#50 レウとワルジャーク(2)
ちゅんちゅんと外でスズメが鳴いている。
(もう朝なのか…)
白狐帝レウは、自分の真下で出し切って寝息を立てている砕帝王将ワルジャークの広くてごつごつした胸に手のひらを当て、眺めながらうっとりと、どうしてこうなったのか考えていた。
思い起こせばレウはずっと邪雷王シーザーハルトに求愛していたが、邪雷王はその求愛をまるで相手にせずに何人もの妻とばかりイチャこいていた。ただ、部下としては大切にしてくれたが。
それでも邪雷王を妄信していたが、求愛を受け入れてもらえなかったことに関しては、不満がなかったかといえば嘘になる。
その後、邪雷王が封じられてからはずっと、ワルジャークの配下として命がけで戦ってきた。邪雷王への大きな感情を胸に抱いて大魔王の力を示してゆくワルジャークを見ていると、自分とシンクロするようで心地が良かった。
魔王の血を飲むと、多くの者は死ぬが、死ななかった者は魔王の力を得ることもあると言われている。
昨夜は血などというものよりも濃いものが、ずいぶんと注がれたものだと思う。喜びで顔がにやけてしまうのがちょっと自分でも不思議だった。
レウはずっと邪雷王に「はじめて」を捧げるためにその身を磨いてきたはずだったが、邪雷王への大きな感情を有するワルジャークに「それ」を捧げ、抱かれてみると、今まで奮闘してきた自分の頑張りすべてが肯定されるようで、望外の幸せを感じた。たまらない満足と、背徳感で打ち震えた。
だから昨夜は夢中になって、お違い枯れ果てるのではないかというくらい、してしまった。
レウが全裸のまま身体を起こして大きなベッドサイドから立ち上がると、つま先から耳の先まで、ぎゅん、と裸身が薄い光を纏って輝く。
力がみなぎるのが、わかる。
全身がどうしようもなくワルジャークの雄の薫りに包まれている。
「…大変な悪事をしてしまった…」
無防備で卑猥なワルジャークの寝姿を横目に、そう呟いてみる。
逞しく、美しい。
その猥褻な大魔王の図体を見つめているとまた良からぬ欲望が沸いて涎(よだれ)が出てくるので、レウはその舌を絞るようにじゅるりと呑み込む。
満悦だった。悪事だけど、悪くない気分だ。
もっとこういうことが上手にできるようになりたいとも思う。
そんなことを考える自分になっていることに驚きもする。
(邪雷王様が起きたら…オレ…なんて言ったらいいんだろ…)
実に、ただれている。
考え出すと、また背徳によってぞくぞくしてくる。
(そうだ…どうということはない…。ずっと欲しかったんだ。邪雷王様もワルジャークさんも…そうだ…ディルガインさんだって…。これからはいつでも、抱きついて押し倒してしまえばいいんだ…。もうオレは…何にも怖くない!)
そしてそんな巨悪なことは、これからの戦い、全力ですべてを勝ち取ってからにしよう。
ワルジャークが目を醒まし、きつねの少女と視線が合う。
朝の光に包まれながら、にこっ、レウは紅潮しながら無言で笑いかけた。
ワルジャークはその笑顔と、裸身の美しさを目で楽しんだのち、ちょいちょい、と手首を振っておいでおいでをしたので、きつねは飛びつく。
魔王達は目覚ましの準備体操のように、互いの身体を貪(むさぼ)った。
生き残らなければ、すべての悪事も続けられない。
魔王達の風帝打倒の悲願は、すぐそばに迫っていた。
◆ ◆ ◆
戦い迫る時の流れに急かされて、部屋の施錠を解く音が鳴り響く。
「お前は今日から、白狐帝レウ改め、『白狐大帝レウ』と、名乗るといい」
と、ワルジャークが言った。
「ふふ…。オレ…その名にふさわしい自分になった気分っス…」
艶(なま)めかしい体操を終えた『白狐大帝』レウは、明らかに進化を遂げた輝く己の肉体に誇りを覚えた。
新たな生命たちも自分の中に宿るかもしれない。ならば未来を見据えることは、責任なのだ。
「仔ぎつねが産まれても…その頃わたしはこの世にいないかもしれんが…、志は置いていったからな」
「なぁに言ってるんスか? スケベだけして逃げるんスか? 勝って、一緒に育てるんスよ? それに志…足りないっスからね?」
まだまだしたかったのでそんな事を言ったが、そうもいかなかった。レウは漏れ出すような満悦心と羞恥心と下心と野心の心達を胸に押し込め、ワルジャークと共に装備を確認することにした。
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