#42 ルツィエの手紙・ライトの過去
ロンドロンド城に久々にレルリラ姫が帰城して、二度目の朝になっていた。
いつかトムテが「姫はさらわれるもんでも、さらうどんでもない」と言っていたが、やっぱり、また、さらわれてしまっているのだ。
人間、さらわれると、さらわれているので、仲間にバレンタイガーデーに虎のチョコレートを贈れないんですのね…。
そんなことも考える、ちょっと寂しい二月十五日の朝だ。
ライトにさらわれた時は、自分は縛られてしまったり牢屋に入れられてしまうのではないか?と思っていたのだが、普通に今までの自室や城内で過ごさせてもらえた。
さすがに城の外には出られないし、自室の周りも警備の兵たちが扉の外や窓の外に常に配置されてはいるが。
自分の部屋は、何も変わっていなかった。もし執事のジージも一緒にさらわれていたらもっと元通りにだったのに、と思うくらいだ。
城内も思ったより多くは変わっていない。
変わったところと言えばディルガインと聖騎士たちの戦いで破壊されてしまった王の間から、玉座が王妃の間に運び込まれ、それまで王妃の間と呼ばれていたところが王の間と呼ばれていた。かつての王の間は破壊された天井にブルーシートがかけられている。そのくらいだ。
レルリラ姫は、レイピアを携えたロゥバデーゾ副城伯というワルジャロンド軍の若き指揮官と同伴しながら城内を散策していた。ロゥバデーゾ副城伯はワルジャークの配下の兵だったが、レイピアの実力を認められていまはロンドロンド城主ライトの部下に抜擢されていた。
要は、レルリラ姫には強い敵幹部が付けられている、ということだ。
レルリラ姫がロゥバデーゾと正門エウイアアーチ前広場・エウイアアーチローズガーデンの前に行くと、バラの花壇の前に冬なのにサマーベッドが置かれていて、そこでライトが気持ちよさそうな表情で眠っていた。
冬の屋外だがベッドには温熱機能があるので問題がないようだ。
「ガ…ガンマぁ…。そんな…うぅっ…」
寝言でガンマの名前を言っている。何の夢を見ているのだろう。
花壇の奥には、石にされた長い帽子の騎兵や、神殿を守っていた僧兵、その他の兵たちの像がずらっと並んでいる。
レルリラ姫にとってはすべての名前を知っている、大切な人たちであった。
「お父様は…ここにはいないのですね」
レルリラ姫が聞くと、ロゥバデーゾが答えた。
「ドルリラ公か。ライト様が城主になってから、ワルジャーク様のいるルンドラのディンキャッスルにわざわざ移された」
「そうですか…」
レルリラ姫が並んでいる兵士達の像の中から、一番近くの衛士のオットーの石像に手を伸ばそうとすると、どこからか、かっ! と衝撃波が飛んできた。
ドン、と石像から距離を離されて吹っ飛ばされたレルリラ姫の前に、きつねのレウがいた。
ズザァ…、と倒れこんだレルリラ姫の前で、きつねは、まるで「なんスか?…余計な真似はしないで頂きたいっすねえ…」と言っているようである。
「白狐帝レウ、あなた…もう…そこまで力を取り戻してきているのですね。この石像たちを解呪されたら少々面倒ですものね」
レルリラ姫が立ち上がりながらそう言ったが、きつねのレウはそのままくたくたと、石像の前で座り込み丸くなった。これが精いっぱいなのだろう。
「レルリラさん。レウ様の意思もあるし、石像からはお離れ下さることだ」
と、ロゥバデーゾ副城伯が言った。
「寝ても起きても落ち着かないことばかりだな…」
と、そこでライトがむくりと身体を起こした。
こんな騒がしくしていたら目も覚めるというものだ。
「ロゥバデーゾ、ありがとう。少し別の部屋に下がっていてくれ。冷蔵庫にロンドロンド新名物コーデリナおばさんの窯焼きとろ生みっちりみちみちカスタードシュークリームが人数分取り寄せてあるから、兵たちで食べるといい」
「はっ」
ライトはロゥバデーゾ副城伯を下げた。嬉々としてロゥバデーゾは去っていった。
丸くなっているレウを見て、ライトは
「このきつねのレウは、君をこんなふうに城内で自由にさせていることをとても怒っているんだ。連れてきたこと自体もかなり気に入らないようだ。おとといから僕をなでさせてもくれなくなった」
と言った。
「まあ、わたくしも割と自由なので驚いているくらいですから。昨日も驚きましたけど」
「君を妃に迎えたいと言ったことだね。断られたけど」
「お断りですわ。だいたいふたりとも元服もしていないのに。しててもお断りですけど」
「ケンヤがいいのかい? …まあ…わからなくもないが…」
「ちっがいます! ケンヤは今の私にとって家族のような存在です。ですがそんな結婚相手とかそもそも結婚自体の有無とか、そういうことは元服して大人になってから決めるのでいいのです。お互い、このあともいろんな方が現れるのでしょうし現れないなら現れないでかまいませんし…、だいたいわかっていますか? そんなことは互いの同意あってのことなのです」
「わ…わかった…」
「わかってくれましたか」
「ああ」
「そもそもなんですか! ライトさんは、起きていたらすぐケンヤのことばかり話すし、寝たら寝たでなんかガンマさんの名前を寝言で言ってるし、それでいてわたくしを妃に迎えるとか言っているんですよ。節操がなさすぎです。まったく。どれだけわたくしたちのことが好きかよ―――くわかりますわ。あ、アルシャーナさんとぴちくりぴーのことも忘れないでくださいね!」
「ち、違うんだ。そ、そんなんじゃないんだ」
「そんなんじゃないなら、あんなんですか? こんなんですか?
どんなんですか? なんなんですか?
なぁ―――んにも違わないと思いますけど?
…わたくしたちのことが、大好きなんですよね?」
「…うぅ…」
「ですよね?」
「…待って…、待ってくれ」
「ええ、待ちますわ」
「…うぅう…」
「…もう一度、考え直しませんか?」
「な…何をだい?」
「ワルジャロンドはもう劣勢です。ワルジャークは倒されるでしょう」
「…ケンヤが僕にあんな惨敗をしたのを見たのに、そんなことが言えるのかい? ワルジャーク様は僕より強いんだよ?」
「ええ、あなたもあの戦いのさなかにケンヤに言っていたじゃないですか。ケンヤはまだ逆転できるって。それにライトさん、あなたは…まだ、迷っていますよね? わたくしたちへの気持ちの大きさに」
「……」
「正直わたくしはライトさんにいろいろ許せないことはありますけど、ワルジャークが倒されて、この戦いが終わって生き残って、あなたも罪を償ったら、わたくしたちの仲間に戻ってきてもいいのですよ。わたくし自身は隊に残れるとは限らないですけど。
今はライトさんは敵ですけど、あなたのまっすぐな心や、一緒に旅をして築いた絆は、感じています。
それにあなたは、蒼い風の血族なのですから」
「蒼い風の血族…」
「ええ」
「また…そのことを…言ったね」
「その通りですわ」
「もしやそれは…本当にまやかしではないのか…」
「このレルリラ=ウイングラード=ワースレモン、ただの一度もまやかしなど申しませんわ」
「……」
「お話があります。わたくしの部屋に来てください」
そうレルリラ姫が言うと、意を決したライトは身体をくるりと回して、きつねのレウの体に封印を施した。
「ごめん…ごめんレウ…」
すやすやと丸くなってぐったりしているきつねのレウのまわりを、封印の魔法陣が包んでゆく。
「これでレウはもう、動けない…。
いまからレルのする話を僕が聞くと、きつねのレウが知ったら、彼女は全力で僕たちを止めようとするだろう。僕はずっとワルジャーク様に、何も知らされないように、知らされないように、育てられてきたんだ」
「…いいのですか?」
「心が痛む。わからない。…これから次第だ」
「うん…わかりました。今は、それでいいの」
「じゃあ、行こうか」
◆ ◆ ◆
良い香りのする、レルリラ姫の部屋にやってきた。
ライトはレルリラ姫の部屋の扉や窓の外を守る兵たちを出払わせて、
「この話は『ケンヤが勝てば言え』と以前言ったが、訂正しよう…。
戦闘中に言われて動揺させられるわけにはいかないからね。
…教えてくれたまえ。君の知っている、僕のことすべてを。
まやかしかどうかは、聞いてから判断する」
と、言って、椅子に腰かけた。
レルリラ姫はベッドに腰かけて、丁寧に、厚紙のケースから一通の手紙を取り出した。
そう、マリザベスから託されたルツィエのライトへの手紙は、レルリラ姫が持っていたのである。
「あなたのお母さまが書いたものです。何も言わずにまず、これを読んでください」
<愛するたったひとりの息子、ライティング=スターレイザーへ>
封筒の宛名には、そう書かれている。
ライトはまず、その宛名で書かれた封筒の存在そのものに衝撃を受けていた。
「こ…これは…」
レルリラ姫はまっすぐライトの目を見て、こくり、と頷いた。
それからライトは、レルリラ姫の言う通りに、黙って封筒の中身を取り出し、胸の高鳴りを感じながら読み始めた。
◆ ◆ ◆
愛するたったひとりの息子、ライティング=スターレイザーへ
おひさしぶりね、ライト。
おひさしぶりだけど、前に会った時はあなたは0歳で生まれたてだったもの。まず、自己紹介をしなくてはいけませんね。
私の名前はルツィエ=スターレイザー。あなたの母です。
蒼い風の一員として、毎日旅をしたり戦ったりしています。
この手紙があなたのもとに届くのは一体どのくらいの確率でしょうか。でも私がこの手紙を託した親友マリザベスは、きっとあなたのもとにこの手紙が届くよう奮闘してくれた、だからこうしてあなたに読まれているのだ、と、信じて書いています。
いまあなたは何歳になっているのでしょうね。想像もつかないわ。おじいさんになっていたらどうしようかしら。でもそれでもいいわ。それまで立派に…立派だといいな、とにかく、それまでこうやって生きてこられて良かったなって思えるもの。
そして…、この手紙があなたのもとに届いているということは、何ということでしょう。私は死んでしまっているはずです。
私には、この手紙を備えておく必要があるんです。このあと、とても大きな戦いが控えているから。
このあと私たちが挑まなければならない相手は、すべての魔王の頂点に立つ存在、邪雷王シーザーハルトと、その配下の何人もの魔王たちです。
私たちのリーダー・ジンは、まだ風帝にも準風帝にも目覚めることができていません。風帝の使徒である四帝さえもひとりも集まっていないのです。
長老は、ジンの息子のケンヤが希望になるかもしれないと言ってますが、その子はまだ幼すぎる…。そんな私たち蒼い風が生き残って勝利をつかむ可能性は、果たしてどのくらいあるかしら。わかりません。
でも、逃げるわけにはいかないの。だって、私たちが魔王たちを止めなければこの世界はどうなってしまうでしょう。
私はこの戦いから逃げません。
でもね、死んでしまったらあなたに何も伝えられないもの。
あなたに何が起こったのか。
あなたは何者なのか。
そして私がとてもとても、我が息子を愛してるっていうこと。
伝えたかったんです。
こんな手紙の一通でも、残しておきたかった。生まれながらに私たち両親を奪われてしまったあなたに、
大好きよ。…って。ね。
それが、私がこの手紙を書いた理由。
まず、あなたが生まれる前のことから、順番に書いていくわね。
私はチェロバスというエウロピアの小さな都の生まれです。結婚するまではルツィエ=チェルナーという名前でした。
その都の騎士団に入ったりもしたけれど、それから蒼い風にいたあなたのお父さん・チャラリー=スターレイザーと出会って、蒼い風に移って、そして結婚したの。チャラリーが元服してすぐのことよ。もうそのくらいは余裕の大恋愛だったんですから。
あなたのお父さんの家系は先祖代々、蒼い風のメンバーとして長年世界の平和を守ってきたんです。家系図をたどっていけば、あなたの、ひいひいひいおじいさんは雷帝ラルサー。そして、ひいひいひいおばあさんは光帝メルファ。
有名よね。いずれも風帝伝説で有名な風帝フウラのいた五聖帝のメンバーです。
つまりライト、あなたはれっきとした蒼い風の血族なのよ。
それから、もうひとつ重要なことがあるのです。
それは、私も、あなたの父チャラリーも、星のエレメンタルを持って生まれてきた存在だったってこと。
だからあなたは、両親ともに星のエレメンタルを所持していたので、かつてないほどの精霊力の高い星のエレメンタルを持って生まれてきたの。
星のエレメンタルのうち特に精霊力の高いものは、神の根源にも干渉できうる特別で希少なエレメンタルと言われています。一般神の力では作ることもできないっていう伝説さえもあるのです。
そして『星のエレメンタルの力を究極にまで高めた者は、星を操る力を得て、神を征する存在にもなりうる』とさえ言われているの。本当かどうかは知らないけど。
そもそも、星の核は、ゼプティム界の創世時に散らばった、界主ゼプティムの思念の結晶…、そんなことも言われているのです。
だから魔王たちも、そして一部の神でさえも、強い星のエレメンタルを持った者を欲しているらしい…。
そういう事情もあるので、強い星のエレメンタルを持って生まれた者はそのエレメンタルを所持していることは秘匿とされることも多いんです。
だからチャラリーや私は、星のエレメンタルの力に禁断の封印をほどこしていたわ。
星のエレメンタルに禁断の封印を施す前は、わたしはチェロバスの地下深くに作られたチェロバス・ラヴラ大僧院にかくまわれて、各勢力に見つからないように秘密裏に生活していたんです。だから大僧院(ラヴラ)を出るときはまわりの大人からいろんなおどかしを受けて『行くな』って止められたけど、私は迷わず地上へ出たわ。
禁断の封印以外にも、一日ひとつ六時間限定でエレメンタルの力を閉ざす「瞬きの深杜麗樹の実」っていう木の実があって、わたしがいたチェロバス深杜騎士団の騎士たちはその実を常用して地下と地上を行き来して、有効時間だけ活動していたけど、その騎士団を出て蒼い風の一員として世界中を飛び回って戦っていくということは、そんな時間制限があるものでは不可能だった。でも私は覚悟があったの。それにエレメンタルに禁断の封印を施してチャラリーと同じように生きていけるって喜びは、何物にも替え難かったわ。
だけど、とても大きな失敗があったのです。
チャラリーと私の間にあなたが生まれた日。生まれた瞬間にすぐ、魔王があなたを見つけてしまった。
あなたはかつてないほどの精霊力の高い星のエレメンタルを持って生まれてきた存在だったから、あっという間に見つけられてしまったのね。
チャラリーは魔王に立ち向かって、彼の星導聡流剣が魔王の体を貫いたけど、魔王は倒れもせず、剣をその身に刺したまま、あなたをさらっていきました。
チャラリーは何度もあなたの名前を呼んで…それから、息を引き取ったの。
私は難産の直後でとても戦えなくて…。
あの日のことは本当に後悔しているわ。こんなことなら出産のときは、誰かに何か言われても、防衛の整ったチェロバス・ラヴラ大僧院であなたを産むべきだった。
愛する生まれたばかりの赤ちゃんと、愛する夫を一度に失った私は、泣いて泣いてね…、とても…そのときの気持ちを…ここにどう書いたらいいかわからないくらいに、心を乱されたわ。
そのあとは、やりきれなくてね。
それからずっと、蒼い風の一員として世界中を旅して世界を守る活動を続けながらも、時々別行動をしたりして、あなたをずっと探したわ。
魔王や諸勢力に情報を利用されたらいけないから、蒼い風自体をコネにしたネットワークにはあまり頼れなかったけど。
どれだけ必死に探してもまったく手掛かりはつかめなかった。
でも絶対にあなたをみつけて、チャラリーの仇を討つんだって…今も思っているわ。
でもこの手紙をあなたが読んでいるってことは…それを成せなかったってことなのですよね。そう思うと悔しくって胸が張り裂けそう。
だけど、私自身はあなたを見つけられなかったけど、私の心の分身であるこの手紙はこうしてあなたと出会うことができたのですね。
ライト。
青緑の瞳のライト。
黄金の髪のライト。
いま、あなたはどうしていますか。
そのまま、魔王の手下になっているかしら。
それとも、邪神の使いになっているかしら。
もしかしたら魔の手から脱出して、正しい力を振るっているかしら。
私が死んだあと入れ違いで入ったチェロバス・ラヴラ大聖堂で何かしているかもしれないわね。
大聖堂(ラヴラ)でしれっと新聞配達のおじさんをやっているかしら。それとも酒場の呼び込みをするお兄ちゃんになっているかしら。
でももしかしたら…蒼い風に入っていたら素敵だわ。その時はジンは生きているかしら。イリアス長老はきっと何年たっていてもお元気でしょうね。もうケンヤくんがリーダーになっているかもしれないわね。ガンマくんもアルシャーナちゃんもいると思うわ。ガンマくんが風帝になったジンの隣で雷帝になってがんばってる可能性もあるわね。あ、もしかしたらケンヤくんの子供や孫がリーダーになっているのかも。
…でも、私が死んだ日に、蒼い風のみんなは一人残らず死んでしまっているかもしれないわね…。そんな危険もある脅威が、いますぐそこに迫っているから、私はこの手紙を書いているのだもの…。
…ライト、あなたはいま、どうしていますか。
生まれてすぐに両親を失って大変な思いをしてきたあなたが今どうなっていたとしても、これからどういう人間になってほしいだなんてことは、とても言えません。
だけど、知ってほしかった。
あなたが生まれた日までのことと、私があなたを愛してるってこと。
あなたを産んだことを後悔してないってこと。
そうして…もしもあなたが生きていて、これを読んでくれて、そして何かを…もう、どんなことでもいい。何かを感じてくれたのなら、私はこれを書いてよかったなって、幸せに思います。
愛してるわ。私のたったひとりの子、流星(リュウセイ)のライト。
ずっと元気でね。ライティング=スターレイザー。
私の最後の願いが叶うなら…この手紙に向かって、おかあさんって…呼んでほしい。
勝手でしょうね。でも。それが願いです。
ルツィエ=スターレイザー
◆ ◆ ◆
ライトの体は、震えていた。
レルリラ姫がハンカチで拭った瞳でライトを見ると、ライトは大粒の涙を流して、口をぱくぱくとさせている。
「ライトさん…。これは…そういうのではないですからね」
レルリラ姫はそう言ったかと思うと、座っていたベッドから立ち上がると、そのままふわり、と、椅子に座ったままのライトを椅子ごと抱きしめていた。
しばらくの間、静止したあと、
「…ぉかぁさん…」
聞こえるか、聞こえないか、のようなか細い声が、耳元で聞こえた。
◆ ◆ ◆
崩れ落ちてしばらく動けなくなっているライトに、レルリラ姫はしばらく寄り添っていた。
「これは…そういうのではないのですからね…」
と、念を押しながら。
どのくらい経ったのかしら…。そんなことをレルリラ姫が思っていると、
扉をノックする音がした。
「ライト、すぐにその部屋から出て、レルリラ姫と共に正門エウイアアーチ前まで来るよう、ワルジャーク様が仰せだ。来なければその部屋を破壊すると言っている。では…待っているぞ」
ヒュペリオンの声である。
「…ライトさん、ワルジャークとヒュペリオンが来ましたわ。ライトさーん」
ライトは反応せず、放心している。
このままではレルリラ姫は部屋を破壊されてしまう。
「もう…ライトさんっ!!」
反応がない。目はあいているが。
「ルツィエさんは、あなたにそんなになってもらうために手紙を書いたんじゃありませんのよ!」
…耳に入っていないようだ。
◆ ◆ ◆
正門エウイアアーチ前の広場では、封印から解放されたきつねのレウと、腕組をして気難しい表情をしたワルジャークとヒュペリオンが待っていた。
みると、レルリラ姫がライトの首根っこを持って、ずるずると引きずってくるのであった。
レルリラ姫はライトをずるずるとワルジャークの足元まで持ってくると、
「…この通りですわ」
と、言った。
「レルリラ姫…貴様…ライトに何をした?」
ヒュペリオンが問う。
「何にもしておりませんわ。わたくしはただ、ライトさんとお話をしただけです」
ひゅん、と、杖を呼び出し、そう言ってレルリラ姫が構えた。
「何を話したんスか…?」
と、きつねが喋った。
「白狐帝レウ、あなた…話せるようになったのですか」
レウには元の姿を取り戻す兆候が表れてきているのだった。
「質問に答えるっス!」
「…ライトさんの真の出生の秘密についてですわ…」
ワルジャーク、ヒュペリオン、レウは揃って、あぁ…という表情をした。
「なんということを…」
「ライトが貴様を妃に迎えたいと言った時、それを許すべきではなかった…」
「妃にはなりませんけどね」
ワルジャークとレルリラ姫が、そんな言葉を交わす。
「…殺しましょう」
むくり…
殺しましょう、とヒュペリオンが言った途端、ライトは立ち上がり、
レルリラ姫とワルジャーク達三人の間に立ちふさがった。
「レルは…殺させない…」
「やっと立ち上がったかライト」
「ライトさん…!」
「レルに…手を出すな!」
「手を出したらどうなる?」
ワルジャークが言った。
「ワルジャーク…僕はあなたを…」
そこまでライトに言わせて、ワルジャークはあえて別の質問に切り替えた。
「ライト、なぜレウを封印した?」
「…レルリラ姫の話を聞きたかったからです、ワルジャーク様」
ライトもワルジャークの質問にあえて乗って、そう答えた。
「それで、話を聞いて、今は何を考えている」
「ワルジャーク様は…ずっと僕のエレメンタルを利用するため、さらってきた僕に何も教えずに、嘘を言ってこれまで幽閉してきたのですね」
「ライト、だから言ったのだ、やつらの話を聞くなと。
言葉というものは何とでも言えるものなのだ。ライト。世界はお前を陥れようとする言葉であふれている。お前が何を聞いたとしても、それはすべてまやかしだ」
「…じゃあなぜ僕は、親という言葉さえも教わらずに育てられたのですか」
「家族ならここにいる。お前が0歳から十二歳まで生涯過ごしてきた家族が。お前はその家族と、最近知り合ったばかりに過ぎないやつらのまやかし、どちらを信じるのだ」
「それは…僕の質問に答えていない…」
「私もヒュペリオンもレウも、お前という子にずっと、お前が赤ん坊のころから愛情をもって接してきた。違うか」
「違わない…ずっとそう信じてきた…。でも…それは…すべて僕を…ただ利用するためだったのかい?」
「「「ライト!」」」
ワルジャークとヒュペリオンとレウが同時に叫んだ。
ライトは、ワルジャークとヒュペリオンとレウの真剣な瞳を見た。
彼らもまたまっすぐに、ライトの言った言葉に真剣に怒り、そして、傷ついている。
そのことをライトは噛みしめて、不思議と喜びを感じていた。
「あなたがたは間違ってきたんだ。そして、それに従ってきた僕も間違ってきた」
「…こんな残念なことはないよ、ライト」
ヒュペリオンが言った。
「…僕は愛されている。どちらからもね。だけど、選ばなければならない」
「選ぶだって! そんなことが許されるとでも…!」
激高する白狐帝レウの言葉をワルジャークは遮った。
「どちらを選ぶ?」
「フラットに考えて、いまの僕の信じる、より正しい道へ」
「別の道に行くと言っているのだな…?」
ライトは、ワルジャークから授けられた狼星王の冠をすっ、とワルジャークに差し出した。
ロンドロンド城主となった折に渡されたものだ。
「あなた方への恩義は、いますべてを知ってなお、最後にもう一度だけ働くことで返すことにする。
それが僕の出来る、あなた方から頂いた大きな愛情への恩返しです」
ワルジャークは差し出された冠を手に取らないまま
「その、恩返しとは?」
と、聞いた。
「ケンヤともう一度戦います。先の戦いでは手加減をしました。ですが、次はすべての力を出して戦います。勝つつもりですが…僕が勝っても負けても、僕がワルジャークの四本足として戦うのはそれで最後です」
差し出した冠はワルジャークが受け取らないので、ライトは卓上にことり、とそれを置いた。
ヒュペリオンが
「ライト、お前はずっと邪雷王シーザーハルトから連なるワルジャーク様の帝王学を学んできたはずだ。風帝はこの世界すべてを滅ぼす存在だ」
と言い、さらにワルジャークが、
「そうだライトよ。ケンヤとの戦いが終わればその思想も捨て去り、ブルーファルコンの軍門に下るというのか?」
と問うと、
「ワルジャーク様。さっきからそれもずっと考えていたのです…。視点を変えれば、彼らはその力を持って世界を守り続けている。
もしこのあとの僕との戦いでケンヤが生き残ることが出来たのなら、僕は、僕の両親たちのように、風帝となるべき者の傍らで、ブルーファルコンの正しいありかたを支え続けようと思うのです。
我々は、世界を滅ぼす存在を生まないように戦っている、という根っこは同じなのです。ブルーファルコンを宿してきた者もまた、世界の破滅など望んでいない。ならば…僕は、その気持ちに沿う。
もし何かが起こり、それがこの世界を滅ぼす存在に変わるというのなら、僕はそれを止めます。
ですがもしもこのあとの僕とケンヤとの戦いでケンヤが死ぬのなら…、ブルーファルコンの血は絶えます。そのようなことになったなら僕はその責任を持ちその罪を背負い、蒼い風の血族として、許されるのならばガンマ達とともに、許されないのなら一人ででも、この大地を守り続けます。誇り高く生きた両親の意思を継いで」
と言った。
「根っこは…同じ…!…」
ワルジャークは、ライトの語った言葉のうち、そのワードの部分に目を見開いて衝撃を受けている。
「何スかワルジャークさん! まさかとは思いますが、もしかしてそのライトの言葉にほだされてるんじゃあないでしょうね!」
「…いや…」
ワルジャークは、ただ、そう言うが、ワルジャークには明らかに動揺が見える。
「なんでこうなるんだ…。おかしいでしょう! 邪雷王シーザーハルト様ならそんな考えは一蹴するだけっスよ!」
「レウ、ワルジャーク様に対するものの言い方か?それは」
ヒュペリオンがレウに苦言を呈した。
「それどころじゃないんスよ今! ワルジャークさんが邪雷王様側にいるかどうかっていうのは、オレがワルジャークさん側についてる理由の根幹の問題なんス!」
レウはヒュペリオンにそう言って反論するが…
「僕はもう…魔王の思い通りにはならない!」
そこでライトは、そう高らかに言い放った。
「…えっ…」
レウはもう、ライトに自分のすべてが否定されたような気持ちになった。
「…わかった…」
と、そこでワルジャークが言ったので、レウはさらに取り乱した。
「わかった…? わかったって言ったんすか? ワルジャークさん!」
ワルジャークは、ライトが卓上に置いた狼星王の冠を手に取り、懐にしまった。それが、答えだった。
レウはきつねのまま、信じられない、という表情をしている。
「落ち着けレウ。残った我々は…何も変わらない」
ワルジャークが言った。
「…本当っスね…? ワルジャークさん…」
「そうだ」
「…そこなんスよ…何も変わらない。そこが…大事なんすから…。なら、そこはそれでいいっす。オレはワルジャークさんを信じるっス。それが今のオレにとって、すべてなんスから」
ワルジャークは動揺を押し殺しているとレウは感じるが、それでもワルジャークが変わらないというならそこは、それでいいとレウは思った。だが問題はライトである。
「それはいいけど…でも…、駄目だライト! すべて考え直すんだ! 残れって言ってるんだよ!!」
レウにはまだ納得がいっていない。
そんなワルジャークたちのもとに、報告兵ツァインバヌトリがやってきた。
「いつもの報告兵のツァインバヌトリです! ワルジャーク様、報告します! ワルジャーク様大変です! ただいまルンドラのディンキャッスルが、ワルジャーク様たちの留守の隙に、下界防衛隊の襲撃を受けています! フェオダールや付人四人衆どもでは歯が立ちません! 議員たちや聖騎士二人を封じたあぶらあげも奪われてしまったようです! すぐお戻りを! あとワルジャーク様にいつものラブレターも書きました! これです! では!」
「…ご苦労。いつものラブレターはいつも断っているはずだが?」
「では!」
ツァインバヌトリは去っていった。
ワルジャークの決断は早かった。
「ルンドラに戻る。…ヒュペリオンとレウも来い。
ここはライトに任せる。
ライトはケンヤを倒すだろう。ブルーファルコン打倒は我々の最大の悲願だ。
我々から去り行くライトは最後に、この悲願を果たしてくれる」
「駄目っス! それではライトを失います!」
「レウ、ライトのことは、ケンヤが死んでからまた誘おう」
ヒュペリオンがレウに言ったが
「ハァ? あんたは黙っててください!」
と返した。レウとヒュペリオンは相変わらず馬が合わない。
そこに、
「わ、ワルジャーク様、ワルジャーク様ではないですか! いつお戻りで!」
と言いながら、ロゥバデーゾ副城伯が駆けてきた。
ロゥバデーゾ副城伯はロンドロンド新名物コーデリナおばさんの窯焼きとろ生みっちりみちみちカスタードシュークリームを食べ終わって満足そうな表情をしている。
「ロゥバデーゾ副城伯」
「はっ」
「ライトが戦いの結果に関わらずこの城を去り、もしその時まだここが奪還されていなければその場合、兵の指揮とこの城はひとまずロゥバデーゾ、お前に任せる」
「!? …ライト様がこの城を去る!? …ともかく…、かしこまりましたワルジャーク様」
ロゥバデーゾは状況を把握しきれていないが、そのような場合もありえなくもないと思い、かしこまった。
ならば指揮計画書を準備しなければ、と、ひとりごとを言って、ロゥバデーゾ副城伯は再び城内に駆け戻っていった。
それを見届けると、
「さらばだライト…」
と、ワルジャークが言った。
「行くけど…。こんなことになるの…オレは…許さないからな、ライト…!」
去り際に涙目でそんな言葉を残して去ったのは、きつねのレウだった。
相変わらずレウの涙腺は、緩い。
レウとは心が通じていたと思っていたが、だからこそ彼女も裏切られたと思う気持ちが強いのだろう。
そして名残惜しそうにライトを見つめたまま天翔樹の葉を出し、三人は去った。
ワルジャーク達が去ったあと、
「ライトさんって…絶妙にわからずやです。蒼いそよ風に戻るくせに、その前にケンヤとまた戦って倒したいなんて、ダメだと思いますけど?」
と、追い打ちをかけるようにレルリラ姫が言った。
「僕は彼らへの義理がある。そして彼らと一心同体だったこれまでに自分の心に対しても、同じ義理を通したい。
道は違(たが)えるけど、筋を通すことは大事なのさ。許されなければ仕方ない。本気の僕と相まみえるケンヤは今度はさらにヤバいだろうけど…、さっき言ったとおりだ。僕は…その結果起こったことの責任を背負おう」
「ケンヤとの戦いが終わったら、お帰りなさいを言いますね、ライトさん。まあ、その戦いには賛成しませんけどね」
「それで十分さ。それから…」
「それから?」
「戦いが終わったら、ソレイン宮の門番の…マリザベスさんに会わせてほしい。知らなかったとはいえ、母の親友をL鑼刀(エルドラド)で傷つけてしまった…」
「もちろんですわ」
ライトさんはこれからまたケンヤを傷つけようというのに、マリザベスさんを傷つけたことは今になって悔いているのですわ…。
なんて人なのかしら。
大きな離別を前にして身を震わせているライトを見て、そんなことをレルリラ姫は考えていた。
それを「賛成しない」と言いながら許そうとしている自分もまた、本当にどうかしていると思うレルリラ姫であったが、これもなにかの情が沸いているのだろう。
「ねえレル。…僕はきっと、近いうちにワルジャーク様と戦うんだ。もしかしたら君もだ。だから僕も君も修行が必要だ。ケンヤはそのうち治ったら来るだろう。君がさらわれているのだからね。
それまで、一緒に稽古しような」
ぱしっ、と軽くレルリラ姫は、意味もなくライトの二の腕を叩いた。
ちょっとそれが、クセになってきていた。
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