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#40 推参! 最強のライバル・狼星王!



「きゃああああっ!!」

 と、そのとき大きな、門番ホリーの悲鳴が門から聞こえてきた。
 ドカン! と轟音が聞こえる。

「あらやだわ、いけない、敵襲だわ! ほんとにもうっ!!」
 もう一人の門番のマリザベスは慌てて持ち場に駆けて行った。

 慌ててケンヤとレルリラ姫がストーブの火を消して門に向かうと、そこには、ただひとり、ライトが襲撃に推参していた。

「なんだ…空間神ソレインヴァステスを司る神殿の警備はこんなものかい?」

「ライトじゃないの…。あらやだわ、なんだ、手紙を直接渡せるじゃない! ほんとにもう!」
 マリザベスはそう言ったが、ライトが星導聡流剣を構えて技の態勢に入ったので、ホリーがすかさず叫んだ。
「ほえっ! マリザベスさん、一緒に決めましょうですのん! 姫様、ケンヤ様、ここは私たちにお任せ下さいでございますのん!」

 ひとまずライトの攻撃を止めるほうが先ね、ほんとにもう、とマリザベスは考え直した。門番たちはふたりで矛を構えてそれぞれ

「ソレイン・グロースシュトラーフェ!」
「ソレイン・グロースシュトラーフェ!」
と叫ぶ。

 二人の矛のまわりの空間がぐにゃりと歪み、カッ、と光ると、それぞれの矛から激しい威力の斬撃が放たれた。

「これは良い技だね…。これなら門番に採用されるわけだ。だが…、魔剣技…L鑼刀(エルドラド)!!」
 ライトはマリザベスとホリーにL字の斬道の太刀をいくつも浴びせた。
 ドドドドド!
 輝く魔剣の剣波が黄金郷エルドラドのように輝きを放ち、二人に降り注いでゆく。

 二本の矛は宙を舞い、二撃が繰り出されていた大技『ソレイン・グロースシュトラーフェ』は威力を失っていた。

「やめろおおお!」

 そこに、トムテに乗ったレックスが突っ込んでいった。

「ここのレディ達をやらせはしねえんだよおおお!!!!」

「来たな聖騎士、どうだ、この斬撃が止められるか!!」

「レクレス旋回大刀斬ッ!」

 ライトの周囲を包むようにレックスの剣から放たれた旋回する太刀筋が収束していった。
「ほう…これは食らったら大変だ…」

 ライトはひゅん、と上空に逃げた隙を見て、
「いまだああああ!」
 と、トムテがライトに体当たりを敢行した。

「くっ!!!!」
 激しい衝撃にライトが体制を崩す。

「よおおし! 技を破ったぞおおおお!!」
「勝ったぜ旦那!」
 と、レックスとトムテが沸き立つ中、ライトは技を中断されて「ええい!」と叫んだ。

「王(おう)・L鑼刀(エルドラド)!!」
「もひとつ…王・L鑼刀!!」

 そして再びレックスとトムテに、圧倒的な大きな斬撃が振り下ろされてしまった。

 どうっ、と、レックスとトムテが地面に叩きつけられた。
 シュウウン、と様々な激動が収束してゆく。

「うう…」

 レックス、トムテ、マリザベス、ホリーは地面に伏せ、もう戦えない状態になっていた。

「通常版のL鑼刀(エルドラド)は防げるなんてさすが聖騎士だね…。だが病み上がりだからか…力不足だったね。門番たちが『自分たちにお任せ下さいでございますのん』とかなんとか言ったとき、そんな言葉は無視してでも君たちが割り込んだほうがよかったんじゃないか? ケンヤ、それにレル」

「ライトさん、あなた…なんてことを!」
 レルリラ姫は倒れた三人と一匹に駆け寄り、ライトに抗議の声を上げた。
「ぴいぴいぴい!」
 ぴちくりぴーも続いて抗議した。

「殺してないよ。命は取らない。それが最新のわが軍の主義だ。だが…君たちは…どうなるかわからないよ」

「ぴいぴいぴい!」
「抗議しても無駄さ、ぴちくりぴー」
「ぴい…」

 ぴちくりぴーは悲しそうに、ぱたぱたと飛び回り、それからしょんぼりしてレルリラ姫の肩に収まった。

「あれから日が経って…ずいぶん吹っ切れたな、ライト」
「そう…見えるかい? ケンヤ」

「神殿長さん、それに料理長さん。
 倒れたレックスさんたちを安全なところに…頼む」

 ケンヤはライトの目を見据えながら言った。互いの決死の戦いになる。その予感がする。

 轟音に驚いて飛び出してきていたトティ神殿長とメシトゥクータ料理長は、急いでレックスたちをひとりずつソレイン宮の中に運んで行った。
 ジージもやってきたが、傷ついた孫のホリーを見て顔面蒼白になっている。

 怪我人を運びながらトティ神殿長が、「料理長とペックくんはこのあと、料理長の宿舎にいったん避難し、料理は戦闘音がしなくなったのを確認してから宿舎から届けてください」と、声をかけている。
 そのほうがいい。
 背後でその声を聞いて、ケンヤもそう思った。ここは戦場になったのだから。

 ケンヤは湧き上がる怒りを押し殺して、
「ライト、戦う前に、渡したい手紙と大事な話があるんだ」
 と、切り出した。

「先日のザスタークのように…僕の母親がどうだとかこうだとか、僕を惑わせるまやかしを言うのだろう? 断る」

「驚いたな、見透かしていたのか。だけど…まやかしじゃないんだぜ」

「そんなことよりも…なんだ、今日の相手はケンヤとレルリラ姫だけか。ガンマとアルシャーナはどうしたんだい?」

「さあね、敵にきかれてわざわざ言う情報でもない。どうでもいいだろ」

 ガンマを救うために、偉大なる総大司教ヌヌセちゃんとアルシャーナとガンマが、いままさに川の字になって寝ているなんて、とても言えない。

「どうでもよくないな、特にガンマは。よくない」

「ガンマに…会いたいのか?」

「あの関西弁は…ついさっき、今朝まで、僕の夢に出てきて色々なことをしてきたよ。説得やら説教やら誘惑やらエッチなことやら…。あいつは…服を着ていなかったし。夢だからまあいいかとつきあってみたが、目が覚めたらずいぶん腹が立ったんだ。一体どういうつもりなんだ」

 ガンマは昨夜もずっと気を失っていたのだ。ライトの夢に出ることくらいはできるかもしれないし、出来るとすれば彼ならそのくらいはしかねないが…。

「知らん! 夢の内容にまで責任とれるかよ」
「ガンマさんも知らんがなって言うと思いますわ」
「エッチなことってどんなことだよ」
「…何でもない!」
「何でもなくはないだろ!」
「ケンヤ、その話は別にどーでもいいです! うすいほんじゃないんですから!」
「これうすいほんだろ!」
「何を言っているんですか!」

「とにかく…! 僕はロンドロンドの城主になったんだ。ケンヤ、レル、これ以上僕の邪魔をしないでくれ! さもないと…」

「さもないと、何だよ」

「ふたりとも命の保証はしない」

「殺さないって方針になったんだろ」

「もう僕は悩みすぎた。もはや、そんな甘い覚悟でここに来ていない」

「ライトお前、城主に戴冠して偉くなったっていうのに、部下も上司もひとりも連れずに来るなんておかしいな。勝手に抜け出してきたのか」

「そうさケンヤ! すべて終わらせに来たんだ! 僕の手で!」
「この戦いではワルジャークは神殿や無抵抗の民は襲わなかったもんな、こんなやり方はしなかった。門番さんたちすごくいい人なんだぞ」
「君たちだって…イグザードを殺しただろう?」
「…そうだな…。知り合いだったか」
「彼女は僕の部屋のメイドだったんだ」
「そうか…」
「だから…だから…」
「だから、オレを殺せるのか? レルを殺せるのか?」
「ううっ…」

 ライトはしばらく苦しそうな表情をしたあと、ふーっ、と、息を吐いて
「…こうしよう。ケンヤ」
 と言った。

「何だ」
「姫の命、そして互いの命を懸けて、僕と、一体一で戦え…!」
「姫の命を…差し出すわけにはいかないな…」
「精一杯の譲歩さ。僕が何も言わないで奪われるよりは心の整理がつくだろう。そんな条件ダメって言っても駄目さ。僕が自分でそうするって決めた、それだけのことさ」
「じゃあわたくしもその戦いに混じりますって言ったら?」
「そこにぴちくりぴーの命も賭けられる」
「なんて人なの!」

「なんて人なのだろう。わかったかい。さあケンヤ、僕と、一体一で戦え…!」

「お互い、負けたらおしまいってわけだ」

「そういうことさ…」

「その前に渡したい手紙と大事な話がしたいんだが、ダメかな」
「それも、君が勝ったら聞いてやる」
「命を懸けてるんだからオレが勝ったらお前死ぬだろ」
「死ぬ前に聞いてやるって言ってるのさ!」

「ケンヤ!」
 レルリラ姫が精いっぱいの声を上げた。l 「わたくしの見立てでは…、一体一ではケンヤが勝てる気が、しません! 四人そろってから出直しましょう!」

「L鑼把(エルドラッパー)ああああああッ!!!!」

 レルリラの言葉にかっとなったライトは、レルリラ姫に波法を放った。波法はL字を描いてレルリラ姫に向かってゆく。

「てええええい!! R輪芭(アーリンバ)ッ!!」

 レルリラ姫も波法を放った。芭蕉の花のような独特の形状の波球から波動が放たれていった。

 ぎゅいいいいん!! ずううん!!
 と、ふたつの波法は激しい衝突ののち、打ち消された。

「へえ…腕を上げたなレル…。だけどこの通り、邪魔は許さないから」

「…意地っ張りなんだから…!」

「僕とケンヤの一対一って言ったら一対一だ。レル、君に選択権はないことを知るんだね。横で見ていたまえ。姫たるもの決まったルールを守るべきだろう」

「もう!! ライトさんがこんな勝手な方だとは思いませんでしたわ! ケンヤ、やってしまって!!」

 レルリラ姫は納得がいかなかった。だが、ここはケンヤを信じよう。そうするしかない。そう思った。

「どっちみち、やるしかないんだ。やってやるか…」
 ケンヤはそう言ってライトを睨んだ。

 ライトはその視線を受けて
「ここ、ソレイン宮のすぐ隣の宮に武舞台がある。そこでやろうケンヤ。今すぐだ」  と、切り出した。

「セメトル宮ですね…」
 レルリラ姫は武舞台があると聞き、そこがセメトル宮であることにすぐに気付いた。

  ◆  ◆  ◆

 セメトル宮とは、ロンドロンドガーデンプレイス内の数あるウイングラード騎皇帝立聖神宮殿群…またの名をバッキングミ神宮殿群にある宮のひとつ、闘閧神(とうこうしん)セメトルカリアシュを祀る神宮殿である。

 ケンヤ達は木々に囲まれた屋外の広い武舞台にやってきた。

 武舞台の中央でライトは少し、伸びをしながら、
「闘閧神セメトルカリアシュは闘いの神だ。その武舞台は、僕たちが決着をつけるにはちょうどいい」
 と言った。

「それにしてもノーチェックでここに入れるとはね。ここの門番や神官たちは出払っているようだ」

「ライトさん。闘いの神の下で神職にあたっていた彼ら・彼女らはいわゆる武闘派であり、戦闘に自信のある僧兵たちでした。ロンドロンド王宮の危機に緊急出動して抵抗の意思を示したため、みな、石にされてしまったと聞いています」

「ライト、この世界はすべて神々の加護によって成り立ってるって、お前は習わなかったのか? 空間の神をないがしろにしたら空間の、闘いの神をないがしろにしたら闘いの、それぞれのことで何かバチが当たって不具合があるかもしれないぜ」

「振り払う火の粉の僧兵たちを石にしたのは僕じゃなくてヒュペリオンさ。そうだな、彼は負けるのかもしれないな。
 空間のことでバチが当たるか…。最近狭い浴室の空間とか夢の中の空間とかでつらいことがあったな。あれも、ケンヤたちが戻ってきたときに攻め込むにはソレイン宮の門番たちをぶっ飛ばしてやる必要があると考えていたから、前倒しでバチがあたったのかもしれない」

「あの門番の一人はな、お前のお母さんの…大事な、かけがえのない親友なんだ。それをお前は!」

「なんだって!? なんのことだ…。いや、言うなと言っている…。ザスタークの言っていたのと同じまやかしだ。君が勝つまで…そんな、まやかしを言うなと…言っているんだ!」

「こないだ名乗りを聞いたが、何が決断の金狼だよ。その決断は、現実から逃げているだけじゃないか」

 ケンヤのまっすぐな瞳はライトの心をいまも突き動かしている。まやかしではないことを感づいていながらまやかしと言っている自覚を振り払う。その気持ちを見ないようにする。もう、狼星王は引くわけにはいかなかった。

「ならば名乗らんさ! 王(おう)・L鑼把(エルドラッパー)!!」
 ライトの波法が大きなL字を描いてケンヤに向かう。

「ハヤブサシールド展開ッ!」
 じゃきん、とケンヤは胸のシールドを開いて王(おう)・L鑼把(エルドラッパー)を受け止めようとしたが、彼はその威力に吹っ飛ばされ、ケンヤの体は武舞台の外の壁にどん、とぶち当たった。

「ぐはっ…」

 そして、がらんがらん、とハヤブサシールドが武舞台を跳ねた。

「もし場外負けっていうルールがあったら僕の勝ちだったな。そんなルールもなかったし、こんなすぐに戦いを終わりにする気はないけど」

「わたくしに撃ったのと威力が全然違う…!」

「いきなりおっぱじめやがって…!」
「すぐやろうと言っただろう、ほら、立つんだねケンヤ」

 レルリラ姫は、自分が観戦する横におおきな銅鑼があるのを見つけたので、ケンヤが立ち上がって武舞台に再び登ったのを見届けてから、ばあああああああん! と、銅鑼を鳴らした。

「では、はじめてください」

「ふっ、戦いの引き立て方をよくわかっているじゃないかレル」

「絶対勝ってね、ケンヤ!!」

 そう言ってからレルリラ姫はライトに向かって、あかんべえ、をした。

「かわいい」

「だろう? オレが勝っても殺すなよ」

「じゃあ妃にでもしようかな」

「なんだって!?」

「うらあああああああ!!!!」

 ライトの足が黄金に輝いて、立ち上がったばかりのケンヤを上空にどっ、と蹴り上げた。
「グレイテストスターダストライトニングキッ―――ク!!」
 叫びながら大きくジャンプしたライトは、輝きをまといながら片足を構えながら突き進み、ケンヤの身体を貫くかのように自らの身体を武器にケンヤに大キックをぶつけた。

 空中でキックを受けたケンヤの体に、ライトは斬撃を繰り広げた。

 「魔剣技…L鑼刀(エルドラド)!!」

 L字の斬道の太刀をいくつも浴びせた。
 ドドドドド!
 武舞台の上空で、ライトの輝く魔剣の剣波がまたしても黄金郷エルドラドのように輝きを放ち、ケンヤに降り注いでゆく。

 そして今度はライトの腕が輝いた。
「スターライトガラスティーンパラダイスギャラクシーパ―――ンチ!」

 それは何かの歌のタイトルを合わせたかのような名称のパンチで、ライトの拳からこぼれる星のまたたきがガラスのように輝き、まるで天国の銀河のように美しく拳の軌跡がケンヤを打ち付けていた。
 そしてケンヤの身体は激しく武舞台に叩きつけられた。

「さあ反撃したまえケンヤ!」

「容赦…ねえな…」
 突っ伏したまま、そうケンヤが言う。

 ①王(おう)・L鑼把(エルドラッパー)、②蹴り、③グレイテストスターダストライトニングキック、④L鑼刀(エルドラド)、⑤スターライトガラスティーンパラダイスギャラクシーパンチ。
 もう五つもライトの大技小技(おおわざこわざ)を受けている。

「まだまだ…やれるさ…! 神風…追装!」
 と言って、ざっ、とケンヤが立ち上がった。追加装備がケンヤの身体を包む。

「これだけの僕の技を受けて…よく立ち上がれるものだ」
 と、ライトが感心した。

「怒濤の風ッ!」

 びゅん、とケンヤの中心から風が巻き起こり、嵐となってライトに向かってゆく。

「怒りのエネルギーで起こす風かい…、だがねッ!」

 嵐を避けるように回り込んで、しゅん、と光のごとく移動したライトは、

「狼星拳・L鋼乱挿(エルゴラツソ)!」

 と、ケンヤのみぞおちに、鋼のように重いパンチの乱撃を挿入した。
 ドドドドドドッ!

「うぐああああっ!」
 崩れ落ちるケンヤ。

「ケンヤ、怒りが足りないんじゃないのか? どうせまだ…心のどこかで僕を友達か何かと思っているのだろう。だがこんな技は、風の大元を断てば…どうということはないのさ!」

 ライトはそんな自分の言った言葉に胸の痛みを覚えながら、ひゅん、と後ろに下がり、さきほど落ちたケンヤの盾を拾ってケンヤに投げた。

「つけたまえケンヤ。そのハヤブサシールドとやらを外してしまったから胸部の守備力が落ちているんだ」

「ああっ、ごめんなさいケンヤ!」
 レルリラ姫は、そのことは銅鑼を鳴らす前に自分が気付かなければいけなかったのだと気づいた。
 自分がケンヤに、盾を戻す時間を奪ってしまっていたのだ。

 そんなケンヤは今は、対峙するライトの挙動を見るので精一杯である。

「なっ…なめやがって…!」
「そうさケンヤ、僕は君に手加減をしている。でなければこれだけの僕の技をくらって無事でいられるものか。さらに僕には…さらに奥の手もあるんだ。見たくはないかい? ならば立ちたまえ」

 これで六つ…。ケンヤはいくつものライトの技を受けていて、立ち上がるのもやっとになっていた。

 ハヤブサシールドを胸に戻しながらケンヤは、
「なんだよライト、なんだか知らないが…その奥の手とかいうのを出したくてしょうがないみたいだな…」
 と、言い、さらに続けた。
「お前だって甘いじゃないかライト…。お前だって…オレをまだ…どこかで友達だって思ってるよな…?」

「否定するのもバカらしいね!」
 これは実はどこか、否定していない言葉である。自覚はないが。

「もう今の状況を考えたまえ。僕たちは今は仲間じゃない。今はライバルさ。僕は君にとって最強のライバルなんだぜ? そうだろう? そして君も僕にとって、そうなればいい」

「…最強のライバル…」

「僕が甘いというなら、君をなめているから君が僕に勝てるというのなら、いいんだぜ? 是非やれるものなら勝ってみたまえ。さあ、今度はレウを倒した技を出してみろよ、ケンヤ!」

 かつて白狐帝レウを倒した技は、長き戦いの果てにレウの魔力が尽きたからこそ刺さた、とどめの技だった。だが、やるしかない。
 ケンヤは各所の痛みに耐えながら、両拳を天に上げた。

「風(ふう)…来(らい)…ッ!」

 ケンヤの両拳の周りをくるくると風が回り始めた。

 対するライトは星導聡流剣を構えたまま、
「呪文(スペル)…!」
 と、対抗すると思われる魔法の準備を始めた。

 ケンヤは、天に上げた両拳をゆっくりと下げ、ぐい、と、構えた。

「風来・拳風車(こぶしかざぐるま)…っ!」

 ケンヤは無数の拳をライトに放った。

 ドゥアアアアアッ!

「うおおおおおぁぁぁぁぁ!」
 ライトの身体が舞い上がっていったが、すかさずライトは魔法を繰り出した。

「光(ラティオ)!!!!」

「い、一文字魔法ですわ!」

 炸裂したラティオという一文字魔法の光の塊(かたまり)がケンヤの視界を奪ったが、ケンヤは構うものかと技の続きを繰り出した。

「風来・拳風車……疾・風・竜・巻(アネモストロヴィロス)…!」

 ぎゅううん、とライトの身体を、かまいたちの風の刃「アネモストロヴィロス」が刃を立ててゆく。
 だが、ライトはされるがままにはならなかった。

「う…ぐああああ!! 呪文(スペル)…月光閃(ゲッカレイザー)――――ッッ!」

「ぴいぴいぴい!」
「こんどは三文字魔法…!」

 三文字魔法を繰り出したまま、ライトは、武舞台の上に叩きつけられ、衝撃でもう一度舞い上がった。

 ライトの光の魔法はきらりと光り、光速のレーザービームのように激しい弾道で放たれ、轟音と鮮やかな光を撒き散らしながら爆轟を高らかに上げた。

 ケンヤは大技を放ったタイミングの無防備な状態で、ライトの魔法を受けてしまっていた。

「ケンヤ!!!!!!」
 レルリラ姫が叫んだ。
 ライトもケンヤの風来・拳風車(こぶしかざぐるま)・疾風竜巻(アネモストロヴィロス)を受けていたが、ダメージの差は、比ではなかった。

 ずうううん…。
 ケンヤは再び倒れた。

 立ち上がったライトが
「終わったか…?」
 と聞くと、
「ま…ま…だ…だ…ッ」
 と、ケンヤもまた、ゆっくりと起き上がった。

「剣化…風陣ッ!」

 ケンヤは小手の風陣王を取り外すと、ジャキィン、とそこからジークニウムの刀身が姿を現した。

「まだそれがあったか…戦士剣風陣王…!」

「ああ…しぶといだろ?」
「…よかろう、ケンヤ、君がその剣で出せる、最大の剣技を出してこい。出し惜しみは無しだ。僕もこの剣で最大の剣技を披露しよう」

「最大の剣技ですって?! し、死んでしまいますわ! ケンヤはもう八つも技を受けているんですよ! ライトさん、もうさすがに…もう終わりにして!」

「一文字魔法まで数に入れているじゃないかレル。まあいい。次で終わらせる。初めから決まっていたことだが、この武舞台は僕とケンヤ、そしてレル、君の命を懸けた戦いなんだ。わかっているよね」

「ああもう…ケンヤ…勝って!」

 レルリラ姫は願うしかなかったが、本当は戦いに介入したいくらいの気持ちだった。

「レル。大丈夫だ…これで…逆転…するから…! 邪魔をしないでくれ…! レルは…これからのウイングラードと下界にとって大切な人なんだ…、絶対に…負けるもんか!」

「その意気さ。なあにまだ勝敗は決していない。次が最後だろうけど。…僕のこの剣もいいけど、武器の格はそっちの戦士剣風陣王のほうがずっと上だよケンヤ。ジークニウムを穂(ほ)に出す神託の神器だろうそれは。そいつを生かしきれたら、まだわからないよ。さあ、来たまえ!」

「…行く…」
「ああ。来い」

 ひゅうううう…。

 闘閧神(とうこうしん)セメトルカリアシュの武舞台に屹立するケンヤは目を閉じる。
 闘いの神の舞台に立つ傷ついた戦士の卵のもとに、風が集ってゆく。

「いい風だ…」
 ライトはしばらくケンヤの風を浴びていたかったが、もうそれも終わりなのだと悟った。

 風陣王の刀身に高速で絡まる風が、剣の姿をも変えたかのように見せてゆく。

「これが…今のオレの最大の剣だ…戦士剣風陣王神風斬(かみかぜぎり)!」

 かっ、と目を見開いたケンヤは溜めた風を解き放ってライトにぶつけた。

 ズザン!

「いいものだ…」
 と言いながらライトが飛び上がってそれをいなすと、

「もう一丁ぅおおおおおおあああああ!!」
 ズザン!!!!

「戦士剣神風斬、連斬!!」
 追加の一撃が飛んできた。ライトはひゅん、と間一髪で避けながらまた
「いい…」
 と言った。そこにさらに
「もう一丁だああああああッ!!!!」
 と、ケンヤの第三弾がすかさずやってきた。

「戦士剣神風斬、三連斬!!」
 ズザン!!こんどはケンヤの剣をライトの星導聡流剣(せいどうそうりゆうけん)が受け止めていた。

 三撃目は風の溜めが足りていない。

「波撃(はげき)・L暴狼(エルボーロ)!」
 狼の形をした波動が飛び出し、波法を受けたケンヤの身体が放出された。
 波撃でケンヤの身体に間合いを作ると、そこを、ライトが最大の剣技で応酬することは、たやすかった。

「…狼星剣! ミラージュ・リュミエール・コメット!」

 グオオオオン…。

 空に黄金の狼の幻が蜃気楼と共に輝き咆哮してからぎゅいん、とライトの剣の動きに彗星のような白い巨光が宿り、そして激甚なる破壊がその場に、もたらされた。

 ズゴワアアアァァ――ン…

「君の負けだ…ケンヤ!」

 ドン!!

 破壊された武舞台のタイルが巻き上げられて、それから少し宙を舞った後、雨のように倒れたケンヤの上に降り注いでいった。

「ここは良い武舞台だ。すぐに予算をまわして修理しよう…。了斬!」

 バラバラバラ…と、砕かれたタイルの雨はライトの九つの技を受けたケンヤの上に降り注いで、やがて止まった。

「…立てまい?」
 そうライトが言う。
 その通りだった。

「…ぐっ…」
 ケンヤはもう立とうとしても、立てなかった。

「君は素晴らしい戦いをした。僕は君を愛おしいとさえ感じるよ、ケンヤ」
 レルリラ姫は武舞台を駆け上って、急いでケンヤの身体に積みあがった瓦礫のタイルを取り外していった。

「この戦いは姫の命、そして互いの命を懸けての戦い。そうだったね」

 ドレスが埃で汚れるのも気にせずに瓦礫をどけ終えて、
「ケンヤは…殺さないで…!」
 とレルリラ姫の声が響く。

「闘いの神の武舞台で行われた神聖なる闘いで、ルール破りは感心しないな」
「…わたくしが…ライトさんにさらわれて行けば…いいのですね?」
「そんなこと言ったかな」
「似たようなことをさっきケンヤに言ってましたよね」
 妃にでもしようかな、と言った件のことのようだ。

「…そうか…僕が言ったのなら問題ないな、さらっていこう」
「さらわれますわ」

「だ…だめだ…レ…ル…」

 レルリラ姫はケンヤにウインクをした。
 姫は…例の物を持っている…。託すしかないのか…。
 レルリラ姫のウインクの意味を察したとたん、ケンヤは蓄積したたくさんの技のダメージに押しつぶされて気を失っていった。

「命を懸けた戦い、という条件だったのに、誰も死なない結末を用意したんだ。まあ不満ならいつでも我がロンドロンド城に来たまえ、待っているよ、ケンヤ」

 もうケンヤは返答できないので、
「ぴいぴいぴい!」
 とぴちくりぴーが代理で(?)鳴いた。

「ぴちくりぴー、君は連れて行かないよ。怪我人がもう立てずに転がってるから、どこかから、誰か人を呼んでくるんだね」
「…ぴちくりぴー、ケンヤを…お願いね…!」

 ぶぅん、とライトはレルリラ姫をお姫様だっこした。
「しっかりつかまっていたまえ!」

 ときどき色んな人にこうやってお姫様だっこされる彼女である。
「あかんべ―――っ、ですわ! 行きましょうライトさん!」

 それからレルリラ姫はお姫様抱っこされたまま、ライトの二の腕を、ぱしっと叩き、
 スゥ――――ッ、と深呼吸したあと、

「きゃあああああああ――っ!! 助けてえええええ――――っ!!」
 と、叫んだ。そして、
「はい、さらわれたさらわれた!」
 と言って、自らを抱きかかえるライトの頭を手のひらでぽんぽん、とした。

「ええい…面白い子だっ…!!」

 ライトはレルリラ姫のそんな行動に慌てながら、びゅん! と走り去った。

「姫で力足らずなわたくしでも、わたくしらしくみんなの役に立てる。今日はそれが、あなたにさらわれるということです。蒼い風の子、ライトさん」

 ライトが駆け抜けるなかで、レルリラ姫はそんなことをつぶやいた。

「ほんとうに君は面白い子だな…。え…何の子だって?」
 ライトがそう言うと、レルリラ姫は今度はぎゅっとライトにしがみついて
「はいはい、急いだ急いだ!!」
 と、せかすのだった。

 …さて、レルリラ姫の悲鳴を聞いて、セメトル宮とソレイン宮のはす向かいにあるティコクオ宮の門番の青年ふたりがびっくりして慌てて武舞台に来てくれたのだが、遅かった。

「ああっ! 姫様がさらわれていきます、オクレール門番長! 遅かった!!」
「遅滞してしまった! たいへんだ、チエンスッカー副門番長!」

 まあ門番長、副門番長、といってもティコクオ宮も全部で門番二人しかいないわけだが。

 ティコクオ宮もまた、ロンドロンドガーデンプレイス内の数あるウイングラード騎皇帝立聖神宮殿群「バッキングミ神宮殿群」にある宮のひとつで、そこは遅滞神ティコクオスマスターを祀る神宮殿なのである。

 そこに、総大司教ヌヌセちゃんがやってきた。
「遅かったれすね…。悲鳴を聞いてセメトル宮まで来てみれば…」

「きみたちも遅刻れすか…。また遅刻をしたのれすね、きみたちは」
「「あああ、総大司教ヌヌセ様ああああ!!」」
 オクレール門番長とチエンスッカー副門番長がシンクロして叫んだ。

「わらひのことは、ヌヌセちゃんと呼ぶのれす」
「「わかりました総大司教ヌヌセちゃん様あああああ!!」」
「わかったら『ちゃん』に『様』はつけないでくらはいっ…呪文(スペル)…優復身(ユンケロイヤー)!」

 と、すぐさま総大司教ヌヌセちゃんは、横たわったケンヤに回復魔法を施した。

「これは…ケンヤ様は大変なダメージれすね…」

「魔法に加えて大きなお札が必要なのれす。その礼術をするには、ケンヤ様とわらひとで、丨丨の字で寝るしかないのれす」

 今回ははじめから川の字ではなく丨丨の字である。

「おお、総大司教ヌヌセちゃんの添い寝礼術!」

「添い寝礼術なんて正式名称ではないのれす。…とにかく…ダメージは大きいのれすが、見たところ、ひとつひとつの傷は致命的なものではありませんれすし、ケンヤ様に関してはそれで大丈夫そうなのれす」

「さすがは総大司教…!」

「ソレイン宮の負傷者がとても多いので、わらひがかたっぱしから回復してきたのれすが、まさか姫様がさらわれ、ケンヤ様までこのようなことに…。ガンマ様は厄介な呪いの影響を受けているのでガンマ様とアルシャーナ様の回復もあと三日はかかりますし…、恐ろしいことになっているのれす」

「ではケンヤ様は、我がティコクオ宮の救護室があいておりますので、そちらに! ヌヌセ様…じゃなくて、ちゃん!!」

「では、チエンスッカー副門番長くんはケンヤ様をおんぶするのれす」
「わかりました!」
「オクレール門番長くんはバッキングミ神宮殿の本殿に状況を連絡! いそぐのれす!」
「はっ! では失礼します!」

 オクレール門番長は急いで駆けて行った。

「ぴいぴいぴい!」
 ぴちくりぴーは心配そうにくるくる飛び回った。以前レルリラ姫がディルガインにさらわれた時と同じように、ぴかぴかと頭の上の羽根が光っている。

「ぴちくりぴー様…さぞ、姫様が心配れしょう…。わらひも姫様とは大の仲良しれす。気持ちはよくわかります。きょうはあなたも、ひとまずケンヤ様と一緒に来るのれす。さあ、わらひたちと一緒にきてくらはい」

 チエンスッカー副門番長はケンヤの身体を背負い、両隣でヌヌセちゃんとぴちくりぴーに見守られながら、ティコクオ宮に運んでいった。

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-epic of Waljark- VOL.8
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