#57 修羅場
その頃、
ディンキャッスル・主塔最上階・玉座の間。
扉の外ではレウとライトの戦いが始まった。
宙に浮かぶモニターを見ながら、砕帝王将ワルジャークは思わず玉座から立ち上がっていた。
「しぬしぬ…死ぬの?」
突然、元妻のそんな声がしたのでワルジャークが玉座の後ろを振り返ると、砕日拳使アイハーケンが来ていた。
「…お前、わたし直通のエメラルドをまだ持っていたのか…」
と言ってワルジャークはため息をつくと、落ち着き払ったしぐさで、再び玉座に座って足を組んで見せた。
「まーまー、まあねー。どうどう、どうしたの? きつねに子孫を残すようなことしちゃって」
アイハーケンはくるりと玉座の前に回り込んで、ジト目でワルジャークに人差し指を向けた。
「…なぜわかる?」
今はそれよりレウとライトの戦いが気になるワルジャークだったが、ほじくられたくない所を突かれると無視も出来ないのだ。
「昔、さんざん嗅いだワルの『そういう時の薫り』があのきつね女からたーっぷり、もれもれ、漏れ出てたもーん。
ヒュペリオンがいなくなったら、すぐすぐ、すぐにそんなことするんだねー」
「もうお前とは別れたのだからプライベートで何をしようと放っておいてほしいのだが。なぜわたしの周りはいちいちそういうことに首を突っ込んでくるのだ…。
そんなことより、シーザーハルトが復活したあとのお前の役職だが…」
「そのその、その話の前にねえ…」
しっかり話題を変えにかかったワルジャークだったが、アイハーケンもそう簡単には乗らなかった。
「なんだ?」
「ワルはさあ、みれみれ、未練がまだまだ、まだあると思ってたなあ、わたしにー…」
「…お前はないのだろう」
「わかってた?」
ぎゅん、とアイハーケンは髪についた眼球で殴りかかった。
「くっ!」
と、玉座を蹴って避けるワルジャーク。
がしゃん、と、玉座の装飾についたオブジェが砕け散った。
「なっ…何をする!」
「なんか、なんかなんかぁー。思ったんだけどね、邪雷王様にとってワルの存在って、きけきけ、危険すぎるんだよねぇー」
「アイ、まだお前はそんなことを言っているのか。私がそのシーザーハルトを復活させてあげようとしているというのに! お前にも悪い話ではないだろう?」
「いまいままー、今までの経緯上、ワルがそれで邪雷王様に認められたら邪雷王様自身が危ないんだよねえ。しょっちゅう敵対と和解を繰り返したのを見てきたもん。でもそれ許されないから。
ワルのことはよくわかってるんだ。妻だったんだもん」
「いまの私にはそれは誤解だと何度言えば!」
「言ってなよ。誤解じゃないって、いまにいまにわかるから。
それからねえ…すこすこ、少し前に、龍魔王の気がなくなったんだけど。
ちょうどこっちに向かってたから、くわくわ、詳しいこと知らないんだけど、わたし邪雷王様が復活するまで戻れないんだけど、どうしてなのか、何か知ってる?」
「…知っている」
「!…、じゃあ、ワルが殺したんだね! なんてことなの! なになになっにー? わたしと龍魔王が一緒に住んでることがわかったからって、いまさら嫉妬? ひどひど、ひどくない!?」
「? それも誤解だぞ?」
「ごかごか、誤解じゃないよね! ワルが誤解じゃないって言うときって絶対に誤解じゃないよね! なんなの? そんなにまだわたしのこと好きなんだ! それでそんなことするの? ひどいよね! ひどひどい!」
ドン! ドン! とアイハーケンはワルジャークに波法を放ってゆく。
「もう、お前は、そういうような、好きではないが、こ、これからも共に、シーザーハルト様の弟子としてだなぁ! 一緒に!」
「ああもう話になんないっ! やっぱり、しにしに、しんだほうがいいと思う! ほらほら、またあのなんか変な女が出てくる変な武器、だしなよ!」
「ちょ、ちょっと待て! アイ、お前まったく変わらんな! 一体なんなのだ! ああもう本当に面倒なことばかりだ!」
「じゃあしねば? しねしね? ねえ、しぬって思ってるからそんなことするんだよね? わたし知ってるもん。ワルがヒュペリオン以外の誰かとするのは…ワルが明日死ぬかもしれないな、と思った夜だけ。…そんな都合のいいことって許せると思う? ワルも昔から変わってない、ワルは勝手すぎる!」
「落ち着けアイ。お前の話はいろんな要素が絡まっている!」
「そうだよ! からみまくりんこだよ! 許せないこと一個ならこんなこんな、こんなことになんないよ!」
「…自分でもいくらかはもっともだと思う。だから、わたし達は別れるべくして別れたのだ」
「だよね! 絶対別れるべくしてだったよね! そこは気が合うね! だかだからね、だからワルは、しにしに、しんじゃえばいいの! この戦いはワルが始めたことだから手出ししないって思ってたわたしが、まちまち、間違ってたの! もっと前からこうしておけばよかよか、よかったんだよね! 龍魔王、わたしのことめちゃめちゃめっちゃよくしてくれてたのに! ベビースター食べ放題にもしてくれたのに!」
「おちつけ!」
「やだやだやだ!」
「ワイゾーン襲撃はわたしじゃないというに!」
「うそうそ、うそは全部わかっちゃうから!」
「うそじゃない!」
ぼわぁ…。
そのとき、ワルジャークの前に呼んでもいないのに鉄槌・スフィリカタストロフィが現れ、そして、背後に鉄槌霊ミトラカの姿が浮かんだ。
鉄槌霊ミトラカは微笑みながら、優しくワルジャークに声を発した。
「わたしを振って下さい…わたしを振って下さい…。鉄槌の下されるべき者に…、破壊の鉄槌をお下し下さい…ワルジャーク様…!」
「出たよ! 出たよ変な女! 出ちゃったよ!
なんなの? 帰ってよ! わたしそんな変な鉄槌の下される者なんかじゃないんだから! 元妻だから! その変な鉄槌もって帰ってよ! 何様なの? 変な鉄槌女! えっなになに? 鉄槌霊? はあ? ばかじゃないの?」
「…ワルジャーク様…破壊の鉄槌をお下し下さい…このような…わたしのことを変な女とかばかじゃないのとか言ってくる、鉄槌の下されるべき、より変な者に…、破壊の鉄槌をお下し下さい…かつてない規模での破壊の鉄槌をお下し下さい…ワルジャーク様…!」
「だれが『より変な者』だって? よりより変な女っっ!」
ワルジャークは、目の前に現れたスフィリカタストロフィを手に持ってはみたものの、
「話せばわかる!」
とアイハーケンに言ってみた。
「絶対わかってやんない!」
「…この者はわからず屋ですワルジャーク様…! このわからず屋に…破壊の鉄槌をお下し下さい…ワルジャーク様…!」
「はいはいはいはい! どうせわたしはわからず屋だよ! わからずが安いよ! まいどだよ! だからもうどっちもしんでよ! しにしんで!」
「…アイ。今日は蒼いそよ風やライトと決着をつけたい、そしてシーザーハルトが復活をしそうな、大事な日だ。後にしてくれないか」
「だめだめだっめ! あんなおにぎり大好きちびっこギャングに殺されるくらいなら、ワルはわたわた、わたしに殺されるの! 邪雷王様が起きる前に片をつけなきゃいけないの!」
「せめて明日に!」
「明日じゃ遅い! おそそそいの! ふん! どうせどうせ、どうせあたしは蒼いそよ風や邪雷王様より優先順位低いよ! わかってるもん! ふーん! わかわかわかってる! だからころすの! ころころころころころぶっころすの!
あれっ? えっ? どゆこと? 変な女まだいたの? 鉄槌女かえれって言ったよね? なんでなんで? なんでいるの? はやく帰ってくれない? なんなの? バスの時間ないの? 道がわかんなくなったの? そんなにワルの下半身がすきなの? 生意気じゃない? 精霊のくせにえらそうじゃない? 変なくせにおかしくない? おかおかおかおかおかしくない? なに? ばかなの? あ、ばかなんだ、ばーかばーか、ばかは早く帰れば?」
「…ワルジャーク様…わたしを振って下さい…破壊の鉄槌をお下し下さい…。わたしを振って…わたしをばーかばーかとか早く帰れとか変とか下半身好きとか言ってくるなんか紫色したとてつもなくめんどくさき無礼者に…情け容赦なく…暴虐の限りに…粉みじんになるまで…破壊の鉄槌をお下し下さい…一刻も早く…はよせいや…ワルジャーク様…!」
「はよせいや?」
「ああ…もう! お前らもうちょっと仲良く争え!」
これが今朝の占いの女難の相というやつか。
とにかくワルジャークはいくら元妻とこじれても、このまま死ぬわけにはいかなかった。
ワルジャークは、怒りの鉄槌霊ミトラカの言うがままに鉄槌・スフィリカタストロフィを使わざるを得ず、元夫婦の戦いが始まってしまった。
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