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#52 有能すぎる報告兵が今日は日課をやめてみた件



 ディンキャッスルの外から今日も城内にまで響き漏れてくる戦火の音をわずかに耳に入れながら、砕帝王将ワルジャークが主塔の玉座に座った。

 ワルジャークの視界の先では報告兵ツァインバヌトリが、真顔でサーキュラースカートを翻(ひるがえ)しながらくるくると設備を設置していた。

「おはようございますワルジャーク様! 戦況をスクリーンでご覧になれます! これです! おつけしますか? おつけしますね! おつけします! では早速!」

「ああ、たのむ。有能なる報告兵ツァインバヌトリ」

 白い三つのスクリーンが玉座正面の空中に浮かんでいる。
 ツァインバヌトリが水晶玉に魔力(フォース)をこめると、正門と領主特務塔前と玉座門の三か所の様子がスクリーンに映し出された。

 正門前で芋獅子副将ジャガポが、ポテポテ言っている様子などが映し出されている。

「こちらも気がかりでしょうが、このディンキャッスルの戦いとは別に、重要な報告がございます! 報告いたします!」
「どうした?」
「水晶玉占いをしてみたのですが、本日ワルジャーク様に女難の相と男難の相が出ておりました!」
「…では…どうしろと?」
「占いについては以上です!」
「はあ…」
「もうひとつ重要な報告があります!」
「…そっちの報告は重要なのだろうな?」
「つい先ほど…南シルフィア洋・リュディラド島の地底にある千龍魔王地底城『ワイゾーンシャトー』にて、龍魔王ワイゾーン様が皇龍帝をはじめとする十二龍の襲撃を受け、寝込みの催眠攻撃をされたのち、封印された模様です! 皇龍帝は存命ですが十二龍のうち半数が死に、その龍たちは後継に世代交代される見込みとのことです!」

「…なんと…こっちは重大なことだな…」

 皇龍帝とは、オスラリアート皇龍帝国という多くのドラゴンが住む国を治めている金龍のことである。
 その金龍をはじめ、桃龍、紅龍、黒龍、白龍、青龍、灰龍、黄龍、紫龍、緑龍、水龍、銀龍の十二龍がオスラリアートのドラゴンたちの頂点に君臨しているのだ。

「下界防衛隊にオスラリアート皇龍帝国のドラゴンどもが絡んでいないのはなぜかと思っていたが、そちらを攻めていたのか…」

「そのようです!」

「…アイのやつも最近、千龍魔王ワイゾーンと一緒にいるようだが、彼女も襲われたのか?」

「いえ、砕日拳使アイハーケンはその頃、こちらへ向かっていたため留守だったようです!」

「そうか…情報把握、助かる。実に貴様は有能だ。…千龍魔王ワイゾーンは手薄を突かれたというわけか…。いくら天下の龍魔王に最強の戦闘力があるといっても寝込みを催眠攻撃で襲われたらな…。それでも十二龍のうち半数の命を奪ったのは流石というところか…」

「そうなのですね!」

「それから、ヒュペリオンや風帝たちの居場所は今日も特定はできないか?」

「ええ、魔法による干渉を受けているようです。ディンキャッスル周辺に来れば問題ないのですが」
「困ったものだ…」

「…それと…、ひとつ確認したいことがございます! 確認いたします!」

「どうした、有能すぎる報告兵ツァインバヌトリよ」

「ごくごくわずかながら、ワルジャーク様はこの戦いで絶命あるいは封印される可能性がございますが!」

「…その通りだ。『ごくごくわずか』どころではないとさえ考えている」

「ごくごくわずかです! …その場合、その後のわたしが他の魔王に仕えることをお許しいただけますでしょうか! 駄目なら駄目で諦めて、そうなったら闇にうごめく邪悪なショッピングモール『ジャアスコ』のレジ打ちでも致しますが!」

「貴様は律儀だな」

 そういえばあそこはよく、闇にうごめく邪悪なパート・アルバイト募集の貼り紙がしてある。

「他の魔王に仕えること、お許しがないとどうしても裏切りになると、わたしの心が申しております!」
 毎日毎日ものすごい内容のラブレターを書いている相手がもしも失われたら、と一度でも考えたなら、きっとそういう心配もするのだろう。

「許すなどという言葉を使うまでもなく、当然だ。貴様は有能だ。才を生かせ。わたしが死ぬなり封印されるなりすれば、貴様を引く手は数多(あまた)だろう多分。自由にするといい」

「ありがとうございます! ワルジャーク様の勝利は確信しておりますが、安心いたしました!」

 そう言うツァインバヌトリは常に真顔だが、安堵の感情はなんとなく伝わってくる。

「ああ…。それからツァインバヌトリ。ここのすぐ前の扉でレウが門番をしてくれている。彼女とも、龍魔王についての情報を共有しておいてくれないか」

「それは…、お断りいたします!」

「…なんだと?」

「直接ワルジャーク様よりお伝えくださいませ! わたし、いまとても『白狐大帝』レウ様に嫉妬しておりますので! それはそれはもう、嫉妬しておりますので! お断りいたします! ヒュペリオン様と『なさる』のとではまるで意味合いが違います! ゆえに、ワルジャーク様へのラブレターも本日はお休みにいたしますので! では!」

「…報告ご苦労であった。有能なるツァインバヌトリ」

 そう言ってワルジャークに労われたツァインバヌトリは、一礼し、サーキュラースカートを翻(ひるがえ)し、そそくさと去っていった。

 つまりツァインバヌトリは、もうレウが「白狐帝」から「白狐大帝」に変わったことを知っているのだ。

(…これは…逢瀬を見られたな…)

 水晶玉とは便利で恐ろしいものだ。

 プライベートの行為は、もし見てしまったとしても踏み込んで言及してほしくはないのだが、その代償にツァインバヌトリは仕事もしっかりしてくれているし苦言を言う気にはなれない。彼女はどこか大胆ながらも結構繊細かつ有能すぎる報告兵なので、下手なことを言って去られたくもない。

 大体ワルジャークは、ツァインバヌトリからの求愛はいつも断っているのだ。  彼女は毎日毎日の日課に、ここには書けないようなものすごい内容のラブレターを手渡してくるのである。
 もし承諾などしてみようものなら、毎日毎日ここには書けないようなものすごい大変なことになってしまうのは目に見えている。
 今日は、その怪文書がなくてほっとしている。
 まあ、逢瀬を見られたのなら、「いくら何でもさすがにそこまではものすごくはない」スタイルが好みなのもわかってもらえただろう…。ここには具体的には書けないが。

 といっても、今日だけ日課がないというのもリズムが崩れるものだ。
 拒否の気持ちは強いのだが、しかしワルジャークは、どうにも負い目も感じていた。

(ひょっとして、『ヒュペリオンとわたしの間に割り込もうとして毎日かたくなに拒否される』というところにも、彼女にとっての性癖のひとつがあったのではないだろうか…)

 …それはわからない。仮説であった。
 彼女が各種性癖てんこもりなのは間違いないが。

 砕帝王将ワルジャークは少しのため息をした後、どれもこれも仕方ないではないか…と思い、それからモニターに目をやった。

 みると、ケンヤ達が門の中に突入していた。

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