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#35 天才ガンちゃん魔法でポン



   さて、ガンマとディルガインは互いの戦いに集中しすぎていた。
 一瞬でも気を抜いたら死が待つ。ディルガインは比較にならないほどの強化を果たしていた。
 だがガンマも持てる魔力を発揮して対抗している。実力差は、切迫しすぎている。

 そんな気の抜けない中で、アルシャーナとヒュペリオンの戦いがいつの間にか終わっているのに先に気が付いたのは、ガンマだった。

「いつの間にか、あっち、終わったようやな」
 戦いの手は止められないが、戦いながらディルガインも気付いた。

 ガンマがアルシャーナやレルリラのもとに向かおうとするのをディルガインは身体で制止し、牙で押す。ディルガインがぎゅんぎゅんと襲撃を繰り出し、ガンマはそれをいなしていく。ガンマの意図する方向には進ませまいとディルガインは必死だった。

 ガンマを彼女たちの近くに行かせると、彼女たちに回復魔法をされてしまうことはわかりきっている。これは無言の駆け引きである。

「ガンマ、こちら出血している。こっち見んなよ」
 アルシャーナの声が聞こえた。
「承知やで!」
 ディルガインの爪の動きを見極めつつ、血を見るのが苦手なガンマは答えた。

 そんな中、ディルガインの胸の魔力制御石が膨張しているのにガンマは気付いていた。竜の卵の力が注がれて力源になっているのだ。これがディルガインのパワーアップの根源である。ガンマはディルガインとの駆け引きに引きずり込まれながら、この魔力制御石にどう立ち向かうかを考えていた。

「おい、ヒュペリオンはどこへ行った!」
 ガンマに攻撃を繰り出しながらディルガインが叫んだ。
「戦えない状態になり、龍魔王にロンドロンドに送られましたわ!」
 レルリラ姫が答えた。

「ヒュペ…、敗れたのか…」
 魔獣の爪を振り回し、必死でガンマを仲間たちに近づけないようにしながら、ディルガインは嘆いた。

「引き…分け…さ!」
 アルシャーナは肩に刺さった赤虎の投擲ヒュペジャベリオンを引き抜きながら、訂正した。
 血が背中からぶしゅっと噴き出した。これをガンマに見られたらガンマは負けてしまうだろう。

「わたくしはアルシャーナさんの勝ちだと思いますが…」
「引き分けだよ」
 姫のフォローの言葉もアルシャーナは改めて拒んだ。そしてアルシャーナは、気絶しているイズヴォロの傍らに転がっているイズヴォロの緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアの横に、ぽーん、がらがら、とヒュペジャベリオンを放り投げた。

 レルリラ姫は、またちょっと出てしまった涙をぬぐい、先程の戦いで散らばっていたカーテンを切りはじめた。アルシャーナの手当てをしたいのだ。

 戦いが終わった時、アルシャーナはヒュペリオンにとどめを刺せる状態には無かったので、アルシャーナは引き分けだと言った。龍魔王の介入がなければレルリラ姫がとどめを刺していただろうし、アルシャーナも負けないんだよとは言っていたが…。

「ふん、ヒュペリオンめ、生き残ったのなら良いか…」  それからディルガインは、ヒュペリオンがワルジャークに「姫を連れ帰る」と先程約束していたことを思い出した。

 龍魔王の性格は適当なので、彼はそんなことはお構いなしに戦闘不能になったヒュペリオンを帰してしまったのだろう。この戦いを完遂させて、その仕事は自分が引き継ぐしかないとディルガインは思った。

「しょーもないギャラリーが帰ってほっとしたなあ…呪文(スペル)・雷散弾(ライオサンガー)!」
 龍魔王ワイゾーンと砕日拳使アイハーケンが去ったことを確認したガンマは、ディルガインに攻撃魔法を打ちこみながらそう言った。

「そうだな…黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)!」
 ベビースターラーメンの入った壺がそのまま忘れ物となっているのを眺めながら、ディルガインは言葉と黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)を返す。コツをつかめば雷撃のエネルギーを多少は散らせるのだな、何度もガンマの魔法を受けてきたのだ。だんだん、ディルガインは学習を重ねてきた。

「しゃあないなあ、ならこれはどやっちゅうねん!!」

「何がだ!」

「呪文・翔炎舞(グレンクロス)! 呪文・刹風轟(ウィブラス)! 呪文・月光閃(ゲッカレイザー)! 呪文・潮水陣(ウォルセイバー)!」

「なにいいいい!?!?」

 雷魔法に慣れてきたところに、雷ではないエレメンタルの魔法が次々に撃ち込まれてきたのだ。

「うぐおああああああ!!!!!!」

 ディルガインは炎に焼かれ、風に斬られ、光線に撃たれ、水圧で吹っ飛ばされた。

「おのれおのれガンマードジーオリオン…こうなったら…パワーアップだ…! 私には…さらなるパワーアップが必要だ!」

 すう、と深呼吸して、

「ヌァッス! 準備は出来ているかあああああ!!!!!!」

 ディルガインは二階で竜卵の祭壇の準備をしているヌァッスに聞こえるように大きな声で叫んだ。
「しぇけらもねえ準備が出来ておりますけえええええ!!!!」
 ヌァッスの返答が聞こえた。

 と、ここでディルガインはガンマに交渉をしかけた。

「ガンマードジーオリオン。貴様が真の賢者ならここで、どうすべきかわかるな」
「なんやねん」
「今の私は大したことなかろう。貴様はそんな戦い方をしている」
「そうかいな、いや、あんさん大したパワーアップをして、わい驚いとるで?」
「いや、大したことない! さっきも私に絶対勝つと宣言してみせたではないか、その程度だ」
「たしかに言うた」
「だが私が二階に行けば…なんと…ものすごくパワーアップする!」
「…」
「なんやてえと驚けそこは!」
「なんやてえ…」
「さて、私はさらなるパワーアップをさせてほしいわけだが、小童(こわっぱ)よ、このあと考えられる展開は四つだ」

「@大したことないディルガイン様に貴様が勝つ、
 A大したことないディルガイン様に貴様が負ける、
 Bものすごく強いディルガイン様に貴様が勝つ、
 Cものすごく強いディルガイン様に貴様が負ける」

「引き分けもあるやろ」
「なるほど…じゃあ考えられるのは六つになってしまうな…さすが賢者…かしこい…。だが、ここは四つの場合の話を続けても良いだろうか」
「ええで」

「@は、これは勝って当たり前で全く面白くない。つまらん。
 Aは、とてもかっこわるく最悪だ。だっさい。
 Bは、褒めたたえられて最高だ。ちょうすごい。
 Cは、まあ仕方ない納得の結果だ、やむを得ない。
 …と、いうことになる」

「まあそうやなあ」
「貴様がどうすべきか、もうわかるな。BかCしかあるまい!」
「ええわけあるかアホ! @や! @でええねん!」
「賢者ならBかCだろう、アホとはなんだ!」
「あんさんはBでもええんやなあ、負けるで」
「いいわけなかろう! アホか小童!」
「誰がアホやアホ!」
「いまだ!」

 だだだだだ、
 ディルガインは階段を登り始めてしまった。

「いまだ、ちゃうわ! アホ――――!!」
「真の賢者なら選択できるはずだ! 解答の準備が出来たら上がって来い!」
「もうなしくずしにBやんけ!」
「CだC! すぐだから!」
 ばたん、とドアを閉めて、ディルガインはCの準備のために二階に上がっていってしまった。

 ディルガインには、ガンマが仲間たちを回復させないように自分が駆け引きをしていたことさえすっかり頭から消えていた。

 ガンマとアルシャーナとレルリラとトムテは、ディルガインが登って行った二階の階段の先にある扉を見つめていた。

「上がるんだろう、あたしも行こう。回復魔法をしてくれよガンマ、まだ戦える」

 ガンマはアルシャーナの血を見ないように彼女たちに背中を向けながら、
「ごめんアーナ。回復は、戦いが終わってからや。アーナは、ここに残ってリーダーを守っててくれ」
 と、答えた。
「そんな…連れてってくれよ!」
「あかん」
「駄目って言われてもあたしは行くね」
「あかんっちゅうとんねん!」
「…」
「…よくヒュペリオンをしりぞけたな、アーナ」
「…ああ…」
「今度はわいの番やから」

「わかった…」
 アルシャーナは、ぐっと唇を噛みしめた。
「わたくしも行きたいのですが…、わたくしも…ダメなんですね」
「せや」

「トムテ、行こ」
「おう」
 ガンマは、トムテに跨った。

「ガンマさん、きっと勝てます。ディルガインがどれだけパワーアップをしていようとも。天才ガンちゃんには素晴らしい魔法の数々があるのですから。ポンとでかいのを撃ってきてください」
 レルリラ姫がほほ笑んだ。

「ああ。天才ガンちゃん魔法でポン、や」
 ガンマは少し照れながら、レルリラ姫の言葉に合わせた。

 アルシャーナのポニーテールの髪から、ぽたぽたと血が垂れている。
 背中から吹き出した血がまだ髪を濡らしているのだ。

「命令権を行使する。生きて、戻って来い」
 アルシャーナはそう言って、カーテンをバサッと広げて、髪を筆にして文字を書いた。

「見んなよ」と言いながら

【生きて、戻って来い】

 と、カーテンに書いた血染めの横断幕をしゅっと吊るして拡げた。

 ガンマは流血恐怖症なので見ないようにしたが、アルシャーナが行った出来事は、血の匂いでわかった。だからアルシャーナも書いたのだ。

「やっぱり軽く…アレしとくわ。呪文(スペル)・復身(リガゲイン)!」
 と、ガンマは背中を向けながら手を後方にかざし、二人に軽く、二文字の回復魔法をかけた。

「やっぱり行っていいってことかい、ガンマ」
「ちゃうわ、行くなってことをわかってくれたから、かけたんや」
「わかった」

 生きて戻る。
 心に刻み、ガンマはトムテと共に上階へ飛んだ。

  ◆  ◆  ◆

 ガンマとトムテが二階に上がると、ディルガインは丁度、仕上がったところだった。

────ゴウン!!!!────

 黒い煙が上がり、爆発し、それまでより三倍ほどはある身長の、巨大な魔獣がそこにいた。
 ネシカート城は各階の天井が高くなっている建築物なので、身長的な問題はない。

「ディルガイン…!」
 トムテはディルガインの大きさに驚いた。

「呪文・覚疾速(カールインス)!」
 ガンマはトムテにスピードアップの魔法をかけた。戦いの準備である。

 タンブレリハギスの魔人・ヌァッス辺境伯がガンマたちを出迎えた。
「貴様ら、ようここまで来たもんじゃのう…。さあディルガイン様、やるんじゃ! やったるんじゃ! あのカバチタレどもをしゃけらもねえ目に合わせてやったるんじゃああああ!」

 そう言ってからヌァッスはいそいそと壁の後ろに下がった。この男はイズヴォロ鉄侯爵が戦う時も同じようなことを言っていたのだ。

 豪華に飾り付けられた祭壇には、もう竜の卵はなくなっている。すべてディルガインの力の源にされてしまったのだ。

 バシュン… バシュン… バシュン…

 ディルガインが自らの心音を確かめながらゆっくりと見下ろすと、そこにはトムテに乗ったガンマが視界にいる。

「はあ…はあ…ゆ…遺言は残してきたのか? ガンマード=ジーオリオン…うごああああ…」

 ディルガインの言葉に、制御のできない呻りが混じっている。

「ぬかせや」
 ガンマは一言答えた。

 ディルガインの胸元の魔力制御石は、さらに膨張し、魔力(フォース)の粒子をごうごうと散らしている。
「うぬああああああ!」

 ドン!ドン! シュシュッ! ドドン!

 黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)が一撃、二撃、三四がなくて五撃六撃と、次々とガンマに打ちこまれてゆく。時々空砲が混じっている。

「やってくれ運ちゃん!」
「グワアオオォーッ!」
 ガンマを乗せたトムテはぎゅんぎゅんと避けてゆく。

 それにしても時々はとてつもない威力だが、魔獣ディルガインの異形の顔は苦悶の表情を浮かべていた。

「まるでコントロールできてへんなあ!」
 ガンマが煽ると、ディルガインは、ぐおああああああ!と咆哮して、モノを撃ちこんでいった。

 そのうち、とびきり強大な威力の黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)が放たれたが、避けられ、そこにいたヌァッスに当たってしまった。

「ギャアアアアアアアア!!!!」

 タンブレリハギスの魔人・ヌアッス辺境伯は、吹っ飛んでころころと転がり、二回ほどバウンドして、そのあと弾み、空中を三回転したあと床に転がり、しゃけらもねえええ、と言いながら、また三回バウンドしたあと天井に当たり、それからまた地面を三回バウンドして、ぐえっと言い、そこから空中を五回転し、壁に一回跳ね返り、床に一回跳ね返り、そこから今度は空中を六回転し、地面に落ち、ぎゅいいいん、と頭を軸にしてコマのように二十回ほど回ったあと、倒れて地面をごろごろと五回転がり、壁に一回跳ねかえり、天井に当たり、床に跳ね返り、また天井に当たり、地面に叩きつけられ、止まり、ぐったりした。
 しゃーんしゃーんと音色を立てて、タンブレリが転がってゆく…。

「ディルガイン。魔力制御、できてへんで」
 ヌァッスがもはやピクピクとさえもしていないのを見て、ガンマが言った。

「その…ようだな…。くそう…。う…うがあああああ!」
 ディルガインが吼えた。

「はあ…はあ…、実は…黒獅将直属大魔王能力保全協会会長という役職の…優秀な魔力制御石のエンジニアを雇っているのだがな…。来るなと言ってあるのだ…はあ…はあ…」
 付人(つきびと)四人衆のレーヴェのことである。
「なんやねんその協会…」
 ガンマ突っ込む。
「がああ…ひ、ひとりしかいない協会なのだが…ッ!」
 引き続きぎゅんぎゅんと襲撃を繰り出しながら、ディルガインは苦しそうに話した。
「そんなとこやろなとは思った…」
「うがあああ…メ…メンテをすると抑えられてしまう。彼女には世話になっているが、抑えたくないのだ、があああ…少なくとも、き、貴様らに勝つまではな…!」
「手の内明かすやんけ」
「はあ…はあ…ど…どうということはない…、うごああああ…現に、戦えているではない…か! それにもう貴様の雷撃にはずいぶん慣れたぞ」

「そりゃえらいこっちゃ…じゃあこれはどうや…」

 ガンマは目を瞑って右の掌に魔力を込め、詠唱をはじめた。
 トムテはディルガインの頭上、上空に舞い上がる。天井が高い建物なのでこういうとき便利だ。

「ライラニワーノ ライクロヒューン
 雷の賛歌 雷の賛歌
 パトライック ライエムボマ― 雷の賛歌…」
 雷撃がどんどん掌に貯まってゆく。

「なに…!? まさか…、四文字魔法…だと!!」
 四文字以上の魔法には、詠唱を伴う。

「超呪文(ネオスペル)…ッ!! 魁啻電雷(スパークライズマ)!!!!!!」

「うおおおおおおおおッ!!!!」
 ガンマは右腕を前面に広げ、さらに左手で聖杖・大電迅を掲げた。
 激しい雷撃が、巨体となった魔獣ディルガインの身に降り注いでゆく。

 ゴオオオオン!、と轟音が呻る。
「ぐおわああああああああ!」

「トムテもいったれえええええ!」

 ガンマにトムテは呼応。すうっと呼吸の後、かっ!と赤い輝き。

「グワアアオオオオ―――――ッ!!!!」

 トムテから吐き出された猛烈な火炎がディルガインの巨体を包んだ。

 バリバリバリバリ、ゴオオオウウ、と雷と炎の雨がしばらくディルガインを取り囲んでいる。

「き…効かぬ…とは言わん…。効いている…効いているが、効いてはいるが…、心情的にはッ、効いていないッッ!」

 ディルガインの胸の獅子が大きく口を開けた。
「黒獅炎……! でいいいいっ!!!!」

 雷を炎に巻かれるディルガインの胸の獅子から、大きな黒い火球が発射された。かつてはレルリラ姫のドレスを焦がした技だが、もはやその程度の威力ではない。

 ガンマを乗せたトムテは超高速でぎゅん、と避けにかかったが、
「でかすぎる! 避けきれねえ…!」トムテが叫んだ。

「まかしとき!」
「雷盾王聖円盤(らいじゅんおうせいえんばん)ッ!」
 ぶうううん!!!!と、現れた魔法陣から巨大な円形の盾が現れ、浮遊してディルガインの黒獅炎を防いだ。

 盾はしゅうううう、と炎を吸い取っていく。吸い取り終わると今度はディルガインへ降り注ぐ雷炎まで吸い取り始めたので、ガンマは「もうええで、帰って良し!」と言った。盾は動きを止め、再び消えて行った。

「はあ…はあ…はあ…グオオオオオ、ガンマード=ジーオリオン貴様…卑怯だぞ! がああああっ、な…なんだその便利な盾は!」

「ドイゲルにある降雷神ライサンバートニー神殿・ライサン宮所蔵の故・雷盾王リザーナ=マドーキングの盾や。彼女が戦死したときに粉々にされてたんやけど、わいが作り直した。危機の際には召喚してもええって神殿側には話してある」
「はあ…はあ…ず、ずるいではないか!」
「わいの亡き師匠の、亡き姉さんの盾なんや。わいが直したんやし、たまに使わせてもらうくらいの縁はある」
「よ…四文字魔法が使えるとも…聞いてないぞ」
「なんでいちいち言わなあかんねん…」
 ガンマはそれどころか五文字魔法まで使えるのだが…知られていないようだ。

 ちなみにだが、ガンマが初めて五文字魔法を使ったのは八歳の頃、蒼い風が壊滅した日だ。倒れたアルシャーナを救うために成功させた。戦局が混乱していたので同じ街にいたケンヤは別の局面にいてその時のことを知らないし、おそらくワルジャーク達にもガンマが五文字魔法を使ったのは見られていない。アルシャーナやケンヤ達の両親をはじめとする多くのメンバーを救えなかったことから、ガンマはまだそのことをケンヤにもアルシャーナにも話したことはない。余談だがこの物語でも以前、回想シーンで同じ日のことが描かれた回があったが、ガンマが五文字魔法を使ったことは描かれていない。

「ふんぬううううう!!!!」
 ぶおおおおおっ!
 ディルガインは熱の残る黒獅子牙(ブラックレオファング)を振り上げてぎゅんぎゅんと降りまわしてきた。

 トムテに乗ったガンマはプラズマローブを掲げながらひゅんひゅんと避けた。巨大な牙の攻撃が防がれていく。

「ガンマの旦那、そいつは、魔法だけでなく刃の攻撃もちょっとは防げるのかい」
「ちょっとはな」
「知らなかったぜ」
「資料をよく見たら書いてあったわ」
「まじかよ…」
 昔の資料を最近よく見たら書いてあったのでびっくりしたのだ。完全に忘れていたのだった。たまにこんなことがある。

  「ぐおおおお、ま…全く…厄介な奴だ…ッ!」
 ディルガインは爪を振り回しながら叫んだ。

「そんなでかい図体になることがあんさんの本当にやりたいことやったんか?」
 ガンマが言った。

「な、何をいきなり藪から棒に吹っ掛けてくるのだ?」
「いくつか政見を読ませてもろたけどな」
「ほう、子供なのに立派だな」

 どうっ!

 トムテの胴にディルガインの攻撃がかすったが、新調したばかりの鎧に傷がついただけで済んだ。

「あんさんが領主になったころは、はじめはルンドラ島を独立させるって目的やったんやろ? そのはずが、ウイングラード全部をワルジャロンドにしてしもて、それでさらに下界(ドカニアルド)制覇がしたいんか」
 と言いながらガンマはトムテから降り、トムテに床で待つように指先で指示しながら、ひとりで浮遊した。

「そうだとも…ワルジャーク様の願いはわが願いなのだからな…。何が言いたい…!」

 ぶん、ぶん、  ディルガインは再び爪で攻撃を仕掛けてゆく。

「ルンドラが独立すべきかどうかは置いておくとしても、最初はあんさんは、少なくともあんさんの中では、良政を果たそうとした。そうやろう。それは何のためや」
 ガンマのプラズマローブで弾かれてゆくディルガインの攻撃。

「民のため、国のため、世界のためだとも!」
 ディルガインが叫んだ。

「何にも見えてへんねん。あんさんもワルジャークも。ここは竜の町や。竜の命は民の命や。卵は民の命そのもの。その命を奪い、かけがえのない民の未来をオモチャにしてそんなでかい図体になって、あんさんは一体何をやっとんねん。その他にも色々殺戮やら…やってしもたよなあ。ディルガイン。おんどれが奪っとるのは国の命そのものや!」
 ガンマが叫び返す。

「ふん…浅いなガンマードジーオリオン…。犠牲を恐れて大義が果たせるものか。そもそも世界を滅ぼす最大の元凶は風帝だ。世界は根本からそれを知るべきなのだ。世界を滅ぼす風帝の神輿(みこし)をかつぐ貴様に、犠牲がどうこうなどと言われるなどちゃんちゃらおかしいわ!」

 ドゴオオオン!!!!
 ディルガインの猛烈な蹴りがガンマに当たった。
 ぶあああっ、と跳ね飛ばされたガンマは、きゅっ、と空中で止まった。さっそく回復の光がガンマを包んでいる。

「そう言いながら何もかも間違いながら敗れてゆくんやな、あんさんは」
 そのガンマの言葉にディルガインは黙れと返し、びゅん、と近づき、もう一度ガンマを蹴り飛ばした。

 どおおおん! ガンマが壁に激突した。

「何とでも言え小童(こわっぱ)! へその沸かした茶が煮えたぎって蒸発して雲になって雨になって降り注いで茶の川が茶の海になってへそ界の歴史が変わるわ! なんだというのだ四文字魔法も耐えきった私に偉そうに!」

 壁に当たったガンマの身体がずしゃあああ、と、地に伏せた。

「もうひとつ教えてやろう、ガンマード=ジーオリオン。ワルジャーク様の指示で我が軍は、もうなるべく殺さないようにする、という方針を新たに打ち立てている。ライトの影響だ。我が軍も…変わってきている。わたしはあまり気乗りはしないし具体的には何もまだ変えていないがな。だが、ただただ国の命を奪おうとしている集団ではないということは…認識してから、死ぬのだな」

 だが、すでにガンマは気を失っていて、そのディルガインの言葉は耳に届いていなかった。

  ◆  ◆  ◆

 その頃。
 ネシカート城・一階ではレルリラ姫がアルシャーナの肩の手当てをしていた。

「ガンマさんは大丈夫でしょうか」
 レルリラ姫が言った。

「あたしが命令権を行使したらガンマは必ず守るよ」
 アルシャーナはにこっとレルリラ姫に答えた。
「…命令権って、何なのですか?」
「あたしとガンマが6歳の頃にな」
「ええ」
「あたしの飼ってた亀とガンマの亀、どっちが速いかレースをすることにしたんだ」
「へえ」
「なんでそんなことになっちゃったのかは忘れたんだけど、敗者は一生を勝者の奴隷として尽くさなければならないってルールになっちゃったんだ」
「ええっ?」
「でもレースが始まったらさあ、ガンマの亀が一歩も動かないんだよ。あたしの亀はもう速いのなんのって…」
「ええええ――っ」
「だから、命令権を行使するって言ったらガンマは大体のことはあたしの言うことを聞いてくれるんだ」
「でもあんまり行使しないですよねそれ、アルシャーナさん」
「ここぞってときは使うね、でも一生って約束だからさ」
「あんまり使ったら一生使えるはずのガンマさんがすり減っちゃいますもんね」
「ふふっ」
「うふふ」
「生きて戻って来いっていうのは、絶対に守ってもらわないとですね」
「そうさ」

 アルシャーナの手当てを終えたレルリラ姫は、アルシャーナの手を取った。そして二階のしまった扉をふたりで見つめた。

  ◆  ◆  ◆

 ネシカート城・二階では、倒れたガンマの身体が横たわっていた。

 ディルガインはガンマの髪が青から黒にだんだん変わってゆくのに気がついた。

「なんと…これは…生命維持魔法…か」
 根本的に著しく衰えた生命活動を、魔法により通常以上のレベルまで活性化させる魔法である。

「常にこんなものをかけっぱなしにしていたのか…。それが切れた…つまりもう…死にかけだな、ガンマード=ジーオリオン」

 ぶん!
 ずしゃあ!

 ディルガインはもう一度、とどめとばかりに前脚でガンマの身体を弾き飛ばした。
 強く身体を城壁に叩きつけられたガンマは、その衝撃で再び、失っていた意識を取り戻していた。

「うう…」

 生きて戻れって…言われたんや…。
 生きて戻るんや…。

 アルシャーナとの誓いを胸に、ガンマは、ゆっくりと立ちあがった。

 黒髪のままガンマは、魂の奥に秘めた魔力を絞り出した。
 …沸き上がってくる…。
 …いける…!

「まだ…立ち上がってくるだと? ぐおおお…、しぶといなガンマード=ジーオリオン。よし…今度こそとどめを刺してやろう! うあああああ…!」

 だん! と地を蹴って四つ足の魔獣のディルガインが巨体を振るわせて突進してきた。

「さっき…何とでも言え…ゆうたな。じゃあ何とでも言わせてもらおやんけ…。詠唱をな…」

「なにい…?」

 ガンマの魔力(フォース)が…吹き上がる!
「シャビジョネートミチシミーチ… シャビジョネートミチシミーチ…!
 颯颯(さつさつ)と颯颯(さつさつ)とシャビジョネート… 風を風を起こそう風をミチシミーチ!!!!
 究極呪文(アールスペル)…!! 神風裂風翔(レツプースぺリオン)!!!!」
 突進するディルガインは突風に跳ね飛ばされた。

「ぐわあああああああああああ!!!!」

猛烈な魔力が巻き起こり空を裂いて風が圧縮され、轟音とともにディルガインにぶち当たってゆく。

  「ふ…風系…五文字魔法…だと!」

 ギュオオオオオオオ!! 猛烈なかまいたちがディルガインの巨体の表面を切り刻む。
 ディルガインの四つ脚の魔獣態が解けて、二つ足の人間態になった。

 ガンマは攻撃を緩めなかった。
「こちとら風帝の神輿かつぎじゃ! それからもひとつ!」

「エレジーク ライオジーク サンガージーク…!
 一閃! 天駆ける白き雷の下… すべての邪なる精神にいま… 羽ばたけ雷獣ー!!!!
 究極呪文(アールスペル)…!! 斗雷弾迅扇(サンヴァーライエル)!!!!」

 白い激雷(げきらい)の御柱(みはしら)がディルガインを包んだ。

「こ、こんどは…ら…雷系…五文字魔法…か! あ…熱い…痛い…、ぐああああああ!!!!」

「斗雷弾迅扇(サンヴァーライエル)はな、天界の聖なる雷獣のエネルギーを使(つこ)て邪悪の精神に直接ダメージを与える技なんや…。魔王の世界に染まりすぎたあんさんにはとっておきやろ!」

 ディルガインの魔力制御石が激しい光を放って点滅している。
「う…う…ごわあああああああ!!!! ま、まて、部下にあとの指示を…」

「却下じゃ! さあ仕上げや…。
 カタッドゥーク シュノーンフィーン オシレイーヌ二シマウーン……!
 呼ぶは永遠のいま…! シマッシモなりシマワレッシモなり封印の甘美!!!!
 究極呪文(アールスペル)…!! 嗔封鼎架印(フィーンデンティツカー)!!!!」

「な…なにいいいいい!」

 ぎゅわああああああああ!!!!
 魔力制御石はディルガインの身体から離れ、部下にあとの指示が出来ないままのディルガインの身体をぎゅうううううん、と吸い込んだ。

「さらばや…黒獅将ディルガイン」

「ぐわあああああああああああああ!!!!」

 しゅぽん。

 「…了文!っと!」

 ディルガインは、魔力制御石に封印され、ころん、と床に転がった。

 はあ…はあ…はあ…
 五文字魔法を三つも連続で撃ったのである。
 さすがのガンマもへとへとであった。
 とにかく、生きなければならない。ガンマは残った魔力を振り絞って生命維持魔法を発動させ、再び髪の色が黒から青に変化させていった。

 これで一安心…。安堵の気持ちに包まれた。
 そして、そういえばディルガインの封印された魔力制御石を取らないと…、と視線を向けた、その時である。

 ぎゅいんっ! と人影が現れ、しゅぱっ! と転がった魔力制御石をかっさらった。
「おとしもの、みっけみーっけ!!」

「アイハーケン…!」
 神出鬼没の砕日拳使アイハーケンが再び現れたのだ。

「うんうん、これこれこっれー。いい落とし物をひろったなあ」
「どういうつもりや…! ワルジャークに渡す気か?」

「そんそんな、そんなくだらないことはしないよー。するわけないよ。でもまあねえ、どうとでも使い道はあるよおー、しんしんの新米だけど、この黒獅将ディルガイン、なかなかの上物だもん」
「わいの封印はそう簡単に解けるもんやないで」

「まあまあ、今解けなくてもね、いつかはきっと色んなことが起こるんだよ。だから時が来たらどうとでもなるよ、どうどうだよ。ふっふ、じゃあね、少年くん。かっこいい青年になるんだよ」

「あっ、返せや!」

 ディルガインも魔力制御石も、別にガンマの物っていうわけでもないのかもしれないが、ガンマはそう叫んでいた。だがアイハーケンは、またあっという間に去ってしまい、またしても使用済みの白くなった天翔樹の葉がひらひらと落ちた。

「詰めが…甘かったわ…」
 とガンマがため息をついた、その時である。

「加勢しますぞレルリラ姫様の配下の方あああ――!!!!」
 武装した竜の若者たちや竜の警察官、その他ネシンヴァネスの湖竜ネッスーたちが十数名、だだだだ、と入ってきた。

「ああ、黒獅将ディルガインなら倒したで」
 とガンマが言うと、
「うおおおおお! そうでしたかああああ!」
 と、ネッスーたちは歓喜の声を上げた。

「卵は…助けられんかった…」
 とガンマが言うと、
「ああ…なんということだ…」
 と、ネッスーたちは悲痛の声を上げた。

「まああれや、そこにいるヌァッス辺境伯を逮捕せいや」
 とガンマが言うと、
「確保だああああああ!!」
「イズヴォロ鉄侯爵も逮捕しましたああああ!」
「なんかでかい剣と変なジャべリンも収容しまああす!」
 と、ネッスーたちはどんどん事態を収束させていった。

 犠牲者は多く出してしまったが、ネシンヴァネスの村の民たちは再び平和を取り戻したのだ。

 そして、目を覚ましたケンヤと、アルシャーナやレルリラ姫も二階に上がってきた。

「やったな。ガンマ」

 ケンヤがウインクした。

「ああ。最後にアイハーケンにディルガインの封印を持ってかれてしもたのはミスったけど…」
 そうガンマが言うと、
「いいんだよ。生きて、戦いにも勝てたんだから。…生きて戻れって言ったのにこっちから先に迎えに来ちゃったよ」
 と言ってアルシャーナが、ぽすぽす、とガンマの頭をはたいた。

 そのときレルリラ姫のもとに魔報…つまり魔法の手紙が届いた。

<ストーンベンチ遺跡での目的を達成し、スコトラ領ウィウィクに移動。地元の武装ギルドたち有志の協力もあり、ウィッカーギルタワーの奪還に成功。ウイングラード北部全域スコトラ領は聖騎士の名の下、再びウイングラード騎皇帝王国の自治を取り戻しました。ネシカート城周辺以外。アッカ キャロット>

 と、書かれていた。
 ウイングラード聖騎士団のアッカとキャロットからである。

 ここに書かれたネシカート城周辺は、いまこうして蒼いそよ風が自治を取り戻したところだ。

「アッカ隊長やキャロットたちも、やってくれました! 大勝利です!」
「うおおおおお!!!!」

「え、えええええ!」
 ケンヤ達はこの町でトムテと再会したらアッカ達を連れ戻すためにストーンベンチに行く予定だったのだが、状況が変わったようだ。

 そもそもそのアッカ達が取り戻したウィッカーギルタワーの城主はイズヴォロ鉄侯爵なのだが、竜卵の調達のためにここネシカート城に出張で来ていたところをケンヤに敗れ去り、ウィッカーギルタワーは城主の留守をアッカ達に攻められて落とされた、ということになる。

 そこは、「過去最強の聖騎団との呼び声が高い」と言われ、ヒュペリオンとも引き分けたアッカ隊の残り二人である。ここ最近は何人か敗北者が出る事態になっているものの、このくらいの仕事はわけはない。

「アッカ隊長たちはオレ達より北に行っちゃってるってことだよな。いつの間に追い抜かれたんだ…」
 ケンヤが言うと、
「話によるとアッカ隊長たちは、遺跡でドゥークデモアーのエメラルドを調達したそうです」
 と、レルリラ姫が答えた。
「おおお、ええなあ」
 ガンマがうらやましそうな声を上げた。

 ドゥークデモアーのエメラルドは、下界内ならどこでも移動することの出来る超希少な宝石である。天翔樹の葉の機能を増幅させることもできる。なんという便利なアイテムなのだろう。

 ともかくこうして少しずつ、未来は開かれてゆくのだ。

「よおおし、戻ろう…!」
 ケンヤはガンマと肩を貸しあって、ゆっくり歩みを進めはじめた。
 アルシャーナがレルリラ姫をお姫様だっこすると、レルリラ姫は満面の笑みを浮かべた。

 ぴいいいいい、と、ぴちくりぴーが勝利の歌を歌った。何もしていないが。

 トムテが、傷付いた身体で壊れたネシカート城の外を見ると、生まれ育ったネシ湖の湖面がきらきらと輝いているのが見えた。

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