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#34 旗



 ネシカート城の軒先にさかさまにコウモリのようにぶらさがっていた、羽虫のように小さな小さなドラゴンたちが五匹、ぱたぱたと逃げていった。羽虫湖竜(はむしこりゅう)といわれる竜たちだ。轟音や震動のあまりの衝撃に驚いたのだ。

 羽虫湖竜たちが逃げていったネシカート城の周囲にはネシ湖が広がっており、その湖面に幾重もの丸い輪が外側に広がっていった。

 何が起こったのだろうか。

 そう。砕帝王将ワルジャークとその配下たちがケンヤ=リュウオウザンに向けて一斉に放った斬撃を、ザスターク=ザ=ブルートルネードがケンヤに代わってその身に受けた、その衝撃が広がったのだ。  羽虫湖竜たちはネシ湖に永住するネッスーの一員として、この喧噪が終わったら帰って来ることだろう。だがザスタークはどうだろうか…。

 どうなったかというと、粉々である。
 粉々になった深く青い金属の破片が、つまりザスタークが、散らばった。

「ザスタークさん!!」
 ケンヤが叫んだ。

 がらん、ぱらぱら、からんからん、などと金属の破片たちが落ちる。
 それから、一本の旗も、からんからん、と、出現した。
 先程、上空に飛ばされて、ザスタークと入れ替わるように落ちてこなかった、「蒼い風」の旗である。

「ザスターク…さん…!?」

 ケンヤは身代わりになったザスタークの名を呼んだが、もはや破片である。

「破壊しかできない男が破壊をした…。それだけのことだが…! ぬあああっ!!!!」
 ケンヤを狙うもザスタークに遮られたワルジャークは、そう言いながら再び鉄槌(てっつい)を振りかざした。

 そこに、
「どおおりゃああああ!!」
 と、すかさずアルシャーナがケンヤとワルジャークの間に空域を差し込み、ケンヤを守った。

 ブオオオオオッ!!

 アルシャーナの作りだした空域がワルジャークの鉄槌を止めた。
「なんと…!」
 ワルジャークはちょっとした驚きを示した。
「へえぇ…。やるじゃないか、あの娘」
 観戦していた龍魔王ワイゾーンも少し目を見開いた。

「なになになっにー? なにをしたの? ぱりぱりぱりー」
 ベビースターラーメンの壺から駄菓子を頬張りながら、砕日拳使アイハーケンが尋ねた。

「空の立方体の八方に八閃の蹴撃を入れて、極限に圧縮された空域を作り、それを投げたんだ。空のエレメンタルと身体能力と柔軟な拳技を備えているから出来る技だね」
 龍魔王が詳説すると
「へえへえ、拳法なら得意だけど、知らない技だあ。まあ、あんまり興味ないない、なんだけど」
 などと、アイハーケンは自分で聞いておきながらそんな口を利くのだった。

「そうか? オレは欲しいな…あれ。とても」
 魔王の中でも最強の戦闘能力を持つと言われる龍魔王ワイゾーンに「欲しいな、あれ」という言葉と、品定めされるような視線が自分に向けられたことにアルシャーナは身体の芯がぞわっとするような気持ちを抱いたが、アルシャーナ=リーフェンという武闘家はそれに気を取られるようなメンタリティーはしていなかった。

 何よりアルシャーナはもう、走り出していた。

 ずざああああ、アルシャーナはケンヤの胴を抱えて後退しながらスライディングをした。

「アルシャ!」
 ワルジャークの鉄槌を止め、救ってくれたアルシャにケンヤが声をあげる。応えるアルシャーナは、こう引き締めた。
「気を取られるな大将! ザスタークさんが守ってくれた自分を無駄にすんな!」
「ザスタークさんが!」
「だからこそ気をしっかり持てっつてんだよ!」
「ああああ!」
 ケンヤはなかなか怒りを抑えられない。

「ザスタークさんの身体は…金属の…破片だけで構成されていたんですの…?」
 レルリラ姫は、眼前の状況に驚きを隠せない。

「ぴい」
 ぴちくりぴー(鳥)が答えた。
「ぴちくりぴーに聞いたんじゃありませんわ。でもありがとうね…」
「ぴい」

 散逸するザスタークの破片は、いわゆる肉片が含まれていない。いくら鎧姿だったとはいえ、金属片ばかりだ。
 その破片の中央には、蒼い風の旗が転がっている。
 その旗を手にしたガンマが言った。

「ザスタークさんは、ジークニウムで構成された生命の…存在なんや…」

「えっ…?」
 レルリラ姫は、耳を疑った。

 ジークニウムとは、一定の条件を果たし、一定の域に達した存在が、強く意志を持つ事によって発生させられる場合があるという金属のことである。

「本人に聞いたわけやない。せやけど…わいならわかることや。魔法でポンと解析してみたらわかる。ザスタークさんの身体は…ジークニウムでできてる。そしてその生命の魂の主は…この、蒼い風の旗や」
 ガンマの声は、少し震えていた。

「どういうこと…?」
 アルシャーナは目を見開いて問いかけた。

「この蒼い風の旗は…、蒼い風の魂そのものや。あの日…、蒼い風が滅んだ日、蒼い風の死んだ二十五人の魂がこの旗に、奇跡を起こした。生命を宿した」
 そう語るガンマの記憶の中では再び、大切な人たちが焼かれる業火が燃え盛っていた。ガンマは続けた。

「蒼い風が滅んだ日、ワルジャークにリーダーが殺されようとされた瞬間、この旗が命を宿して、金属の身体を出現させ、ザスタークさんになって、リーダーを守ったんや。あの場所におったから…わいにはわかる」

「じゃあ…父さんも、母さんも、リョウザおじさんも、ジンさんも…それから…ええと…みんなが、ザスタークさんに、なった、ってことなのか…?
 そんな…そんなことが…まさか…」

 アルシャーナはあまりの驚愕に、ぎゅっ、とガンマのプラズマローブを掴んだ。

「ガンマお前なんで…なんでそれを知ってても言わなかったんだよ!」
 ケンヤは動転気味に思わず叫んだ。

「そんなん…ザスタークさん本人が言おうとせんもん、言えるかいな…」
「…!…」
「…」

 ケンヤは、そうか…そうだよな…と、テンションを一転させて旗を蒼い風の旗を、きゅっ、と見つめた。

「さすがは天才、ガンマード・ジーオリオンだな。よくわかるものだ。あいつがそんな存在だったとは…」
 そんな発言をしたのは黒獅将ディルガインだった。

 そしてそれに続けてワルジャークが、
「わたしはザスターク誕生の瞬間に立ち会っていたのか…光栄だな…そして…死の瞬間も!」
 と言い放った。

「なんだと!!」
 と、ケンヤが激憤した。

「命は…尊いものなんや。多くの奪われた命が、たったひとつの命になって生まれ変わった。それがザスタークさんなんや。わかるかワルジャーク」

 怒気に包まれたガンマも、瞋恚(しんい)の目でワルジャークを見つめた。

「グオオオオッ!! そうだぜ…この村の奪われた竜たちの卵たちの生命だってそうだぜ…。生命は…お前らが尊い生命を奪うための力にされて、いいもんじゃねえ!」
 そう、トムテが続けて吼えた。そしてガンマが再び叫んだ。

「聞いとるかライト! 美しい世界を守るのはどっちの力やライト! こっち来いや! あんさんは…こっちに来るべき男や! 立ち向かってみろや…運命に!」
「言うなガンマ!」
 悲鳴のように声を張り上げるライトに向かって、ガンマは杖の先をまっすぐ掲げ、
「痛いとこ、ついとんねん!」
 と吼えた。
「君こそ間違っているんだガンマ…、美しい世界を壊すのは…風帝なんだ!」

 もはや祈りのようにライトはガンマに、そう呻(うな)った。

「風帝て、わいらの好きなあいつやで」
 ガンマが返す。

 ガンマには深いところまで性癖を見透かそうとしてくる、と感じているライトは耳に血液が集まっていくのを感じながら
「何を!!」
 と喚(わめ)いてから、
「軽々しく言ってほしくないな…僕がどれだけ…。いや…。いい…」
 と、うつむいた。

「ええわけあるかい! …軽々しいわけもないっちゅうねん!!」
 ライトは、それ以上踏み込まれたらもう、たまらなかった。

「はあ…はあ…はあ…」
「落ち着けライト、深入りするな」
 息を切らすライトにヒュペリオンが声をかけたが、ガンマは続けた。
「どれだけ…どれだけなんやっちゅうねん、言うてみ! 言うてみいやライト!」

「何でもない!」
「何でもあるわ!」

「…僕はもう覚悟を決めたんだ…! ケンヤをそのザスタークとかいうガラクタと同じ目にあわせばいいんだろう!」
 ライトは切実に覚悟を振り絞った。

「ライトさん!」
 と、ついにそこで、レルリラ姫が声を上げた。

「レル…」
「そんなことを…言わないで…ライトさん!」
 レルリラ姫の言葉に、ライトの表情は、悲痛でゆがんだ。

 あの日…レルリラ姫が隣で眠っていた時の体温を思い出して、体温がぐんぐん上がっていくのを感じる。もう何も言わずに連れて行きたいと思う。

「やれんのか…来いよライト…」
 そこでケンヤが言った。

 ライトのザスタークへの侮辱は、ケンヤに激しい怒りを備えさせるのにはあまりにも十分だった。
「来いよ…来いライト!」

 ライトは、のぼせていく自分を自覚していた。

 そんな中、ケンヤの鉢巻が風に揺れてケンヤの眼前をひらひらと動き、その隙間から「来いライト!」、と激しく叫ぶケンヤの唇の動きとツヤがちらりちらりと見え隠れするのを観て、いっそ押し倒してしまおうかと考えていた。なんて節操だ、と自分で呆れる。

 ケンヤでもガンマでもレルリラ姫でも…ライトには…たまらなくなっていたのだ。アルシャーナには不思議と自制が効くが。

 何にせよ…こんなことに興奮を覚えている僕はどうかしてしまったのかもしれない、いや、しれないどころではないな、と、ライトは思う。  だがその気持ちは振り切る、ライトは、そう決めたのだ。
 決めたはずなのだが。

 ケンヤの怒りの視線がライトを突き刺し、えぐる。
「ケンヤ!! …ケンヤ…はあ…はあ…うう…」
 そしてガンマは今後を確信するように、もう一度ささやくように言うのだった。
「戻って来い。ライト」

 ライトの体調に異変が訪れた。
「も…もう無理なんだ…ガンマ…。うう…」
 暑い日に注いで少し経った冷たい飲料の器の表面の様に、表面に汗がどんどん浮かび上がってくる。心音が高鳴る。息が上がる。

 幻聴のように、戻って来い、戻って来い、戻って来い、とガンマの声がライトの脳裏に響く。幻聴の中でライトに囁くガンマはなぜか裸だ。これはあの時のニャンチェプールでの、シャワールームのせいだとライトは思う。

「魔剣…星導聡流剣(せいどうそうりゅうけん)!」

 ライトが剣を構え、ケンヤも剣を構え返した。

「はあ…はあ…はあ…」
 そして息を上げながら、ゆっくりライトがケンヤの前に歩いてゆく。
「待てライト、先程も言ったが…いまはわたしから…距離を取るな」
 そんな赤虎臣ヒュペリオンの声もライトにはあまり聞こえない。そのような状態にない。

「ケンヤ…斬る…」

 ケンヤの目の前にライトが立った。ライトは巨大な葛藤を何とか振り払おうとしていた。

 そのとき、再び奇跡が起こった。
 散らばったザスターク=ザ=ブルートルネードの破片が、蒼い風のまわりに急速に収束し、音を鳴らしたのだ。

 ひゅうううううう…。ふゅゅぅううう…。
 ざんざんざざん…、ざんざんざ…ざんざん…。

 破片は再び集い、それらは、その姿に戻った。
「!!」

 ざっ…
 確かに、ザスタークである。

「少年よ…。ライトよ…。このケンヤを斬るのならその狼藉…この私が許さぬ…。例え我が魂の一部に貴様の母がいようとも。その産みの苦しみを覚えていようとも。赤子の貴様を手に抱いた暖かさや乳を吸う感触さえも覚えていようとも…。その狼藉は…許さぬ!」

 ライトとケンヤの間に、再び立ったザスタークは、こう言った。

「ザスターク…さん!?」
 ケンヤが叫ぶ。

「もしや…ルツィエさんのことか…? それとも…ただのたとえ話…?」

 蒼い風が滅びた日に死んだ二十五人の中で、ライトの母親の可能性がある人物には誰がいたか…と、さっそくガンマは思考を巡らせ、ルツィエという女性に思い当たっていた。確か…、子供がいたけど、いなくなったという話を聞いた…気がする。だが、このザスタークの言葉はただの例え話かもしれない。「たとえ」というワードを使ってした話だったからだ。よくわからない話だった。

「?! …いま…何か…聞こえたのか?」

 一方、ライトにもザスタークが言ったことの意味がわからなかった。

「ザスタークは適当な嘘を言って混乱させようとしているのだ、冷静に考えろ、そんなおかしな話があるものか。聞くなライト」
 ワルジャークがたしなめた。

「…それにしてもしぶといな、ザスターク…最後の力を振り絞ったか…」
 ワルジャークはその身のあちこちがひび割れながらも復活したザスタークの姿を見て、そう評した。

 そしてライトの心は、自らの葛藤に改めて責められていた。
 ガンマが戻って来いと言ってくれて、そしてザスタークがケンヤとの間に割って入って、ライトは少しほっとしていたのだ。
 だが、それは許されない。ワルジャーク様たち家族は失えないのだから…。だから、それを示さなければ…。
 そんな混乱の最中(さなか)に、ザスタークが、自分は母の一部だとか何だとか言い出している。

 ライトにはもはや、ものが二重に見えている。だけど、やらなければならない。
「はあ…はあ…魔剣技…L鑼刀(エルドラド)…」
 星導聡流剣に気が集っていく…。だがこのL鑼刀(エルドラド)は、放たれなかった。

「ライトよ、少年よ、もしその剣が…、かつては貴様の父のものだったとしたら、貴様は…」
 ザスタークの言葉を遮って、
「それもザスタークの嘘だ、もしも話だ、無茶苦茶を言っているのだ。捕らわれるなライト」
 と、ワルジャークが言葉を挟み込んだ。
「さ、遮るなワルジャーク…!」

 だがここでライトの意識は、ふっ、と、途切れた。
 ずさぁ、とライトは倒れた。
 もう、耐えられなかったのだ。

「ライト!!」
「こんこんこん!」
「ライト!!」

 敵味方、双方がライトの名を呼んだ。

 猛烈な勢いでヒュペリオンがライトの身体を抱き抱え、ステップを踏むように後退した。

「大丈夫かライト!!」
 ヒュペリオンが呼びかけるが、顔面蒼白のライトはぐったりとして目を覚まさない。

「ワルジャーク様…ライトの体調が急変しました。我々は…この子を失うわけにはいきません」

「ライト…」
 ワルジャークは無念そうに倒れたライトの姿を見た。

「隙ありワルジャーク!!」
 そんな会話をしているなか、ザスタークがワルジャーク目がけてタックルを仕掛けた。

「うおおおおおおお!!」
 ザッシャアアアア!!!!!!
 ワルジャークの身体が吹っ飛んだ。

「な、なにをするザスターク!」
 ぎゅん、とザスタークはその身をワルジャークのもとに滑り込ませて、
「ええい…もうそろそろ…私は私を維持できない…その前に…ライトのことは残念だが…その前に貴様を…道連れにする!!」
 と宣言した。

「なにっ!!」

 そのままザスタークはワルジャークを羽交い絞めにしてぎゅうぎゅうと締め付けた。
「やめろ、貴重な命を無駄にするな!」
 ワルジャークはもがくが、振り払えない。
「無駄ではないさ…」

 かっ、とザスタークの全身が強い光を放った。

「ゲヴィッター・ザス・ジ・バーク!!!!」

「じ、自爆技や!」
 ガンマが叫んだ。

 ゴウオオオオオオン!!!!!!

   青く白い爆柱が立ち上った。ケンヤの叫びが響き重なる。
「ザスタークさああああん!!!!」

 技の爆風ののち、煙が晴れてゆくと……、

 倒れているのは、ザスタークの方だった。

 耐えたワルジャークは中腰になり、
「はあ…はあ…おのれザスターク…、さすがに効いたわ…」
 と、苦しそうに言った。

「ふえふえー!! びっくりだね、ねえ龍魔王、維持できない…ってどういうことなの?」
「ああ…ジークニウムの身体やザスタークとしての意思を構成し続けるにはダメージを受け過ぎたんだな」

 興味深そうに上空から観戦を続ける砕日拳使アイハーケンと龍魔王ワイゾーンは、そう会話を交わした。

 ケンヤがあわててザスタークのもとに駆け寄ると、ザスタークの身体はうっすらと透け、地面が半分見える状態になっていた。
「ザスタークさん!」
「ゆ…油断するな…まだ戦闘中だぞ少年」

「わかってるザスタークさん…でも…オレたちを救うために生まれた…って…ほんとなの? ザスタークさん」

「そうだ。幼いお前たちを残して死んでいき、魂になった最中の蒼い風二十五の魂の無念が、少年…いや、ケンヤ。お前の持つ少年の心や、英雄への憧れや、そして夢や願いに反応し、蒼い風の旗の魂を昇華させた。そして誕生したのが、この私だ」

 ザスタークは、父であり、母であり、生まれたときから見守り続けてくれたたくさんの大人たち、そして憧れていた英雄だったのだ。

「それで…いままでピンチになった時だけ現れたのか…」
 ケンヤとガンマとアルシャーナは、倒れたザスタークの手を握った。

「そうだ。お前たちの成長を望み、そのようにした…。だが…もうそろそろだな」
「えっ…」
「お前たちはもう…見事に成長した。そして私は…壊れすぎた」
「そんな…」

「私は今日はもう消える…。そしておそらく…次回…あと一回だ。私がザスタークとして出現できるのは」

「……」

「あと一回あったんだ…」
「これで死ぬんかと思った…でも…ザスタークさん…」
 アルシャーナとガンマが言った。

 どんどん、ザスタークの身体が薄くなってゆく。
「……」

「ありがとうザスタークさん…オレ、もっと強くなるから。ガンマもアルシャも、強くなるから。だからもう、出ないでいいよ…。ずっとずっと、見守っていて。あと一回の出現を残したまま、ずっと、このままで見ていて」
「そうしたいが…どうなるかな」
「約束して、ザスタークさん」
「フフフ…」
「約束してよ…。それに…さっきライトに、たとえ話とか? もしも話とか? …なにか話してたことについて聞きたいんだけど…」
「………」

 その質問には答えられないまま、ザスタークは、消えた。
 そして再び蒼い風の旗が、からん、と転がった。

「…ザスタークさん…」

「私はもう…ザスタークとは会えないな」
 このタイミングでこんなことを言ったのは、ワルジャークだった。

「どういう意味だよ…」
 ケンヤが問うと、
「あのダメージでは回復上、この陣ではもうザスタークは現れまい。それが何を意味するか。…次にザスタークが出るような、お前たちの死地となりうるような陣は、残念ながらこのワルジャークが直々にでるような戦いではないということだ。なぜならば、私には多くの部下がいる。次の機会はもはや、私にたどり着く前に終わるだろう。鉄屑をスクラップにするなど…わけもない!」
 と、ワルジャークが答えた。

「鉄屑とかスクラップとか…取り消せよ…!」
 ケンヤに憤怒の表情が浮かんだ。またしても、侮辱されたのだ。あの人を。

「う…ぐ…あ…あああああ!」
 ケンヤの激憤が、ぎん、と怒髪天を衝いた。

「あああああああ!!!!」
「怒涛の風や…!」
 ガンマが叫んだ。

 エネルギーがケンヤの周りを風とともに旋回しはじめ、竜巻(たつまき)となった。そしてワルジャークに向かって放たれた。
 怒涛の風。怒りの鼓動が風を呼び、嵐が起こる。そのエネルギーを敵にダメージとして与える技である。

「戦士剣風陣王うあああああ!」

 ケンヤは小手の風陣王からそのまま刀身を出現させた。
 刀身に高速で絡まる風が、剣の姿をも変えたかのように見せる。

「ケンヤ、落ち着いて! ゆっくり息を吸って!」
 とっさにレルリラ姫が叫んだ。

 だがケンヤの意識の中にもまるで嵐が起こっているかのように、ケンヤは落ち着きを失っている。いつぞやのようには、ケンヤには聞こえない。
脳内にも嵐を起こした少年はそのまま、ワルジャークに向かって突進しながら斬撃を放った。

「神風斬(かみかぜぎり)ッッ…!!」

 戦士剣・風陣王が、竜巻(たつま)く。
 ギャン!!
「でいい!」

「!」

 ぎゅん、と、
 宙に、風陣王の頭身が舞った。
 ケンヤの腕から外れて飛んだのだ。

「弾いた!」
 トムテが叫んだ。

 ワルジャークの鉄槌(てっつい)・スフィリカタストロフィが、ケンヤの神風斬(かみかぜぎり)を跳ね返したのだ。

 そして竜巻(たつまき)という字のごとく、竜になぞらえ巻かれていた風たちががほどかれるように、ケンヤを包んでいた「怒涛の風」が一気に上空へ、ごう、と呻って逃げた。

 突っ込んできたのは刀身だけではなく、ケンヤの肉体ごとだったので、もう一撃もあった。

 鉄槌霊(てっついれい)ミトラカがあわてて現れ、短縮版の呼びかけを行う。
「振って下さいワルジャーク様!」
「ディストラクション!」
 この技は「ミトラカ霊臨スフィリカタストロフィ砕槌永滅ディストラクション」という名称だったはずだが。短縮された。

 短縮されてしまったのでこちら側で書いておこう。
 ミトラカ霊臨スフィリカタストロフィ砕槌永滅ディストラクション!

 包む風を失ったケンヤの肉体をワルジャークの鉄槌がかすりかけた… その瞬間。

「ウラアアアアア!!!!」

 巨体に身を任せてワルジャークの身体に突撃したのは、竜のトムテだった。

 ずしん!
 鉄槌・スフィリカタストロフィが、フィーンと宙に舞った。

「ああ…残念ですワルジャーク様…」
 そう言っていそいそと鉄槌霊ミトラカは再び姿を消した。

 致命傷を免れたケンヤの身体は、それでも鉄槌がかすっていたため、そのまま勢いよく城壁にぶつかり、ばさりと落ちた。

 トムテは弾き飛ばしたワルジャークの身体にどっしりとのしかかり、
「グワアオオォーッ!!」
 と嘶(いなな)きつつ、あわてて傷付いたケンヤの身体を抱えてワルジャークから離れてびゅん!と後退した。

「竜…ふぜいが…」
「グワアオオォーッ!!」
 ワルジャークの悔しそうなセリフに、トムテは言い返すのを忘れなかった。

「はあっ、はあっ、はあっ」
 さすがのワルジャークも息が乱れている。
 ワルジャークはケンヤの神風斬(かみかぜぎり)は弾いたものの、ケンヤの「怒涛の風」はエネルギーを立て続けに撃ちこみダメージを与える技だったので、ワルジャークはそこそこの深手を負ってしまった。
 そして当然、その前のザスタークの自爆技「ゲヴィッター・ザス・ジ・バーク」からのダメージもある。

「ワルジャーク様あああ!!」
「ワルジャーク様!!」
「こんこんこん!」
 ワルジャークに、ライトを抱えたヒュペリオンと、そしてディルガインとレウが駆け寄った。

「大したことは…あるまい」
 と余裕をアピるワルジャークに、
「そんなことはありません、お手当が必要ですワルジャーク様。病み上がりのレウと、倒れたライトを連れてお戻りください。この場は…私とヒュペリオンにお任せ下さい」
 と、ディルガインが諭した。

「しかしだなディル」
 ワルジャークが不満そうにしたが、ヒュペリオンも
「もともとは今日…ワルジャーク様のもとですべての決着をつけるべきでしたが、状況がずいぶん変わりました。龍魔王やアイハーケンにこれ以上ワルジャーク様の手の内を見せる必要もありますまい…。ここは我々だけで片付けてみせます」
 と言うのだった。
「だがなしかし」
「ワルジャーク様には予算委員会の承認の書類もたまっていますし、議会もあります」
「フェオダールが代理でやればいいだろう」
「そういうことでは民に新聞で突かれますよ」
 という形で、ワルジャークはヒュペリオンとのディベートにどんどん押されて行った。

「こんこんこん」
 おまけにレウまでも、そうだそうだと言うのだった。

「私も領主の仕事が身に染みているのでわかりますよワルジャーク様。長として理想を実現するには、身がいくつあっても足りませんな」
 と、ディルガインがすっかり話をまとめてしまった。

「はあ…。残念だ…ここは戻ろう…。さすがは風帝、そしてザスタークといったところだ…。ザスタークよ、いまは消えているが聞こえているだろう。スクラップとなる前に最大限の賛辞を贈っておこう」
 ワルジャークは蒼い風の旗に向かってそう言った。

 ザスタークはその身を挺してワルジャークを退かせるのだ。

「最後に、レルリラ姫」
「はい…なんでしょうかワルジャーク」

「わたしと一緒にワルジャロンドに来い。そして思想を変えろ。あなたの意思でだ。ライトがそれを望んでいる」
「いま、思想を変えろ…とおっしゃいましたか? 聞き間違いではなく?」
「愚問は承知だが、それが最善だから言葉にした」
「冗談ではありませんわ…参りません。わたくしたちは…あなたを倒すと言っているのですよ」
「冗談なものか、こちらは冗談でないし、そちらも賢明ではないな、わかっているのか? 無理矢理連れていかれるのと、自分から行くのと、どちらが良いか聞いているのだが? 姫よ」
「行きません」
「ライトが心配ではないのか?」
「し、心配ですけど! あなたたちもライトさんを大切にしているでしょう! ライトさんのこと騙してたりしてひどいですけど! あなたたちがライトさんのことを大切にしてるのはわかっています!」
「そうだ。そして姫もライトを大切にしに来ればいい」

 そのとき、
「させるかよ! またさらう気か? 姫ってなあな、さらうためにあるもんじゃねえし、さらうどんでもねえんだ!」  と言ってレルリラ姫の前に立ち塞がったのはトムテだった。さらうどんとは。
「姫は…渡さねえ!」
 ウイングラードの誇る聖騎竜として、トムテはワルジャークを前にしても一歩も引かなかった。命さえも賭ける覚悟である。

 ヒュペリオンは、そんな風にワルジャークに啖呵(たんか)を切る聖騎竜トムテを見て、以前聖騎士アッカやキャロットとの戦いにずいぶん手を焼いたことを思い出して、やれやれ、という気分だった。

「…きりがないな…。ワルジャーク様、先に行ってください。姫はあとでこのヒュペリオンが連れてまいります。それよりお身体の手当てを。どうかお引きください」
「わかった…。無理はするなよ、ヒュペリオン」
 ワルジャークが言った。

 一方、観戦しながら龍魔王と駄弁っていたワルジャークの元妻・アイハーケンは、この展開に不満の声を上げた。
「しょげしょげだよ、なんだよ…せっかく元妻が元旦那の死に目を見に来たのに帰っちゃうの?」

「ならばお前たちは帰ってもいいのだぞ、流れ弾はまだ当たってないようだが、これから当たらんとも限らん」
 ワルジャークは、元妻に自分の死に目がどうとか言われたことに、もはや言い返すつもりもない。

「そうしよっか? 龍魔王」
 アイハーケンは口を膨らませた。

「んー…」
 んー、と呻りながら龍魔王ワイゾーンは少し親指の爪を噛んだ。龍魔王の視線の先には、アルシャーナがあった。
 龍魔王は、アルシャーナの持つしなやかで力強い身体操作のテクニックや武闘の技術に興味を抱いていたのだ。

 砕帝王将ワルジャークは、ライトを抱き上げると黙ってレウに目くばせをした。白い狐がとてとてとワルジャークに寄り添う。こうしてワルジャークとライトとレウは、天翔樹の葉で去った。

 ワルジャークが去った痕跡の白い葉がひらひらと舞うなか、龍魔王ワイゾーンはこう言った。

「オレはもうすこし見ていくよ。残った駒にも…すこし興味が出て来た気がするんだ。自分にしては」
 アイハーケンは、ふわわふ、とあくびをした。興がそげて急に眠くなってきたようだ。

 一方ケンヤはどうなっただろうか。
 直撃ではなく、かすった状況だったとはいえ、先程ワルジャークの「ミトラカ霊臨スフィリカタストロフィ砕槌永滅ディストラクション」を受けたケンヤは、負傷が大きかった。気を失っている。
 レルリラ姫はケンヤにポーションを飲ませようとビンを取り出した。

「ガンマ、作戦を」
 と、アルシャーナが言った。

 ガンマが作戦を述べ始めた。
「せやな…。まず、リーダーはイズヴォロやワルジャークとの戦いで消耗が激しい。この戦いはもう寝かしておくべきや。レルとトムテはそこで自分と、倒れたリーダーの身体を守って、わいらの戦いを見とってくれ。レルとトムテとリーダーだけ先に退却するという手もないわけやないけど、あいつらと追っかけっこになった場合、スピード差の計算上効率がようない。今はレルも狙われとるさかい、リスクがある。
 残った相手はディルガインとヒュペリオンの二人や。ディルガインはパワーアップしとるけど…わいなら勝てる。勝ったる。上階におるヌァッスを含めても大したこたない。それから…」

「あたしがヒュペリオン担当だね。まかせな」
 アルシャーナはのみこみが早かった。

「ガンマさん」
 レルリラ姫が手を挙げた。
「なんや?」
「…わたくしも戦わせてください」
「危険や、戦力から言っても状況から言っても」
「でも! わたくしも負けません!」
「せやかてな、華法は使えんで、この城」
 見回すとどこにも、華法に必要な「地に咲く花」が咲いていない。
 ディルガインが先日ああいうことになったので徹底して詰まれたのかもしれない。
「それはわかっていますが、ま、魔法も少しは使えますわたくし!」
「…守ることも戦いやで、レル」
 ガンマは傷付いたケンヤに視線を移した。

「ほうだぜ姫さん、ほもほも作戦てなあ…」
 トムテはケンヤの身体をくわえながら話しているのですこし滑舌がよくない。
「ぴいぴいぴい!」
「あああ、ぴちくりぴーとトムテはちょっと黙っていてください、いまこのわたくしがガンマさんに大事な作戦立案の改善を…」

「ごちゃごちゃ話してるんじゃねえ小童(こわっぱ)どもがあああああ!!!!」

 ダダダダダダ!!

 痺れをきらしたディルガインが魔獣の姿で子供たちの戦列に走り込んできた。
「!!」
 レルリラ姫はそこでふと驚いて、手に持っていたケンヤに与えるためのポーションのビンを落として割ってしまった。
「ああっ!」
「ええい、呪文…雷盤(ライリスビー)!!」

 ガンマの、雷撃を円形に象ったフリスビー状の攻撃魔法が、ぎゅん、と、接近するディルガインを弾き飛ばした。

 ばうっ、と弾かれたディルガインは腕から落下し、黒い爪が床に突き刺さった。
「がああああっ!!!!」

 起き上がりしなにディルガインが床から爪を抜き取ると石畳が数個はがれ、ゴロンゴロンと音色が響く。

 その転がった石畳の上にガンマがしゅたっと立った。
「ガンマード…ジーオリオン…」
「威勢ええこっちゃなあ、わいが相手や、黒獅将ディルガイン」

 ガンマの前に聖杖(せいじよう)・大電迅(だいでんじん)が浮遊していた。
 これは接近戦を挑んでくる敵に対するガンマの防御スタイルだ。

 この魔法の力で浮遊する杖で、相手の物理攻撃をくるくると受け流すのだ。
 ケンヤの剣のトレーニング相手になるときも、ガンマはいつもこうしている。

 続いてヒュペリオンも黙って突進してきたので、アルシャーナは自慢のスピードで陣の前面に向かい、だっ、とヒュペリオンの進路を塞いだ。
「あんたの相手はあたしだぜ、赤虎臣ヒュペリオン」

 ヒュペリオンの足は膝と膝の間が開いて浮いた、不思議な形状をしている。その足がじゃきん、と音を立てて合わさって一本になった。その身は浮遊している。
 そしてひゅん、と、ヒュペリオンの端正な顔を、武骨なマスクが包んだ。
「魔獣形態で相手をしよう、閃光のアルシャーナよ」
 そういってヒュペリオンは赤虎の投擲・ヒュペジャベリオンを構えた。

 アルシャーナとヒュペリオン、ディルガインとガンマが、睨み合う。

「作戦はさっきの通りや。みんなが生き残るためや、わかってくれ。…ええな、レル!」
 先ほどの指示を確認するようにガンマが叫ぶと、
「勝って…くださいね! ふたりとも!」
 と、レルリラ姫が叫んだ。レルリラ姫は本当は自分も戦うプランを提案したかったのだが、もう、ゴングは鳴ってしまっていた。
 まかしとき!というガンマの声。

 アルシャーナがちらっとだけレルの方を向き、再び視線を戻しながら
「レルの気持ちは、あたしもわかるから! だから…戦いたいレルの気持ちと一緒にあたし戦うから。ガンマだってそうさ。だから…大将を守りながら…見ていてくれ!」
 と言った。

 レルリラはアルシャーナの言葉の熱さに、少し頬が紅潮している自覚を感じた。これが仲間なんだ。この仲間たちと一生親友でいれたらどんなにいいだろう、そう思った。
 でも姫なんて立場じゃなければ…自分ももっとやれるんだけどな。そうも思う。
 今までどれだけ華法や魔法の実力を磨くのに時間をかけただろう。でも、ガンマからは、自分は戦力としてまだ足りないと計算されてもいるのも事実だ…。
 悔しい。
 それがレルリラ姫の正直な気持ちだった。
 わたくしだって戦えますのに。そう思う。さっきだって敵兵をいくらか倒した。
 ケンヤ達としばらく一緒に旅をして、レルリラ姫には自信や責任感が大きく芽生えてきていたのだ。

 でもケンヤや自分を守るのも大事だ。ガンマの分析も正確だ。そしてアルシャーナは自分の気持ちと一緒に戦うと言ってくれた。
 だからレルリラ姫は、今は、自らの役割を果たそうと思うのだった。

 トムテは地面に、気絶したケンヤの身体を下ろすと、ケンヤとレルリラ姫を守るように二人の前に立ち、大きく翼を広げた。
 ばさぁ…と、騎竜の羽根が空気を揺らす。
「守ろう」
 そう言ってトムテはレルリラ姫の方を向き、こくり、と頷いた。
「ええ」
 そうだ、今まで磨いた腕は、今はケンヤを守るための腕なのだ。レルリラ姫はそう、自分に言い聞かせた。ポーションは割ってしまったけれど…。

 レルリラ姫はケンヤの胸のハヤブサシールドを外して、手動で盾を広げ、斜め向きにケンヤの胸に再び固定した。
 この盾は変形式で、こうして防御面積を広げることができる。
 そして転がっていた蒼い風の旗を持ち、ケンヤの傍らに置いた。みんな、一緒に戦っている。

 ドン!!

 二つの対決がはじまった。

 湖竜の卵で巨大な力を得たディルガインは、その黒き獅子の牙をガンマに振るいだした。

 ガンマは聖杖(せいじよう)・大電迅(だいでんじん)でひょいひょいと受け流しながら、大中小の雷撃のこもった球体を上空にどんどん貯めている。「雷(サーダ)」、「烈雷(ライジム)」、「雷盤(ライリスビー)、」「雷散弾(ライオサンダー)」といった各文字数の雷系魔法群である。

 ガンマは今日こそディルガインとの戦いに決着をつけるつもりだった。強壮(きようそう)なる相手だ。しばらくはディルガインひとりに集中せざるを得ない。

 一方、アルシャーナはぎゅんぎゅんと下半身を上下に斜めに旋回させてヒュペリオンに蹴りを放ち、ヒュペリオンはヒュペジャベリオンなる投擲(ジヤべリン)で間合いを取って、危険な足技の直撃を避け続けている。避け続けてはいるのだが、がいん、がいん、と時折、力いっぱいの攻撃が当たってゆく。

 ヒュペリオンはあえて近接戦、あるいは中距離戦でアルシャーナに挑む策に出た。アルシャーナは「空域」を操る相手なのでヒュペリオン得意の石化魔法などは空域を転じて自らに跳ね返ってくるリスクがある。相手は多彩な拳法を繰り出すが、ヒュペリオンには、ヒュペジャベリオンなら互角以上に戦えるという自信があった。

 本来のジャべリンという武器は遠距離用の物だが、ヒュペジャベリオンは様々な距離の戦闘がこなせる設計となっていた。その意味では純粋な意味でのジャべリンとは一線を画する。

 がいん、とアルシャーナがヒュペジャベリオンを受け止めたその時である。

 ヒュペリオンが「ヒュペジャベリオン・サリッサ!!」と叫んだ。ぎゅん、とヒュペジャベリオンは変形し、六ナメトルもの長さに伸びた。ヒュペジャべリオン・サリッサと呼ばれる形態になったのである。

「うおっと!」
 ギリギリで貫通されるのを避けたアルシャーナだが、ヒュペリオンはさらなる攻撃を仕掛ける。
 ぶおん、と、長槍(サリツサ)となったヒュペジャベリオンを振り回す。アルシャーナは後ろに飛んで間合いを広げる。

「見ているか我が一族の主神・太陽神ペティカーレイソルよ…。そして我が主君ワルジャーク様の主神・破壊神コロスクロスよ…! 我が赤虎の投擲(とうてき)に恒星の下(もと)・破壊をもたらさんッ!」

「壊陽系超崩(かいようけいちょうほう)サリッサワスターレジャべリン!」
 ヒュペリオンはヒュペジャベリオン・サリッサをぎゅおん、と上空に投げた。上空がごおおう、と紅に染まると、激しい恒星の光をまとったヒュペジャベリオン・サリッサが上空できびすを返し、猛烈な勢いでアルシャーナのもとに飛んできたのである。

 アルシャーナはすかさず左肩の「閃」の文字をつまみ、はがす動作をした。
「閃滅(せんめつ)ハンマー鎚空殴(ついくうおう)、天開ッッ!」

 アルシャーナの左肩の「閃」の字から「閃」の形をした光が浮き出てはがれ、肩の「閃」の文字は残ったままだが若干文字にツヤがなくなった。
 そしてまばゆく輝きを放った「閃」の文字は姿を変え、封印されていた蛇腹つき巨大ハンマー「閃滅ハンマー鎚空殴」がアルシャーナの左腕に装着された。

「鎚法奥義(ついほうおうぎ)! 閃滅全滅大々槌空滅(せんめつぜんめつだいだいついくうめつ)ッ!」

 ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんとアルシャーナはその身を回転させて、巨大なハンマーを振り廻し、空が唸(うな)りをあげてゆく。
 勢いよく迫ってきた壊陽系超崩サリッサワスターレジャべリンは、ぎょいんッ!という激音とともに打ち返されて再び空へと舞い上がった。

 くるくる、と回ったアルシャーナはスタッと身体を着地させ「了鎚(りょうつい)!」と発した。
 ヒュペリオンは、元通りの長さになって正確に主人の下に戻って落ちてきたヒュペジャベリオンを受け取った。

 アルシャーナは反撃に出た。
「閃空域(センクーイキ)!!!! だだだだだだだだっ!」

 アルシャーナが空の八方に八閃の蹴撃を放ち、掴んで投げた。
 これに拘束されると動けなくなってしまう。

 もともとこの技に警戒していたヒュペリオンは、先程ケンヤに敗れて気絶しているイズヴォロ鉄侯爵の手を掴み、ぶん!と投げた。
 気絶したままかわいそうな緑鉄(ロクガネ)の鉄侯爵イズヴォロは、閃空域に拘束されてしまった。

「よく防いだな」
 にっこりとアルシャーナが評した。

「そんなものに捕らわれるわけにはいかんのでな…呪文・眠寝(ネネーマ)!」
 と、ヒュペリオンが魔法を唱えた。

 二文字呪文がアルシャーナの下に向かう。

「催眠魔法だって!?」
 アルシャーナはだっ、と先程の閃空域をつかみ、ぶん、と投げた。

 気絶し、閃空域に拘束されたままの本当にかわいそうな緑鉄(ロクガネ)の鉄侯爵イズヴォロは、さらに眠りの魔法をかけられてさらなる深い眠りについてしまった。本当にかわいそう。

「よく防いだな」
 ふっ、とヒュペリオンが先程のアルシャーナと同じセリフで、笑む。

「真似すんなよ!」
 と、アルシャーナが理想的なツッコミを入れてくれたので、ヒュペリオンは、フッ、と返して再び赤虎の投擲ヒュペジャベリオンを構え、アルシャーナに向かって行った。

「エリュトロンジャべリン!」
 ヒュペリオンがさらなるヒュペジャベリオンの奥義を繰り出す。

「空牙Ξ拳(クーガクーケン)!」
 アルシャーナは奥義を奥義で打ち消した。衝撃が互いを襲い、それぞれの身体に傷を作ってゆく。

 そして、
 だあああああ、とアルシャーナは再び足技を繰り出してぶつかってゆく。

 全力の激突である。アルシャーナとヒュペリオンは互いに勢いよくダメージを削り合い、HPが消耗してゆく。

 強い。だけど…きっと、やれなくは、ない。

 アルシャーナはヒュペリオンとの戦いに壁を感じたが、乗り越えるしかないという決意を込めた。
 互いの一撃一撃のもたらした結果が、互いに蓄積されていた。

「ここから…一気に落としてやる!」
「こちらがそうさせてもらおう、乗った」
「全力でいくぞ!」
「こちらもだ!」

 魔獣の生命力に鍛え上げた拳や脚で立ち向かいながら、アルシャーナはヒュペリオンとの戦いに深くのめりこんでいる感覚を、悪くない、と感じ始めていた。

「なかなかいい見世物じゃないか。のこのこ誘われるままについてきてよかったよ、アイハーケン」
 高見の見物を続ける龍魔王ワイゾーンの言葉にアイハーケンの返答はなかった。彼女はこっくりこっくり居眠りをしている。

「いい見世物だって?…面白くないなッ!」
 龍魔王のセリフにアルシャーナは、せっかく悪くない気分だったのが、水を差された気分になってそう憤った。だだだだ、と足技をヒュペリオンに繰り出しながら、その脚に龍魔王の視線が注がれているのを感じた。

 ヒュペリオンは、フッ、と微笑で返しながらヒュペジャベリオンで間合いを保ち続ける。

「ヒュペリオン、あんたもッ、あいつらにあんな見世物にされていて何とも思わないのかいっ!?」
「ふん…気が合うなッ、私も面白くない…さ!」

 ぎゅんぎゅんと身体の向きを変えながら身体を武器に繰り出していく少女の躍動感をいなしながら、ときどき鋭いものを打ちこまれながら、ヒュペリオンも少し楽しくなっていた。

 つられているのか…この少女に…。そうヒュペリオンは思ったが、彼はアルシャーナほどピュアではなかった。
「だがな…!」
 ヒュペリオンが続けた。
「だがいまは戦い。それどころではあるまい!」
 ヒュペリオンは頭部の仮面についたパーツをはずしてぎゅん、と投げた。
「ヒュペメラン!!!!」

 投げた方向は、レルリラ姫やトムテやケンヤのいる方向である。
「ブーメランなのか!」
 ブーメランなのだ。

「はっはっは! これは1対1の戦いではないのだ。覚えておくのだな」
 ヒュペリオンは狡猾に笑った。
 ここに来てあっちを狙われるなんて! アルシャーナは自分の認識の甘さに、はっとなった。

「くぅんおおおおおッ!!!!」
 すかさず反応したアルシャーナは、だん、と地を蹴り、高速の動きでヒュペメランに追いつくと、
 がいん、と金属音。ヒュペメランを上部に蹴り上げた。

 蹴り上げた体勢になっているアルシャーナのもとに、ヒュペリオンは現れ、ザン!!!!と、ヒュペジャベリオンを振り下ろした。
「赤虎烈動大願刺(せきこれつどうたいがんざし)!!!!」
 どう!!!!l  投擲ヒュペジャベリオンに残された赤い魔力が解き放たれてアルシャーナに刺しこまれた衝撃光がぎゅん!と煌(きらめ)く。

「私の勝ちだ、閃空のアルシャーナ!」

「アルシャーナさん!!!!」

「マケナイんダよおおおっ!!!!」

 アルシャーナは負けなかった。
 アルシャーナの絶叫とともに渾身の柿Ξ脚(カキクウキャク)が発動したのだ。

 ごおおおん!!!!
 両者、互いの技を食らい、吹っ飛んだ。
 砕けたヒュペリオンの装甲が飛び散る。

 ヒュペリオンは人間態に戻り、倒れた。

 そして閃空域が解かれ、気絶したままのイズヴォロ鉄侯爵の身体もずしゃりと床に落ちた。

 アルシャーナは…肩にヒュペジャベリオンが貫かれたまま、壁側のタンスにぶつかり、引き出しやら、引き出しの中のカーテンやらにまみれ、タンスの下敷きになって地に伏せていた。

「アルシャさん!!」

 がらがらと身体の上のタンスやカーテンやらをどけながら、アルシャーナが言う。
「あたしはいいからレル…、ヒュペリオンに…とどめを!」
「はいっ!」

 レルリラ姫は華粉翼王女杖(カフィングプリンセスワンド)を振り上げた。
 ヒュペリオンは朦朧としている。…負けるのか…。ヒュペリオンがそんなことを思ったときである。

 ぎゃんっ!

 突如現れたその男は颯(はやて)の様に動き、レルリラ姫の身体を蹴り飛ばした。

 ごうん!!!!

 蹴り飛ばされたレルリラ姫の身体はネシカート城の壁を突き破り、ネシ湖の湖面に二回跳ねて水切りをしたあと、水没した。
 飛び散るレンガの破片。レルリラ姫の血も床に落ちている。

「姫えええええ!!!!」
 すかさずトムテはレルリラ姫のもとに飛んで行った。

 そして、ガランガラン、と音を立てて華粉翼王女杖(カフィングプリンセスワンド)が転がった。

「りゅ、龍魔王…き、貴様、手を出さないって話じゃなかったのかよ!」
 アルシャーナが苦痛の表情を浮かべながら叫んだ。

「だから足を出したのさ」
「なっ…」

 なんという気まぐれだろう。

「面白いものを観せてもらったからね。なあに観戦料がわりだよ、赤虎臣ヒュペリオンの命を救ったんだからな、ワルジャークにとっても払いの良い客だろう?」

 これが、龍魔王ワイゾーンなのだ。

「…」

 ヒュペリオンは返事が出来ないコンディションにあった。
「やれやれ…。アイハーケン! 帰るよ!」
 と、龍魔王はヒュペリオンの身体を抱えて呼びかけた。
「ふにゃふにゃふにゃ…えっ…、ええええーっ?」
 居眠りをしていたアイハーケンは目を覚ました。

 龍魔王は、
「ついでにロンドロンドまでヒュペリオンを送っていってやろう。捨て置いたら倒されてしまうだろう。せっかく救った命がパーになってしまう。観戦料を払ったんだから、もったいない…」と言ってから、
「あれっ? ロンドロンドはワルジャークが制圧してからワルジャロンドって名前に変わったんだっけ?」
 とアイハーケンに質問した。
「ちがうよ、ウイングラード王国がワルジャロンドって名前になったんだよ」
 と、アイハーケンが答えると、
「ああ、どっちでもいいや」
 と龍魔王は答えた。

「って龍魔王、ヒュペリオンを救ったの?」
「ああ」

 アイハーケンはずっと居眠りをしていたのでそこは把握していない。

「さて閃空のアルシャーナ、怪我を治して実力を高めておくんだね。オレは決して助平な気持ちでキミの足をずっとじろじろ見ていたんじゃない。キミの技に未来を感じているんだ。…また会おうな」

 アルシャーナは肩にジャべリンが刺さって抜けないまま捨て置かれ、龍魔王にそんなことを言われて、屈辱を感じていた。  ずっと、眺められていたのだ。

「言われなくても…強くなってやるッ! いつかぶっ倒してやるからなッ!」

「言うなあ、忘れないからねその言葉」

 ふっ、と笑みを浮かべ、龍魔王ワイゾーンはヒュペリオンを抱え、去った。

「じゃねー」
 そう言ってアイハーケンも去り、使用済みの天翔樹の葉が舞った。

 入れ替わるように、ずぶぬれになったレルリラ姫を抱えてトムテが戻ってきた。
 ぴいぴいぴい、と鳴いてそのまわりを、心配したぴちくりぴーがくるくる飛び回っている。

「姫様が…大変なことに…」
「だい…じょうぶ…ですわ…」

 レルリラ姫は負傷しているが意識はあった。だが…ダメージが大きく彼女は立ち上がれない。
 ずり、ずり、とずぶぬれで負傷したレルリラ姫は床を這い、アルシャーナのもとに来て、そして
「ごめんなさい、アルシャさん…」
 と、アルシャーナの身を抱きしめ、涙を流した。

「謝るようなことはしてないだろ…」と言ってアルシャーナは抱きしめられたまま、レルリラ姫の頭をなでた。

 何もできなかった。レルリラ姫は悔しさでたまらなかった。レルリラ姫の視線に蒼い風の旗が入る。

 姫の立場より、この仲間たちとしての役割を果たせなかったことのほうが、今は、重いな。  そう思った。

 この旗は蒼い風の魂で、その想いが高まりすぎてザスタークさんになってしまった。そしてずっとわたくしたちを見てくれているんだ。
 なのに、わたくしは…何もできなかった。

「大丈夫さ、レル」
 アルシャーナはレルリラ姫を抱き返す手にぎゅっとちからを込めた。

「残るは、ディルガインとヌァッスだけだ…。ガンマが、やってくれる!」
 アルシャーナはそう言ってガンマとディルガインの戦いを見つめた。

「ちょっと、力が強すぎますわ…」

 そう言うのでレルリラ姫の顔を見ると、赤くなっている。
 アルシャーナは、かわいいな、と思うのだった。

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