#41 新必殺剣、誕生
ふわふわ…、きらきら…、ぷかぷか…。
ケンヤは心地よく光の海をぷかぷかと浮かんでいる…。
そんな気持ちがしばらく続いて、ふと目が覚めると、
ケンヤの目の前にはすやすやと寝息を立てている、ビキニの僧衣を着た少女がいた。
そのきれいな少女の僧衣の胸元やおへそや下腹部がケンヤにはまぶしく、凝視してはいけないな、とドキドキしながら慌てて目をそらして天井を見ると、そこは見覚えがない場所だった。
…ヌヌセちゃん…って言ったっけ…かわいらしいひとだな…。
もう一度隣を見る。
やっぱり見よう…という誘惑がある。
なんでこの人はこんな天使のような顔をしていて、こんなスケベな格好をしているんだろう…。
良いと思うけど。
ええと、そうだ、総大司教様だって言ってたな、このひと…。
あ…おにぎり…。
なんでおにぎりの絵が、この…、ここのところに描いてあるんだろう…。
…おにぎり…。
自分にかかっている毛布をふわ、と、持ち上げてみると、下着だけになっているケンヤの体にぺたぺたと十枚ほどお札が貼られている。
まだ身体もふわふわと、なにやら薄く発光している。
「まだ回復が終わっていないよケンヤ君。そうだな、あと十分ほどのようだ。お札にそう書いてある。もう少し横になってるんだ」
その声に驚いてベッドの脇をみると、椅子に腰かけて、ウイングラード聖騎士団隊長のアッカが文庫本を読んでいた。
「わ、わわわ、アッカさん…!」
「おはようケンヤ君」
「お、おはようアッカさん! …えーと…ここは?」
と聞きながら、ケンヤはアッカの言う通りに、ふたたびベッドに横になった。
さっき自分がでれでれヌヌセちゃんを見ていたところも把握されているのだろうか。と、焦ってしまうケンヤである。
「遅滞神ティコクオスマスターを祀る神宮殿、ティコクオ宮だ。ヌヌセちゃんがここで君に回復礼術をしていてもうすぐ終わると聞いたので、待機中だ」
「ティコクオ宮…か…。オレ、何日くらい寝てたのかな」
「一晩だぞ」
それからケンヤは自らの身体の傷を確かめて
「…ひとばん? …すごい…あれだけの攻撃を受けたのにほとんど治ってるのに…! たった一晩?」
と、驚いた。
「致命傷が一つもないせいだ。君と比べて、一撃を受けただけの門番ふたりやレックスのほうが何倍も治療に時間がかかるそうなのだ。思うに…狼星王ライトは…手加減をしたのだろう…?」
「…そう…かもしれない…」
「そしてもちろん、総大司教ヌヌセちゃんの力でもある。たまたま彼女がソレイン宮に来ていてくださっていたおかげで、ソレイン宮の人員の被害も彼女の回復礼術や回復魔法でだいぶ回復している。ガンマード君のほうは厄介な呪いの影響があるから、生命力まわりのサポートをしているアルシャーナ君と共にあと二日はかかると聞いているが…」
「そっか…、じゃあ仕切り直しだなあ…」
「わたしたちウイングラード聖騎団も、離脱者もいれば新人も来たりして、仕切り直し中なのだ」
「そういえば…アッカさんは、今朝はひとり? どうしてここに?」
「聖騎士レックスが病み上がりに再び負傷してしまったと連絡があったから、隊長として様子を見に来たんだ。到着したらしたで、今度はレルリラ姫様がさらわれたという報告も入った」
「…うん…」
「姫様をすぐに取り戻したい。だからすぐにでも私がライトと戦いに行きたいのだが…ここのところの様々な戦いで、我が聖騎団も苦戦ばかりだ。病み上がりとはいえレックスほどの聖騎士を一撃で倒した敵に、ほかの怪我人や新人を投入するのは流石にリスクが大きいしな。だから、わたしが戦う前に、ライトの戦い方の情報収集をしたいんだ。話を聞かせてくれないか」
「いや…治ったらライトは…またすぐにオレが戦いに行くよ、アッカさん」
「なんだって…? …完敗したばかりだろう。どうひっくりかえっても完敗だったのだろう、君は。手加減もされている。勝てるはずが…ない」
「何回でも勝つまで…行くよ。また負けたらまたヌヌセちゃんに頭下げてでも回復お願いするしかないね…」
「君ねえ、仮にも総大司教様なのだよこの方は」
「でも…」
「…一回だな。次に君が狼星王ライトに負けたら、すぐにわたしがバトンタッチしよう。その前に…やつの戦い方の情報を教えてくれるか?」
「わかったよアッカさん…頼もしいよ。じゃあ、治ったら、剣の練習がてらにしようかアッカさん。どう動いて戦ってたか、とかの話もしやすいし」
「ふわああふ、おはようございますれす…」
そこで、総大司教様の目覚めである。
「…ええと…ケンヤ様…。らめれすよ…。今度ライトが手加減してくれるとは限らないじゃないれすか…死んじゃいますれすよ…。
その練習も、そのあとの戦いも、わらひも同伴しますれすからね。
練習場所には、どうせなら風帝様ゆかりの超天神リードセイガー様を祀る、リード宮をご用意するのれす。
こんなの世界の危機れすもん。わらひがケンヤ様が倒れたらすぐ回復させないと…。あ、隊長は心配してないれす、ふわああふ…うーん…」
総大司教ヌヌセちゃんは、かわいくあくびをして、それからスッキリした顔で伸びをした。
「わらひは…子供の頃から風帝様の活躍する絵本を読んで、ずっと風帝様に憧れてきましたのれす。それで、わらひも世界の役に立つために毎日がんばってきたのれす。だから、なんだかゆうべはずっとケンヤ様を介抱できて、すっかり目がハートになってきゅんきゅんした気持ちになってしまったのれす。…冗談れすよ?? まあ…要は、ケンヤ様のために一晩すっごくがんばったのれす」
「なんだか照れちゃうな…。ヌヌセちゃんありがとう…。まさか一晩でこんな怪我が良くなるなんて思わなかったよ」
「まあ、がんばったのでぐったりなのれすよ…。もう汗だくれす。あ、ケンヤ様はあと…えーとえーと、そうれすね、あと六分ほどよこになっててくらはい。ここの部分のお札に時間が書いてありますれす。
わらひは…シャワーをあびてくるのれす…。ケンヤ様、なんなら一緒にあびますれすか?」
「え…え…?」
「えへへ、冗談れぇーーす??」
「えっ? …ええっ?」
ケンヤは目を丸くしている。
「あっ、隊長に言ったんじゃないれすからねっ! なのれす!」
ヌヌセちゃんはそんなことを言って、てとてとと部屋に併設されたシャワーを浴びに行った。
「…わたしには妻子がいるからな、ヌヌセちゃんは気を使ったのだな…」
「じゃあオレ…六分経ったら行ったほうがいいのかな」
「いいわけないだろう。いくら君が九才でも」
ケンヤが真顔で言うので思わず突っ込むアッカであった。
ケンヤが横になったままもう一度目を閉じてみると、ふわふわと、ヌヌセちゃんの頑張った回復礼術が身体を包む感覚をもう一度じっくり味わうことができた。
しゃわああ…と、ヌヌセちゃんがシャワーを浴びるシャワールームの音が聞こえてきて、回復の感覚と混じわっていくと、なんだか謎の想像をしてしまってムズムズ心地よい気持ちになってゆく。
しばらくそんな気持ちを味わいながら、…これは…いけないなあ…、となにやら何かに目覚めそうになったころに、ぱらり、とケンヤの身体からお札が落ちて、すとん、と回復が終わりを告げた。
「よし、特訓だ」
そう言って、アッカ隊長がぱたりと文庫本を閉じた。
◆ ◆ ◆
いくつものゼプティム神殿があるバッキングミ神宮殿群のなかでも、いわゆる「十超神」の神々を祀る神殿は比較的規模が大きく、超天神リードセイガーを祀るリード宮の敷地には広い屋外広場があるため、ケンヤ達が修行の場とするのにもちょうどよかった。
リード宮の屋外広場を見下ろすように建っている大きな超天神リードセイガーの神像と目があうと、ケンヤの額の力源がぐぅん…、と反応した。
腕に装着された風陣王も、きゅいいいいいん・・・と何か音を発している。
風帝の力「ブルーファルコン」とは、リードセイガーが作った存在なのである。
ケンヤは、すべてが研ぎ澄まされる感覚がする。
「すごいよヌヌセちゃん…。ここなら…他とはまるで比較にならないくらい集中できそうだ…」
「それはよかったのれす」
「わたしは特に何も感じないが…、君にとって申し分ない場所だな」
「ケンヤ様のお父様のジン様も、かつてここに来て、さっきのケンヤ様と同じことを言っていたと、かつてこのリード宮のリセフィン神殿長から聞いていたのれす。だから、ここがいいかな、と思ったのれす。
そこでわらひが総大司教のパワハラみたいなやつでここのリセフィン神殿長に言って、しばらくこの広場を貸し切りにしてきまひたから、思う存分特訓やっちゃってくらはい、ケンヤ様、それにアッカ隊長」
「パワハラみたいなやつ…?」
「総大司教ヌヌセちゃん、ありがとうございます。それで世界を救えるのです、リセフィン神殿長には、このアッカからもあとでよくお礼を言っておきます」
「がんばってくらはいね。夕方に終わったらおふたりと、わらひ自身に、甘くていいものあげますれす!」
そういえば今日は二月十四日。バレンタイガーデーであった。
一兆の虎を口説き落として配下にしたと言われる兆虎神カカオンバレンタイガーの、はなし盛り気味の伝説にちなみ、虎のチョコレートを贈って意中の相手を口説いたり、義理チョコやら、友チョコやら、とらやのようかんやら、その他いろいろを贈ったりする日である。
「では…がんばった後のお楽しみもあることだし、はじめるか…」
「あとでオレたちも買いに行こうよアッカさん、すぐ外に売店があるよ」
「おっ、それも楽しみだな」
「じゃ、アッカさん、よろしくお願いします!」
「よし!」
◆ ◆ ◆
ケンヤは、「ライトとどういう戦い方をしたのか」をアッカに教えた後、しばらくふたりで実戦形式で稽古を行った。
「さて…」
「うん…」
「ライト君と君がどういう戦いをしたのかはだいたい分かったが…」
「うん」
「やはり、まあ、完敗だったな…。ライトにも、わたしにも」
「いやあ、アッカさん無茶苦茶つよいよね…、ノリコッチ攻防戦でも実感したけど…。どれだけ剣技のバリエーションがあるの? すっごいいっぱい技の種類があった…」
「まあ、あまりおだてないでくれ。気を抜くといつでも死は待っているからな…」
「…オレも…気をつけないと…」
「そのためにもだ、ケンヤ君。君がまだライトに勝機があると思っているなら…それはどういうところにあると思っている?」
「アッカさん…オレ、戦士剣風陣王の持つ力を生かす戦い方が…もっとできると思ってるんだ。ライトも、この剣のほうがライトの剣より格上だとか、ジークニウムを穂(ほ)に出す神託の神器だとか、そんなこと言ってた」
「…確かに…君はもっともっとその剣を生かせる。ライトも敵によく教えたものだな」
「だからオレ…ライトの言葉通り…強くなりたいんだ、アッカさん」
「ああ…。いま、私は、少し前に『君ではどうひっくり返ってもライトには勝てない』と言ったことを訂正したいと思っている」
「どうひっくり返ったら…勝てそう?」
「ひっくり返り方にもよる」
「そうか…うん、教えてよ」
「ひとつ言うと、いまの君の剣技は、すべて風を纏っている」
「それは風陣王とオレから、風があふれでてくるんだ」
「例えると、布を巻いた包丁では野菜を切れないだろう? そういう感じだ」
「そこまでじゃないし…いまも威力は結構あるとは思ってるんだけど…」
「うん、でももっと高次元の技にできるとわたしは思う」
「もっと、高次元の技に…」
「ああ。まずは、刀身まわりの風を断って無風を作り出してみたまえ。それがまずは君の第一の、基本の剣技となる。ここ数日はこれを目指そう。
次に、応用の技としては、剣身に風をまとわせるならばもっと先鋭的にする」
「風のまとわせかたのコツが必要なんだね」
「ああ。それがいま君が使っている風をまとった剣技『神風斬』のあるべき姿であり、君の第二の技となるべきものだ。ケンヤ君は風の、かまいたちのような切れ味を使った技はもう使えるようだが、君はまだそれを剣技には昇華できていない。といってもこの第二の技を究極の状態にまで仕上げるには簡単なことではない」
「…それ…そんなに難しいのかな?」
「そうだな、君が元服するまでには上手くできるようになるだろうか。
そして、この技を極めれば剣波を使った技への応用も効く。これは第三の技となる。剣波を遠距離に向けて撃つ場合は直接斬るより比較的威力は落ちるだろうが、様々な局面で役立つ。将来的な目標にするのだな」
「オレ…いままで第二の応用編の技の、できそこないで戦ってたのか…」
「それでも十分の威力だったが、さらに上があるということだ」
「先鋭的に風をまとわせるってどうやれば」
「まてまて、まずは基本からだ」
「基本の…第一の技はえーと…無風で、斬る?」
「そう」
「ただ、斬るだけ?」
「そうだ。だが、風陣王からあふれる風を制御できないと難しいはずだ。だが…」
「だが?」
「出来るようになれば、
ジークニウムの、むきだしの真の力を発揮した風陣王の刃が、敵を斬る」
「むきだしの、真の力を発揮した風陣王の刃が…!」
「ああ」
「…その技は、伝説の風帝様の剣技・Φ凰斬(ファイオウザン)れすね」
それを聞いたヌヌセちゃんが、そこで口を開いた。
「Φ凰斬?」
「Φ凰斬れす」
「Φ凰斬の、Φ凰って何?」
「なんかすごい鳥なんじゃないれしょうか、知らないれすけど」
「知らないんかい」
「てへへなのれす」
「Φ凰斬…。名前は…父さんから聞いたことあるな…、幼かったから詳しくは知らないけど」
「かつての風帝・フウラ様や、準風帝リシュア様らも使ったという技れす。技の特徴が、まさにそういうものれす」
「ちなみに、さっき第三の技と言われていた特徴を持つ剣技も名称がすでにありますれす。轟神風斬(とどろきかみかぜぎり)れす」
「ヌヌセちゃん、風帝の技にほんと詳しいね…。あとでその資料みせてもらおうかな…」
「風帝伝説はわらひの子供のころからのあこがれれすから。だから精一杯ケンヤ様の力になるのれす」
「しばらくはΦ凰斬(ファイオウザン)の特訓だな。伝授しよう。わたしはこの技をÅ燐嶄(オーリンザン)と名付けているのだが、名前はどうでもいい。君の剣なら別物の威力になる」
「それが、斬るだけ、なんだっけ」
「要はね。それが案外難しい。では、いくぞ!」
こうして、リード宮での鍛錬は続いた。
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