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#29 別離・エンジバラ


 ケンヤ達が、冬のウイングラードの険しく曲がりくねった峠道を北上してゆく。

 フレックスホテルニャンチェプールの主人・うさぎのフレックは、旅立つケンヤ達ひとりひとりに、アトマックを倒してくれたお礼の長い手紙を渡し、見送ってくれた。

 ライトはそれを読みながら、「正しさの形」について考えていた。

 しばらくライトは、何も言わなかった。
 だから波風を立てるような発言もしなかった。

 ライトはケンヤ達と一緒にもくもくと歩いた。

 昨夜、五人で身体を寄せ合ってドキドキしながら眠ったあたたかさが、ずっとライトの心の中でランタンのように灯っていた。

 ライトは一晩中あまりにもドキドキが止まらなかったので、そんな自分をマセガキだと自覚しつつも、ほっとしていた。

 レルリラ姫の寝顔を見て、この娘が身を挺して救ってくれたおかげで命があるんだと思うとたまらなくなったことを思い出した。

 昨日ライトたちはアトマックを悪と断じて封印した。

 そういえばそんなアトマックをアトメイツ達は身を挺し、命がけで守ろうとしたのだ、とライトは思い出した。

 レルリラ姫の行動と、アトメイツ達の行動は、同じものなのだ…。

 いや…何のためにそれをするのか、その目的が違うとも言える…。
 でも、本質はきっと変わらない。

 だったら、それは何を意味して、ならば自分には何が出来るのだろう。

 ライトは、心の迷宮をぐるぐると彷徨っていた。
 あたたかい気持ちのまま、ぐるぐる回っていた。

 それからライトは、レウの、きつねの姿のあたたかな体温を思い出した。

 そうだ。今ならわかる。あのときレウは、ワルジャークと敵対する勢力との戦いでひどく傷付き、命を落としそうになっていたのだ。

 ライトの中で、いくつかのことが整理されてきた。

 だとすれば…。そうだ。

 やっぱりひとつ、どうしても譲れないことが明確に存在している。

 友を愛していたとしても、家族を殺せはしない。

 ライトは親という言葉も教わらずに育ったが、このことはわかっていた。

 一晩、大好きな人達の人肌のぬくもりに逃げてしまったけど、これはやっぱり、逃げてはいけないことなんだと、ライトは思った。

 えんじ色のバラをかたどった看板に、街の名前が書かれている。その先には壁状の城塞に囲まれた家々の屋根が見えてきた。

「エンジバラの街に入ったぜ、ライト」
「ああ」

「ねえ皆さん、街に入ったことですし、これから少し、あの五人の連携技を練習しませんか」

 ライトは深呼吸をした。
 ライトはこれから大切な質問をする。

 その答えによっては…。決断をしなければならなかった。

 そしてライトは、言った。

「その技は、誰を倒すための技なんだい?」

「それ言うなやライト…!」
 ガンマが、はっとした。

「ワルジャーク」
 ケンヤは、はっきりと答えてしまっていた。

 もともとこれは隠していなかったのだ。

 ワルジャーク。
 やっぱりだ。

 ライトは確信が当たったことに絶望しながらも、逃げなかった自分を責めてはいけないのだと思った。

「ごめんみんな…。僕は約束を破る…。みんな大好きだけど、さよならだ。僕は、僕は、やっぱり…ここにいてはいけなかったんだ…!」

「ま、待てよライト」
 ケンヤが言った。

「待たない」

「なんで、ちょっと話そう」

「ごめん」

 ライトの腹はもう、決まっていた。

「ライト、一人で抱え込まないでちゃんと話せよ…きっと…解決するからさ、な」

 と、ケンヤはライトの手を握ったが、ライトはその手を振り払った。

「何も知らないくせに! 畜生…。
 …ごめん、…本当にごめん!
 みんな…さよなら…!」

 そう言ってライトは、走り出した。
「ライト!」
「ライト!」
 アルシャーナとガンマが揃って叫んだ。

「ライトさああああんっ!」

 レルリラ姫が走って追いかけた。

「技は・・・、ひゃ、百華星撃(ヒャッカセイゲキ)・蒼空風雷撃(ソークーフーライアタック)は・・・、一度も5人では出来ないままなんですかっ・・・っ! ライトさん、ライトさああん!」

「ごめんレルっ!」
「・・・ライトさ・・・っ・・・!」

「!」

 ライトは構わず走り去ろうとしたが、そこでレルリラ姫が石に躓いて転倒しそうになったので、ライトは思わず身体を反転させて、倒れるレルリラ姫を抱きかかえてしまった。

 あたたかくてやわらかい女の子の身体を感じた。そしてその女の子の瞳は、あまりにも、可憐だった。

 だから自然に、ライトはこんなことを言っていた。

「…レル…。僕と一緒に来ないか?」

「…だめ…ですわ…」

「……」

 そこに、ケンヤとガンマとアルシャーナも駆け寄ってきた。

 ケンヤは、激高していた。

「逃げるのかよライト! ちゃんと話しあって進んでいけるよオレ達! ひとりで真実から逃げるのかよお前! 大丈夫だよ! お前は仲間としてやっていける! いけるって! 来てくれ! オレ達と一緒に来い! 来い!」

「君の真実は、僕とは違うんだ!」

 ライトも言い返した。

「…なにが違うっていうんだよ! ワルジャークがなんなんだよ!」

 そんな言葉を聞いて、ライトは、すとん、と再び絶望した。

「勘弁してくれよ…。大好きなままで…別れられないかな…? ケンヤ」

「お前…なんで泣いてるんだよ…なんで別れるんだ…。言えよライト…言えよう!」

「いまから僕は走る。僕を捕まえてくれ、全力で走るから。そしたら…説得を…少し、少しだけ聞こう…」

 再びライトは駆けだした。

「捕まえてみろよ…ケンヤ」

 そんなライトの最後の声は、もうすでにケンヤには、遠くなっていた。

 ケンヤは風を纏い、全力でライトを追っていた。

 どうしてだろう。

 ケンヤにはわからなかった。

 気持ちではライトよりもずっとずっと、ライトと一緒にいたいはずなのに。こんなにも風になっているのに。

 どうしてライトに追いつけないんだろう。

 走っても走っても、
 走っても走っても、
 どんどんライトは遠くなっていった。

 ウイングラードの大地を駆けていった。

 駆けていった。


 ◆ ◆ ◆


「なんで…捕まえられないんだ…」

 ライトは結局ケンヤを振り切ってしまった。

 丘の上で、ごろんとライトは寝そべった。

 高く澄んだエンジバラの空。
 野草の薫り。
 大地の感触。
 ひんやりとした自然の空気。

 それらが、傷付いたライトのハートを溶かしてゆく。
 ずっと過ごしてきた地下では見られない景色。

 ライトは、世界を見た。
 それまでずっと知らなかった、新たな世界を見た。

 もう自分は、ずっと地下に幽閉されていた時の自分とは違う。

 つらいけど、痛いけど、それまで逃げていたことからもう逃げないと決断したから、自分は世界を見ることが出来たんだ。

 ライトは思った。
 涙はようやく乾いた。

 ライトの涙は自然と蒸発して広い世界の空気に溶けたのだ。

 みんなを傷つける前に・・・いろんなことを知っておくべきだったけど・・・

 でも・・・だから出会えたんだ。
 そして、別れた。
 そうなんだ・・・。

 短かったけど、ライトはこの体験を、たまらなく愛しいと思った。

 目を閉じるとまだ4人のそれぞれの体温を、寝息を、やさしさを、身体の肉感を、思い出した。

 違う道を歩くしかない。
 けど、もういい、仕方ないんだ。そういうこともある・・・。

 ライトはケンヤの話を少し聞こうとしたり、レルリラ姫を連れて行こうとした、自分の迷いを自覚していた。

 縁があれば・・・また何かの状況が変わるのかもしれない。
 漠然と、そんなことも思った。

 ライトは寝そべりながら、改めて、新しい世界を知った自分が何者になったのか、これから何者になるのか、自らのこころを見つめていた。

 その横で、誰かがごろんと横になった。

 がちゃり、と鎧の擦れる音。

「探したぞ、ライト」

 それは見慣れた赤い鎧の男だった。

「なんだ…ヒュペリオンか」
「なんだとはご挨拶だなライト。どれだけ探したと・・・」

 赤虎臣ヒュペリオンがライトの隣で、にこっ、とした。

「……ヒュペリオン…すこし…ひとりになりたいんだけど…」
 ライトがそう言うと、ヒュペリオンは立ち上がって土を払い、
「わかった」
 と、言い、そのまま去ろうとした。

 ライトはたまらなくなって
「…いや、ごめん…。やっぱり行かないで、ヒュペリオン…」
 と、わがままを言った。

「ああ。じゃあ、行かないよ、ライト」
「ヒュペリオン…」
「うん」

「ありがとう、ヒュペリオン」
「どうしたんだライト」

 ライトがいつものライトではないことは、ヒュペリオンも気がついた。家出しているときのメンタルはこういうものなのかな、とヒュペリオンは思った。

「…ヒュペリオンは…何か…用かい?」
 とライトが聞くので、ヒュペリオンはからかってみた。
「五冊の魔法数学の問題集な…三問ほど、間違っていた」

「うそ」
「本当だ。字を見れば分かるが、慌ててやっただろう」

「ヒュペリオンには適わないよ…」

 そんなに長い家出でもないのに、ライトは家庭教師ヒュペリオンの声が懐かしいなと思った。

「…」

「…ケンヤが来たのかと思った」
「…ケンヤ…?」

「ああ…友達が出来たんだ。…もう会わないかもしれないけど…」

「ケンヤ=リュウオウザン?」
 と、ヒュペリオンが聞き返した。
 ヒュペリオンの表情は、硬くなっていた。

「…? 知ってるの? ヒュペリオン」
「ケンヤ=リュウオウザンは、風帝の卵だ」

 それを聞いてライトは、身を起こした。

「風帝って…なに?」

「敵だ」

 ライトは立ち上がっていた。そして、こう言った。

「…聞き取れない・・・」

「敵だ」
 ヒュペリオンは反復した。

 ひゅううう、と風が吹いて、ライトの鎧に砂がパツパツと当たる音がした。

「・・・・・・」

「知らなかったのだなライト。…偶然とは恐ろしいな…」

「…そうか…。うん。…だから、別れてきたんだ」

 ライトは、少し震えてきた。
 これは一月の寒さの震えではない。それは自覚していた。

「ライト。…ワルジャーク様は、いままで、あまりにもたくさんのことをお前に隠してきた。だが、もう隠し事のほとんどをお前に話すことにした、とおっしゃっている。だから帰ろう、ライト」

「全部、じゃなくて、ほとんど、なんだね」

「あのワルジャーク様にここまで決断させたのだぞお前は」
「うん…すごいと思う」

「それからな。ゼプティム界全一〇八神の描かれた曼荼羅(まんだら)な。・・・お前欲しがっていただろう。あれ、イグザードが注文していたぞ。お前が帰ってきたらあげるのだと言っていた。もう届く頃だろう。1万もするのだから、あいつも無理をしている。心配もしている」

「・・・うん、やったー・・・」

「もっと喜ぶかと思った・・・。ライト、そんなに風帝のことがショックなのか。元気を出せ。帰ってこい。落ち込むことは何もない。みんなお前を待っているぞ、ライト」

「うん、ありがとうヒュペリオン…。みんな・・・。あっ…、レウは回復した?」

「レウは…ひどい怪我だ。しばらく死の淵を彷徨っていた。まだ、あのきつねの姿で安静にしている」

「…レウ…。レウが・・・。ああ・・・。帰るよヒュペリオン」

「そうか、それがいい。レウも待っているぞ、ライト」

「レウは大丈夫なのかな・・・? どうしたらいいんだろう・・・ヒュペリオン」

「ライト。レウを殺しかけた奴が憎いか?」

 ヒュペリオン自身はレウとは不仲だが、レウとの絆が深いライトの気持ちをヒュペリオンはよくわかっていたので、ヒュペリオンはライトにそんなことを聞いて、焚きつけた。

「もちろんだよ。そいつは、僕が倒せないかな。ワルジャーク様に掛け合うよ。レウの仇を討ちたい。それをさせてくれるなら…家出をやめて、帰ってもいい」

「ケンヤ=リュウオウザンだ」

 また、ヒュペリオンがその名前を口にした。

「…え…」

「レウを倒した少年の名前だ」

「・・・…………聞き取れない・・・」

「ケンヤ=リュウオウザンだ」

「・・・その次に・・・なんて言ったの」

「レウを倒した少年の名。そう言った」

「…ケン…ヤ…」

「風帝は…この世界の…いや、この次元すらも…。すべてを破壊する存在なのだ」

「…!…」

「これも繰り返そう。風帝は…この美しい世界を、このかけがえのない次元を、すべてを破壊する存在」

「・・・・・・」

「さあ、帰ろう。そしてすべてを知るのだライト…。…ライト?」

 ライトは気を失い、倒れた。

 ライトはヒュペリオンに抱きかかえられながら、呼びかけられているのをうっすらと感じていた。

 少年の胸の中には、五人で身を寄せ合って眠ったぬくもりの記憶が強く輝き、その心をじりじりと、じりじりと焦がしていた。


《つづく》
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