#21 ゆずれない正しさ
再びパワーブリッジ前。
リーダーは、一応大丈夫であった。
ケンヤとレウの戦いは、続いていた。
「はあ…はあ…はあ…」
「はあ…はあ…はあ…」
数々の技を繰り出しあうも、ケンヤとレウの戦いは、拮抗していた。
「たいしたガキだ…」
そう言ってレウは、先程ケンヤのハヤブサシールドに弾かれ、折れた自分の白狐剣を投げ捨てた。
レウは剣士ではないが、それでも自分の自慢の剣を折られたことに驚きを感じていた。
「レウ、あんたが腫れ物を触るように戦うからだろ?」
「世界を…滅ぼしたくはないからな」
「誤解だって…」
「誤解だったらな、こんなたいしたガキじゃないだろうが?
邪雷王さまは言ったんだ。風帝は最悪だ…風帝なんて、全員しねばいいんだ…ってな!
ハアアアアッ…
狐純白波波(こずみしらなみは)ッ!」
ブアッ!
白い波動が九つ、ケンヤに放たれた。
九つの波動はひとつひとつ、順番にケンヤの頭頂めがけて向かい来る。
(また…あの技だ…。でも…負けない!)
そうしてケンヤは、ハヤブサシールドをくるりと回し、斜めの角度でひとつめの波動をばしっと弾いた。
そして、ふたつ、みっつ、弾いた。
しかし、残り六つの波動は全てケンヤの身体に降り注いでしまった。
「ぐあああああああっ!」
ケンヤは、身体に次々に波動を浴びながら、吹っ飛びながら、レウに叫んだ。
「…ブ…ブルーファルコンは…、世界を救う力なんだ…!」
ドウン! ドウン! と言って、弾かれた三つの弾道が、クーモズ川に落ち、三つの大きな水柱が立ち上った。
六つの波動を受けて吹っ飛んだケンヤの身体も、二度バウンドして、石畳に叩きつけられた。
「…風帝の歴史は、そうやって自らを誤魔化してきた歴史なんだよッッ!」
そうレウが叫んだ。
水柱で立ち上った川の水が、ぱらぱらと雨になって降り注いだ。
「だから、敗れた! オレの勝ちだケンヤ!」
「違う… 負けないね…レウ!」
濡れながら、ボロボロになったケンヤが、ゆっくりと立ち上がった。
「まさか…まだ立ち上がれるっていうのか…」
「ハア…ハア…ハア…」
「…何が違う。もう死にかけじゃないかケンヤ…。オレは認めないぜ。風帝は敵。その主義はオレの血肉なんだ!」
雨が、すこしずつ止んでいった。
「血肉…だって?」
「…いい戦いだった。オレは今からあんたを殺す。ケンヤ」
「やられない…。オレこそ…次であんたにとどめを刺してやる…!」
「できるもんかよ。冥土(タンバルシア)の土産に見せてやるよ。その根拠を」
「根拠…?」
レウの姿が光り、ゆっくりその姿はしぼみ、小さなきつねになった。
「これがオレだ」
きつねは、くるっと体を一回転させてその姿をケンヤに見せたあと、また光り、元の人間のような姿にもどった。
「!」
「オレは…ただのきつねだった。
そんなオレにこの姿を与え、
力を与え、
理性を与え、
愛を与え、
シーザーシールドを与え、
そして主義主張を与えてくれた。
それが、邪雷王シーザーハルト様なんだ。
邪雷王様や、その盟友ワルジャークさんや、
同志ディルガインさんが掲げる風帝打倒。
それは絶対に譲れない。
何を言われようとな!」
「…そうだったのか…」
「そうだ」
「だけど…破壊を是とするあんたたち…魔王たちは…絶対に正しくなんかない…。絶対にオレも、譲らない!」
「正しければ勝つのかい? 蒼い風は正しかったとしても滅びたんだぜ。正しくはないけどな」
「正しくても勝てないかもしれない。でも、だからこそ、正しいことを言っているほうが勝つってことは、価値があることなんだ」
「その正しいっていうのは…オレ達のことなんだぜ」
そう混ぜっ返して、レウは構えた。
「違うっ! 正しさは譲られてない!
それで…繋がれてゆくんだ…。こうやって!」
ケンヤはハヤブサシールドを地面に放り投げ、両拳を天に上げた。
「風(ふう)…来(らい)…ッ!」
傷ついたケンヤの両拳の周りをくるくると風が回り始めた。
レウは対抗しようとした。
「ハアアアアッ!……!」
が、構えた手から波動が出ない。
「そ…そんな…」
…もう、レウのちからは尽きていたのだ。
あわててシーザーシールドのフォースゲージを見ると、残量なしをあらわす「E」を指している。
「この…タイミングでかっ…?」
レウのシーザーシールドの浮遊部分は浮力を失い、カランカランと音を立てて落ちた。
レウの脳裏にワルジャークの言葉が思い出された。
『レウ、その鎧に込められた、わが師・邪雷王シーザーハルトの想いは、私の誇りでもある』
決して破れるはずのないものが…誇りが…破れるのか…?
「…奴の言う、譲れない正しさが…導いたっていうのかよ…!」
ケンヤは、天に上げた両拳をゆっくりと下げ、ぐい、と、構えた。
「風来・拳風車(こぶしかざぐるま)…っ!」
その瞬間、ケンヤは無数の拳をレウに放った。
ドゥアアアアアッ!
「うおおおおおぁぁぁぁぁ!」
レウの身体が舞い上がった。
ケンヤは、最後の力を振り絞っていた。
「風来・拳風車……疾・風・竜・巻(アネモストロヴィロス)…!」
ぎゅううん、とレウの身体を、アネモストロヴィロスと呼ばれたかまいたちの風の刃が切り刻んでゆく。
ビシビシビシ…、と、シーザーシールドの鎧部分にヒビが入ってゆく。首元の魔力核も、連動してヒビが入ってゆく。
そしてレウは、大地へと叩きつけられた。
ズン…。
叩きつけられたレウの身体は、衝撃でもう一度舞い上がった。
(なんで…自分のオーラの量に気付かなかったんだろう…。
なんで…フォースゲージの残量を確認していなかったんだろう…。
そうか…。
オレは…それほどまでに…この戦いに熱くなっていたんだ…。
邪雷王様が最も恐れていた巨悪…風帝との戦いに…。
そして…オレはいま…死ぬんだ…)
自分の身体から吹き出す血液が見える。
そして、砕かれてゆく自分の鎧や、下着が舞っているのも見える。
(シーザーハルト様がくれた、シーザーシールドが…)
「そうか…。オ…オレは…。…誰にも抱かれぬまま死ぬんだ…。それが報いなのか…?」
その時である。
がしっ!
舞っているレウの身体を、黒獅将ディルガインが抱きとめていた。
「もう一度、選手交代だ。レウ」
ディルガインがレウを見つめた。
「ディ…ル…ガインさん…さ……助けてくれたの…いいけど…
そんな…じっと見ん…なよな…
…あっ…」
レウは、裸になってしまった胸を隠そうとして、はじめて、もう自分の身体が人間の形をしていないことに気付いた。
レウはもう、きつねの姿に戻っていたのだ。
「まだ死なんよお前は…よくやった…。邪雷王シーザーハルト様を信じたからだ」
「ああ…ディルガインさん…。そうだね、ディルガインさん…ディルガインさん…」
「さっきお前が諦めの言葉を言ったのも、聞かなかったことにしてやる…。お互い様でな」
「えへへ、弱みを握りあっちゃったね。ディルガインさん。…その借りも返すよ」
「何でもいいのか?」
「うん、仲間だからね」
そう言ってレウは少し身を起こして、
ぺろぺろ、
とディルガインの頬に残る傷を二回なめた。
「お互いの傷とか…、なめっこしよっか…、ディルガインさん」
レウは弱っていたので、こういうところで獣の習性が出てしまった。
「…ヒトの姿のときでもいいのか?…」
ディルガインが、そんなセクハラを言って、からかった時には、小さなきつねはもう、気を失っていた。
きつねは、身体からかなり出血している。
ディルガインは、壊れたシーザーシールドを拾い上げ、レウの上に置き、天翔樹(てんしょうじゅ)の葉をレウに使用した。
バシュン!
音を立ててレウの傷ついた体は転送されていった。
「死ぬなよ…レウ…。邪雷王様が悲しむからな…」
そう呟くディルガインであった。
「さてと。…やるな小童(こわっぱ)。まさか…あの白狐帝レウを倒すとは…。さすがは小童でも風帝の卵だな」
「ディルガイン…回復して戻ってきたのか…くそ…」
ケンヤはもう、限界だった。
「少し聞いたぞ小童。正しさを譲らなければ繋がると言ったな、先ほど」
「い…言ったさ…」
「それは、断ち切ってやるのだ。我々が」
「駄目だ…譲れない…」
「こちらも譲れぬさ。死ね、小童…」
ディルガインは容赦なくその牙を振るった。
「黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)…!」
ズザン!
「ギャアアアアア!」
ケンヤの身体を黒い爪が引き裂いた。
「うう…」
血しぶきが高く舞い、ケンヤは倒れた。
「鎧でギリギリ助かったってところだな…。さあもう一撃だ。死ね…小童(こわつぱ)!」
「…駄目だッ…!」
そのときである。
「実にいま、試練の時だな、少年よ」
そんな声がどこからか聞こえた。
「…誰…?」
と尋ねてからすぐ、ケンヤはそれが誰かがわかった。
ひゅうううううう。ふゅゅぅううう。
ひゅうううううう。ふゅゅぅううう。
風が風を鳴らし、音は音に重なり、音楽となった。
カゼのウタ。音楽魔法である。
「何者」と、ディルガイン。
ざんざんざざん、ざんざんざ、ざんざん!
ざんざんざざん、ざんざんざ、ざんざん!
曲は変調し、テンポが早まった。
「その名も、ザスターク=ザ=ブルートルネード…!」
バァァァン!
ザスタークが登場した。
「…ザスタークさん…!」
「ザスターク…! 貴様が噂の…」
「聖職なるルンドラ領主にして、醜悪なるワルジャークの四本足が一足、愚かなる黒獅将ディルガインよ。よいか。
この少年はひとりの戦士として戦い抜き、すでに一度貴様に勝利し、白狐帝レウにも勝利しているのだ。知らぬ存ぜぬでは通らぬぞ、卑怯千万(ひきょうせんばん)ディルガインよ!
貴様がこのタイミングでこの少年を倒すことは、卑劣な狼藉(ろうぜき)に他ならない。
万に一つ、億にひとつ、ゼプティム一〇八神が許しても、このザスターク=ザ=ブルートルネードと、その怒号が、許さぬ!」
「ぬ、ぬぅ…」
「…ザスタークさん、また見てたのか…。じゃあもっと早く助けに来てくれても…」
「大丈夫か? 勇敢なる少年」
ザスタークは倒れたケンヤの頭にポンと手を置いた。
「…う…うん…」
「なら、試練だ。修行だ。研鑽(けんさん)だ」
鎧の硬い手甲のせいだろうか、ザスタークの手は硬く冷たい。
「…そんな…」
「いつも言っているだろう少年よ。何事も試練だ。そもそも俺自身がお前の試練なのだ。甘えるな。決して甘えるなよ、勇壮なる少年よ」
「…もう…わかってるよザスタークさん。…ありがと…」
そう言って言葉を返す勇壮な少年は、もう立ち上がれなかった。
血がどくどくと流れ出ている。
ケンヤの赤い鉢巻が赤いまま濡れてゆく。
ザスタークは、仮面をディルガインに向け、睨んだ。
「そういうことだ。ここは退け。愚拙なる黒獅将ディルガインよ。さもなくば蒙昧(もうまい)なる貴様は、このパワーブリッジで本日二度目の惨敗を喫することになる!」
そう言ってザスタークはディルガインに迫った。
ディルガインはニヤリと笑った。
「くっくっく…何者かは知らんが、噂どおりの格好つけぶりだなザスターク…。だがな。すでに事態は我々の思い通りなのだ。
見えるだろう? ロンドロンド城の上空に、変化が起こっているのを!」
それでケンヤも、朦朧(もうろう)とした眼(まなこ)でロンドロンド城を見た。
「…ああっ…! …なんだ…あれ…?」
「…どういうことだ…!」
「退いてやる、退いてやるとも。
だがな、敗れたからではないぞ。
わが軍も、わたしもレウも、結果的に勝利したからだ!
ははははは! さらばだ!」
ディルガインは天翔樹の葉を放り投げ、去った。
ひらり、ひらりと、黒から白へ色を変えた天翔樹の葉が落ちた。
「……」
「……」
ケンヤとザスタークは、パワーブリッジから見えるロンドロンド城の上空を眺めて呆然としていた。
空には、文字が書かれていた。
《祝 伝説 の 英雄 ワルジャーク 復権
ワルジャロンド 建国 記念
ふかし いも たべ ほうだい
ウイングラード騎皇帝王国 は 今日 から
砕帝国ワルジャロンド に 改名 しました
みんな 無税 に なりました
ワルジャロンド 国民 の みなさん
よろしく おねがい します
なお 逆らうと すべからく 死刑
これ を 記念して 城門 で 二十四時間
ジャガイモ と ふかし いも 無料配布中
みんな の 英雄 ワルジャーク より 》
「…ロンドロンド城が…陥落したんだ…!」
朦朧(もうろう)としているケンヤも、そう気付くことができた。
「どうしよう、ザスタークさん」
「何度も言わせるな少年…。
俺はお前の試練だ。そしてお前に降りかかる何事も試練なのだ。
鍛錬だと思い、適切に行動してみろ」
「…いつもザスタークさんはそう言ってすぐ消えちゃうけどさ、どうして…」
と、ケンヤが文句をつけている最中に、ザスタークの身体はみるみる薄くなっていく。
「歯磨きしろよ、時々忘れているだろう。俺は見ているぞ」
「…もう…! ザスタークさん…!」
ザスタークは消えてしまった。
「ちぇ…」
「…ねえ、太い柱さんはどうしたら…いいかわかる?…」
ブッブー…
「だよねえ…」
ケンヤはもう死ぬなあ、と思った。
血が、止まらないのだ。
ザスタークはイマイチ抜けていて、そこまで気付かなかったようだ。
ピロリロリーン!
そこで、急に柱が、嬉しそうに合図をした。
「おーい、リーダー…!」
竜のトムテに乗って、ガンマとアルシャーナとレルリラ姫と小鳥が戻ってきたのだ。
「無事だったか大将! よかったな」
「…アルシャ…無事じゃ…ない…よ…」
「ちょっと鼓動、早いやんか、色々えらいことになったもんな」
そう言うガンマは別の方向を向いている。血を見たくないのだ。
「ケンヤ、レウは倒せましたか?」
「…ああレル、逃げられたけど…、勝っ…た…よ」
「きゃー! すごい!」
「ぴいぴいぴい!」
ピロリロリーン!
「って、そんなことより!」
「…あれですねっ!」
三人は一斉にロンドロンドの上空を見た。
「何が起こったんだ…?」
「お父様や…お城のみんなが心配です…」
「…大丈夫かな…?」
「やめて!」
「こらあかん…リーダー、ロンドロンド城や! 乗り込むで!
…って…リーダー?」
「…大将?」
「…ケンヤ?」
ケンヤは、返事をしなかった。
ケンヤは、目を開かなかった。
「乗り込みは…延期や…」
気絶した相方を見たガンマは、そう言うしかなかった。
ちゃんと目を見れば、すぐにわかったことなのだ。
血を見られないために仲間の状態確認から逃げたガンマは、こつん、と、自分の頭を自分で小突いた。
それからガンマも、ケンヤの血を見たため、気絶した。
「姫さまああああ! ひぃぃめさまぁぁああああ!」
遠くから悲壮感たっぷりの大柄の女性の声が聞こえてきた。
ケンヤ達がロンドロンド城の正門にやってきたときにやりとりをした、あの門番のおばちゃんの人が、血相を変えて走ってきたのだ。
「ムーンライムさんですわ!」
ピロリロリーン!
ムーンライムさんというらしい。
ムーンライムさんがきっと、何が起こったのか、説明してくれるであろう。
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