#49 決戦前夜
夜更け。
晴天の月夜に照らされたウイングラード騎皇帝王国・ロンドロンド城は、ワルジャロンドからの開放を祝われ続けるかのように煌(きら)めいていた。
ぴいぴいぴい。
その一室では、止まり木の上でぴちくりぴーが、容器に入った混合シードをもぐもぐ食べ食べ、囀(さえず)っている。
「皆様…別人のようにたくましい表情をしておりますわ。よい修行ができたのですね」
レルリラ姫は、修練院の試練に耐えて戻ってきた仲間たちの勇姿を感慨深く見つめた。
ケンヤ、ガンマ、アルシャーナ、ライト、そしてヌヌセちゃんの五人は、バッキングミ本殿屋根裏修練院と呼ばれる極秘の修行場で、さらなる修業や札(ふだ)書きに励んできたのだ。
彼らはアッカ隊長から「そろそろ戦線がもたなくなる」という連絡を受け、ようやく修業を終えて一夜の休みにロンドロンド城に戻ってきていたのである。
聖騎士団らが戦線を支えられる間はケンヤ達に修業をさせることが、勝率を上げるために有効な策だという、聖騎士団側から提示された作戦だったのである。
アルシャーナがヒュペリオンから奪った天翔樹の葉には、ディンキャッスルとロンドロンド城を往復できる葉もそれぞれあったので、敵陣に乗り込むにはちょうどよかった。
「たくましい表情になったっていうけど、そういうレルのほうもウイングラードの政(まつりごと)を任されて、とても頼もしく見えるようになったじゃないか」
「そうかしら、まだまだですわ…。でもねケンヤ、政(まつりごと)だけではなくて、戦いのほうのトレーニングも寝る前に時間を作って毎日してますのよ、わたくし」
「おお…、ちゃんと寝れてる?」
「まあまあですわ」
レルリラ姫は現在暫定的にロンドロンド城の新たな「王の間」…かつて「王妃の間」と呼ばれていた座から、復興の指示を送ったり各所への指示や調整をこなしたりする日々を過ごしていた。
レルリラ姫は、その「王の間」の玉座の奥にある広間を、ケンヤ達五人が臨時で寝泊りする場所として用意した。
ロンドロンド城は広く、寝室の数も足りているが、旅の途中で狭い宿屋に泊まるときのように、皆で一つの部屋に泊まることにしたのだ。
「いま、ルンドラのディンキャッスルの戦線は膠着状態が続いています。下界防衛隊のたくさんの負傷者たちの救護もあってわれわれもなかなか攻めに集中できません。一方敵軍もたくさんの敵を殲滅・撤退させましたが、残る精鋭は手ごわい者ばかりです。
邪雷王シーザーハルト復活のプロジェクトも進んだことで、何体か集結した邪雷王配下の魔王達もいて、睨みをきかせています。
…皆様とわたくしが参戦する明日は、正念場ですね」
「任せてくらはい。わらひはそんな戦いに備えて、これだけの準備を整えたのれす」
ヌヌセちゃんが巨大なお札を何枚も、テーブルに置いてみせた。
「封印札(ふういんふだ)?」
「そうれす。大魔王対応の超上級仕様れす」
「すごい…それにずいぶんたくさん書いたんだなあ」
ケンヤがコーヒーカップと受け皿と小皿を六つずつサービスワゴンの台車の上に並べながらヌヌセちゃんに尋ねると。
「魔王の王のもとに魔王たちが集っていますれすからね…でも、対策はバッチリれす!」
と、ヌヌセちゃんはケンヤにウインクした。
一枚だけすでに封印済みになっている札もある。
「この通り、捕縛魔の壁牢で緊縛されていた赤虎臣ヒュペリオンをさっそく封じてみたのれす」
アルシャーナはジャージ姿で、バランスボールの上でハンドグリップを握りつつバランスを取りながらテーブル上の封印札を見て、
「おー、そんななっちゃったかヒュペリオン。あのどへんたいも、そうなったらただの紙切れだなぁ…」
と言って、哀れそうに封印札をみつめながら身体をくねらせ、重いハンドグリップをぎゅうぎゅう絞って握力を鍛えている。
そんなアルシャーナの言葉を聞いたヌヌセちゃんは、『あんなへんたい的な装置に縛り付けてボタンを全部押したのはアルシャーナ様れすのに…』と思わなくもなかったが、それはそれで頼もしいのであえて言わない。バランスボールの上でタンクトップの下からちらちらとのぞくアルシャーナの腹筋が艶々しながら動くのを見て、さらにその頼もしさに輪がかかる。
「そんなわけでこの戦い、わらひの礼術がものをいいますのれす。魔王の封印はガンマ様も出来ますれすけど、相手の数も数れすしね。
仮に皆様がこのあと強敵たちとの戦いに苦戦しても、わらひがこのお札を使って魔王封印をすれば貴重なガンマ様のMPを戦いや他の事にも回すことが出来ますし、作戦の成功率が比較的高まりますれす。このヌヌセちゃんという大船に乗ったつもりでどーんとまかせるのれす」
ガンマはそれを聞いて、じっと並べられた札の一枚一枚を眺めて、その特性や出来栄えを確認しながら、
「助かるわー」
と、安堵の表情を浮かべつつ、
「三大魔王と呼ばれるワルジャークや邪雷王シーザーハルトなんかを封印しようとしたら、最近アトマックやディルガインを封印したときよりもずっと大変なのは確実やさかいな。
もしかしたらまた、龍魔王ワイゾーンやアイハーケンも来る可能性がある。なんせ魔王達の王、邪雷王復活が絡んだ案件やしな」
と、言った。
「こんなすごいものを書けるなんてヌヌセちゃんはすごいな…」
「えへへ、お慕いしているケンヤ様にそう言っていただけると感激で照れちゃうのれす~」
「お、おお、照れられるとオレもなんか照れちゃうな…」
「ヌヌセちゃん、もう体調もずいぶんよくなったようですのね?」
レルリラ姫はそう言いながらケンヤの隣でクルミとシナモンのケーキにパン切りナイフを差し込んで、六等分に切っている。
「皆様のおかげなのれす。ほんとイグザードとの戦いでは死んじゃうとこだったのれす」
「ヌヌセちゃんって…あのとき、何が起こってあんなふうに生き残れたんだい?」
ライトはそう聞くと、ケンヤの向かい側で、ビンからティースプーンで砂糖やココアの粉末をすくい、コーヒーカップに丁寧に量を確認しながら入れていく。
「わらひの身体にはわらひが死なないように、いくつもの生命強制護持礼術が様々なゼプティム神官たちから仕込まれているんれす。『強制的に生命を護持しなければならない死の寸前の事態』というトリガーが発動して、今までに仕込まれていた札がいろいろ発動しちゃいましたのれすね」
「生命強制護持礼術…」
ホットミルクがカップに注がれていくと同時に、ヌヌセちゃんの記憶も注がれてゆく。
「わらひ…なんか魔王の軍団をいくつか壊滅させたりなんかして実績を作ったら、あちこちから狙われるようになって、それで先代の総大司教…今のスティーノ特別功労主教様とか、ムシェラ助祭様とか、そういういろんな先輩の神職が心配してくれて、身体にいろんな魔法やらお札やらを仕込んだり仕込まれたりしたんれす。
いっぱいそんなこと仕込んでいた影響で、わらひって、ごはんや飲み物の味やにおいがわからなくなっちゃってるんれすよ」
ココアとミルクとお砂糖たちは、ヌヌセちゃんの記憶の話と共に、ティースプーンでかき回されてくるくると混ぜられてその色を変えてゆく。
「たとえばそのココアに、さらにお塩を入れてもお酢を入れても、わらひにはなーんにも味なんかわかりません。香りもわからないのれす。
舌触りだけはわかるから、とろみがついたりなんかしたらわかりますれすし、ココアを作ってくださってるってことがとっても嬉しいので喜んでいただきますれすけどね。
消化も悪くなっちゃいましたし、臓器もいくつか痛んじゃって、取っちゃった臓器もあります。
だから実はわらひもう…、実子を授かることはできない身体なのれす…」
それから、ちらっ、と、ヌヌセちゃんとケンヤの目が合った。
「えっ…」
ケンヤは、ただ、絶句している。
ヌヌセちゃんは、言葉をさらに続けた。
「代償がいろいろあるんれすよね。
この身体は無理に無理がたたって結構ガタガタになってますれすので、あとどれだけ生きられるのかわからないのれす。
でも、これはわらひの望んだことで、これが、世界を守るためにがんばるっていう、わらひの夢につながってるんれす」
「ヌヌセちゃん…」
「まあでもその結果、仕込んでるいろんな守護神様に守っていただいてて、もうねえ、わけわかんなくなっちゃってるんれすよね。
でもそうやっていろんな方が助けてくださってこういう身体になったから今もこうやって生きてられるんれす。
死ぬような攻撃されるのは痛いから、こないだの、なんとかいう鉄球のついた鎖の武器のことなんかを思い出すとなんか涙でそうになっちゃいますれすけどね」
ヌヌセちゃんはそう言うと、ちょっと苦しそうな表情をしたが、すぐに、にこっと笑った。
「でも、わらひたくさんの方々に支えられてますれすし、わらひ、蒼い風にあこがれて総大司教としてここまでがんばってこれたんれすから。だからこうやってお力になれてるのが嬉しくて。
がんばって、がんばってお札いっぱいいっぱい、書いたのれす」
「そうやって頑張ってくれたヌヌセちゃんのおかげで、オレたちも、ここまで来れた」
「はいなのれす。いろんな魔王もきっと封印してやるのれす!」
「うん…!」「みんなで一緒に生き残ろうなヌヌセちゃん」
「はいなのれす! はい、じゃあ次の話題にしましょうなのれす」
ヌヌセちゃんはそう言いながら並べられた封印札をしまって、カウンタークロスでテーブルを拭きはじめた。
「そ、そうですね、ケンヤ、なにかありましたよね?」
レルリラ姫はヌヌセちゃんの話を聞きながらつい止まってしまっていた手を再び動かして、切り分けられたクルミとシナモンのケーキをサービスワゴンの台車に並んだお皿の上に置いていった。
舌触りを楽しんでもらうためにもココアに乗せるクリームも用意したほうがよかったのかもしれない…今度は用意してみようかしら…なんてことも脳裏に浮かぶ。
すとん、と、そこでアルシャーナがバランスボールから降りた。
アルシャーナは、ぷしゅっと「アルボナース」と書かれたスプレーで手にかけたアルコール消毒液をすりすりしながら
「…いろんな魔王といえば…大将、あのことも言わないと」
と、言った。
「そうだ、言わなきゃ。言うわ」
「なんですの?」
アルボナースの容器が隣へ、隣へと、回覧板のように回されていくのを見ながら、ケンヤは続けた。
「うん…さっきニャンチェプールの街のフレックさんから連絡があったんだけど、そのニャンチェプールの祠(ほこら)で、牙戦陸尉アトマックや部下のアトメイツ達、そしてアトマシーンの封印された瓶が失われていたらしいんだ。そして、アトマックレーダーによるとルンドラに向かってる」
アルコール消毒した手をすりすりしながら
「あー…警備が薄かったか…」
と、ライトが嘆いた。
全員にココアとケーキが行き届いた。
いただきまーす…、とみんなで言う。
うれしいはずのタイミングで若干テンションの落ちるニュースが舞い込んできた。
「アトマックか、また面倒なのが来てるなあ」
「せっかく一回倒したのに」
「誰が封印を解いたんれすかね…」
そう言ってヌヌセちゃんはケーキやクルミの舌ざわりを確認しながら、ケーキをすこしずつ口に運んでいった。
「こないだ、『またアトマックに封印を解いてもらっちゃった』って言ってた魔王がいたよな。そいつじゃないかな」
「いたいた。『おこおこだよー』とか言いながらそんなこと言ってた」
「アイハーケンやで、アイハーケン」
ガンマはココアを一口飲んでからケンヤとアルシャーナに、そう補足した。
「そのアイハーケンが、その時のお礼に動いてアトマックの封印を解いたのかもしれない」
「可能性ありますわね」
シナモンとくるみのケーキはしっとりした食感で、少し控えめなやさしい甘さがちょうどよく、レルリラ姫はみんなの話題に混ざりながらも、またこれお願いしようかしら…と考えていた。
「で、アトマックは弟弟子のワルジャークとは敵対してたはずだけど、師匠の邪雷王シーザーハルト復活となればそっちのほうには賛成してくるはず」
「だとしたら…ワルジャークを倒すとこだけ、アトマック達を利用できないのれすか?」
「アトマック達は、わたくしたちも倒したいでしょうから共闘は無理でしょうけど、同じようにあちらはあちらで、『わたくしたちにワルジャークを倒してほしい』とは思ってるかもしれませんわね」
「いや、魔王達はもう、どんどんぶっ倒して封印しちゃおうぜ。ごちゃごちゃやってたらこっちがやられるかもしんないし」
「そうだなあ…まあ、状況次第で」
「うん、それでいい」
底に溶け残ったココアを慎重に追加でティースプ―ンで混ぜながら、ライトが
「それから、祠で守られていたはずのアトマックの封印が狙われたってことは、このヒュペリオンの封印もそのへんの祠や神殿に隠しておくんじゃあ狙われる可能性がある」
と、言った。
「オレたちの誰かが持っていたほうがいいかもしれない」
「…あたしが持っておくよ。そいつには二回勝ってるし、もし蘇られてもどっちかっていうと慣れてるほうだし」
アルシャーナはヒュペリオンの封印札を受け取った。
「この戦い、魔王を封印していくっていう役割のヌヌセちゃんが鍵だなあ。魔王たちは集中して狙ってくるだろうし、防衛線だ」
「じゃあ、そこもあたしがヌヌセちゃんにぴったりついて守りながら、飛んで火に入る夏の虫を潰していくことにするわ。…うわ、虫を潰すって表現なんか嫌なんだけど。あと冬だし」
「ほな、わいもアーナやヌヌセちゃんからなるべく離れんようにするわ。生命線や」
「ではわらひは、飛んで火に入って潰された虫を封じていきますれす」
そう言ってヌヌセちゃんはココアをぐっと飲み干した。
味覚も嗅覚もないヌヌセちゃんにとっては「ホットココア」といっても、それは「味も香りもしないざらざらしたポリフェノールの豊富なお湯」だが、仲間が淹れてくれたそれは、優しくあたたかく、心地よい。
「特に簡単にはいかなそうなのは三大魔王を封じることだよ。砕帝王将ワルジャーク様、龍魔王ワイゾーン、邪雷王シーザーハルト。もし仮に三大魔王が揃って組まれでもしたら…蒼い風壊滅のときの再現は避けられない。でもその可能性もある。まあ龍魔王は来るかどうかわからないし、邪雷王の封印はまだ解かれていないけどね」
「締めていかないと、れすね」
「龍魔王は気まぐれやし、来ても意外な動きをする可能性もあるで。正直、どう動くか全くわからんが…、やつが邪雷王復活を望んどることは確かや」
「そうれすね。できるだけ三大魔王の封印を最優先にしますれす」
「わいも魔王の封印はできるし、臨機応変に対応したらええからな。命が優先で行こや」
「それにしてもイリアスのじっちゃんの邪雷王を封じた封印ってすごいんだなあ、ワルジャロンドの勢力がずっと封印を解く作業をやっててもこれだけ解かれないなんて」
「格が違うんですね」
「あれは、じっちゃんの命そのものをかけた特殊な封印なんや。解くすべなんかあるんか?っていうシロモノや」
「それでこれだけ長引いてるんですね。実際のところ、ほんとうに邪雷王は復活させられてしまいそうなのでしょうか?」
「そうだね…。邪雷王復活を手掛けている巨魔導鬼ソーンピリオは、戦闘能力こそ失われて隠居の身ではあるけれど、多くの名のある魔王や魔族を教育してきた実績を持つワルジャークの配下なんだ。魔力の多くは失われているので難航しているけど、その実績からいって…油断はできないと僕は思うよ」
「うーん…不確定要素かな…」
「せやけど、かわりの魔力は、なんぼでも集まってきとるとも言える。今んとこ大概うまく行っとらへんでも材料が揃とるちゅうことは…、もしかしたら…危険かもしれん」
「今までの戦局でワルジャロンドの雑魚はみんないなくなっている。僕もかつてはその雑魚兵士たちにずいぶん世話になったが、まあそこはこういう流れだ、しょうがない。
残っている敵は精鋭ばかりで、全くもってここからが大変だよ。
下界側ももうさすがに長丁場の戦いの果てにリタイアや一時撤退組が多くて、明日の陣に出てこれそうなのは僕たちの他は、あとはたぶん聖騎士くらいしか残ってないと思うけど…」
「それでしょうがないよ。この間は風雲輪投げネコさんたちまで参戦してくれたけど、あんまり戦力差で厳しい味方が増えても、犠牲が増えるリスクがあって大変になる」
「わたくしは…可能性としては、明日みんな死んでしまうかもしれないって思っています。
だって、三大魔王が揃うかもしれないのですよ。ワルジャークだけでも下界中の精鋭が束になっていまだに攻略できていない中、わたくしたちは本当に、勝利できるのかしら。
もちろん信じていますよ。勝つって。
信じているのですが、とても難しいことだと思っています。
それから…」
「それから?」
「作戦の話が以上であれば、そのあとのことをお話してもいいでしょうか」
「えっと、どうしたの」
「はい。では申しますね」
「この戦いを、わたくしが蒼いそよ風の一員として戦う、最後の戦いにいたします」
「…!…」
衝撃が走っていた。
「…もし、この戦いで魔王たちを本当に封印できて、戦いを終わらせられたら…、その後のわたくしは、この国を立て直すことに専念しないといけません。
いまもこうしてロンドロンドが解放されて、お父様不在の中で王の間に座ることになって、蒼いそよ風のメンバーの座も兼ねながら…いろいろな方の助言も得ながら政治、政策、民の皆様の声を聴くこと、様々なことをがんばってもみました。
やはり…わたくしはどうひっくりかえっても、姫なのです。
民のため、姫だからできる、姫だからしなきゃいけない仕事が山ほどあるのです。
いろいろ強がりもいままで申し上げましたし、わがままや間違ったことも申しましたが、いま、戦力としてはケンヤ達、みなさまとの差もとても大きいことを改めて実感しています。
戦いのための冒険はケンヤ達に任せて、きっぱり、蒼いそよ風を抜けちゃわないといけないなって、思ってるんです。
少なくとも今後、『実力面の理由でわたくしがいないと絶対に勝てない』って事態が起こらなければ、ね。…実力面じゃなくて気持ち面ってことなら参れませんよ。だって、気持ちを理由にしたら、きりがなくなってしまいますもの」
「じゃあ…これからもレルがいないと絶対に勝てないってケースの時は、来てくれる?」
「わたくしの華法じゃなきゃいけないって敵も出るかもしれないですしね。そんなことになったら大変ですから、必ず参ります。そこは生涯をかけてお誓いしますわ。もう喜んで、ニッコニコで助っ人に参ります。
でも基本的には、今回の戦いが、わたくしがレギュラーメンバーとして蒼いそよ風で戦える最後です」
「もう、…決めちゃってるんだ」
「ええ、提案とかお願いじゃなくて、もう決めたのです。
でも、今回の戦いは別です。今までわたくしが蒼いそよ風の一員として磨いてきた腕の見せ所の集大成として、新たに用意した聖姫騎士の鎧を身にまとって、精一杯やらせていただきますわ」
「レル…」
「残ってくれへんかってお願いしても、無理なんか?」
「ええ。無理ですわ。
寂しいんですけどね。身体がふたつあったら残りたいのですけど…でも、だめです」
「あたし…そんなこと言わないでレルには残ってほしいな。わがままなんだけど」
「ええ、わがままですアルシャさん。だめです。
でも大好きです。
いつでも来てくださいね。そして一緒にお風呂に入ったりパジャマトークしたりしましょうね!」
レルリラ姫がそう言ってアルシャーナに抱きつくと、アルシャーナはレルリラ姫の頭をなでなでと撫でた。
「わかった。ほんと当たり前なんだけど…、この戦い、絶対に勝たないとな」
「尊いのれす…」
ヌヌセちゃんはほっこりとしてそんなアルシャーナとレルリラ姫を見ていた。
「レルがここまで決意したんだ。勝ったら…この戦いが終わったら、ものすごいことになるよ。
ウイングラードはめっちゃいい国になる。聖騎士もいるしね。
ヌヌセちゃんも総大司教さまとして神殿群をまとめてさ、みんな幸せなウイングラードに戻るんだ。
いままで旅してきてこの国のいろんな人たちと触れ合ってきたけど、そのひとたちきっと、みんな笑顔になるんだ。目に浮かぶよ。
…あたしたちは、それを、やるんだ。
あした、絶対に!
それでさ、あたしたちも笑顔で、ウイングラードから旅立てる」
「そっか…、皆様、終わったらウイングラードから旅立っちゃうんれすよね。…まあ当たり前か…。
なんだかむちゃくちゃ寂しいれすし、なんかひとりひとりに甘くおねだりして引き留めるか、総大司教のローブを脱いでついていきたいくらいなんれすけど、そんなわけにはいかないのれす。
だってわらひ、偉大なる総大司教れすから。
わらひが子供のころから憧れてきた絵本の中の蒼い風も、そうれした。
大変なことになってる国にやってきて、魔王たちをやっつけて、かっこよく去ってゆくのれす。
わらひもそんな蒼い風にあこがれて頑張って、ついに総大司教にまでなれたのれす。
総大司教の仕事は、基本、旅に出ません。神宮殿の本殿にいて、いろんな方々のお役にたつのれす。
いまは魔王を封じるべき非常事態れすからすすんで皆様と一緒に戦えますれすけど、みんなこの戦いに生き残れたら、わらひも皆様と、しばしお別れれすね。
でも助っ人はいつでもしますから頼ってくださいなのれす。元服の儀とか冠婚葬祭も皆様は特別に無料でするのれす。葬はイヤれすけど、…まあ葬は、年老いたら、れすね。
わらひもできたら長生きしたいれす。
だから明日、勝ちましょう、なのれす」
「勝てるで。勝てる。
レウ、ディルガイン、ヒュペリオン、そしてライト。
わいらは今までの戦いで、恐ろしいワルジャークの四本足に勝ってきたんや。
レウは復活してもうたけどな。
なんも恐れることはない。実力を出せばワルジャークも倒せる。わいが言うんやから間違いない。
ヌヌセちゃんも来てくれたしな。
これでわいらのワルジャーク編は、すぱっと完結させたろやんけ。
世界なんて狭いもんや。別れがこのあと待っとっても、会いたくなったらいつでも会えばええねん。そんで、好きなら好きって言えばええねん。断られたらあちゃー、でええねん。
ぼやぼやしてたら人生おわってまうからな。
まあ、わいはそんな悲観してへんで。ちょっとリタイアして迷惑かけたこともあったけど、みんなわい抜きでもあんだけやれたんやしな。まあ気ぃつけてやるしかないやろ。
やれるだけのことは、やったろや」
「ガンマの言う通りだね。みんな、勝とう。
ワルジャーク様もレウも、僕はずっと一緒にやってきたから強さはよくわかってる。
僕はもう、すべて気持ちは切り替わっている。少なくとも僕の中では彼らへの義理は果たした。
魔王たちは幾多の命を奪い、罪を重ねてきた。彼らもそれを反省して先に進もうとはしている。
だが、彼らは根本的に邪悪の道を止まっていないんだ。だから彼らはその犯してきた罪から裁かれねばならない。
まあ罰をうけなければいけないのは僕もそうなんだけど、僕にとっては彼らを裁くことが贖罪であり、僕が蒼いそよ風の一員となった証明ともなるんだ。
蒼い風の流星のもとに生まれてきた僕を、君たちがこうして受け入れてくれたことに感謝しつつ、絶対に勝つよ」
「ぴい。ぴいぴいぴいぴい。ぴいぴい、ぴい」
「…勝とう。いろんな節目になる戦いだ。
この戦いに勝てるかどうかにドカニアルドの人たちの存亡がかかってるんだ。
こんだけみんなの言葉を聞いてさ…、やれない、なんてオレ、思えないから。
ここにいるオレたちだけじゃなくて、ザスタークさんに象徴される、失われてきたたくさんの血とか心とか、いまも世界中で生きてるたくさんの人たちとか、そういうものがオレたちのこの戦いにはこもってるんだ。
魔王たちだってブルーファルコンが世界を壊すって信じてオレたちに挑んできてるのはわかってるんだけど、だからって悪の限りを尽くしていいはずもないし、オレたちはそれを力で止めて、戦うしかない。でも、できる。そう思ってる。
だってオレ…うまく言えないけどみんなの想いはしっかり伝わってるから。
誰かの想いがぶつかってくるとさ、オレ、ほんと、なんて言ったらいいかうまく言えなくてなんか最近身体がムズムズすることが多いんだけど、何なんだろう。
でもオレそういうの、戦いにぶつけようって思ってる。
いろんな想いにオレの想いもいっしょに載せて…、ぶちかます。
決戦だ!」
「よし、決戦だ!」
「決戦や!」
「おー!」
「よし、じゃあ寝よう!」
「寝ましょう!」
「寝ようか!」
「はみがきして寝よう!」
「寝よ寝よ!」
「よーし、みんな熱い愛の告白をしてしまったので愛し合いましょうなのれす! さあみんな服を脱ぐのれす! わらひも脱ぎます!」
「何言ってるんですかヌヌセちゃん!」
「酒でも飲んだんか?」
「みんなでエロいことをするのれす!」
「エロいことするんならヌヌセちゃんだけ縛るよ!」
「…冗談に決まってるじゃないれすかぁー…」
「冗談に聞こえんかった…」
「まだみんな子供なのですのよ」
「元服してるのはヌヌセちゃんだけなので僕はヌヌセちゃんだけ脱ぐのがいいと思う」
「そんなこと言ってるライトさんも縛りましょう」
「うん、ほんとに縛ろう」
「マジで縛ろう」
「鎖で縛ろ」
「おまわりさんも呼ぼう」
「いっぱい呼ぼう」
「聖騎士団も呼ぼう」
「縛ったままワルジャークに返そ」
「まってまって!」
「まつのれす!」
みんな本音を言いすぎて治安がむちゃくちゃになってしまったが、こうして決戦前夜が過ぎた。
ココアとシナモンの香りが、若き情熱の滾る部屋に甘く漂っていた。
とかなんとかかっこいいことを書いたつもりでももはや締まらなくなっていたが、漂っているものは漂っているわけであるので、漂っていた。
ココアとシナモンの香りが、若き情熱の滾る部屋に甘く漂っていた(二回目)。
|