずいぶん遠ざかっていた。
「…少し…歩こうか?」
そう、ケンヤが仲間たちに切り出した。
「いいねえ。ここらへんは小川のせせらぎがあって、眺めもいいし、いいところだよな」
「もうすぐ日が暮れてまうけどな」
「夕焼けを見ながら歩こう」
「じゃあ…次の停留所で…」
馬車が停まり、四羽いる大ダチョウの一羽と、降りたケンヤの目が合った。
「ダチョウさんたちも気をつけてな!」
ケンヤにそう言われた大ダチョウはくりくりした瞳でケンヤを見てからまた、鳥類らしいカクっとした動きで前を向くと、馬車を曳いてまた、出発していった。
四人で停留所の土手のスロープを降りると、ケンヤは少し、伸びをした。
それから四人で、左右に雑草がまばらに生える砂利道の街道を歩き出すと、少しずつ春の気配を帯びてゆく丘陵地の草々の薫りが感じられた。
「僕はもうちょっと駅馬車に乗っていたかったけどなあ」
「しばらく歩いて飽きたら、また乗ろうか」
「うーん…今夜は野宿もいいかもね。テントも新調したし」
「せやな」
「適当だなあ…これからはもうすこし計画を立てないか?」
「まあ、今は、ええねん。久々になんにも急ぎの用もないんやから。
命のやりとりはストレスをすり減らすからな。
まあ、戦いが終わったときはな、こういうのもな、リゾートやねん」
「一番しっかりしてほしいガンマがそれなの?」
「逆にしっかりしてるから、息が抜けるんだぞ、ライト」
「ほらほら、ライト、野うさぎがいる。あそこ、ほれほれ」
「あっ…ほんとだ…」
「あっ…にげた…」「かわいい」「かわいかった」
「逃げなかったら、ぴちくりぴーのかわりに新たなマスコットになってただろうな」
「ライトも適当ゆうとるやん?」
「バレたか?」
小川のせせらぎをのぞき込んで、アルシャーナが指をさした。
「さかなもいるぜ、ほら」
ケンヤもしゃがんでのぞきこむ。
「じゃあ、このさかなをぴちくりぴーのかわりにマスコットにするか」
「ビクに入れて持ち運ぶの?」
「くるかい? おさかなさん」
「いかないよー」
「うわ! さかながしゃべった!」
「しゃべるよ。この、さかな王をなめないでいただこう。じゃあねえー」
「じゃあねえー…」
すいー・・・・。
さかなは、悠々と泳いでいった。
「びっくりした…急にしゃべるんだもん、さかな」
「さかな王…、さかな王なの? あれ」
「自分でゆうたんやから間違いないやろ」
「へえ…」
「…旅してるとさ…、いろいろな出会いがあるね」
「これからも、いろんな出会いがあるんやろなあ」
「いいやつも悪いやつもよくわかんないやつも、いるんだろうなあ…」
「しゃべるさかなもいるんだろうなあ…」
「それはさっきいただろ」
「あんなやつもこんなやつもいるんだろうな」
「どんなやつだよ」
「ニセケンヤとかニセガンマとかもいるんだろうなあ」
「なんで?」
「なんとなく」
「ニセぴちくりぴーがいたら連れて行こう」
「それだ!」
「どれだよ!」
「いろんな出会いがあるだろうけど…オレ達は、ずっと仲間だからな!」
「ああ」「ゆうまでもないな!」「…わかった…!」
それからライトは、すうっ、と深呼吸をして
「ああ…楽しみだなあ、これから僕たち、どこに行くんだろう」
と、言った。
とりあえず南に行って大陸方面に出ることくらいしか、まだ決まっていないのだ。
「みんな…、次は…どこに行きたい?」
ケンヤが聞いた。
「…そうだなぁ…」
この先は、
風はいったい、どこに吹くのだろう。
《おわり》
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