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#43 総大司教は夢を語る



 さらにその翌朝である。二月十六日。

「いこっか、ぴちくりぴー」
「ぴいぴいぴい!」

 ケンヤは朝早く、ぴちくりぴーとふたりで滞在していたリード宮を出た。
 店舗や民家の立ち並ぶ街道をゆく。

「あっ!」「あっ!」「あっ!」「あっ!」
「奥様、みました? 丸いあれ…!」
「なんなのかしら、丸いあれ…」
「わからないわ私、丸いあれ…」
「やだわあ、あの丸いあれは、レルリラ姫様のお飼いになっているなんとかいう珍しい鳥よね…。新聞で見たことあるわ…」
「今夜のおかず、どうしようかしら…」

 ロンドロンドの街に住む貴婦人たちは、今朝もまた長いスカート姿で参宮ロンドロンド街道沿いで井戸端会議をしているのである。

「それとあの男の子、うちのマンガばっかり読んでる変顔が趣味の息子と同じくらいの年っぽいのに、ものすごい鎧を着ていますわ…」
「確かに着ていますわ…」
「あのハチマキは一体なんなのかしら…」
「わかりませんわ…」
「わからなすぎますわ…」
「わからなさここに極まりましたわ…」
「今夜はウーバーイーツのカレーにしようかしら…」

 ケンヤとぴちくりぴーは井戸端貴婦人たちにひそひそ何か言われているが、気にせずずんずん進んでゆく。

 ケンヤが昨夜眠りについたときにはもう隣で総大司教ヌヌセちゃんがすいよすいよと眠っていたのだが、どこに行ったのか、目が覚めるといなくなっていた。
 ヌヌセちゃんはアッカとケンヤの特訓に付き添ってふたりにたくさんの回復をしてくれた。彼女がいなければこれほど短期間にこれほど充実した修行はできなかっただろう。

 ヌヌセちゃんはケンヤのこれからの戦いに同行すると言ってくれていた。確かに彼女のような回復能力を持つ存在が助けてくれるのは心強いが、ライトの強さ、危険さを考えると、もしロンドロンドが誇る偉大なる総大司教を失うことになったら…という心配もある。  ケンヤは、積極的に探してまでヌヌセちゃんをライトとの戦いに連れていこう、というほどには気が進まなかった。

 ガンマもアルシャーナもまだ、恐ろしい呪いとの戦いで眠りについている。

 トムテは本来の主人レックスとともに回復したが、ケンヤとの修行を終えたアッカ隊長達とともに新たな作戦に旅立った。
 アッカ隊長は、急用ができてケンヤの戦いには同行できなくなってしまったのである。
 アッカの留守の間に下界防衛隊がルンドラのディンキャッスルを急襲することになり、キャロットや新人のモルテン・ダルフィンら聖騎士団が急遽彼らのところに向かったことを知ったため、アッカも隊長としてレックスやトムテと共に聖騎士達に合流することにしたのだ。
 ロンドロンドで姫がさらわれている状況でも、ルンドラでより多くの人命がかかっている状況のほうが優先されるし、聖騎士団の隊長としての責務もまた優先されてしまう。それがアッカの断腸の思いでの決断だった。
 だが、アッカ隊長には達成感があった。
 今のケンヤならひとりででもライトと…。そう思えるほどの仕上がりだったのだ。

 さて、ケンヤとぴちくりぴーが参宮ロンドロンド街道を通ってクーモズ川にかかるパワーブリッジを渡ると、ステッキをくるくる回しながら通行人にスタンプカードをばらまいているシルクハットの豚鼻の鳥がいたので、ケンヤは声をかけた。

「こないだはスタンプありがとうねロヴィンポークさん。おかげでいい装備が交換できて助かったよ。前のがまだたくさんあるから今日はスタンプはいらないよ」

 そう言われたロヴィンポーク大伯爵が
「パンパカパーン! 今日はおひとりですか? お気をつけて!」
 と、敬礼した。

 そしてさらに進み、クーモズ川にかかるパワーブリッジの端、青いタイルをあいさつがわりに踏むと、
 ピロリロリーン!
 と、いつものようにHPが回復した。

「また世話になったね、行ってくるね」
 と、青いタイルの傍らにある、扉のついた妙に太い柱に向かってケンヤは言った。

 するとなんと、柱の扉ががちゃりと開いて
「わらひも行くのれす」
 と、ヌヌセちゃんが現れたではないか。

「ケーンヤーさまっ??」
 ヌヌセちゃんは、ぴょん、と柱から橋の石畳へとジャンプして、ケンヤに駆け寄ってきた。

「え、えええ!!!! ヌヌセちゃん! いつの間に!?」
「今日は朝の三時間シフトに入っていたのれす。さあ行きましょうれす、ケンヤ様」
 ヌヌセちゃんはケンヤの歩みを止めないよう、そのまま歩き出した。

「まじか…」
 ケンヤはその隣を歩きだしながら、背の高いヌヌセちゃんの顔をまじまじと見上げる。
 そのケンヤの顔を見下ろして、ヌヌセちゃんはにっこり笑みを浮かべた。
 そんな笑みを投げられて、やっぱりケンヤは少し照れてしまう。

「あの妙に太い柱はシフト制なのれすが、ちょうどあと二分もすれば次の人が来ますのれす。まあ、柱の中の人はいないことになっているのれすけどね」

「そう…びっくりだ…」

「あと、これこれケンヤ様。最近レジ袋が有料になったのでそのままのお渡しになるのれす」
 と言って、ヌヌセちゃんは歩きながら、おにぎりの包みをケンヤに手渡した。

「これが終わったら、おにぎり大好き座のケンヤ様にお渡しするつもりで、シフトに入る前におにぎり権兵衛で買ったのれす。そんな星座ないれすけど」

 そう言うと、ヌヌセちゃんは同じ包みをもうひとつ取り出して自分もおにぎりをもぐもぐ食べ始めた。

「子供のころに子供雑誌のジン様の特集で、当時まだ幼かったケンヤ様がおにぎり大好き幼児だと知ってから、わらひもおにぎり大好きになったのれす」
「も…、もしかしてそれで、えーと、ローブ?に、おにぎりの絵が描いてあるの?」
「えへへ、そうなのれすよ。推しの大好きな物を身に着ける喜びで毎日がんばってるのれす」
「推し…って言われると照れるなあ…」
「まあ、そんなおにぎりを食べても、今のわらひは味とか、わかんない身体になっちゃったんれすけど…。むかし覚えた味を思い出しながら食べるんれす。
 …あっ、わらひがたまにここのシフトに入ってることは、誰にも内緒れすよ。内緒にしてくれたら今日の戦いでも回復頻度を上げてあげますれす」

 ヌヌセちゃんが言った「今は味がわからない」とはどういうことなのだろうか。ケンヤはわからなかったが、そこにはあえて触れないことにした。

「お、お願いな、ヌヌセちゃん。ええと…オレが前にこの橋の上でディルガインやレウと戦ってた時にいたのもヌヌセちゃん? それともシフトでちがうひと?」

「守秘義務があるので秘密なのれす」

 ケンヤもマネして歩きながらもぐもぐ食べ始めた。シャケのおにぎりだ。おにぎりおいしい。

「それでね? あのね、ケンヤ様?」

「はい?」
「改めて申し上げるのれすが」
「うん」

「…お慕い申し上げておりますれす、ケンヤ様」

「うん…ありがとうヌヌセちゃん」

 ヌヌセちゃんの思いは、ケンヤにとてもよく伝わってきていた。

「そのわらひを…置いていこうとしまひたね?」
「うっ…」
「もってのほかなのれすよ? ケンヤ様」
「なのれすか」
「なのれす。風帝伝説があったからわらひはここまで頑張れたのれすし、世界にとってもケンヤ様が必要なのれす。万が一にもこの総大司教ヌヌセちゃん、ケンヤ様を負かせるわけにはいかないのれす」
「ヌヌセちゃん…」

「本当はガンマ様やアルシャーナ様が復活するまでお待ちいただきたいというのが本音なのれすけどね。でも、一刻も早く姫様を助けなきゃれすし、それに…何よりもお慕いするケンヤ様が一対一でライト様と決着をつけると決めたのれすから、わらひはそのご意思を叶えるのみれす。この総大司教ヌヌセちゃんが、サポートするのれす。それがわらひの、子供のころからの夢だったのれすから」

「ありがとう」
「はいなのれす! ずっとお慕い申し上げますれす!」

 お慕いされると言われても、ケンヤがこれ以上ヌヌセちゃんに、どんな気が利いた言葉が言えるだろう。ケンヤはまだ九才なのだから。

 ヌヌセちゃんは十五才。この年の差は大きかった。

 ただ、年の離れた姉のような総大司教の存在はケンヤにとって頼もしく、とても大切に思った。

 それからの道中、ケンヤはヌヌセちゃんから「もうひとつ夢があるのれす。それはケンヤ様が元服するとき『元服の儀』をわらひがすることなんれす」という話を聞いた。だけどやっぱりケンヤからは、それに対する気の利いた返事は出てこなかった。うまく言えないのだ。

 ケンヤが隣を歩く背の高いヌヌセちゃんを見上げると、顔よりも胸に目がいってしまう。  あと五年もたって自分が元服する頃には、年の離れたこの天使のようなひとは、きっと他の誰かと結婚しているんだろうな、なんてことも考えてしまうケンヤなのだった。

  ◆  ◆  ◆

 ケンヤ達がそれからしばらく進み、目的地につくと、ロンドロンド城の正門エウイアアーチは閉ざされていた。
 いったいどうしたのか、さっきからぴちくりぴーがぴいぴいぴいぴい、何やらしきりに鳴いている。
 正門前には、ワルジャロンド軍の三人の守り手がいた。
 左右にフルフェイスマスクの門番がいて、その中央にはレイピアを持ったしなやかでやや小柄な体形の青年が腕組をして仁王立ちしている。

「なにやら只者ではない気配がしたので来てみたが…やはり来たな、ケンヤ=リュウオウザン。それに…なんと、ヌヌセ総大司教か…」

「呼び捨ては感心しないのれす」
「…あんたは?」

「オレは、いまのロンドロンド城でライト様の次に偉いワルジャロンド幹部、ロゥバデーゾ副城伯よ!」
「レルリラ姫を取り戻しに来た。どいてもらおう」
「レルリラさんはもうここにはおらんよ」

「なにっ!? あ…そうか…、レルがここにいないからぴちくりぴーはそれを伝えようとさっきから鳴いてたのか」

 以前にも記した通り、ぴちくりぴーの額についた羽根はレルリラ姫を探すレーダーのような役割があるのだった。

「ケンヤ=リュウオウザンよ。ライト様の伝言を伝えよう。『レルを返してほしくばロンドロンド城・北西の、ピエンプリン闘技場へ来たれ』。伝言は以上だ」

「ピエンプリン闘技場…。そんなのあるんだ」

「ある。有名だ。ずいぶん昔にはドカニアルド武闘大会も開催されたこともあるし、次回もそこで行われる闘技場だ。
 …だがその前に、オレに大手柄を立てさせてもらおうか…。獄界へ落ちろ! 総大司教!」

 いきなりロゥバデーゾは鞘からレイピアを抜いてヌヌセちゃんに襲い掛かった。  ロゥバデーゾの両隣のフルフェイスマスクの門番たちも遅れて、鋭いスピアの槍先をヌヌセちゃんに突き出した。

 ズザン!!!!

 ザシャア・・・。

 …勝負は一瞬にして、ついていた。
 ケンヤが一瞬で風陣王戦士剣の刀身を出し、一斬していたのだ。
 がらがらん、とレイピア一本とスピア二本が転がり落ちる音。

 ぶおん…!

 ケンヤの斬った衝撃波が空に飛び立ち、あとになって轟音を立てた。
 ライトが去ったあとのこの城をワルジャークから任されていたはずの実力者ロゥバデーゾだが、あっという間に門番たちともども敗れ去り、地に這って意識も失ったのだった。彼らはもう、発する言葉もない。

「完璧なのれす…! 素晴らしい向上ぶりなのれすケンヤ様!」
「あとはこれがライトにどれだけ通用するか…だなあ」

「いやあ、ケンヤ様がいてよかったのれすー。ケンヤ様ぁ――??」
 ヌヌセちゃんはケンヤに抱きついた。

「ほんとに…こいつらオレじゃなくて、最初にヌヌセちゃんに襲い掛かるなんて…」

 背の高いヌヌセちゃんに抱きしめられてしまうと、ぽにょん、とケンヤの顔がヌヌセちゃんの胸にうずまった。

「よかった…ヌヌセちゃんのこと守れて…」

「助かったのれす…。…総大司教も楽じゃないのれす…」

「そっか…ワルジャーク達がヌヌセちゃんを探してるのって…殺すためなのか…」

 すこし感触を味わってから、ケンヤはヌヌセちゃんから離れた。ちょっと名残惜しい。

「わらひ…あとどれだけ生きられますれすかね?」
 にこっと、ヌヌセちゃんが笑った。表情から憂いが見える。

 きっとこの人はずっと、いつ殺されるかという恐怖とも戦っていたのだ。

「オレ…絶対にヌヌセちゃんをやらせないから。ヌヌセちゃんが憧れた風帝の卵だもん」

「ケンヤ様…。わらひはもう『ケンヤ様お慕い申し上げております』という言葉よりももっと高いステップの言葉を言いたくなっておりますれす」

 そう言いながら、ヌヌセちゃんはかがんで、ぺたりんこ、と、ケンヤの右の頬…向かって左側に、絆創膏型のHP回復のお札を貼った。ケンヤは特にダメージは負っていないが。

「ありがとうヌヌセちゃん、高いステップの言葉は、あとでね」

 ヌヌセちゃんはこの近くにある捕縛神ツツカーマエロムを祀る神殿・ツツカー宮の兵たちに、ロゥバデーゾ達を捕縛するよう依頼する魔報(魔法の手紙)を送りながら、

「はいっ。…では行きましょうなのれす、ピエンプリン闘技場へ」

 と、答えた。

 そしてケンヤ達はロゥバデーゾから聞いたライトの伝言の通りに、ロンドロンド城の北西に向かった。

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