#61 魔獣たちの決着
一方、ディンキャッスル主塔六階・玉座門の前では引き続き、ライトと白狐大帝レウの戦いが繰り広げられていた。
「全く…あきれたなあ、どうなってるんだい? レウ」
「それはオレのセリフだよライト。…全く…せっかくパワーアップしたのに」
互いに、呆れるほどパワーアップしていたのである。
幾分か戦い、ふたりは肩で息をしながら、そんな言葉を交わした。
「レウ…、シーザーシールドがなくなってからのほうが…強いんじゃないか?」
「違うなライト。オレが強くなっただけだ。シーザーシールドがもしあの神風のケンヤに壊されてなかったら、さらに強かったさ」
「シールドを失って、より攻撃に特化したようにも感じる。
だから…こっちから攻めるほうがいい…ッ!」
ライトはだだだだっ、と駆けてレウの足を狙ってきた。
「真・ライティングスライディング!」
ずざーっ!
かつてケンヤに繰り出した「ライティングスライディング」と比べて「真」がその名に加わったその技は、格段にスピードとパワーを増してレウに迫った。
「攻撃に特化した、か。
…そういう側面は…あるかもなッ…!」
ばっ、とレウは素早く地に両腕をついて四つ足のようなポーズになると、ぎゅんっ、と向かってくるライトの身をギリギリでかわしてその胴体に抱きつくように止めると、ライトとレウの身体はもんどりうってギュンッと空中でくるくる回り、ばうっ、と地を跳ねた。
「くうっ!」
ライトが叫ぶ。
「どうだライトぉ!」
レウはそのまま床に、寝技に持ち込んだ。
ぐいぐいとライトの背後から首を絞めつけ、スリーパーホールドの形になった。
ぎゅうぎゅう…ぎゅうぎゅう…
「はあ…はあ…、くっ…こんなの…昔…じゃれあってた頃とは違うんだ。プ、プロレスごっこなんか…しないでくれよ…!」
後頭部にレウの薄い胸を感じながら、ライトは振りほどこうとするが、外れない。
レウは幼いころのライトとよくこうやって遊んでくれた。ぎゅうぎゅうと締め付ける感覚がそろそろ懐かしくもなる時期になっていた。
「じゃれてた頃があるからわかるんだよ。効いてるじゃんか。これをしたらライトは逃げられないってわかってるんだ」
ぎゅうぎゅう…ぎゅうぎゅう…、とチョークが極まってゆく。
このままでは頸動脈を絞められて眠りについてしまうだろう。
「うっ…う…ううっ…」
「それに、本気でやってるんだから、ごっこなんかじゃあないんだぜ! オレは…本気なんだ…裏切りやがって…許さないからな! このまま堕ちろ!」
「う…う…うああああ!」
ライトは力いっぱい両手でレウの腕を戻そうとすると、少し緩めることが出来たので、脱出を試みた。
ぐいっ、とライトは頭を外し、ばっ、とレウの身体から離れようとする。
しかし今度は膝に抱きついて再びライトの動きを止めた。
ずざっ、と、再び寝技に持ち込むレウである。
「スリーパーホールドから逃げられるとは成長したな? だが…こいつも逃げられなかったよな?」
レウはライトに足を絡めて締め付けた。
サソリ固めである。
「うっ…ううわぁあああっ!」
「ライトぉ、なんかオレに寝技かけられると嬉しそうだよな? オレにはわかってるんだぜぇ?」
「うっ…うううっ…」
「オレがきつねのとき…ずいぶんエロい撫でかたしてきたよな…?」
「そ…そういうんじゃないんだ…!」
「そういうんだって!」
「あっ・・・あっ、あああーっ!!」
「こーのマセガキめ、どうだ! どうだ!」
「あーっ! あぁーっ!」
レウがサソリ固めの足に、力を入れると入れるだけライトが声を上げた。
「戻って来いよライト…、オレがいるんだぜ? ここには。
それに…お前がもう少し大きくなればきっと…もっといいことも出来る」
「な…なんだよ…や…やめてくれっ…」
「やめてくれじゃないんだよ。やめさせてみろよ。お前が破ってみろよこの技を。このまま足を折っちまうぞ? だめならギブアップって言え!」
「い、い、…言わないっ!」
力いっぱい振りほどこうとしても、絡まったレウの足が食い込んで、ぐいぐいと締め付けてゆく。こうなると単純なパワーでは、ほどけなかった。
「ぅぅぅううーっ……呪文(スペル)…月光閃(ゲッカレイザー)!」
かっ、
と、ライトの光の魔法がきらりと光り、発動しようとしたので、
「ちょ、まじかよ!」
と、慌ててレウがサソリ固めが極まったままの状態で、上半身を波打たたせて躍動し、避けた。
どうぅぅん!
と、光速のレーザービームのように激しい弾道が轟音と鮮やかな光を撒き散らしながら爆轟を上げた。
「締め技を攻撃魔法で破ろうとするやつがあるかよ!」
「それでも技を解かないなんて…やるなあ…」
「解いてるヒマなかったぜ…」
「はぁ…はぁ…レウ…、君こそこっち側に…こいよ…」
「ばーか、そんなにオレの締め技がいいのか?」
「…そんなんじゃない…」
「そんなんだって!」
再び、サソリ固めの極まった足に力を込める。
さらにレウの尻尾がふわふわぐりぐりと、ライトの身体を責める。
「はぁ…はぁ…、うっ…ううう…」
「わかりやすいヤツだな…」
「違う…ってば…!」
「オレはな、ライト。
オレは邪雷王様もワルジャークさんも好きなんだ。考え方も含めてだ。知ってるだろ?
お前が彼らを倒すというなら、たとえ赤ん坊のころから世話をしてきたお前でも、許すわけにはいかないんだ。…こんなこと、よくわかってるだろう?」
技を締めるレウの足が汗ばんでいるのを感じて、その温度を確かめるように
「…そうだよな…」
と、ライトは言った。
「だけどお前のことはずっと、大切なヤツだと思って目をかけてきた。それもわかってるよな」
「当然だよ、レウ」
「もうそっちも譲れないのはわかりきってるんだ…。
だけど、探るように、すがりたくなってもしてしまう。お互いにな」
「…確かにそうだ」
「本当にお前は…大きくなったな、ライト」
「レウ…」
「ワルジャークさんに赤ん坊のお前がさらわれてきた日、なんてかわいそうな赤ん坊なんだって、思ったんだ。
だけど、世界のためにそれが必要なことなんだってこともよくわかってた。
だから、お前は来るべくしてここに来る運命の子だったんだって、心に言い聞かせて大事にしてきたんだ。
親なんて言葉も教えずに、すぐバレちゃうようなウソまで、みんなしてお前につき通してさ…。
みんなで色んなことしてお前を必死で育てたさ」
「…感謝してる…。僕をさらったことや、親たちにしたことは許せないし、ワルジャーク様たちは倒すけど…、育ててくれたことには感謝はしている」
「そう思うなら…もうひとこと、ちゃんと言えよ」
「ありがとう」
「うっ…」
そこで、少しレウの涙腺が緩んでしまった。
「そんなお前を失っちまうなんてな…。こんなことになる可能性もあるとは…思ってたさ。こんなこと無理があったんだ」
「なにを言うんだよ…そんなこと戦ってる最中に…」
「はっきりさせておきたかったんだ。
これからオレはお前を殺す。
もしくはわずかな可能性だが、お前に殺される。
でもそのどちらにせよ、その前にお前に伝えておきたい。
お前がオレたちの前に現れていままでずっといてくれたこと…そこは、感謝してる…」
と言ってから、
「…ありがとう」
とレウがすこし笑った。感謝が交わされたのだ。
「…だけど…殺すからな?」
「僕も…殺されないからな?」
ばっ! と、体勢が変わった。
レウの足にずっと絡まれているのは痛くもありつつ正直気持ちもよかったライトだったが、話をしていて緩んだのでライトは一気にその足を振りほどくことが出来た。
「くっそ、ひざがジンジン来る!」
「技は解かれたけど、ライト、お前に伝えられたから…お前との戦いに専念できるよ」
「僕も、レウを倒してもいまなら…その後悔は少なく済みそうだ。そうなってもレウが納得してくれるって、わかったから」
「ばーか」
と返し、レウの手甲にダイヤ形に輝く板状の中央面から、すうう、と、パック入りの二枚入りの油揚げが召喚された。以前にも繰り出された技だが、スーパーで売っているバーコードのついた普通の油揚げである。
「やられないんだよ? こっちは」
と、ぶんぶんと尻尾を振り回しながら、レウが叫んだ。
「アヴラージェ・アヴァランシュ!!!!」
ぎゅん!と、油揚げの実体から、白く光る透明な実体のないエネルギー状の油揚げがいくつもいくつも放出され、吹雪のような波動となり、ライトに襲いかかる。
「僕こそ! 呪文(スペル)…流追炬(トーチトラッカー)!!」
ライトの炬系三文字魔法によりオレンジ色の丸い炎の松明がいくつも出現して、ひとつずつ「アヴラージェ・アヴァランシュ」を追い、迎え撃った。
ドドドドドドン! と、トーチトラッカーと呼ばれる魔法に相殺されて爆発してゆく実体のない油揚げたち。
「フッ…いい魔法だ! はあああっ! 狐純白波波(こずみしらなみは)!」
ブァアアッ、と白い波動が九つ、上空経由のカーブを描いてライトに向けて放たれた。
「真・L鑼刀(エルドラド)!!」
ライトは降りかかる九条の狐純白波波にL字の斬道の太刀をいくつも浴びせた。
ドドドドド! ドォオオオオン!
輝く魔剣の剣波がレウの波法たちを終息させてゆく。
「…白狐剣!」
続いてレウが異空間より剣を取り出した。
「…その剣は…ケンヤに折られたって聞いたけど」
#21冒頭のパワーブリッジ前の戦いにて、ケンヤのハヤブサシールドに弾かれて折れたのだ。
「またイズヴォロに買ってきてもらったんだよ、ジャアスコで!」
「いつの間に」
「折れたんだから当然だろ」
「それジャアスコで買った剣なの」
「知らなかったのか」
「うん…、ジャアスコで買った剣を自慢そうに使ってたの? レウ」
「お前なあ、ジャアスコ結構いいもの買えるんだぞ」
「でもジャアスコ安いよね」
「そうだけど! いいものもある!」
闇にうごめく邪悪なショッピングモール「ジャアスコ」では、レウが愛用できるほどの剣も買えるのであった。
「そおれ、ジャアスコで買った自慢の剣のサビになれ、ライト!」
「いやすぎる!」
「ሌ皎漸(レーキョウザン)!!」
白狐剣が唸りを上げて、ライトに迫った。
「なるほど…これは…自慢するだけあるすさまじい技だ…だが!」
ライトの剣が高らかに唸りを上げた。
「星導聡流剣・剣義!! 星撃L牙玲央(アステールエルガレイオン)!!」
そしてライトはすかさず、アステールエルガレイオンと呼ばれた剣の奥義を繰り出して対抗した。
「な…なにいいいっ!」
彗星のような猛烈な剣波の一撃が縦方向にL字を描き、レウの上空からまっすぐに降り続いてしばらく留まった。
星撃L牙玲央(アステールエルガレイオン)の留まる斬波はレウのሌ皎漸(レーキョウザン)と激しく衝突したのち、ぶあああっ、と白狐剣が舞い上がった。
すかさず、しゅん、と光のごとく移動したライトは、
「真・L鋼乱挿(エルゴラッソ)!」
と、白狐剣の刀身に、鋼のように重いパンチの乱撃を挿入した。
ドドドドドドッ!
ばきぃん、と、再び白狐剣は折れてしまった。
からからん、とかつて白狐剣だったものが落ちる。
「もっといい剣を使うんだね!」
「お…お前な…! 攻撃続けるならオレのほうに来いよ! なんでそこで剣に行くんだよ! いくらしたと思ってんだ!」
「いや、その剣のサビにされるって言われたからさ、それはいやだなあ~って!」
「いい剣なの! こんないい剣なかなか手に入らないの! わかる?」
「わかんない」
「いい剣なんだからこんなポキポキ折らないでくれる?」
「いい剣なら折れないのでは」
「そうなんだよ、無茶苦茶いい剣なのに! なんで折れるの?」
「僕に言われても。まあ僕やケンヤが規格外なんだろうね」
「…ライトのバーカ!」
「…じゃあ、攻撃続けるならレウのほうに行けばいいんだよね。お望み通り、行くよ、レウ!」
ライトは両腕からそれぞれ波法を放った。
「真・L暴狼(エルボーロ) & 真・L鑼把(エルドラッパー)…、ツインストームLLウェイブッ!!」
ギュオオォォッッ、グオオオン…ッ!
と、狼の姿の波動に、螺旋の波動が絡みながらL字を描いてゆく。
「シーザーシールド!!!!」
レウは、いつもの癖で防御を作動させた…つもりだったが、
「あっ!」
「ないでしょそれ!」
そう、レウのシーザーシールドは今、ないのだ。
ドゴゥオオオォォォン…
レウは一瞬の判断ミスでライトの大技ふたつの複合技を無防備に受けてしまった。
「最後はこんなことで…勝負が決まるとはね…」
地面に伏せるレウを見て、ライトがそう言ったが
「まだまだ…全然…終わって…ないんだよ…ッッ!」
と、レウは言い放った。
「いいだろう…魔獣化してやる…」
「レウも…できたのか…」
「オレは…邪雷王様が与えてくださった人間の姿が好きだったんだ。魔獣化したら、また本来の姿がベースになってしまうからな…好きじゃないんだ」
「へえ…」
「だけど後悔してたんだ。出し惜しみしなければ、あの日、神風のケンヤにも敗れはしなかったはず」
「それは…興味深いね」
「ライト、お前もまだ残しているだろう、変身を。ワルジャークさんとの戦いに備えてるのか? 甘いぜ」
「変身してほしいのかい? レウにとっては僕に変身させないままのほうがいいんじゃないのか? ま、気にせずに来たまえレウ!」
「うぉぅおおおおおっ…!」
ゴウン!
空気がぴん、と引き締まる。
ひゅっ、と気温が何度か下がったようだ。
そこには、鎧をまとった白いきつねの姿が現れていた。
「…レウ…それが…魔獣態か…」
「そうさ」
周囲にはシーザーシールドが作動している。
「…シーザーシールド…戻ってるじゃないか…」
「別のシールドだよ。この姿に付随するよう、以前のとは別に仕込まれてたんだ。
それに…驚いたな…。
オレ自身…大きな力を得ているから、…オレ…さらに強くなっている…。
わかるんだ。全く、負ける気がしない」
「でも…僕は負けない!」
だだだだっ、と星導聡流剣を構えてライトが突き進むと、
「九尾肋舞(キユービィロップ)!!!!」
と、レウが技を繰り出した。
直径三十センチナメトルほどのキューブ状の透明な四角いエネルギーのかたまりが九つ、ぎゅおん、と放射され、ライトの身体の各所に向かった。
ライトは剣を振って斬ろうとするが、九つのキューブ達はひゅんひゅんと器用に避け、ライトの首、胸、腰、両ひじ、両膝、両足首の計九か所を固定し、壁にだん、と張り付いた。
「うぐっ!」
「ライトのはりつけが完成したな!」
「今度は締め技なんかよりもっと逃げられないぜ?」
「ぐっ…ぐうっ…、ほ、本当だ…」
「だろう?」
「くっ…なぜ…斬れなかったんだ…」
「当たり前だろ? オレが強くなったからさ!」
そう言ってレウは尻尾をぎゅんぎゅんと振った。
「もっと…論理的な理由は…ないのか?」
「パワーを数値化したら満足か? 測定器を出すのも面倒だが…、現実なんだから受け入れろ?」
「これが…レウが魔獣化したゆえの力だっていうのか…!」
「ま…それだけじゃない。力を得たからな」
「くっ…」
「逃げられまい?」
「…くそっ…う…動けない…」
「じゃあ、とどめだな」
「……」
「お別れを言おう。さよなら…、ライト…」
「……」
「…くそっ…」
「…どうした? レウ?」
「……くねぇ…」
「えっ…?」
「……やりたくねえよ……」
「…レウ…」
「…でも…やるからな…いま…やるから…!」
「……」
「…なんで抵抗しないんだよライト…」
「…レウを見てたら…なんかね…」
「…魔獣化しろよ!」
「なんだよ? レウ、僕にとどめを刺すんじゃないのか?」
「そうだよライト、今、やるから! …オレは…決めたんだ! 白狐剣!」
ジャキィィン! と、再び白狐剣を出し、くわえた。
「あれ? その剣さっき折らなかった?」
「もう何本か買ってあんの!」
「ジャアスコで?」
「ジャアスコで! すごくいいジャアスコで!」
「何本買ってあるの?」
「ひみつ!」
「僕、そんなジャアスコで買った剣でとどめさされるのイヤなんだけど」
「なんでイヤがるんだよ、これめっちゃいい剣だから! これめっちゃいい剣だから! ジャアスコもいい所だから! いい所!」
「なんで二回ずつ言うの」
「そりゃあお前…いい剣だから!」
「…じゃあ…いい剣かどうか…試してもらおうか…。流帯(るたい)の構え! はああああっ!」
ぶわあああああっ! と、拘束されたままのライトの身体に黄金のオーラが立ち込めた。
「ሌ皎漸(レーキョウザン)で来たまえ、レウ!!」
「本気か? 流帯の構えって…構えられてないじゃんか…」
「さあ来い!」
レウは、白狐剣で剣奥義を放った。
「ሌ皎漸(レーキョウザン)!!」
パキィィィン!
と、粉々に刀身が砕け散った。
「え…ええええーっ!」
「レウは強くなっている…。僕も強くなっている。だけど、その剣じゃ僕たちにはついてこれないのさ」
「あんだけ…覚悟して…やっと斬ったのに!」
「簡単に斬られはしないのさ」
「いい剣なのに…」
「いい剣でもレベルが違うんだよ。
レウの素手に勝る武器がないならレウ自身の力のほうが余程恐ろしいよ」
「そっか…オレ、ここまで強くなってる自覚がまだまだだったんだな…」
「レウの最強の技は…剛狐百ሌ打(ごうこひゃくれいだ)…って技だよな? 今もそうかい?」
「そうだ」
「それで来たまえ」
「脱出できないくせにどうした? 死ぬ気かライト」
「なんだ、躊躇してるのか、殺すんじゃないのかい?」
「そうさ…。いいぜ…、やってやる!
さよならは…何度も言わないぜ! 死んでもらう!」
ぶぉぉおおおぉっ、と、レウの周りに光る握り拳が九つ現れた。
「剛狐百ሌ打(ごうこひゃくれいだ)…ッ!」
そして、だだだだだだだっ…、と、猛烈な勢いでレウの拳撃が突き出された。
九つの拳で百打では割り切れないわけだが、そこは気にしないようにしたい。
ひとつだけ負担が多い拳があるのだろう。
そのような負担も乗り越えて、激烈な衝撃がライトに襲い掛かったのである。
夏の午後の夕立のような激しい剛狐百ሌ打の雨に打たれながら、
「来い…来い…来い…!」
とライトは呟いた。
ゴウン!!
「うおおおおおおおおぉぉぉッ!」
来た。
ボグワアアアアッ、と、光が竜巻いて、それからレウの光る透明な拳たちが次々と弾き飛ばされていった。
「な…なんだとぉおおおおっ!」
どわぁああっ、と、レウの身体も吹っ飛ばされた。
ざしゃあ、と、倒れたレウの上に、どすん、と馬乗りになったのは、黄金の異形の仮面の、輝く装甲をまとった魔獣であった。
下肢は四本足でケンタウロスのようなフォルムである。
「お前…ラ…ライトか?」
「そうさ。シュテルンヴォルフ・ライトというらしい。
僕の魔獣態の姿さ。剛狐百ሌ打のエネルギーを利用して九尾肋舞(キュービィロップ)の枷(かせ)を外し、さらに危機に晒されることで、トリガーを外させてもらった…」
「…いまのは…オレの最高の技だったんだぜ…?」
「ああ…だからそのおかげで、これになれたよ」
両腕で、刃を立てた星導聡流剣を天に掲げ
「ウォオオオオオオオオオオォォォ・・・・ン!」
と、シュテルンヴォルフ・ライトが吼えた。
バリバリバリバリバリバリ…、と、激烈な光が土曜の夜のヤンチャな若者たちのように踊り、情熱を求めて荒れ狂うかのように剣から、光がはじけ飛び倒しくさっている。
「お…、お前…、本当に、ライトか?」
もう一度レウは聞いてみた。
「シュテルンヴォルフ・ライトっていうらしい…」
「それは聞いたけど…」
「じゃあ…、…倒されて! 星求剣舞(アースシーカーソードダンス)!」
バリバリ―――ッ! と星導聡流剣が振り下ろされ、アースシーカーソードダンスという剣技がシュテルンヴォルフ・ライトによって披露された。
「シーザーシールドッ! 魔力炉全開ッッ!」
ぎゅいいいいいいぃぃぃん!
レウのシーザーシールドが高速で盾に姿を変え、搭載される魔力炉の出力全開でライトの星求剣舞(アースシーカーソードダンス)を迎えうった。
バリバリバリバリ…!
お正月のコマ回しのように内臓の魔力炉をフル回転させて、バリバリとダンスを踊り続ける星求剣舞(アースシーカーソードダンス)を受け止めるシーザーシールドは、どんどんとそのエネルギーを消耗させていった。
「よーくわかってるんだ。シーザーシールドは…フォースゲージが…ゼロになれば…何でもなくなる!」
と、シュテルンヴォルフ・ライトが言った時には、ちょうどゼロになった瞬間であった。
からんからん、と、エネルギーを失ったシーザーシールドが床に落ち、
「ラストダンス!」
という叫びと共に星求剣舞(アースシーカーソードダンス)がレウに炸裂した。
ザンッッッ!!!!
「ぐわああああっ!」
舞い上がるレウの身体を視認したシュテルンヴォルフ・ライトは、追うように飛び上がり、その右手にパワーを込めた。
「負けるわけにはいかない…全力でいく! 万星荒都(サウザントソレイユデゼルトメガロポリス)!」
ズガァァアアン! と、サウザントソレイユデゼルトメガロポリスという技の、重い重いパンチ音がこだました。
どうっ、と地に叩きつけられ、しゅるるる…、と、レウが魔獣態から人間態に戻っていった。
「レウ…悪いけど君は…もう一段階…戻さないといけないんだ…!」
「波撃…星誕惢呵雄嵐(リルバースココロスマイルボーイストーム)!!!!!!」
最後はリルバースココロスマイルボーイストームという波撃であった。
宇宙を舞うように、レウはライトの最後の一撃を受けた。
不思議なことだが、悔しいと思う気持ちとともに、心には、どこか喜びも感じていた。
「…じょう…だんじゃ…ない…ぜ」
そう言うが、口元が笑ってしまう。
「お前…本当…に…大きく…なって」
「さよならだけど、ずっと大切に思っている…。レウ」
「…オレも…」
レウはしゅるしゅると、元のきつねに戻ってゆく。
そして、ぱさ…と、きつねが落ちた。
シュテルンヴォルフ・ライトは門の横に置かれている冷蔵庫をさかさにして内容物をざらざらと出して、その中に、倒れたきつねのレウを封印した。
レウの飲みかけのジンジャーエールのビンがからからと転がる。
「…それ…もったい…ないから…お前飲んじゃえよ…」
「…わかった…」
「そ…そういえばワルジャークさん…お前の…封印魔法の上手さをみて…『こんなもの、本人以外だれも解けまい』って言ってたなぁ…」
「そっか…。レウや…みんなが僕をそうやって育ててくれたおかげさ」
「…こんな…とこに…冷蔵庫…置かなきゃよかった…」
「さよならだけど、死ぬわけじゃないから…また会えるかもね」
「そん…ときは…今度…こそ…ぶっ殺してやるからな…オレの大切な…ライト…」
封印されると身体の機能は停止する。年老いもしない。
だから、もし、自分の中で子ぎつねの新たな命が授かり、育つとしても、それも封印されている間は停止するのだな…。
レウは、そんなことを考えていた。
そのうちに封印が進んでゆき、レウはその身体機能を停止した。
◆ ◆ ◆
それから、たたたたた…、と、一階から六階まで迷いながらも、ケンヤが駆け上がってきた。
「ライト…だよな…?」
「ああ…」
「お前なんで、そこで冷蔵庫を抱きしめてるの…?」
「…レウを封印してただけだ…」
「封印に…そんな工程ないんじゃ?」
ジンジャーエールの空き瓶を置いて、ライトが立ち上がった。
「うっさいなあ、ほら、行くぜ、ケンヤ」
べし、と、シュテルンヴォルフ・ライトはケンヤの尻を叩いた。
「セ、セクハラだぞぉ?」
「じゃあもっとされておきたまえ」
べし、べし、とさらに念入りに叩かれて、やめろよぉ~、などと言いながら、ケンヤは目の前の扉を見据えた。
その向こうでは、砕帝王将ワルジャークが待っていた。
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