#44 通される筋、そして決着…
普段だと、駅馬車が時刻表と各場所のステーションに沿って定期的に運行されているので、馬車を利用すると楽な目的地だが、昨今の情勢の影響で駅馬車の各ステーションには不定期運行の紙が貼ってあるため、今は馬車はあまり使えない手段になっている。
駅馬車のルートを歩いてゆくと、闘技場に向かう道沿いはだんだんと、闘技場に近づくにつれて観戦者を迎えるための飲食品店やおみやげ屋や用品店などが増えてゆく。
だが、各店舗はシャッターが閉められたり臨時休業と書かれていたりする。
そうしてケンヤとヌヌセちゃんとぴちくりぴーがロンドロンド城より北西に数十分進むと、大きな闘技場がそびえたっていた。巨大なので迷いようもなかった。
「ぴい!」
「レルはこの中にいるんだな、ぴちくりぴー」
「ぴい!」
ぴちくりぴーの額の羽根が、ぴこぴこと光っている。
中に入ると、八万二千人の観客を収容することが出来る観客席がぐるりと、青々とした芝のフィールドを取り囲んでいる。
観客は誰もいない。
普段は闘技や球技や神事や芸能や新春シャンソンショーなどの様々な催しが行われている広い緑のフィールドの端には、高いY字架が駆けられ、そこにレルリラ姫が捕らわれていた。
「レル!!!!」
レルリラ姫の捕らわれたY字架の前には、ひとり。
ライトが待ち構えている。
「助けてええ―――!! ケンヤ―――!!!!」
「レル―――!!!!!!」
このY字架は実は、レルリラ姫が言い出して用意して、レルリラ姫自身の演出で自ら捕らわれたものなのだが、ライトはせっかくなので、その策に乗った。
「待っていたよケンヤ! さあ、二度目の決着をつけようか!」
「ライト…お前…レルにそんなことするヤツだとは思わなかったぜ…」
「その怒りをぶつけてこいケンヤ。君が勝てばレルは自由にする」
「お前もしかして…レルから全てを聞いて、その結果としての行動が、これなのか? そりゃあないだろう!」
うん。そりゃあないとライトも思うわけだが
「その怒りで僕に勝ってみろ…すべてはそのあとだ!」
そう言った。
「それからもうひとり…総大司教様が来ているね…。貴方のことはワルジャーク様が探していたが、いままでどこにおられたのか…。
さて、この戦いは僕とケンヤの一騎打ちだ。わかっているね総大司教様」
「ヌヌセちゃんと呼んでほしいのれすが…。
まあ、ケンヤ様の命を奪われないためには、隠れているわけにはいかなくなりましたのれす。そして、ライト様にほかの加勢が加わらない限りはわらひも後ろで見届けますれす」
ライトは内心ありがたいと思ったが、それをわざわざ今言うのも無粋と思った。
「ケンヤ…今度こそ…絶対勝ってね!」
Y字架の上でレルリラ姫が言うと、ケンヤは手のひらを上げて答えた。
観客のいない闘技場で、ケンヤとライトが向かい合った。
「では、はじめるのれす」
「盾風!」
「初手、盾風とはね…」
ケンヤの斜め前にひとつ、大きな風のシールドが張られた。今回はひとつだ。
「こないだはいきなり不意打ちを食らっちゃったからな」
「今日はそんな不意打ちはしないつもりで来ている」
「なんで?」
「あとでわかるさ」
「そう言われても…やめないぜ?」
すっ…と手を斜めに広げ、ケンヤが構える。
「…!…」
ライトは星導聡流剣を構えながら、ケンヤのレベルが明らかに上がっているのがわかった。
「どうなっている…まるで隙の質が…違うな…」
盾風と構えの陣には、まるで隙がない。
「なんだよ…まだ何もしてないのにわかっちゃうか?」
「嘘だろ…これだと…どこから斬りこんでも剣を弾かれる…。こんなことが出来るのが…こないだと同じ人物なのか…?」
「まだ何もしてないぜ? ライト」
「ならばっ!」
だっ!
ライトはケンヤの周りを円を描くように高速で走り出した。
「戦法を…変えよう!」
ぎゅんぎゅんとケンヤの周りを回ってライトはじわじわ間合いを詰めてゆく。そして、
「ライティングスライディング!!」
ズザ―――ッ!!!!とライトは、大地をスライディングしてケンヤの足を狙ってきた。
「うわっ!」
ケンヤはジャンプ一番で避けたが、
ライトは足首つかみ一番でケンヤの足首をつかんだ。何の一番なのだか。
「つかんだぞおおおっ!!」
ライトが吼える。
ジャンプするケンヤの右足首を右手でつかみながら、左手の拳がうなり
「絶砕絶佳ブーツクラッシャー!!」
と言って、ライトがケンヤの脛(すね)を砕こうとしてくるので
「させるかよおおおおおッッ!!」
ケンヤは空いている左足を、ライトの身体めがけて思いっきり振りぬいた。
ドゥオオオッ、とライトの身体は弾き飛ばされて、フィールドにぶつかって跳ねた。
「ぐぬっ…」
「よかったな、その地面じゃ土の味もしない」
緑の闘技場の芝はよく手入れされている。
「脛を砕く技もあったのか、おっかないな」
「くそ…っ…、技数のひとつに揃えていたが、はじめて使ったよ。まだ練習が足りないとわかった」
ライトは起き上がりながら、
「王・L鑼把(エルドラッパー)!」
と、いきなり上級版の波法を撃ってきた。そのL字の波動は、それまでケンヤが見てきた王・L鑼把(エルドラッパー)よりずっと激しい。
「Φ凰斬(ファイオウザン)!!」
これに対抗するにはもうこれしかなかった。
王・L鑼把(エルドラッパー)は、むきだしの戦士剣風陣王の刀身の放つジークニウムの斬撃に、手も足も出ずに消し飛んだ。
「な…なん…だと…?」
「なんだよライト、い、威力が全然違うじゃないか!」
「いや…君もだ…、な…なんだ今の技は…!」
「技名はさっき言っただろ」
「技名を聞いたんじゃない」
「じゃあ何を聞いたんだよ。どんな技なのかはさっき見ただろ」
「どんな技かを聞いたんでもない」
「じゃあなんなんだよ」
「それは君もだ、なんだ今の技!」
「技名はさっき言っただろ! パート2!」
「ええい!」
ライトの腕が輝いた。
「スターライトガラスティーンパラダイスギャラクシーパンチ!!!!」
ライトの拳からこぼれる星のまたたきがガラスのように輝き、まるで天国の銀河のように美しい拳の軌跡がケンヤに向かう。
「なんだよ…これも、こないだオレに撃った同じ技より何倍も威力があるじゃないか…」
と言いながらケンヤは叫んだ。
「Φ凰拳(ファイオウケン)!!」
刀身を収めてケンヤの手甲に収まっていた風陣王が輝いて、ケンヤの拳に風陣王のエネルギーをそのまま乗せた拳撃がまっすぐ重く放たれた。
ライトの拳撃の波動は、ぱりん、という音を立ててガラスのように砕け散っていた。
「ぐわああああっ!!!!」
Φ凰拳(ファイオウケン)を受けたライトの身体は吹っ飛ばされてフィールドをぎゅうううううん、と突き進んでゆき、観客席の壁にズウウゥゥゥゥン、とぶつかって止まった。
「き…君は…拳をここまで研ぎ澄ますことができたというのか…。なぜだ!」
ケンヤはひゅん、とライトが飛ばされた場所にやってくると、今度はひざに刀身を収めた風陣王を取り付けた。
「お前も前よりずっと本気で来てるからな…」
「それだけが理由ではないだろう」
「そんなのわざわざ言わなくてもわかるだろ」
「わからんなあ…。狼星拳・L鋼乱挿(エルゴラツソ)!」
立ち上がったライトはケンヤに激しい拳をいくつも浴びせてゆく。
「わかるだろ、質の高い修行が出来た。それだけさ」
ケンヤは蹴りでその拳をいなしてゆく。
Y字架にかかったレルリラ姫が
「『それだけさ』って…、わたくしがさらわれたからじゃないんですね…」
と言うと、ヌヌセちゃんが
「なんでケンヤ様が短期間で強くなれたのかって話だから、修行したからっていうケンヤ様の言葉は間違ってないのれすよ、姫様」
と、答えた。
「わたくしがさらわれたからめっちゃケンヤががんばってるのかと思っていました!」
レルリラ姫はちょっと複雑そうな表情で戦況を見つめた。
「ケンヤ様は姫様のためにも頑張ったんれすよ、そりゃあもう」
「ええ、ちょっと拗ねてみたかっただけです…だって…うらやましいくらいですもの! ケンヤったら、あんなに強くなったんですもの…。ただでさえ、追いつけない追いつけないって思ってきたのですから…」
「姫様にはやっぱり、戦力としての誇りがあるのれすね」
「でも…いまは、見守ります。この戦いの行方を」
「そうれすね…!」
レルリラ姫とヌヌセちゃんがそんなやりとりをしている間にも、ケンヤは蹴りでライトの拳をいなし続けていく。そして、
「ずいぶんはしっこに行っちゃったから戻ろうぜ…。Φ凰脚(ファイオウキャク)!!」
ドン!!!!
と、ケンヤのキックがライトの身体を闘技場のフィールドのセンターサークル方面に蹴りやった。
「あぐああああっ!!」
青い芝に転がるライトの身体に朝の光が斜めにかかっている。
ケンヤがひざの風陣王を取り外して柄(つか)を握ると、
「剣化…風陣ッ!」
と叫ぶ。
ジャキィン、と再びジークニウムの刀身が姿を現した。
「し…質の高い修行をした…だって? どこで…誰と?」
ライトはよろめきながら立ち上がって、そう質問した。
「リード宮で、アッカ隊長とヌヌセちゃんと」
ひゅん、と再びケンヤはフィールドの中央に戻った。
「リード宮、超天神リードセイガーの宮か…。リードセイガーは風帝を生み出した根源…。
そして聖騎士団最強のアッカ=ランパス隊長…。
ロンドロンドの全神職の頂点に立つ総大司教…。
ライバルとの惨敗。他の仲間に頼れない状況。さらわれた姫という危機感…。
風帝の卵が、そういった条件のすべて揃った環境で修行をすれば…そうなるのか」
「オレは…たくさんの人に支えられている。だから今日、お前に勝てる…!」
「フッ…! そう簡単にこの狼星王に勝てると…思うなよ? …はああああああっ!!!!」
ドドドドドドッ、とライトが剣を振るっていくが、
カカカカカカン! とケンヤも剣で弾いてゆく。
「いい修行をしたな、ケンヤ」
「ライト、今日はなんだかお前、憑き物が落ちたような表情をしているな」
「そうかい?」
ライトは手を上げて詠唱を始めた。
「ウステーマ・ダーマエ・ソーマソーマ…!
此の撃されし証の礫(れき)と礫と礫の史よ、其の煌々たる星々の史の暦(こよみ)の尽(つくし)よ…!」
「きたな…その四文字魔法は…初めて見るぜ…ッ!」
「超呪文(ネオスペル)…星撃礫尽(シーンマール・イナーア・ベヨーネ)!!」
「うおおおおおっ、盾風(タテカゼ)…颱颯飄颪(だいさつぴようおろし)ッッ!」
「な…なにいいいいっ!!」
ライトの放った下界(ドカニアルド)と天(そら)の星々の力を借りた四文字魔法の撃が煌々と輝いてケンヤに向かう中、ケンヤはあらかじめ先ほど仕掛けていた風による盾「盾風」を大きく広げて、勢いよく四文字魔法を包んだ。そして盾風は、巨大な竜巻となってライトの魔法の軌道を空高く、逃がした。
ギュウウウオオオオオン…、
と、ロンドロンドの空に巨大な魔法が撃ちあがってゆく。
「ものすごい威力の呪文だ…星系魔法なんてあったの知らなかったぜ…。あんなのもし当たってたらワルジャークだってただじゃ済まない威力だ…」
「くっ…ふ…防がれておいて褒められてもな…、まあ…ほ…褒めてくれた礼は言っておこう…ぐっ…」
自身の唱えられる最大の魔法を防がれたライトは片膝をついた。
「…盾風ッ!」
びゅうううんっ、と、ケンヤはまた、新たな盾風をひとつ出して、うしろに待機させた。
「ライト、…あんなすごい魔法を使っちゃったから一気に消耗したな、…よおおし!」
ケンヤの構えた戦士剣・風陣王の宝玉がぎゅん、と呻った。
「風来(ふうらい)・風矢陣(アネモスヴェロス)!!」
風陣王の刀身は吸い込まれ、宝玉の左右の金属部分が伸び、宝玉はケンヤの右腕に装着されて弓の姿となった。
「風来風来風来風来…!!」
と、ケンヤが風を呼ぶと、ひゅうううううん……、と、東西南北から集った風がケンヤの風陣王の宝玉に吸い込まれてゆく。
「風行…・風矢陣…! ア…ネ…モ…ス…! …ヴェロスッ!!!!」
ずあっ!
ケンヤの握り拳が回転しながら突き出され、圧縮された風の矢「アネモスヴェロス」が放たれた。
「その風の矢…斬る…ッ!」
ライトは星導聡流剣を振るって風の矢・アネモスヴェロスを斬った…。
だが、確かに斬ったが、かつての同じ技よりはるかに研ぎ澄まされて威力を増した風矢陣アネモスヴェロスは、斬りきれなかったのだった。
ケンヤの放った風矢陣アネモスヴェロスは大きな音をたて、その直撃を示す爆風が巻き起こった。
「了矢(りようし)ッ!」
「ま…負けんッ! 最後まで!」
ライトは深くダメージを負ったまま倒れることなく、星導聡流剣の刀身を立ててケンヤに向かって突進した。
だだだだだだっ、と駆けながら、
「…L鑼刀(エルドラド)!!」
と斬撃の連撃を放つ。
黄金郷エルドラドのように輝きを放つL字の斬道の太刀がいくつも繰り出されてゆく。
ドドドドドドッ!
ライトの必殺剣の連撃はさすがに威力が激しく、いくらかダメージを負ったケンヤは大きくひとつ弾いた後、少し後ろ飛びでライトとの間に間合いを取った。
「…くっ…やっぱり強いなライトは、なんだよ…どの技も、まるで歯が立たなかった前回よりずっと威力がある…」
ライトはもう、立っているのがやっとになっていた。
「こ…こちらこそだ…そろそろ…ダメそうだ…だが…!!
王・L鑼刀(エルドラド)ッ!!」
ライトは渾身の力でL鑼刀(エルドラド)に狼星王の『王』の字を乗せて、もうワンランク上げてきた。
巨大なL字の斬撃がケンヤに向かう。ライトが声を振り絞って叫ぶ。
「こ…これが…最後の…逆転の目だッ!」
それは、いままでケンヤが見てきたどのライトの斬撃よりも高い威力でケンヤに迫ってくる。だが、ケンヤも負けてはいない。
「戦士剣風陣王…Φ凰斬(ファイオウザン)!」
ドン!! 轟轟と迫る剣波は、むきだしの神託の神器によるジークニウムの一斬によって激しく砕け、ケンヤの盾風の風の流れに絡めとられて上空に竜巻となって逃げてゆく。
「もひとつ…Φ凰斬!!」
二撃めは斜め下からの斬撃で、風陣王より格差があると言われていた魔剣・星導聡流剣はライトの手から離れ、けたたましい金属音を上げて弾かれ、美しく黄金の光を撒き散らしながら宙を舞った。
「そしてこいつが最後の…Φ凰斬!!」
最後のΦ凰斬は、剣波と剣を剥ぎ取られたライト自身に振り下ろされた。
ザンッ…!
これが風帝の剣なのだ…。風帝の心なのだ。
まっすぐにまっすぐにケンヤの剣がライトの心に響いた。
「み…見事…だ…」
「戦士剣風陣王Φ凰斬連撃(せんしけんふうじんおうファイオウザンれんげき)……了斬!!」
ザシャア…。
ライトが崩れ落ちた。
ライトが
「…僕の…負けだ…」
と、言うと、
「…ああ…」
と、ケンヤが答えた。
「敗北を認めるのれすね、狼星王ライト」
「そ…その通りだ…、総大司教様…」
「では…そこまれ。ケンヤ様の勝利れす…!」
と言って、さっそくヌヌセちゃんはケンヤに駆け寄って回復をはじめた。
「…さすがだ、ケンヤ…」
「ライト…負けたからって褒めたって…ダメなんだぜ」
ケンヤはヌヌセちゃんが涙目になってケンヤを回復してくれるのをみてなんだか照れながら、やっとの安堵を覚えていた。
ライトは這って、転がった星導聡流剣のもとに向かってゆく。
「僕は…この剣に恥じぬ全力の戦いをした…」
大事そうにライトは星導聡流剣を取って、背中に戻した。
「そういや…その剣…」
「ああ…これは、父の剣だったのだな」
「やっぱ…知ったんだな」
「そうだ」
「それで…今はその剣に何を思ってる?」
「僕を守るために戦い抜いた父に恥じぬよう、自分自身の心をもう裏切らぬよう、そして、今まで僕がかかわったすべての人にこれからは嘘をつかぬよう、この剣を振るっていくことに…決めた」
その言葉を聞いたレルリラ姫は、
「ライトさん、じゃあ、もう降りますね」
と言った。
「はじめからそんなの登らなくてよかったんだけど…、ありがとうレル」
するとレルリラ姫はなんと、自分自身でY字架の拘束をすんなり解いて、しゅたっと降りてきた。
「なんだよ自分で外せたの? だとしてもオレに外させてよ」
「あっ、じゃあもっかい縛られますね」
レルリラ姫はよじよじともう一度Y字架に登り、自分でもう一度Y字架に束縛され、そして深呼吸をして
「ケンヤ―――、たすけてえ!」
と言った。
「…なんだよもう…」
と言った後、ケンヤは
「あっ…やっぱごめん…オレ、高いの怖いんだった…」
と言った。
「なんなんですの! せっかくもう一回登ったのに!」
「よく見たらめっちゃそれ高かった! オレそんな高いところ登るの無理だった! ほんとごめん!」
「んもう…」
レルリラ姫はまた自分で拘束を解いて降りてきた。
「どういうことなんだよ…」
「ケンヤはわたくしを助けに来るんですからこのくらいはしないと、と思ってわたくしが勝手にそうしたんですの。
わたくしがこの、おふたりの一対一の大決戦にしてあげられることって、そのくらいしかなくって」
「ライトが縛ったんじゃないのか。…なんで?」
「実はねケンヤ。僕はもう…ワルジャーク様の配下は、やめてきたんだ」
「えっ…そうなの?」
「ライトさんは、ルツィエさんの手紙を読みました」
ケンヤの問いに、レルリラ姫が補足した。
「…そうか…。でもじゃあなんでまたオレと戦ったんだよ」
「すべてを知った今…僕はワルジャーク様や魔王たちを許すことはできない 。
だけどこれまでのワルジャーク様から受けた恩義を返すため、そしてワルジャーク様たちとずっと一心同体だった自分の心にも筋道を通すため、最後にケンヤと全力で戦って、その戦いが終わってから、ワルジャロンド軍を去ることに決めたんだ」
「義理堅いなあ…」
「筋は通した。これからは、大敵であるワルジャーク様や邪雷王シーザーハルト、そして魔王たちを倒すために戦う」
「…じゃあ…こっちに…来るんだろ?」
「許されるならね。でもケンヤ、いいのかい? こんな大事なことをガンマやアルシャーナ抜きで決めるべきじゃなかろう」
「確かにそうだな。…なんだよ、お前のがそういうとこわかってんじゃん」
「…君は…賛成してくれるのか…」
「うまく言えないけど…お前の気持ちは剣から拳からずっと伝わってたし…ルツィエさんの手紙はオレも読んだしな…。ワルジャロンド軍がやってきたことは許せないし、お前もその一員なんだから当然そこのところは許してないけど…、ライト。さっきお前がケジメをつけたことや、これからのことは、お前の言ったことに嘘はないと思ってる」
そのケンヤの言葉を聞いてヌヌセちゃんはケンヤににっこり微笑み、それから、ライトのもとに歩み寄った。
「これからはライト様とお呼びしますれすね。回復いたしますれす」
「じゃあ僕もこれからはあなたの望む通り、ヌヌセちゃん…と呼ぼう」
ヌヌセちゃんがお札を出してライトの回復をしようとしたとき。
「させないのでちゅ!!」
そこに素早く現れた『新たな存在』が、フレイルと呼ばれる「巨大なトゲのついた鎖つきの鉄球」を激しくヌヌセちゃんだけに直撃させていた。
このような武器の名称はモーニングスターという場合もある。だがモーニングスターという武器は、物によって鎖がついているものもあれば、トゲ付きメイスとも言われるような鎖がついていないものもあったりする。少しまぎらわしい。
さて、そんなフレイルの、ギュオッ、という轟音の一撃のもと、ヌヌセちゃんの身体が宙を舞う。
グシャッ、という嫌な音がした。
「グェッ…!」
そんなヌヌセちゃんの悲鳴も、そのただごとではない衝撃を物語る。
「…鼠咬一番星フレイルインパクト!!!!」
ドン!! と倒れたヌヌセちゃんにもう一撃、フレイルによる鉄球が打ち込まれていた。
「…ライト様に汚い手で触れるな…ッ! ライト様は、わたちがやるのでちゅ!」
ドン! もう一撃。
「ヌヌセちゃんッ!!」
ケンヤとライトとレルリラ姫は一斉にヌヌセちゃんを助けようと、動こうとした。
だが…。
「う…動けない…だと…!!」
「こおおの、泥棒猫がッ!!」
ドン! さらにもう一撃。
ぐちゅっ、という人体が潰れる音がした。耳を疑いたくなるような悲痛な音だった。
「…死にまちたね…。」
突然の襲撃者は、さらに、そんな聞き捨てならない言葉を言った。
…そこには、不意打ちで四撃のフレイル連撃を受けたヌヌセちゃんが、倒れていた…。
「この総大司教には、絶対的な防御方法があると聞いてまちたからね。それを出させる前に、こうちて潰すしかなかったのでちゅ。
以前…なるべくみなごろちはやめよう…って言ってはみたんでちけど…、やっぱり、溢れ出す『みなごろちのしたさ』は、やめられないでちね…!」
「鼠咬卿イグザード…!」
「今は鼠咬魔卿イグザードでちゅ。しぶとく、リビングデッドになって甦ったのでちゅ」
レルリラ姫の問いに答えたのは、あのイグザードだった。
アンデッドとなったイグザードのまわりには小さな鬼火が飛び交っている。
不死の身体に、いにしえの死者の魂が集っているのだ。
「ヌヌセちゃん!! ヌヌセちゃん!!」
そう叫ぶも動けないケンヤの前には、赤虎臣ヒュペリオンが登場していた。
「呪文・闇動(シャドームーン)ごときに捉われるとは、風帝の卵と言ってもまだまだだったな。まあそれもそうか、さすがにライトとの戦いの直後では疲れもあろう…」
「ヒュ…ヒュペリオン…」
「…ヒュペリオン…ワルジャーク様のところに行ったはずでは…」
「なあに、こちらもどう考えても重要な局面なのでな。ルンドラも大事だが、いったんワルジャーク様に任せてきたのだ。
総大司教も『やれた』とは幸運だった。ずっと彼女をこうしてしまうために、ワルジャーク様の命で探してきたのだ」
「ヒュペリオン!!」
「とても残念だが、もう我々への恩返しとかいう儀礼は終わってそちらについたのだろう? ライト。お前の気持ちはよくわかっているつもりだが、こちらも立場があるのでな。もう容赦はせん。
…なぁに、また戻るのならいいのだぞ? やめてあげても。そのくらいの情けはある」
「くそっ…誰が…」
「…交渉決裂か。残念だな」
「どいてくれヒュペリオン…ヌヌセちゃんが死ん…でし…m…!!」
と、言いかけるケンヤだが、そこから言葉が出ない。
そこでケンヤは、石化してしまっていた。
「ケンヤ!」
「…なんだと…? 風帝の卵とかいうヤツは、石化するとこんなに魔力(フォース)を消費してしまうのか…。いや…だとすれば石化に成功しただけでも御の字か…。
まあ…なんとかなるだろう」
ヒュペリオンはケンヤを石化させただけで自身のMPのほとんどを失ってしまったことに驚いたが、準備していた段取りは予定通り進めることにした。
「イグザードよ。風帝さえ石化させたら、この状態ならあとは貴様ひとりでライトやレルリラ姫と戦えるだろう。ライトは既に、そうそう戦えないと思われるほどに消耗しているしな。ひとまず任せたぞイグザード。『残りの厄介なの』を片付けたら、また来る」
「お気をつけてでちゅ、ヒュペリオン様」
そうして、赤虎臣ヒュペリオンは去った。
「残りの厄介なの…?! そうだ…ガンマさんとアルシャーナさんが危ないですわ…!」
ふたりはソレイン宮で、まだ恐ろしい呪いを解く戦いのさなかで眠っている。
だが…レルリラ姫は動けなかった。
「ああ…ヌヌセちゃん…!」
「ヌヌセちゃん…!」
レルリラ姫とライトが悲痛な声を振り絞る。
激しい攻撃で緑の芝がえぐれて土のグラウンドになってしまっている部分に倒れている総大司教の身体から、血だまりが広がってゆくのが見える。
ヌヌセちゃんは、ぴくりとも動かなかった…
…ように見えた。
「さあて、ライト様…、よくもこれだけ愛を与えてきた、わたちたちを裏切ってくれたのでちゅ…。姫様はあとで片付けまちゅ。
まだまだ続く、わたちのピエンプリン闘技場はんごろちショーを、そこでゆっくり見ているのでちゅ…。
みなごろちは…なるべくしないって言いまちたが…保証はできませんでちゅ!」
鼠咬魔卿イグザードはフレイル「鼠咬一番星(そこういちばんぼし)」をぶんぶん振り回しながら、動けないライトのもとに歩いて行くのだった。
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