#28 再戦!アトマック
風雲ネコ輪投げについてこれだけしつこく解説したあとで申し訳ないのだが、今日の風雲ネコ輪投げ大会は中止になった。
人が集まるところにやってきて人をカンパンにしてしまう、有名な大魔王が近くに現れたのだ。
それはもう中止にもなる。
そんなインフォメーションの張り紙を前に、ケンヤ達は閑散としたニャンチェプール輪投げ競技場の正門前にいた。
「予想すべき展開やったな…」
「最新の開催情報をチェックしておくべきでしたね…」
「輪投げファンはみんなチェックしていたんだね…」
と、ガンマ、レルリラ姫、ライトの順に言った。
「レル、フレックさんに預かったアトマックレーダーはどうなってる?」
とアルシャーナが尋ねると、レルリラ姫は
「ちょっと待ってくださいね、かばんに、ええと・・・」
とごそごそはじめた。
「おん?」
そのときである。
ケンヤが風の動きに気付くと、遠くの方から誰かが駆けてくる。
「あっちに魔王の手下がいますよおー!! 子供の姿に化けてやがりますよおおー!!」
そんな声が遠くから聞こえる。
「あれにゃああああ!!」
その声のほうに視線を向けると、ケンヤたちのほうへ駆けてくる団体がいる。
それは、昨日見たアトマックの部下・アトメイト2号と、ユニフォームを着た風雲ネコ輪投げの選手・・・ネコ五匹であった。
「あれが魔王の手下というのは本当かにゃ? 見知らぬ善良な風雲ネコ輪投げファンの仮面の兵隊にゃん!」
「そうですうう! 間違いないです、風雲輪投げネコの皆さん〜!」
いけしゃあしゃあと、アトメイト2号が輪投げネコに猫なで声を出した。
「にゃんと! 風雲ネコ輪投げ大会を中止にさせる魔王は、この五匹の風雲輪投げネコが許さないにゃ!」
「そうにゃ! この五匹・・・ わなお、わっかす、なげろふ、ちょこわ、わぃりあむの五匹が、許さないにゃ!」
「そうにゃそうにゃ! せっかくわざわざルルロルシアと二ポニアから招待選手まで来てるのに、怒り心頭にゃ!」
するとアトメイト2号は調子よく、
「みなさんに、この『爆発する輪がいっぱい入った袋』を配ります。みなさんの輪投げテクニックでこの爆発する輪を敵に投げると敵を倒せます!」
と言って輪投げ袋を輪投げネコたちに配布した。
「ようし、みんな、爆発する輪投げアタックにゃ!」
「爆発する輪投げアタック! せえの!」
「「「「せいっ!」」」」
風雲輪投げネコたちが一斉にしっぽで輪を掴んで、やわらかいスナップを効かせて全身をくるりと回し、爆発する輪投げアタックを繰り出した。
さすが風雲ネコ輪投げ界を代表する風雲輪投げネコたちである。爆発する輪が次々と正確に飛んできた。
「お、おい、輪投げネコ、あんたらだまされてるんだ!」
アルシャーナがそんなことを言っている間にも、みるみる輪が向かってくるので、ガンマは
「アーナ、とりあえず避けるんや!」
と声をかけた。
ケンヤ達五人は駆けだした。相手は魔王の手下ではない。一般人・・・、いや一般猫(びょう)だ。まともに戦うわけにもいかない。
「アトマックめ、僕達が彼らに手を出せないことを見越してこんな作戦を!」
と、ライトが叫んだ。
「アトマック・・・卑怯な手をっ!」
ケンヤは怒り、そこから込み上げる力を風に変えた。
「怒濤(どとう)の風ッ!」
びゅん、とケンヤの中心から風が巻き起こり、向かってくる輪を捕らえて上空へ舞い上げて破壊した。
上空で激しい爆発が起こった。
「まともに食らったらやばいですわ、あれ!」
その爆風で噴水状の髪をなびかせながら、レルリラ姫が叫んだ。
「ぴいぴいぴい!」
ぴちくりぴーが同意した。
「だああああっ!」
ケンヤ達が走る。走る。
「にゃあああっ!」
風雲輪投げネコが追う、追う。
レンガの参宮ロンドロンド街道に土煙が舞う。
ニャンチェプールの住人や住猫(びょう)たちが驚いてその様子に振り返る。
走るケンヤ達もなかなかのスピードだが、それを追うネコたちもネコなのでなかなか素早い。
「さあどんどん輪投げして、港に追い込むのです!」
アトメイト2号が風雲輪投げネコ達を指揮すると、ネコは次々と爆発する輪を投げてゆく。
びゅんびゅんと爆発する輪が飛び交う。
スピードに自信のあるライトは、あえて最後尾で飛んでくる輪の撃破についた。
「厄介な輪だね!」
ライトは先程のケンヤに習い、飛んでくる輪を魔剣・星導聡流剣で上空に撃ち飛ばしていった。
上空で次々に輪が爆発してゆく。
「ガンマさん、わたくしたち港に誘い込まれてるって!」
「レル、負けへん! かまへん! 海を背にした方が街の破壊は少なくなるさかいな!」
レルリラ姫は、そう言うガンマの明るい表情を見て安心した。
ニャンチェプールの街を取り囲む壁状の城塞の一辺は、門を抜けると港になっている。
ケンヤ達が城塞の門を駆け抜けると、一気に水平線が広がった。
潮の香り。
ケンヤ達の前方は海のみだ。
「いい天気で船はみんな漁に出てる。激しい戦いでも船を破壊せずに済む。助かったな」
そうケンヤが言った。
「魔王の手先を追い込んだにゃああ!」
風雲輪投げネコたちが歓声を上げた。
「だから魔王の手先じゃないって!」
「だまされないにゃ!」
アルシャーナの言葉にも、テンションの上がった風雲輪投げネコは耳を貸さない。
そこに、水平線から、ばしゃあ、と巨大な潜水艦が浮上した。
海水に濡れたグラスグリーンの潜水艦から、アナウンスが鳴り響いた。
「おひさしぶりね・・・」
「出たな牙戦陸尉アトマック! そして神機(ジーク)・アトマシーン!」
聞き覚えのある声にケンヤが返事した。
「残りの輪のすべてをいま、輪投げにゃー!」
と言って、輪投げネコたちが残った爆発するネコ輪投げを一斉に繰り出した。
そんなときにもアトマックは当然、得意の魔法を繰り出してくるのであった。
「こんどこそあなたたちをカンパンにしてあげる・・・
カンパカパンパカパンカパパンカパ…。
超呪文(ネオスペル)!
乾麺麭砲(アトマックカンパミラージュ)!!」
潜水艦の姿のアトマシーンについた砲台から魔法が放出された。
アルシャーナがひゅっと上空に舞い上がった。
「何が挟み撃ちだ。なめんじゃないっつーのっ!」
アルシャーナは自らの、二本巻かれた腰帯の一本を外してぎゅん、と回した。
「雀空流拳(じゃっくうりゅうけん)奥義・転空反反拳(てんくうたんたんけん)!」
すると、空も回った。
輪投げのいた空と、魔法のいた空、それぞれが円盤状になって角度を変えた。
「そいやああああああッッ!」
爆発する輪とカンパン化魔法が一緒に神機(ジーク)・アトマシーンに向かった。
「・・・ドリル変形・・・」
アトマックもすかさず対応した。
水しぶきをあげながら神機(ジーク)・アトマシーンは、即座に潜水艦からドリル戦車に変形した。
「アトマシーン・ディフェンドリル・・・!」
そう、アトマシーンの操縦席に座るアトメイト1号・3号・4号が叫ぶと、透明に光輝く魔導のドリルが超高速で回転し、魔法や輪をはじき飛ばした。
たくさんの輪が上空や海で爆発し、海水の雨となった。
「飛空挺変形・・・」
そうアトマックが号令すると、今度はドリル戦車が今度は飛空挺に変形し、海上に浮上した。
操縦席からアトメイツが、飛空挺の底部の機銃を作動させた。
「アトマシーン機銃!」
タタタタタン!
「ええいアトマックめ! だだだだだだっ!」
アルシャーナはすかさずマシンガンのように蹴りを入れて機銃の玉をすべて蹴り返すと、機銃は自らの強力な銃弾を受けて爆発していった。
風雲輪投げネコたちはようやく、おかしいと気付いた。
アトマックの配下と言われていた連中が、アトマックと呼ばれている相手と戦っているのだ。
「あいつがアトマックだったのにゃ?」
「うにゃ?」
「にゃにゃにゃ?」
「だから言ってるじゃないか、アトマックはあいつだよ」
と、ライトが言い、続いてレルリラ姫が風雲輪投げネコたちの前に出た。
「ネコの皆様、わたくしの顔をご存じですか」
「あれ? ・・・新聞で・・・みたことあるヘアースタイルにゃ・・・」
「レルリラ姫様にゃあああああ!」
「姫様にゃあああああああああ!」
「気付かなかったにゃああああ!」
「一見普通のロングヘアーかと思ったにゃああああ!」
「全然違うにゃあああ!」
「・・・いま、わたくしたちは大魔王・牙戦陸尉(がせんりくい)アトマックを倒すために戦っています」
レルリラ姫の言葉に、ネコ達は驚いた。
「にゃああああ!」
そんな中、ネコを指揮していたアトメイト2号が、ひゅんとアトマシーンの真上に飛び乗って、
「ばれたか・・・ご苦労だったなにゃんこたち!」
と言った。
「にゃああああ!」
風雲輪投げネコ達の怒りの鳴き声が響き渡る。
アルシャーナはすかさず、
「逃がすかっ!」
と、アトメイト2号に飛びかかりながら、左肩に貼られた「閃」の文字をつまみ、はがす動作をした。
「閃滅(せんめつ)ハンマー鎚空殴(ついくうおう)・・・、天開(てんかい)ッ!」
すると、アルシャーナの左肩の「閃」の字から「閃」の形をした光が浮き出てはがれた。肩の「閃」の文字は残ったままだが若干文字にツヤがなくなった。
そして輝く「閃」の文字は姿を変えた。
それは封印されていた蛇腹のついた巨大なハンマー「閃滅(せんめつ)ハンマー鎚空殴(ついくうおう)」となり、アルシャーナの左腕に装着された。
「閃ッ!」
アルシャーナが猛烈なスイングでその鎚(つち)を振り抜くと、アトメイト2号は真横にその一撃を受けた。
アトメイト2号はぐしゃりとその鎧をひしゃげながら吹っ飛んだ。
すかさずガンマも「聖杖(せいじょう)・大電迅(だいでんじん)!」と言って、愛用の杖を呼び出してぐるんと回し、「呪文・闇動(シャドームーン)!」と、魔法を繰り出した。
「ほげええええ!」
ひしゃげたアトメイト2号はたちどころに動きを封じられて転落してゆく。
すかさずアルシャーナは再び「閃滅(せんめつ)ハンマー鎚空殴(ついくうおう)」を「閃」の文字に封印して再び肩に戻し、宙を舞ってそのままアトメイト2号の身を拘束した。
アルシャーナは着地すると、すぐさま自らの腰帯の一本でアトメイト2号を強く縛りはじめた。
一方、そのまま飛空挺となったアトマシーンはゆっくり浮上していく。
「今度はもっと上空から攻撃するつもりだね、ケンヤ、下から揺さぶれ!」
ライトはそう言って、アトマシーンの上に飛び乗った。
「わたくしも手伝います、ライトさん!」
レルリラ姫がライトの後ろをぴょんと飛んだ。
「レル、君は危ないから下にいたまえ」
「大丈夫ですライトさん!」
ライトとレルリラ姫が掛け合った。
「仕方ないなあ!」
ライトが魔剣・星導聡流剣をひとふりすると、飛空挺の上部のハッチが、ぱかんと吹き飛んだ。
「ごらんレル。接合部が外れるだけで、破壊されないね。この魔剣の太刀を受けても傷ひとつつかない・・・」
「ほんとうですね、ライトさん。これは神機(ジーク)にしては小型ながらも、純正の神機(ジーク)。さすがは神界大戦から伝わる超金属、ジークニウムですわ」
「神機(ジーク)の時代はとうに終わったと言われているが、魔王っていうのは時にそんなことをやってのけるんだ・・・」
「恐ろしいです・・・」
ライトとレルリラ姫は息を呑んだ。
「ふふ・・・。おーい、ケンヤ! 全力でやりたまえ! こいつは簡単には破壊できないよー! とにかく揺さぶればいいから!」
ライトは浮上するアトマシーンの上から、地上のケンヤにそう叫んだ。
「おっけー!」
ケンヤが答えた。
「ライトさん、どうするのですか?」
「うん、レル。こいつの中に入り、混乱に乗じてアトマックを倒す」
「はい」
「基本的に、神機(ジーク)を倒せるのは神機(ジーク)しかない。だけど間接的になら方法はある。神機は人の意思から生みだされる。その神機の主人を倒せば神機は消える。あるいは神機の主人の意思を喪失させれば神機は動きを止める」
「わかりましたライトさん、行きましょうっ」
「行こう、レル」
それからライトとレルリラ姫は、ひゅんひゅんと神機(ジーク)・アトマシーンの内部に入っていった。
その瞬間を、ふたりは狙われてしまった。
ブゥン!
神機(ジーク)・アトマシーンの内部に入った直後、ライトとレルリラ姫はアトマックによって即時に作られた魔法陣の直下にいた。
「う・・・動けないだと・・・ぼ・・・僕が・・・この僕が・・・!」
アトマックがキャタピラのついた手を構えると、魔法陣が発光した。ライトは剣にも魔法にも長けるが、ライトの身は硬直してそのどちらも使えなくなっていた。
レルリラ姫も同様に捕らわれ、
「これは・・・魔法陣牢(サークルプリズン)・・・! う、動けませんわ・・・!」
と身体を震わせた。
牙戦陸佐アトマックは角(つの)をきらりと煌(きら)めかせてこう言った。
「ライト・・・あなた・・・わたしの嫌いなひとの香りがする・・・。あなたの鎧から特にそのにおいがする・・・。この魔法陣牢(サークルプリズン)は、本当はわたしの大嫌いな奴を捕らえるためのものだったの。それがあなたにもよく効くみたい・・・。まあ…そこでしばらくじっとしていることね………」
飛空挺は真下に砲台を向けた。
「みんな、投石にゃああああ! 」
風雲輪投げネコたちはアトマシーンに尻尾で石を投げはじめた。
「怒濤(どとう)の風!!!!」
ケンヤも遅れてアトマシーンに突風を叩き付けた。
ぐらんぐらんとアトマシーンが揺れた。
操縦席のアトメイト1号・3号・4号が
「アトマック陸尉(りくい)! ぐらぐらですー!」
と絶叫をはじめたが、アトマックが
「・・・だまってくれる・・・?」
とひとこと言うと、兵達はぴしゃりと不平をいわなくなった。
ケンヤや輪投げネコ達がいくらアトマシーンを揺さぶっても、中でライト達が立ち回っているような様子にはならなかった。
ケンヤ達が不思議がると、アトマシーンから、牙戦陸尉アトマックのアナウンスが流れた。
「無駄よ・・・。やめてくれる? ・・・侵入者ふたりは拘束したわ・・・」
「なんやてえ!!」
「えっ…レルとライトが?」
と、ケンヤとガンマが驚いた。
アルシャーナはすかさず
「こちらにも人質はいるぞー!」
と、牽制した。
そこでアトマックは
「…人質…アトメイト何号だったかしら」
と、アナウンスで質問した。
「あんた何号?」
アルシャーナがそう聞くと
「に、2号です。アトメイト2号」
と、ぐるぐる巻きに縛られたアトメイツが答えた。
「2号だー!」
…というアルシャーナの声を聞いてアトマックはこうアナウンスした。
「2号・・・。あなた・・・また捕まったのね・・・。三五〇〇年近くわたしの部下をやっているくせに、一向に強くならないの・・・困ったものね」
するとアトメイト2号は、じゅわーん、と嬉しそうな顔をした。 彼は、ちょっとMなのだ。
「しょうがないわ・・・、人質交換しましょう。そうしましょう。人質交換してくれる? 人質交換をしないと人質の命はないわ・・・」
アトマックの提案が為された。
するとアトマシーンの操縦席では、兵のアトマックへのツッコミが入った。
「陸尉、人質交換をしないと人質の命がないのは当たり前なのでは・・・」
「ばかね・・・冗談よ、アトメイト1号・・・」
アトマックは平然と答えるのであった。
「人質交換よ…そうしましょう…」
「ようし、人質交換だー!」
アルシャーナはケンヤやガンマに確認をしたあと、アトマックの提案に答えることにした。
そしてアルシャーナが、縛られたアトメイト2号をひょいと担いでアトマシーンの真下にやってきた。
するとアトマシーンから、手のひらの形をした長いマニュピレーターが、にょーん、と伸びてきて人質のアトメイト2号の足首を掴んだ。
「ちょ、待て待て、交換じゃないのかよっ」
アルシャーナはアトメイト2号の胴体を引っ張り返したので、アルシャーナとアトマシーンが、アトメイト2号を引っ張り合う体勢になった。
「交換よ・・・。交換だから・・・まずその2号を・・・よこして・・・」
アトマックは、さも当然のようにそう言った。
「いたい、いたいいたい!」
アトマック2号の悲鳴が響く。
「交換っていうならそっちも人質を出せよう!」
と、アルシャーナが抗議するがアトマックは聞かない。
「いいからまずアトメイト2号をよこして・・・ほらほら2号が千切れそうじゃない」
「いたいいたい、いたいったら、いたいったら、あいたたたた」
「はやく放して・・・、もしアトメイト2号がちぎれたら、預かっている人質もちぎるわ・・・!」
容赦ないアトマックである。
「そんな無茶苦茶な!」
アルシャーナが困惑の声を上げた。
「ぎゃああああ、ほんとにちぎれるううう!」
アトメイト2号が悲鳴を上げながらにゅーんと引っ張られていく。縛られていた帯もほどけてゆく。本当にちぎれるかもしれない…
そう思ってアルシャーナは、やむなくアトメイト2号から手を放してしまった。
しゅぽーん!
アトメイト2号を掴んだアトマシーンのマニュピレーターは勢いよく元通り格納され、人質のアトメイト2号を回収した。
「約束だ。そっちが預かっている人質を返してもらおうか・・・!」
宙を舞う帯を回収しつつアルシャーナはアトマシーンに向かってそう叫んだ。
するとアトマシーンの砲台が、ぎゅーんとアルシャーナに向けられた。
「・・・それが答えかよ………」
帯を元の位置に巻きながらアルシャーナは砲台を睨んだ。
「プレゼントはこれにしましょう・・・そうしましょう…。
アトマシーン・キャノン!」
しかし砲台は、ひゅうう・・・んとエネルギーを蓄積させたあと、魔法を放とうとしたが、砲台ごと破裂してしまった。
どうううん・・・。
「にゃあああ! さっき砲台に向けて投石したから砲台が詰まっていたのにゃああ!」
風雲輪投げネコ達が歓声を上げた。
「・・・卑怯だわ・・・! 卑怯よ…!」
「卑怯はそっちもじゃないか! 人質返せよ!」
アトマックの抗議に、ケンヤは当然こう返した。
「…アトマック2号は引っ張られて怪我をしてしまっているわ…。鎧もひしゃげている。人質を傷つけた以上、交渉は決裂よ…」
アトマックは、さも当たり前のようにそんなことを言った。
「引っ張ったのはそっちが悪いんじゃないかあ! それに鎧のへこみは交渉前だ! 見てただろ!」と、アルシャーナ。
「それは言いがかりよ、あなたがすぐに放せば引っ張り合いにはならなかった。鎧がひしゃげたのも交渉前ですって? 見てないわ」
「言いがかりはどっちやねん!」
ガンマもアトマックの言い分にツッコミを入れた。
さらに、風雲輪投げネコも合いの手を入れた。
「そうにゃそうにゃ! …にゃ? にゃ?」
すると、超スピードでアトマシーンのハッチが開き、アトマックの魔法が放たれた。
「おん? あっ、よけろネコさん!」
「にゃああああ!」
「にゃあああああああ!」
ケンヤの「よけろ」の声もむなしく、風雲輪投げネコ達は避ける間もなくカンパンに変えられてしまった。
「ああっ! 風雲輪投げネコさんたちが!」
「なんちゅうことを!」
アルシャーナとガンマが怒りの声を上げると、それにアトマックの冷徹なアナウンスがこう返した。
「この戦いに風雲輪投げネコはもう必要ないわ・・・だってもう、輪がないんでしょ…。だからって石を投げるなんて・・・腹立たしいだけだわ・・・。だってそれじゃあ輪投げネコでもなんでもなくて、石投げネコじゃない…」
それを聞いて眉を曇らせたアルシャーナは散らばったカンパンを拾い、丁寧にスカーフでくるんでからカバンに入れ、こう言った。
「絶対に倒して、このネコさんたちも救わないと」
「ああ」
ケンヤがアルシャーナに同意した。
「あなたたち、わかっているわね、反撃したら人質の命はないわよ・・・。・・・ロボ変形よ・・・アトマシーン!」
アトマックの掛け声に呼応して、ぎゅんぎゅん! とアトマシーンは人型のロボに変形した。
ずうん、と、二六ナメトルの巨人が大地に立った。
「…このアトマシーンはね、潜水艦や飛空挺とかでも強いけど、本当に強いのはこのロボ形態なの。わたしは陸に立って最も力を発揮する牙戦陸尉。その実力を味わわせてあげましょうか…。そうしましょう…。いくわよ…」
「リーダー、アルシャ、避けまくるでえ! 呪文(スペル)・覚疾速(カールインス)!」
「わかった!」
「くっそー!」
ガンマの魔法の効果により、ケンヤ達三人のスピード能力が上がった。
「…アトマシーンパンチ…!」
「…アトマシーンキック…!」
「…アトマシーンハンマー…!」
「…アトマシーンエルボー…!」
「…アトマシーンニードロップ…!」
「…アトマシーンヘッドバット…!」
次々と繰り出されるアトマシーン・ロボ形態の攻撃をケンヤ達はひゅんひゅん避ける。
ニャンチェプールの港が破壊されてゆく。
アトマシーンの激しい攻撃から放たれる熱は、海水を湯気に変えてゆく。
ケンヤ達が避けるのでアトマシーンの攻撃は空を切り、湯気は真っ二つにされ、砕かれてはまた湯気となり、寒気に晒されて消えてゆく。アトマシーンはその挙動をただひたすら繰り返してゆく。
蒸発する海水から生まれた塩が、港に白く積もってゆく。
それは、海と寒気と熱と回避の連続、そのすべてが揃ってはじめて起こる現象であった。
「くそう、人質がいるから反撃できない!」
「落ち着くんやリーダー。相手は機銃も砲台も失った。仕掛けてくるのは接近戦ばかりや。反撃するとしても・・・相手は神機(ジーク)や。ジークニウムの装甲やから、拳や魔法で反撃しても直接的な攻撃では簡単には傷はつけられん! いまの戦力で奴の装甲を破壊できるのは・・・ケンヤの風陣王でダイレクトにぶつけたときだけや」
「そうかガンマ・・・風陣王の刃はジークニウムなんだ」
「せや、リーダー。風陣王の攻撃っちゅうても、離れた位置から剣波やエネルギーを放つ技ではあかん。これは硬度の勝負やからな。直接ぶつけるんや」
「おっけーガンマ。ジークニウムは意思から生まれた金属。ジークニウム同士がぶつかった場合、意志の強い方が勝つ。そうだな、ガンマ」
「そうや、リーダー」
「…剣化風陣!」
じゃきん、と、ケンヤは剣を構えた。
ずうぅん、と、アトマシーンは動きを止めてケンヤと相対した。
「・・・聞こえたわ・・・。その剣、ジークニウム製なのね・・・。でも改めて言うけど反撃したら人質の命はないわ・・・。わかってるでしょうね」
そうアナウンスするアトマックの後ろでは、ライトとレルリラ姫が引き続き魔法陣牢(サークルプリズン)の中で身動きが取れずにいた。
「ああっ…こんなところでケンヤ達の足を引っ張ってしまうなんて…どうしたらいいのかしら…ライトさん…」
そんなレルリラ姫の言葉にライトはこう答えた。
「魔法も剣法も使えないなんてね…。あっ、そうだ、レルは…華法(かほう)が使えると聞いたけど…。あっ、でも、華法も魔力(フォース)を使う闘法なんだっけ? 駄目かな?」
「詳しいですね、ライトさん」
「まあね」
すると、レルリラ姫は声のトーンを落としてこう言った。
「さっきアトマックも言っていましたが、この魔法陣牢(サークルプリズン)は、ライトさんには特に相性が悪い特性を持っているようです。私は少しなら魔力(フォース)を使うことが出来るので、いまも華法なら、少しは出来そうです。でも動きが拘束されて華粉翼王女杖(カフィングプリンセスワンド)が・・・つまり杖が使えませんし、魔王を倒すほど威力のあるものはできません。それに…」
「それに?」
と、ライトが聞き返し、レルリラ姫はこう続けた。
「華法というのは『門花(もんか)』とする、地に咲く花が視界にないと発動できないんです。その門花から様々な花粉を召還するので…」
「視界に、地に咲く花…か…。窓から見えないかな…」
「…窓はありますが…ネコジャラシしか見えませんわ…。ネコジャラシでは…」
「……レル。僕はね、いろんな書物を読んで細かい知識はたくさんあるんだ。必要じゃない知識が多いけど…意外と役立つこともある」
「はあ」
「だから、いいことを教えてあげよう、レル」
「えっ」
「ネコジャラシ…。つまりエノコログサの穂は、花穂(かすい)というんだ。実はあれは…、花なんだよ。レル」
「!…」
暁光(ぎょうこう)であった。レルリラ姫は驚きつつ、注意して声のトーンを上げないまま、ライトに尋ねた。
「では正式名称は…。冬に咲いている…あの強いエノコログサの正式な名称はわかりますか?」
「あれは、ニャンチェプールオオエノコロ。…我ながらよく知ってるなあ」
「…ライトさんについてきて正解でしたわ」
「あと、火であぶったり、フライとかにしても食べられる」
「おいしいのかしら」
「飢餓のときとかに食べるって本で読んだよ」
そしてライトの背後で、レルリラ姫の華法(かほう)の詠唱が、小声ではじめられた。
『ルーラル・ラリリレ・リラレルレ☆
わたしの心は五輪挿し。ひらけ門花よ門花よひらけ・
ひらいてひらいて、ニャンチェプールオオエノコロ!』
アトマシーンの窓の外。レルリラ姫の視界の先で一本のネコジャラシの花穂(かすい)が輝きを放つと、レルリラ姫の正面に、五種の花粉が召還されて、五輪の華法陣(かほうじん)を形成した。
『五輪挿し華法(かほう)・耳鼻道(じびどう)ダイレクト花粉つめ放題華粉輪(かふんりん)・始咲(しさい)!』
五輪の華法陣のそれぞれ中央から細い糸のように大量の花粉が放たれた。花粉は勢いよく、アトマックとアトメイツたちの耳の穴と鼻の穴に入ってゆく。
アトメイツたちの頭部はフルフェイスの兜だが、花粉は隙間から入ってゆく。
「あっ、あっ、な、なになになに! げほ、げほ、げほ!!!!」
「ぐあああああ! えほ、ごほ!!!!」
「ふごおおおお! ぶほ、べほ!!!!」
彼らがむせてもむせても花粉がどんどん口と耳に入ってゆく。
アトマックは、ケンヤとの対峙に集中していたのと、魔法陣牢(サークルプリズン)への信頼で、背後への警戒をおろそかにしていた。
アトメイト1号・3号・4号も操縦に精一杯で、ライトやレルリラ姫のことをまったく気にしていなかったのだ。
勢いよく大量の花粉を耳と口に入れられた場合、三半規管がおかしくなるし、なにより呼吸困難になる。
魔法陣牢(サークルプリズン)の床に描かれた魔法陣が点滅しはじめた。アトマックの支配が緩んでいるのだ。
「はああああああっ!」
ライトは全身から光を放ち、魔力(フォース)を解き放った。
「キュイヌショイヌクルサーズンプリピョエニュード、
キュイヌショイヌクルサーズンプリピョエニュード、
見せよ真円の終焉。見せよ真円の昇天。
完膚無きまま破られしその姿…
超呪文(ネオスペル)…解魔陣牢(プリズヌ)!!」
「えっ、四文字魔法が使えるのですかっ…!?」
レルリラ姫が驚いたとき、ライトはすでに駆けだしながら、ありったけの声で叫んでいた。
「揺さぶれえええええ!!!! ケンヤー!!!!」
解呪の魔法が発動した。
粉々になった光の粉々をまき散らして魔法陣牢(サークルプリズン)が消滅した。
だだだだだだ!
と走るライトが魔剣・星導聡流剣を振りかざして向かう先はもちろん大魔王・牙戦陸尉アトマックだ。
「〆」という文字の形に折れ曲がっていた星導聡流剣の刃がまっすぐに変形し、光輝いてアトマックを捕らえようとした、そのときである。
「!」
ライトがアトマックを斬ろうと走り寄ると、猛然と四人のアトメイツがその間に立ちふさがり、盾となった。
「げほ、げほ! アトマック陸尉(りくい)はあああああああ!」
「やらせぬううう! げほ、げほ!」
「ぬああああああ! こんな花粉がなんだああ!」
「陸尉(りくい)おにげくださ…ごほ、ごほ!」
「ええい…! 魔剣技(まけんぎ)…L鑼刀(エルドラド)!!」
ライトはやむなく、四人のアトメイツにL字の斬道の太刀をいくつも浴びせた。
ドドドドド!
輝く魔剣の剣波が黄金郷エルドラドのように輝きを放ち、アトメイト1〜4号に降り注ぐ。
部下が斬られていく中、アトマックも動いた。
「ごほっ…ごほっ…カンパカパンパカパンカパパンカパ…」
レルリラ姫は、アトマックが魔法詠唱を繰り出しているのに気付いた。
ライトは、技をアトメイト1〜4号に繰り出している最中なのでアトマックには即座に対応できない。
「超呪文(ネオスペル)!
乾麺麭砲(アトマックカンパミラージュ)!!」
アトマックのカンパン化魔法が放たれた。
「間に合って…ライトさああああん!!」
そう言ってレルリラ姫は、ライト達とアトマックの間に走り込んだ。
「だ、だめだッッ! 下がれーッ! レル!」
ライトが叫んだ。
「勝って!」
レルリラ姫も、叫んだ。
「レル―――!!」
ライトとアトマックのふたつの攻撃がそれぞれ、アトメイツとレルリラ姫に直撃し、轟いた。
一方、外のケンヤはライトの「揺さぶれ」という言葉と同時に、アトマシーンのロボの眼光が消えたのを確認して、
「カゼエエエエッッッ!」
と叫びながら剣を振りかぶった。
風陣王の刀身に風が収束され、アトマシーンの脚を、ざん、と払うように斬った。
ライトとアトマックの攻撃も、それと同時に了撃(りょうげき)した。
アトマシーンの内外が、壮絶なる発光と爆風と轟音を放つ。
ずううん、と巨大なロボは尻餅をつき、それから足首のパーツがごろん、と外れた。
「やったかー! ライト!」
ケンヤが叫ぶと、ガンマが
「…いや…あかんやつや…」
と、つぶやいた。
「え…」
アトマシーンの中からライトの技声(ワザゴエ)が聞こえてきた。
「波撃(はげき)・L暴狼(エルボーロ)!」
ドウッ!
アトマシーンの内側から上空に向けてライトの波法が放たれた。
アトマシーンの上部ハッチから、狼の形をした波法の波動が飛び出し、波法を受けたアトマックの身体が放出された。
それから焼け焦げたアトマックは墜落し、バウンドして転がった。
アトマックの背中にあった装甲天国はバラバラになってもう形もなくなっている。
放り出された大魔王・牙戦陸尉アトマックは、それでもよろよろと中腰に立ち上がり、げほげほと花粉を吐いた。
「はあ…はあ…はあ…」
アトマックの身体から魔力(フォース)が黒く吹き出して渦を巻いている。
「仮にも…大魔王と呼ばれ続けるわたしを…なめないことね…。こんなの…なんでもないわ…」
ガンマの言った「あかんやつ」というのが何を意味するのか、なんとなく予想しつつも聞き返せないまま、ケンヤは、アトマシーンに向かって叫んだ。
「どうしたライト、レル。出て来いよ! いまこそ五人で…百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)だ!」
「蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)」は三人で繰り出す連携技である。それにライトとレルリラ姫との連携を加えたのが、さきほど作戦をたてた新技・「百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)」なのであった。
だが、アトマシーンから、ライトがこんなアナウンスをした。
「ケンヤ、アルシャ、それにガンマ…。
三人で、蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)をやってくれ。
アトマックが装甲天国を失った今ならたやすいはずさ。
残念だけど…五人での百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)は、出来なくなった…」
「えっ…なんでだよライト…。レルがあんなに、五人でやりたがってたじゃないか!」
ケンヤが聞き返すと、ライトの悲痛な答えが返ってきてしまった。
「レルは…カンパンにされてしまった…」
「…!…」
アトマックは朦朧(もうろう)としているようで、全身から黒い魔力(フォース)を噴き出しながらふらふらとしている。そんな魔王を睨みながらガンマは、ケンヤに言った。
「リーダー。しゃあない。三人でやろうや…。アトマックを倒せばレルは戻る」
「だけど…レルはあんなに五人での連携攻撃を楽しみに…」
と、ケンヤ。
すると、ライトは声を落としてこう言った。
「五人の技はまた今度…やろう。君たちさえよければ僕は…もう少しだけ君たちと一緒にいるから。君たちがその間…僕の場所でいてくれるなら…やれる…。だから今回は四人じゃなく、ケンヤとガンマとアルシャ、三人でやってほしいんだ。
僕をかばってくれたレル…。あの娘を仲間はずれにするなんて、僕は、嫌だ」
そんなアトマシーンの操縦席のアナウンスからも、ライトの声が涙声になっているのがケンヤにもわかった。
「オレ達がライトの場所…。だったらライトも、オレ達の場所になれる」
「そうだよなライト。いつか五人で、やろう」
ケンヤとアルシャーナがそう言うと、ライトがアトマシーンのハッチから出てきた。ライトは大切にカンパンを両手でつつみながら、「いけ!」と、言った。
このときライトと少年達の絆は、強く結ばれていた。
「風来風来風来…!」と言うケンヤの両サイドに、ガンマとアルシャーナが並んだ。
「閃空域(センクーイキ)!」
天高く舞ったアルシャーナが、空の八方に八閃の蹴撃。そしてアルシャーナが掴んだ「閃空(センクー)の空域」が、再びアトマックに投げられた。
「だっ!」
「…やめ…やめて…わたしを倒してはいけないわ…! わたしには、わたしにはワルジャークを倒す秘策があるの…、ワルジャーク打倒は、わたしなくしては…」
と、閃空の空域に捕らわれ行動不能となったアトマックが命乞いをした。
「ぶち抜け大将!」
構わずにアルシャーナが叫んだ。
「魔王の言葉は聞けないね! 風矢陣(ふうやじん)アネモスヴェロス!」
「ライトとレルの想いとともに…風の矢(アネモスヴェロス)に混ざれや…!
呪文(スペル)・雷散弾(ライオサンガー)!」
ケンヤが風の矢・アネモスヴェロスを放ち、それにガンマの雷が収束。そしてアトマックの身体を貫いた。
「蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)…了撃!!」
空と雷と風が散った。
◆ ◆ ◆
こうして大魔王アトマックとの戦いは、終わった。
倒されたアトマックの身体が、地面に転がっていた。
主人が意思を停止した神機(ジーク)・アトマシーンは、ボロアパートに姿を変えていた。
アトマックは、四人のアトメイツやボロアパートになったアトマシーンとともに、ガンマによって空き瓶の中に再び封印された。
その様子をライトは遠くに見ていた。
(魔王の言葉は聞けない…。さっきそう言ったのかケンヤ…。だけど…僕の居場所でいてくれるって…言ったよな…ケンヤ…)
ライトの心は、正と負の感情に揺れて、深く傷ついていた。
カンパンになっていた人々やネコたちは皆、元に戻った。
元に戻ったレルリラ姫は、ぽろぽろと泣きながら「いいんです、いいんです、これでよかったんです」と言った。
五人でするはずだった連携技。
せっかく作戦を立てて楽しみにしていたのに出来なかった。
だけど事件が解決したのだから、それでいい。
レルリラ姫はそう言いながらも、その涙はなかなか止まらなかった。
本当は…五人でしたかったんだ。
そんなレルリラ姫の気持ちを、四人は痛いほどに感じていた。
しゃがみこむレルリラ姫のまわりに、ケンヤとガンマとアルシャーナが囲んで、なぐさめていた。
ライトもそれに近寄った。
それから、ぽん、と、ライトはレルリラ姫の肩に手を置いた。
レルリラ姫は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、えへへ、とライトにやさしい笑顔を見せた。
ライトは、心ももっと近寄ろうと思ってこんなことを言った。
「ケンヤ…みんな…、こんな事件をなくすためにも、僕の考えを聞いて欲しいんだ」
するとガンマが
「ライト、それは、もうちょっと落ち着いたときにせんか」
と言った。
「…いや…言う」
ライトは、頑(かたく)なだ。
「なんですか、ライトさん…」
レルリラ姫が聞くと、ライトはこう言った。
「世界は正しい魔王に支配されなければならない。こういうアトマックのような秩序がない魔王が好きにやったから、あんなピョンチェスターのような悲劇が起こったんだ。
アトマックは邪雷王の影響下にあったというが、自分のことしか考えていなかった。
あんな魔王は…真の魔王主義とはほど遠い。
真の魔王は、正義のために支配する。
そのために…ワルジャーク様は、ワルジャロンドを作ったんだ。だから…」
ぺちっ。
ガンマが、ライトを拳(こぶし)で殴った。
ケンヤ、アルシャーナ、レルリラ姫は、ライトの語った言葉に思わず耳を疑い、硬直してしまった。
「痛くないけど…殴ったね。ガンマ」
「まずな、ライト。ワルジャークに『様』をつけるの、やめへんか」
「…やめない」
ライトは即答した。
「どういうことだよ…」
ケンヤが聞いた。
「ライトは…ルンドラから来たんや」
そこでガンマは仕方なく、ケンヤにそれだけ言った。
「ああ…。ルンドラには、ウイングラードからの独立を掲げるたちも一定層います。ワルジャークを英雄視するひとたちもいます。その人達は…ワルジャークの本性を知らないのです」
レルリラ姫がそう解説した。
「そっか…」
ケンヤは溜息をついて、こう言った。
「ライト、あんたは魔王が何をしてきたか知らないんだ、あんたは純真なまっすぐな心を持っている。でも知識がないんだ。だから正しい知識を…」
「知識はあるよケンヤ。年表だってソラで言えるさ」
ライトが反論すると、
「それが誤っていたらどうするんだよ」
と、ケンヤが言った。
「どちら側にもそれは言えるんじゃないのかな…」
と、ライトは述べた。
「…」
「僕は…アトマックがやったことが許せなくてこんなことを言っている。それはみんな、わかるよね?」
「わかるよ」
「それはわかる」
ライトの問いにケンヤとアルシャーナが答えた。
「魔王じゃなければ正義なのかな、違うだろう?」
ライトが畳みかけた。
「そういうことじゃないですけど…魔王は…魔王は何をするのか…ちゃんと知るべきですわ、ライトさん。改めて」
レルリラ姫はまっすぐライトの目を見て、やわらかく言った。
「ああ、魔王がやってきたことは…虐殺、殺戮、略奪、それに…」
と、アルシャーナが言いかけると、ライトが遮った。
「嘘だ、何を言っているんだアルシャ」
「嘘じゃないよライト、あたしたちはいくつもそういう戦場を見てきたんだ」
「きっと・・・それは魔王の正義のためだ・・・。魔王の正義のために倒すべき敵だったんだ。そうじゃないのかアルシャ」
「魔王に…正義なんかないよ、ライト」
「なんだって?」
ライトはアルシャーナに聞き返すと、その間にガンマが入った。
「まあ…落ち着けやライト…。ちょっと、深呼吸や」
ライトは、信じられない、という表情をした。
「ああ…なんてことだろう…。僕は・・・君たちと旅がしたい。気持ちは近い。気持ちは近いのに・・・思想が違う。あまりにも」
「一緒に旅をしようライト。もっと世界を見るんだライト。きっとわかる」
というケンヤの言葉に、ライトは
「思想はきっと・・・重ならない」
と、返していた。
「重なるよ」
ケンヤは確信を持って、こう言った。
「ライト。もしワルジャークがなにもかも正しいなら…それでいいんだ。でもそうじゃない。…そこは、譲れない。だから…説得したい」
「……」
ライトは目を閉じた。
ガンマはフォローに入った。
「せや…。もうひとつ大切なことがある。ライト自身は罪を犯してない。そうやな、ライト」
「ああ」
「それは…いいことだよね」
と、アルシャーナが言った。
「ライトは…いいやつだよ、好きだ」
ケンヤもそう言った。
「そうですわ。ライトさん自身は優しい心を持っています」
と、レルリラ姫。
「ぴい」
ぴちくりぴーも同意した。
「僕も・・・君たちが好きだよ。まだここに来たばかりだけど、ここが・・・僕の本当の居場所なんじゃないかって・・・やっぱり思う・・・」
「オレも・・・好きだ」
「わいも」
「あたしも…会ってそんなに経ってないけど、理屈じゃないよ」
「わたくしも、ライトさんが大好きです」
ライトは、膝を落として崩れた。
「でも・・・無理だ・・・でも・・・本当に・・・ここが・・・僕の本当の居場所なのか? だってワルジャーク様は…ううっ…」
「…ライト…」
「僕達は…違いすぎる・・・。そんなところが本当の居場所なんだろうか?」
「ライト!」
「ライトさん…」
五人はおしくらまんじゅうのように身を寄せた。
「・・・みんな・・・好きだよ・・・」
ライトがそう呟くと、ぎゅう、と五人は抱きしめ合った。
「でも…どうしたらいいのでしょう…」
レルリラ姫がそう言うと
「少しずつ…わかり合えないのかな」
と、ケンヤが言った。
「……」
「今夜は、五人で寝ようよ」
アルシャーナが、言った。
子供たちは深く、とても深く、傷付いていた。
それから子供たちはその夜、五人で、身を寄せ合って眠った。
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