#45 赤虎臣見参
一方。
ソレイン宮では、怪我から回復したマリザベスとホリーが門番に復帰していた。
「ほえぇああああぁぁ…ふ……」
ホリーが大あくびをする。
「…ねえマリザベスさん、ガンマさんとアルシャーナ様たちの呪い解きターンはまだ終わらないですのーん?」
「そうねえ…、もうすぐらしいってジージさんが言ってたけどねえ…。…もうやだわホリー、あなたまたそんなでっかいあくびなんかして、ほんとにもう」
「ほえー、マリザベスさんと一緒だと安心しちゃってつい、なのーん。それにしてもおとうさまとおじいさま買いだしから戻るの遅いなあ…ピケ8(エイト)買ってきてって言ってあるのん…うへへ…ピケ8(エイト)ぉぉぉ…」
この、おとうさまとおじいさまというのは、トティ神殿長とジージのことである。
ピケ8はスナック菓子である。ちょううまい。
「あらやだわホリーったら、そんなくっそダラけた顔で油断してるときにワルジャークの手の者の強いのが来たらどうするのよー。ほんとにもう」
「そうだぞ…?」
「えっ?」
急に誰かが会話に混じってきた。
「呪文…闇動(シヤドームーン)! 闇動(シヤドームーン)!」
そう、敵襲はいつも突然やってくる。
「!? …てええい!! μ矛閃(ミユームーセン)ッ!」
ジャキィィン、ゴゥゥゥン、と鋭い音を立てて激しい波動が魔力をかき消して爆ぜた。
マリザベスは矛(ほこ)から槍波(そうは)を放って、急に飛んできたふたつの二文字魔法をかき消したのだった。
「ほえええっ!」
「あらやだわ、ほんとに来ちゃったじゃない!!」
「そうだぞ、ワルジャークの手の強いのが来たらどうするのよーとか言っているから、来たのだぞ?」
「またまた! もうっ…何者なの…ッ!?」
「赤虎臣ヒュペリオン、見参する。
…貴様…、九十六大神の宮の門番にしてはずいぶん上等な技を持っているではないか…」
「あらやだわ…実技試験で本殿や神界神や十超神の宮の門番になれるんなら私、なれてると思いますよ、ほんとにもう」
「ほええ! この門が襲われるの、この巻で二回めですのん! そんなんありですのん?」
「この巻? 一体何を言っている…? …まあ調べはついている。のんのん言ってるそっちのほうは確か神殿長の娘だったな…。はあ…なるべく殺さないという新方針は面倒だな…。ええい、構っていられるか!」
ひゅん!! と魔獣の姿になったヒュペリオンは、ひゅっ、と大きく飛んで、直接門番たちと門を飛び越えながら、赤虎の投擲エリュトロンジャベリンを二階に投げた。
バリィン、とガラスが割れ、窓枠が吹っ飛ぶ。
ヒュペリオンがそのまま二階のベランダに飛び乗って再びエリュトロンジャベリンを手に取り、屋内に入ると、お札を貼った御雷衣(プラズマローブ)姿のガンマとナイトローブ姿のアルシャーナが、呪いを解くための眠りについていた。
「死ね!」
もたもたしていたら門番たちが登ってくるだろう。
ヒュペリオンは必中の一閃でガンマの喉元にエリュトロンジャベリンを突き刺した。
…つもりだった。
気が付いたらアルシャーナもガンマも、ベッドの上にはいなかった。
「いない…だと…?」
「ぐう…ぐう…」
見るとなんと、アルシャーナがいびきをかきながら、ガンマを抱きかかえて三歩うしろに立っていた。
「起きていたのか…、閃光のアルシャーナ…」
「……」
返事はない。
「わたしがジャベリンを振り下ろす間に、ガンマード=ジーオリオンを抱きかかえてよけたというのか…?」
やはり返事はない。
「さすが閃空のアルシャーナ…。…一流の武人は視力を閉ざしても遜色なく戦えるという…。それは…その境地の先にあるものか…」
などとヒュペリオンは余計なうんちくをぶつぶつ言って、時間を使ってしまったのがよくなかった。
「門限解放美脚爆裂マリザベス&ホリーダブルキ――ック!!!!」
どげしっ!!!!
そのとき、二階に駆けあがったマリザベスとホリーが同時にとびかかり、ヒュペリオンに渾身のダブルキックをお見舞いした。
「ぐおおっ!!」
ふたりの息の合ったダブルキックで吹っ飛ばされたヒュペリオンは、破れた窓の外に吹っ飛んで中庭に墜落し、地面に衝突すると同時に
ドカー――ン!!
と、爆発を起こした。
「「了脚!!」」
マリアベスとホリーはポーズを決めて、揃ってそう叫んだ。
「で…、マリザベスさん。自分達でやっておいてなんですけど、この技、どうしてキックしたら敵が爆発するんですのん?」
「あらやだわホリー、そういう技だからよ。ほんとにもう」
ふたりがポーズを決めながらふと見ると、まだアルシャーナはガンマを抱きかかえて、立ったまま眠っている。
そこで、ぷわ――…、とアルシャーナの鼻ちょうちんが大きくなって、ぱちん、と弾けて、眼が開いた。
「はっ!!」
アルシャーナとガンマ、ふたりの体に貼られたお札のうち、アルシャーナのお札だけがぱらぱらと下に落ちた。
「あらやだわ、眼が覚めました? アルシャーナ様」
「ほええ…こんな昔のマンガみたいな目覚め方するひと、実際にははじめて見たですのん…。おはようございますっ!」
アルシャーナは、ガンマを抱きかかえている自分と、なにやらポーズをとっている門番ふたりを見て、あー…、と唸った。
「あー…、うんおはよう…。…ええと…マリザベスさんたち、さっき、なんとかダブルキーックで赤虎臣ヒュペリオンを吹っ飛ばした?」
「「はい」」「ですのん」
ふたりが半分ハモって答えた。ですのんのところ以外。
「あ…夢の通りだ。なんか夢見てたんだけど、夢じゃなかったのか…」
「なんとかキーックじゃなくて、『門限解放美脚爆裂マリザベス&ホリーダブルキック』ですのん」
「それすると門限が解放されるの?」
「「されません」」「のん」
「じゃあなんでそんな技名なの」
「「ふんいき。門番らしいふんいきです」」「のん」
門番ふたり、やたらハモる。のんのところ以外。
アルシャーナはガンマを再びベッドに横たえて、ガンマの体に貼られた札や、自分に貼られていた札の文字に記された残り時間を確認した。
「あ、あたしの作業は終わって、ガンマももう、ほとんど呪い解くの終わってるね。ガンマだけあと少しだ」
「よかった、アルシャーナさんがギリギリ敵襲に間に合って助かりましたのん」
「…ケンヤの大将やレルは?」
「アルシャーナ様、ケンヤ様は狼星王ライトに一度敗れ、レルリラ姫様も狼星王ライトにさらわれちゃったんですが、ケンヤ様は修行を終えてけさ早朝にここを出て狼星王ライトと再戦に行っている…と、リード宮から連絡が来ています。わたしも姫様やケンヤ様にちょっと託してることがあって…それは色々話せば長くなるんですが…。困った状況ですほんとにもう…」
「託してること?? とにかく…あたしとガンマが寝てる間にそんな厄介なことになっちまったのか…。心配だ。さっさと合流したいな…。
…この武器、借りるね。これ、大将の鎧作ったひとの良い武器ばかりだ」
壁に何種類もの新品の武器が銘板つきで吊るされている。いずれも以前ソレイン宮に滞在していた時は飾られていなかったものだ。
「ほええ、どうぞどうそですのん、お父様の…トティ神殿長がこういう時のための備えで買ってきたものばかりなのでなのん。いずれも王宮お抱えの下界最高峰の武器屋・コウライケンで買った一級品ですのん」
とホリーが言うと、
「そうです、どうぞどうぞお貸しします。勝てたらさしあげますので、その場合はそのままお持ち帰りください」
と、トティ神殿長がいつの間にか来ていて、そう言った。実は、負けてもあげるつもりなのだが負けられても困るのでそう言った。
「そっか、嬉しいこと言うなあ神殿長…。それはがんばっちゃおうかな」
壁に何種類もの武器が銘板つきで吊るされている中、アルシャーナは腰ひもに幸来棍(コウライコン)という名称の双節棍のヌンチャクを挟み、セメトルクローという鉄爪を右手に、そして、ロンドロンドトンファーを左手に装備した。
「トティとわたくしが少し買い出しに行っている間にこんなことになるとは…。アルシャーナ様、お気をつけて」
ジージもいつの間にかトティ神殿長と共に戻ってきていて、そう言った。
「ああ、ジージさんありがとう。じゃ…あたしはこれから庭でヒュペリオンをぶっ飛ばすからさ、マリザベスさんとホリーさんは、あたしのかわりにガンマの体を守っててくれ。
あたしとヒュペリオンとの戦いが終わるころにはガンマも目覚めると思う。そしたらガンマとすぐ、ケンヤの大将と合流しに追っかけるつもりだ」
「わかりましたのん!」
「じゃあ…みんなも気をつけな!」
と言って、すたっ、とアルシャーナが二階の窓から中庭に飛び降り、
「閃空装身!」
と叫ぶと、いつもの武闘着がアルシャーナの身体を包んだ。
まだ爆発の余韻で土煙が立ち込めるなか、アルシャーナはさっそくぶちかましに行くことにした。相手の強さはすでに手合わせして体験している。こちらの戦い方も知られている。余裕はない。
土煙の中の気配を察して飛び掛かり、
「柿Ξ脚(カキクーキャク)!!」
と蹴り飛ばすと、蹴られたヒュペリオンの体躯が上空に放られた。
アルシャーナが思い切り蹴ったので、ヒュペリオンの身体は飛ばされて、ぐんぐんソレイン宮を離れていくのだった。
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