#23 きつね撫(な)で
ディンキャッスル領主特務塔の外は、少しずつ吹雪いてきたようだ。
レウは、身体の痛みで目を覚ました。
天井でゆっくりプロペラが回っている。自室である。
暖炉のともしびがパチパチと、暗い部屋をゆるやかに照らしている。
「あ… レウ…」
少年の瞳と目が合った。少年は目を真っ赤にして涙を流している。
ライトは「まだ」家出をしていなかった。
レウはライトに何か言おうとして、
「こんこんこん…」
と、か細く、鳴いた。
戦いに傷つき包帯を巻かれ、点滴魔法液を付けられた小さなきつねが、魔法陣のついた毛布をかけられてうずくまっていた。
その横でライトはひとり、泣いていたのだ。
レウは、人語を話せなくなっていた。完全にきつねになってしまっていた。身体に激しいダメージを受けただけでなく、魂も損傷し、首に付けていた魔力核も砕かれてしまったのだ。
痛い。動けない。
「きつねになったレウって…可愛いね…」
「こんこん…?」
いつも可愛いだろ…? とレウが鳴いた。
「レウ、身体をなでてもいい?」
「こん…」
ライトは毛布のなかに手を入れて、きつねになったレウの首筋や背中やしっぽを、そっと撫ではじめた。
レウの傷ついた身体がうずく。
でもレウは、気持ち良かった。
「レウ、ちょっと決めたことがあるんだ。聞いて」
ライトはレウの毛並みをなでながら、こんなことを語った。
ライトはワルジャークを信じているが、ワルジャークには信じられていないのでは、という苦悩があった。
レウが理不尽にこんな姿になっても、それがなぜなのかワルジャークはライトに教えてくれなかった。
ライトの不安はついに怒りとなり、ワルジャークにぶつけられたが、ワルジャークはそれを一蹴したのだ。
ワルジャーク達が外の世界で何か大きな事を起こしはじめていることくらいは、何となくライトにも察しが付いた。
レウがこんなことになって、ライトは明確に、知らないことを知りたいと思った。戦うための実力はずいぶん身についたし、与えられた書物での知識は得た。でも、実際に外の世界は見ていない。
世界ではいま何が起こっているのか。世界の人々は本当に書物で書かれているように暮らしているのか。社会とはどうなっているのか。何もかも知ってしまって、ワルジャークの力になりたい。
そのために、すこし、家出をしたい。
ほんとは黙って行きたいけど、万が一、盟友のレウが死んでしまうかもしれないなら…、…死なないとは思うけど…、ちゃんと今までのお礼をして、こういう話を打ち明けてから行きたい。
あと、きつねは可愛いと思う。
そう、ライトは語った。
でもレウは激しい痛みで、ライトの話が半分くらいしかわからなかった。なにか言ってやりたいけれど、こんこんとしか言えない。
何か出来ないんだろうかと思いながら撫でられていたら、ライトが思いがけないことを言った。
「レウ…胸も…なでていい?」
この子供は本当にマセガキになったなあ…。レウは呆れたが、きつねだからまあいいか、甘えさせてやるか…。そう思った。
「こんこん」
毛布がめくられて、きつねが、ゆっくりごろんと、白いおなかを見せた。
きつねはしばらくはおなかをなでなでされていたが、しばらくしてからライトがきつねの乳首を見つけ、顔を真っ赤にしてから、指先や手のひらでその部分を重点的に撫ではじめたので、きつねは尻尾でぽふっとライトの頭をはたいた。
そうやっているうちに、いつのまにか、きつねはすやすやと眠っていた。
レウは…きつねなんだ…。こんなかわいい…きつねだったんだ…。
ライトは満たされて、そっと、寝付いたきつねに毛布を掛けた。
そういやネズミのメイドのイグザードがそろそろ探しに来るかもしれないな、と、ライトは推察した。
それで、レウへのお礼をメモに残して、ライトは家出した。
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