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#46 うなるアルシャーナの最強拳!
 アルシャーナがだっ、と、壁を蹴ってぎゅーん、と追いついてヒュペリオンの身体をガッ!と再び蹴り落とすと、ヒュペリオンは、ソレイン宮と隣接する無人のセメトル宮にある、屋外の武舞台の上に落ちた。
 
 セメトル宮は、ライトとケンヤが一度目に戦ったところである。その戦いでいくらか破壊された武舞台はまだ、多少の瓦礫で荒れ果てたままだ。
 
 「出でよ、閃空域! …だだだだだだだぁっッッ!」
 アルシャーナはそのまま空の立方体の八方に八閃の蹴撃を入れて、極限に圧縮された「閃空の空域」を作り上げ、その空域をつかみ、
 「だあっ!」
 と、武舞台の床に伏せるヒュペリオンにぶん投げた。
 
 アルシャーナの繰り出した閃空の空域が、ヒュペリオンを捕えようと向かってゆく。
 
 だが。
 
 「その空域…もらい受けるッ!!」
 
 起き上がってそう叫んだヒュペリオンが両手の掌を前方に突き出すと、
 ドンッ!!
 と、圧縮された閃空域がヒュペリオンの掌圧で行き場を遮られて静止した。
 
 「待ち受けていたぞこの技を!」
 
 「なっ…閃空域を止めただって!?」
 「これはいいものをもらい受けた…。倍にして返すのが筋だな! はああっ!!」
 
 ヒュペリオンは周囲の大気を震わせて、圧縮された空域をさらにどんどん膨ませてゆく。
 
 「せいっ!」
 
 ヒュペリオンが膨らませた閃空域をはじき返し、アルシャーナは逆に捕らわれてしまった。
 
 「うぁぁぁぁああっ!」
 
 「動けまい? 閃空のアルシャーナ」
 「くっ…以前戦った時は…こんなことは出来なかったはずだ…」
 アルシャーナは以前ヒュペリオンと戦った際には空域を操られないように魔法を使わないようにしたり、イズヴォロを空域にぶん投げたりしながら何とか戦っていたのを思い出していた。
 
 「最近、実績ある戦闘教官と一緒に、ある仕事をしていてな。その合間に助言をもらってずいぶん対策を練ったのだ」
 
 ヒュペリオンは先のアルシャーナ戦の苦戦を受けて、巨魔導鬼ソーンピリオの知恵を得てアルシャーナ対策を身に着けて来ていたのである。
 
 「動けまい…。だがそいつは、そのままにしておいたら弱まるからな。…いでよ、捕縛魔の壁牢!」
 
 ヒュペリオンは小型の、ボタンのたくさんついた飾り箱のような魔法アイテムを取り出して掲げた。すると、
 ずぅぅううん…
 と、そこに、宙に浮いた巨大なエネルギー体の壁が現れた。
 
 「ほ…捕縛魔の壁牢…だって!?」
 
 壁は、宙に浮いて大の字で動けなくなっているアルシャーナの背後に回り込んだ。
 ずぶずぶずぶずぶ…
 エネルギー体の壁が、アルシャーナの背後から彼女の手と足を呑み込んでゆく。
 
 「う…うああああっ…」
 ずぶずぶずぶ…、ずぶっ!
 壁の動きは、アルシャーナのひじから先と、ひざ下から先だけ呑み込んで、止まった。
 
 「これで…出来上がりだ。まんまと罠にはまったな、閃空のアルシャーナ」
 
 「ぐうううっ!! ぐううっ!!」
 
 手足をうしろ側に封じられ、胸を突き出したような格好になったアルシャーナは、必死で抵抗するが、身動きが取れない。
 
 「くそ…、罠だったのか…」
 
 「貴様のようなパワーとスピードを兼ね備えた相手と戦うにはそれなりの策がいったのだ」
 
 「…あたしは…ど…どうされてしまうんだ…!」
 
 「どうされてしまうと思う?」
 
 「と…とても…言えないようなことを…されてしまうのか…っ?」
 ヒュペリオンはアルシャーナの目を見てふっ、と笑み、
 「何を想像しているのだ? …どーうなるだろうなーぁ?」
 と言った。
 「うぅ…どうなるんだ…」
 
 「この捕縛魔の壁牢はちょっとした多機能の捕縛アイテムでな。捕えた者にスライムをけしかけて衣類を溶かしたり、ローションまみれにしたり、大蛇を召喚して体中をにょろにょろさせたり、くすぐり魔動器を作動させたり、カールを召喚して鼻に詰めたり、マッサージ機能もあるし、回復も出来るし、睡眠学習で簿記や介護事務やファッションコーディネートを教えたり、そのほかちょっと子供には言えないことなど、いろいろなことが出来る。全部押しもできる。私もかつてこれにやられてわけわかんなくなった」
 
 ずぶずぶ…ずぶずぶ…
 そう音を立てた捕縛魔の壁牢はまるで『その通りだ』と返事をしているようだ。
 
 「…えぇええ…」
 アルシャーナの顔はみるみる真っ赤になっていく。
 「あたしは…まだ十歳だぞ…そういうの早いと思う!」
 
 そんなアルシャーナの表情を楽しみつつも、
 「なぁに、貴様にはもともといかがわしいことをするつもりはない」
 とヒュペリオンは言った。
 
 「そ、そっか」
 「ん? どうしてもという希望があれば、軽めのジャンルから興味の扉を開いてあげてもいいがな? するか?」
 「ないわ!」
 「よかった、その気はないから何か頼まれたら困るところだった」
 
 「…じゃあ…あたしをどうするつもりだ…」
 
 「人質にするか殺すかの二択。人質にするなら石化するかそのままにするか、の二択だな」
 
 「いかがわしいことにならなくても、やっぱ最悪の展開だわ…」
 
 「さて、そこでだ。私の話を聞いてみないか」
 「なんだよ…」
 
 そう言い出した時点でさらにもう一択増えたわけだが、そこのところは置いておきたい。
 
 「わが軍ではいま有力だった戦力がどんどん減っている」
 「そりゃそうだろうね、あたしたちが倒しまくってるんだから」
 
 「閃空のアルシャーナ、こちら側に寝返れ」
 
 「ハァ?」
 寝耳に、水であった。
 「わが軍は欠員が増えているから住むところには困らん。なんならわたしのいる宿舎も広いから空き室がある。かわいいかわいいアクアリウムもある」
 
 「はぁあああ?」
 
 「最初は表向きでもいい。スパイとして潜入してわが軍の秘密を探るつもりで入ったとしても、貴様はいずれ必ずワルジャーク様の心に感激して、心酔するはずだ」
 
 「いやいやいや、ないないない! あんたどんだけワルジャークの魅力に自信があるんだよ!」
 「なあに入ればわかる。貴様ならディルガインの穴も埋められる」
 「あんなヤツの抜けた穴になんか埋まりたくないから!」
 
 ヒュペリオンはヒュぺジャべリオンを構えてアルシャーナの喉元に突き立てた。
 
 「これは悪い交渉ではないのだが? 断るならいますぐその喉元をかっさばいてくれてもいいのだぞ?」
 
 ジャベリンを突き付けられたアルシャーナの喉元からごくり…という音が立つ。
 
 「なぁに、すぐにわかる。ワルジャーク様は素晴らしいお方なのだ…同志になれ…」
 
 「そ…そのジャベリンは…こないだあたしの肩に刺さった後、ネッスーたちに回収されたはずだが…」
 
 「緑鉄(ロクガネ)の鉄侯爵イズヴォロが脱獄した時に、ヤツの緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアとともに回収してくれたからな…」
 「くそ…ウチの隊で預かっておけばよかった…」
 
 「そうそう…あの貴様との戦いでは、このわたしがもう一歩で敗れるところだったな…。そんな貴様が来るのなら、歓迎したいのだが?」
 「勝手に歓迎されても…!」
 
 「あの時…わたしの赤虎烈動大願刺(せきこれつどうたいがんざし)で肩を刺されたところは大丈夫なのか?」
 「なっ、何だよ歓迎モードになったら急に心配してきやがって! あんたにそんなこと言われたくないね…!」
 
 「…それで…肩は?」
 「…大丈夫だ」
 「そうか…」
 
 「…やめろよヒュペリオン…お前、慣れあってくるなよ…ッ! あたしは、絶対行かないから!」
 
 「…あの日、貴様はわたしと、拳と我が投擲を交えて戦っている最中…悪くないと感じてわくわくしていたな? わかるぞ。十分伝わっていた。
 私にもその高揚が伝わり、私自身も貴様との戦いを楽しいと実感していた。
 閃空のアルシャーナ。貴様のそのよく鍛えられて引き締まった躍動する素晴らしい手足には、より役立てられる場所がある。そう私は考える。
 だから…そんな貴様を誘ってみるのも一興と思った」
 
 「なんだって…? あたしが戦いに沸き立つことはあっても、あんたらにつくことはない! だいたい…そんな目で…あたしのカラダを見るなよ…」
 
 「見るな…か。…貴様は、自分の肉体をどれだけ素晴らしく鍛えられていると思っているのだ?」
 
 「龍魔王ワイゾーンもあたしを見てそんなことを言ってたが…こっちはなあ、見世物で鍛えてんじゃないんだよ…!」
 
 「そうだ。だからこそ、そこまで磨かれた、価値がある」
 「あたしまだ十才なの。最悪そんなこと思われてても、直接本人には言われたくないの。失礼なの。わかる?」
 「そういう高潔さも、貴様は素晴らしい」
 「あー…くっそ…話が通じないわこいつ…!」
 
 「貴様にはブルーファルコンのような神託の力も何文字もの魔法能力もなく、そこんじょそこらの魔王ならば身体ひとつでゆうに倒せる可能性のある存在。そんな肉体の持ち主など今のドカニアルドに、そうそうはいない。
 だから貴様は先日、全魔王で最強の力を持つとまで言われる龍魔王ワイゾーンに認められたのだろう。
 わたしも下心など何もないぞ。それだけ磨かれた美しいものを見ないのも無理がある…。そう言っている」
 
 「くっ…それでその結果、こんな変態じみたマネしてくるのかよ!」
 「…なにが変態じみた? まだ貴様を拘束してから何もしていないが?」
 「いろいろ変態じみた事できるって言ったじゃん!」
 
 ずぶずぶ…ずぶずぶ…
 アルシャーナの手足を呑み込んだまま、捕縛魔の壁牢が異音を立ててなにやら反応している。
 
 「い…いやあ…、なんだよこれ…!」
 
 ずぶずぶ…ずぶずぶ…
 
 「そうか、してほしいのか? アルシャーナ。おませさんなことだ」
 「言ってない言ってない!」
 「言ってない?」
 「言ってない。おませさんでもない」
 
 「そうか。そんなにしてほしいなら、ここのボタンを押すとスライムが召喚されてきて貴様の服を溶かすのだが」
 
 「言ってないし…。…もしや、ほんとにやる気じゃ…」
 
 ずぶずぶ…ずぶずぶ…
 
 「や…やめろ…ょ…?」
 
 アルシャーナは捉われた体をくねらせて、精一杯抵抗しようとしている。
 
 「磨かれた貴様の素晴らしい肉体のすべて…。うむ。下心はないが、そういう流れで見れるようになってしまったらつい見てしまうだろうなあ…」
 
 「…しっ…下心だからそれ! めっちゃ下心だから! …で…スライムのボタン…押すのか…?」
 「…もしや、少しわくわくしているのか? おませさんめ」
 「してないしてない!」
 「してない?」
 「してない。おませさんちがう」
 「おませさんちがう?」
 「ちがう」
 
 ずぶ~…
 と言って、残念そうに捕縛魔の壁牢の異音が少し収まった。
 
 「…そうか、安心した。何をさせられるのかと思ったぞ」
 「あたしがさせる側なのかよ!」
 「そうじゃなくてよかった。下心などないと言っただろう」
 「あるよ、あんたそれ…。あるから。じょ…冗談じゃないね…」
 「ないから。私の下心はワルジャーク様ひとすじだ」
 「…そうなの?」
 「そうだ」
 「さらっとすごいこと言わなかった?」
 「そうかもしれぬ。子供に言うことでもない。だが潔白を証明した」
 「してない。だってそれと別にあたしにも湧いてるよねいま、下心」
 「ないから。…で…わが軍に来る気はないと」
 「もちろん。もう最悪だから」
 
 「そうか…失うには惜しいが…、このままでは斬るしかないが?」
 
 「くっ…!」
 
 そんな…。
 殺されるくらいなら…そういう手もあるのか…?
 ワルジャークの四本足の一角として並び立つ自分を想像してみる…。
 
 やっぱり、それはない、と思う。願い下げだ。
 いま自分を捕えているのが罠なら、この誘惑もまた、罠だ。
 アルシャーナはそう思った。
 
 「だいたい…破壊しかできないんだろう…ワルジャークは」
 「そうでもないのだ。以前よりはずっと…、そうでもない」
 「そうにしか見えないけどな」
 「…ワルジャーク様は、貴様達と戦いだしてから少し変わりつつある気がするのだ…」
 
 「そうなのか…?」
 「最近は、なるべく敵を殺さないなんてことを言い出している。そのようなことは魔王になってからのワルジャーク様は言わなかった」
 「それは…あたしたちとの旅を経たライトの影響もあるだろう」
 「その通りだ」
 「…魔王になる前は、もっと違ったのか?」
 
 「そうだな…私がワルジャーク様にはじめて会ったのは、アルシャーナ、貴様と同じ十才の頃だった。ワルジャーク様は元服したての十四才だった。
 私もワルジャーク様も、どちらもその頃は普通の人間だった。悪政から祖国を取り戻すという正義感に燃えていた…」
 
 「そんな子供のころから悪政がどうとか言ってたのか」
 「ワルジャーク様は常に、祖国をあるべき姿にしようとまっすぐ突き進んできただけなのだ…」
 「それで大魔王になって下界制服するのか? どう間違ったらそんなになっちゃうんだよ」
 「間違ってなどいない! そういう言い方はよしてもらおうか」
 
 「なんだよ…そう言われたら傷つくとでもいうのか? あんたらのせいで今まで世界がどれだけ痛みを覚えてきたと思ってるんだ! あたしは許さないからな…、少しでもあんたに、あたしは落とせそうだ…なーんて思われたなんてショックだね。そんな緩い隙を見せちまったってことを反省してる」
 
 「…そうか…」
 
 「わかったかヒュペリオン…!」
 
 「ああ…やはり…貴様に説得など無理なのだな、閃空のアルシャーナ…。わたしも、貴様という人間がどういう人物か大して知らずに誘ったのがよくなかった」
 
 「ただでさえ断絶してたのが、いまの話で余計に断絶したんだ。そう認識しな、ヒュペリオン…!」
 
 ヒュペリオンは、再びヒュぺジャべリオンを構えた。
 
 「貴様は危険な人物だ…。説得などとてもとても程遠い。とても身内になど置けぬ。残念だが…、この世から旅立て」
 
 「…させるかよ…させるかよおおおお!」
 
 アルシャーナは手足を捕縛魔の壁牢にうしろに封じられたまま、上体をぶんぶん振って抵抗した。
 
 「うううううああああああ!!」
 
 つぎに、アルシャーナの身体が発光して、その全身から波動が放たれた。
 
 ドゥウウウウアアアアアッッッ!!
 
 「な、なんだとおおお!!」
 
 アルシャーナの全身から放たれた巨大な波法はヒュペリオンを吹っ飛ばして武舞台の上で爆発を起こした。
 
 爆発を受け、がしゃん、がしゃん、とヒュペリオンの手から捕縛魔の壁牢の制御魔導器が転がってゆくと、アルシャーナの背部で彼女の身体を拘束していたエネルギー体は、ぶもん、と音を立てて消滅した。
 
 「全身閃、了閃ッ!」
 
 と言いながらぎゅん、とアルシャーナは武舞台を駆け、ひゅっ、と捕縛魔の壁牢の制御魔導器を奪いとった。
 「こいつは面白そうだからもらっとくわ」
 「そ…それは子供にはまだ早い!」
 「そんじゃあ子供にまだ早いものをあたしに使ってんじゃないよ!」
 「だからって貴様には、あげん!」
 「…隙あり!!」
 そこでぎゅん、とアルシャーナは倒れたヒュペリオンに馬乗りになり、ヒュペリオンの懐から小袋を奪って、ざっ、とすぐに離れた。
 
 「こいつは天翔樹の葉だね。ディンキャッスルに行けるんだろ? これももらっておくわ」
 
 「ど、どんだけ盗む気だ!」
 と言いながらヒュペリオンが起き上がって片膝になったところで、それに答えずにアルシャーナは左手のロンドロンドトンファーを振るって
 「閃空大旋棍!」
 と叫ぶと、トンファーで必殺の一撃を繰り出したが、
 「させえええん!! エリュトロンジャべリン!!」
 と、ヒュペリオンはジャベリンを振るって閃空大旋棍の巨大なインパクトを相殺させた。
 
 ずおん、とぶつかりあった技と技の衝撃波がセメトル宮の武舞台を駆け抜ける。
 
 「ふんぬああああああッッ!」
 
 続けざまにジャキイィン、とヒュペリオンが続いてジャベリンを振るった金属音ののち、アルシャーナのロンドロンドトンファーが弾かれて宙を舞い、落ちた。
 
 「ハァ…ハア…ハァ…、やるじゃないかヒュペリオン…」
 「貴様もな…。まさか…捕縛魔の壁牢から自力で抜け出すとは思わなかったぞ…。盗ったものを返せ!」
 ぎゅんっ、とヒュペリオンが躍動してアルシャーナの懐に手を伸ばそうとする。
 
 「やだよ! こんなものを変態の悪事に使われたら人類にとってよくないからなあー。没収没収!」
 
 アルシャーナはひょいひょいと避けてゆく。
 
 「くっ…天翔樹の葉のほうは一枚だけ返してくれたら残りはやるから捕縛魔の壁牢だけは!」
 「あー、天翔樹の葉、一枚はないとルンドラに帰れないか」
 
 そう言うと、アルシャーナは腰に挟んであったヌンチャク「幸来棍」をしゅっと抜き取り、左手でぐるんぐるんと回しながら、右手の鉄爪を構えつつ、ヒュペリオンの攻撃を避けてゆく。
 
 「そうだ。まあダメならロンドロンド城でなんとかなるが!」
 「あんたその前に倒されるんだよ!」
 「されん!」
 「でも捕縛魔の壁牢も返せないなあー。返すなんて人類にとってもよくないし、それに…こんな面白そうなもん」
 「…そんなに興味があるならさっき『するか?』って言った時になぜ断った?」
 「子供には早いんだろっ?」
 「そうだ!」
 
 と言って、ヒュペリオンは、ヒュペジャべリオンで鋭い突きを連打していった。
 
 「じゃあ『するか?』って言われても、やんなくていいじゃんか!」
 
 アルシャーナは攻撃を避けながら、左手の幸来棍と右手のセメトルクローで時々身にかすりそうになる撃を弾いてゆく。
 
 「じゃあやんなくていいから返せというのだ!」
 「じゃあ…元服したら使おうかな!」
 「自分で買え! 元服してから!」
 「まあ返しても結局どっちでも一緒だ。あんたはここで倒されるんだからさッ…!」
 
 「もう一度、肩を貫かれたいようだな閃空のアルシャーナ!」
 「…さっきはその肩を心配してくれたくせにっ!」
 「もうその関係は終わったのだ!」
 「ああはいはい、そうだなそうだな! せいせいするッ!」
 
 「赤虎烈動大願刺(せきこれつどうたいがんざし)!」
 ヒュペリオンの投擲ヒュぺジャべリオンが赤い光を撒き散らして突きを放つ。
 「うらああああッ!!」
 ぎゅいいいいいぃぃぃん、とヌンチャクが回転し、ジャベリンの突き通そうとする力を止める。
 
 「こないだはそいつに肩をやられたけど…今度はそうはいかないね…ッ!」
 
 「ぬうううううん、負けんぞおおおおおッ!」
 
 ガガガガガガガッ!
 
 激烈な力で刺し通そうとしてくるヒュペリオンに対し、アルシャーナは幸来棍にさらなる回転を加えた。
 
 「雙節棍(そうせつこん)・空魔絶禦壁(くうまぜつぎよょへき)!」
 
 ぎゅおぉぅんッッ!
 
 「ぐわああああっ!」
 
 バシイイッ!
 
 幸来棍の超回転は巨大な盾となってヒュペジャべリオンの赤虎烈動大願刺を弾き、そして、弾き切った。
 
 「了棍!」
 
 アルシャーナの了棍の合図とともに回転を止めたヌンチャク・幸来棍は、急激な回転の静止に伴って、パァン、という空気を切るような乾いた音を立てた。
 
 そして、だんっ、すかさず地面を蹴り上げてアルシャーナが跳躍する。
 
 アルシャーナは回転を止めた幸来棍を垂直にまっすぐ振り上げて、必殺の一撃を繰り出した。
 空魔の一撃に強大なパワーをこめて。
 
 「雙節棍(そうせつこん)・空魔殺法棍垂敲(くうまさっぽうこんすいこう)!」
 
 ズドォォォオン!!
 垂直に激しくしなやかに幸来棍は天より降りたち、ヒュペリオンは直撃を受けた。
 
 「もひとつ…了棍っ!」
 
 ザシャア…と、崩れ落ちたヒュペリオンは、魔獣態が解けて人態に戻ってしまっていた。
 
 「ま…まだまだ…!」
 
 それでもヒュペリオンは立ち上がって、頭部のブーメラン「ヒュペメラン」を取り外した。
 「ハアアアアアッ!!」
 赤い闘気をヒュペメランに宿してゆく。
 
 「赤虎回力撃(せきこかいりきげき)…ヒュペメラン・テンペスト!」
 
 ゴウッ、と真っ赤な波動を大嵐(テンペスト)のように吹き散らして赤虎のブーメランがゆく。
 応じて、アルシャーナの右腕の鉄爪セメトルクローが唸りを上げた。
 
 「爪技(そうぎ)・超空掉閃Ξ掻(ちようくうとうせんくうそう)!」
 
 シュザゥン…ッッ…! と、迫りくる猛獣を?き切るようにアルシャーナの鉄爪セメトルクローがヒュペメランを撃墜すると、ムボワァァァッ!! と、ヒュペリオンが大嵐に託した赤い闘気が砕かれて、セメトル宮の空に放たれていった。
 
 ヒュペリオンは
 「もどれ…ヒュペメラン!
 」
 と呼んだが、ブーメランはもう戻ってこなかった。
 
 ぎゅん!、とさらにアルシャーナが向かってきて、鉄爪を振るう。
 
 「閃Ξ掻(せんくうそう)!」
 「せいっ!」
 
 がいんっ、と高音を立ててアルシャーナのさらなる鉄爪攻撃をヒュペリオンがジャベリンで弾くと、鉄爪はアルシャーナの手から外れて空を舞ったが、そのままアルシャーナは拳を振り上げて、
 「空牙Ξ拳(クーガク―ケン)!」
 と、空を斬る拳をヒュペリオンの身体に撃ち込んだ。
 
 「ぐああああああッッ!」
 
 さらにザシャア、と、ヒュペリオンが武舞台に再び落ちたところを、
 
 「朱空流波法・・・舞飛破波(ぶっとばっはー)!」
 
 と、アルシャーナは父親直伝の波法を放ったが、ドン、と波法はヒュペリオンに受け止められた。
 
 「い…いいように…させるものかッ!…ヒュペリフレクション!!」
 とヒュペリオンは波法を撃ち返す。
 
 しかし、アルシャーナは
 「そおおおおおおいっ!」
 と叫ぶと、
 
 どうっ!!
 
 と、自分に跳ね返ってきた舞飛破波をさらに蹴り返し、今度はヒュペリオンに命中させた。
 
 「ぐはあ!」
 
 再びヒュペリオンは崩れ落ちた。
 「ヒュ…ヒュペリフレクションまで…破るとは…」
 
 「…じゃあ今の技名は…こうだな。舞飛破波(ぶっとばっはー)ヒュペリフレクション返し!」
 
 「…おのれ…さすが…閃空のアルシャーナ…、このわたしが見込んだだけのことは…ある…」
 
 「そこなんだけどさ、見込まないでくれるかい?」
 
 「…断る…見込む…」
 
 「勝っちゃうからしょうがないよな。…なんだかちょっとあんたとの掛け合いに慣れてきてて嫌なんだけど」
 
 「…フフフフフ…」
 
 「フフフフフじゃあないが」
 
 「そうやって嫌がる清廉さも素晴らしい…」
 「だめだこいつ話聞いてない。…そういえば今日はどうしたヒュペリオン…今日は魔法は撃ってこないのかい?」
 
 「…フフフ…気付いたか。おそるべし事実を明かそう。…MPがないのだ。なぜだと思う? MP使用と引き換えに…ケンヤ=リュウオウザンの石化を成功させてきたからだ!」
 
 「!」
 
 「もうすでに私はひとつ、勝ってきている…。そしてもうひとついま、逆転の勝利を収めるのだ!」
 
 「場所はどこだ…」
 「…どこだと思う?」
 「場所はどこだって聞いてるんだよ!」
 「ど~こだろうなあ~?」
 
 「本当かどうか信じがたいが…さっさとあんたを片付けないとな…」
 
 「させんぞ…?」
 いくつものアルシャーナの攻撃を受けてきたヒュペリオンだが、そう言って、もう一度ゆっくり立ち上がった。
 
 「ヒュペジャベリオン・サリッサ!!」
 ヒュペジャベリオンが変形し、六ナメトルもの長さの「ヒュペジャべリオン・サリッサ」の形態になると、ヒュペリオンは残った力を振り絞って叫んだ。
 
 「わ…我が逆転の勝利を見届けよ、我が一族の主神・太陽神ペティカーレイソルよ。そして我が主君ワルジャーク様の主神・破壊神コロスクロスよ! 我が赤虎の投擲に恒星の下・破壊をもたらさん!」
 
 「その技か…」
 
 「壊陽系超崩(かいようけいちょうほう)サリッサワスターレジャべリン!」
 
 ヒュペリオンはヒュペジャベリオン・サリッサをぎゅおん、と上空に投げた。上空がごおおう、と紅に染まると、激しい恒星の光をまとったヒュペジャベリオン・サリッサが上空できびすを返し、猛烈な勢いでアルシャーナのもとに飛んでくる。
 
 「こないだとは違う対応をしてやるよ…」
 
 ひゅんっ、とアルシャーナはヒュペリオンの背後に回り、ヒュペリオンの手を握った。
 
 「あ…握手だと…? も…もしや…仲直りの…握手!?」
 
 「そんなわけないだろう? …あんたが武器になるんだよ! 閃滅全滅大々ヒュペリオン空滅!!」
 
 ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんとアルシャーナはヒュペリオンの身体を回転させて振り廻し、空が唸りをあげてゆく。
 勢いよく迫ってきた壊陽系超崩サリッサワスターレジャべリンは、ぎょいんッ!という激音とともにヒュペリオンの身体で打ち返されて、再び空へと舞い上がった。
 
 反動でくるくる、と回ったアルシャーナはスタッと身体を着地させ「了ヒュペ!」と発した。
 
 元通りの長さになって正確に戻って落ちてきたヒュペジャベリオンは、からんからんと地面に落ちた。
 
 「…生きてるか…? ヒュペリオン」
 
 アルシャーナが、つないだヒュペリオンの手を離すとその身体は、ぐしゃ、と武舞台につぶれた。
 
 ヒュペリオンはそれでも右手を上げて、生存を告げた。
 
 「ケ…、ケンヤ=リュウオウザンを石化したのは……ピエンプリン闘技場だ…。いまごろ…我々から離反したライトが…蘇ったイグザードに倒されているころだろう…」
 
 「…!…本当か…?」
 
 ヒュペリオンはもう一度右手をよろよろと上げることで、その返事をした。
 
 「…これで…あたしの勝ち…ってことだな? ヒュペリオン」
 
 「…まだだ…まだ…」
 
 「まだやんのかい? おっ死(ち)ぬぜ? もう立てないだろ」
 
 「さ…最後に…最強の拳で来い…。
 う…うなる貴様の最強拳で来い…。
 私の敬愛する閃空のアルシャーナよ…。貴様ほどの素晴らしき者とここまで戦い抜いた私に…最後のご褒美を…」
 
 「敬愛するって言ったのかい今」
 「…敬愛している…わたしは敬愛しているぞもはや、アルシャーナよ…偉大なるワルジャーク様の次に…」
 「敬はいいけど愛はやめてほしいんだけど」
 「困ったことにもうすっかり敬愛してしまったのだ…」
 「だめだからな。敬愛じゃなくて敬意にしておけ? わかった? あとなに?ご褒美って言った? 聞き間違いじゃなくて?」
 「……」
 「なんか言いな、ヒュペリオン」
 「……」
 「…確実にあんた、おっ死(ち)ぬけど…ほんとにいいんだな…」
 「……」
 「そうか…」
 「……」
 ヒュペリオンはもう何も言わなくなってしまったが、アルシャーナは最強拳を放ってあげることにした。
 
 「まったく…最後まで許せないヤツだったよ、あんたは…!」
 
 両拳に、ここまで戦った強敵へ向けたはなむけを込める。
 
 「閃空流拳究極拳撃・呻龍閃Ξ最強拳(うなるせんくうさいきょうけん)!!」
 
 拳の呻りが轟いて、アルシャーナの身体が黄金に輝き、獰猛な拳撃がヒュペリオンの身体を貫いていった。
 
 ドォオオオオウウウウウン……。
 「…じゃあな、ヒュペリオン」
 
 だが、最後に敬愛を告げ、最強技を望んで散っていったヒュペリオンにアルシャーナは潔さを感じて、別れを告げた。
 
 オーバーキルであった。
 すでに倒した相手に、ここまですることはなかったのかもしれない。
 だがもう、すべては終わったのだ。
 
 そう思ったアルシャーナは存分に戦い、戦い終えた宿敵の顔を見た。
 
 安らかな死に顔だ…。
 
 崩れた武舞台の上で身体を横たえているヒュペリオンを見てそんな感傷を胸に記したところで、
 それは、しゃべった。
 
 「…ありがとう…敬愛する…閃空のアルシャーナ」
 
 「生きてるんかい!」
 
 思わず突っ込まずにはいられないアルシャーナであった。
 
 「…よかった…。よいとどめを刺された…。とてもよかった…」
 
 ヒュペリオンは恍惚とした表情をしている。
 
 「もういい。ヒュペリオンもうお前これ返すからさ、ここで縛られてな? な?
 …いでよ、捕縛魔の壁牢!」
 
 アルシャーナはヒュペリオンから奪った、ボタンのたくさんついた捕縛魔の壁牢の制御魔導器を取り出して掲げた。すると、ずぅぅううん… と、そこに、宙に浮いた巨大なエネルギー体の壁が現れた。
 エネルギー体の壁は、倒れたヒュペリオンの身体を押して転がして裏返しにしてから、ずぶずぶずぶずぶ…と、その背後から彼の手と足を呑み込んでゆく。
 
 「や…や、やめろおおお…っ!」
 
 ずぶずぶずぶ…、ずぶっ! 壁の動きは、ヒュペリオンのひじから先と、ひざ下から先だけ呑み込んで、止まった。
 
 アルシャーナは
 「さっきの話だと、ボタンは全部押すのがいいらしいな」
 と、ばばばばばっ、と全部押した。
 
 「まて、子供は押したらいけないようなボタンもある! あ、あ、あと、『強』ボタンはだめだ!!」
 
 「もう全部押しちゃったから! あー、服をみんな溶かすのもあるんだっけ。ヒュペリオンのヒュペリオンなんか見る趣味はないからあたし行くから。じゃあな! ヒュペリオン!」
 
 「…ま、待ってくれ! いや、お待ちください敬愛するアルシャーナ様、この通りで、あっ、あっ、あ、ああああああ――――っっ!!!!」
 
 「…敬はいいけど愛はやめろっつってんの…。ま…ほんの少しだけ、悪い気はしないけどな…!」
 
 でも基本、無理だからな、と、さらにもう一回だけ小さく言い残し、アルシャーナは去っていった。
 
 ヒュペリオン劇場は、とてもここには書けないようなものすごーいことになったという。
 
 木々に囲まれたセメトル宮の神聖なる武舞台にはヒュペリオンひとり残され、二月の冷たい風がいつまでも、いつまでも吹き抜け続けるのだった。
 
 
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