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#15 クーモズ川のパワーブリッジ


 さて、黒獅将ディルガインにさらわれたレルリラ姫はどうなっただろうか。

 煙幕を放ち、いったんケンヤ達の視界から消えたディルガインは、ダミーの芋獅子仮面(いもじしかめん)を仕込んだ風船を空に飛び立たせ、自分はロンドロンド街道の曲がり角を曲がることによって、追っ手をまくことに成功していた。

 ケンヤ達がイモを追跡してゆくのを見届けたディルガインは、レルリラ姫を抱えたまま再びロンドロンド街道に戻って街道を進んでいた。

 路傍に、ヨウセイツツミの野花が力強く咲いているのがレルリラ姫の視界に飛び込んできた。

(咲いてる…)

 そう、レルリラ姫は実感した。

 そう思うとすこし元気が出た。

 そして、この気力こそがディルガインに、交渉を切り出すきっかけなのですわ、と思った。

 そして、切り出した。

「ディルガイン、あなた…、ずいぶん消耗していますね…」

 姫が魔獣に声をかけた。

 黒獅将ディルガインは、返事をしなかった。
 ただ黙々と、石畳をザカザカ歩いていった。

 レルリラ姫が問いかけたとおり、確かにディルガインはひどく疲れているようで、彼は肩で呼吸をしていた。

 レルリラ姫は続けて言った。

「あらためて申し上げます。ディルガイン。わたくしを放してください。
 あなたはつい先程、わたくしを殺そうとしていましたね。
 ですがあなたはワルジャークの指示でこうして、わたくしを殺さずにさらおうとしている…。
 …ですが、ディルガイン。
 なんなのですか、今の状況は。
 今の枯れ果てたあなたに、ワルジャークは手も差し延べないのですよ」

「な…なにが言いたい…?」

「あなたは主(あるじ)・ワルジャークに見捨てられたのでしょうね…」

「…ちがう…っ…!」
 ディルガインはすかさず反論した。
 レルリラ姫は続けた。

「ディルガイン。あなたが崇拝する『砕帝王将ワルジャーク』は本当に、崇拝に値する人物なのでしょうか。わたくしには、そうは思えません。
 魔王主義に基づく『破壊と支配ありきの思想』を持つ彼の帝王学は、絶対に、誤っています。
 それに、あなたもワルジャークにとって捨て駒なのだと思います。
 今からでも決して遅くはありませんよ、ディルガイン。
 あなたもルンドラの領主なら、何がルンドラのためなのか、もう一度考えてはもらえませんか…?
 大体、わたくしのような小娘をさらって、一体何ができるというのでしょうか。何も出来はしません。
 さあ、わたくしをはなしてくださいませんでしょうか。
 すこし考えて下さいディルガイン。
 さもないと、わたくしにも考えがあります」

 八才の少女とは思えない達者な演説を聞きおわったディルガインは、肩で息をしながら、
「…見…くびる…な…!」
 と、ただそれだけを呟いた。

 おそらくディルガインはレルリラ姫に、ワルジャークと自分の、どちらも見くびるなと言ったのだろう。

 そしてディルガインは、また黙々と、ロンドロンド街道を進んだ。

 2人は「パワーブリッジクッキー」と書かれた看板を掲げたおみやげ屋の前を通りすぎた。
 それで、レルリラ姫はこの道の先になにがあるのかを思い出したので、こう言った。
「パワーブリッジで回復を図るつもりですか?…無駄です…!」

「む、無駄なものか…!!」
 ディルガインはそう返した。

 王女を抱えた魔獣は、ロンドロンドの街をまたがるクーモズ川に架かる橋の前で立ち止まった。

 ロンドロンドの名所のひとつ、
 「パワーブリッジ」である。

 クーモズ川には、氾濫(はんらん)を防ぐため高い堤防が築かれており、その堤防よりさらに高く、この橋「パワーブリッジ」が架けられていた。

 橋には三ナメトルほどの高い柱が、やはり三ナメトルずつ間隔を開けて、橋の両サイドに点々とそびえ立っていた。

 この「パワーブリッジ」は、旧来よりロンドロンドの街の出入口と言われていた。

 ロンドロンドの街が、こじんまりとしながらもある程度大きくなった現在でこそ、橋の両側に街があるが、かつては、この橋がロンドロンドの街境だったのだ。

 やってくる疲れ果てた冒険者の傷を癒して迎え入れ、
 これから長旅に挑む冒険者に力を与えて見送るため、
 なんと、この橋には、驚くべき機能が備わっていた。

 ディルガインは、引き続き肩で息をしながら、その機能について語った。

「こ、このパワーブリッジを渡り切ったあと、橋の端、ちゅ、中央の青いタイルを踏むと…、ピッ、ピロリロリンと、お、音がして、HPが回復するはずだ…っ!」

 ディルガインは限界まで消耗していた。だからこの回復スポットを頼りにしていた。

「それは有名ですが…そうはいきませんのですわ」
 レルリラ姫がそう、きっぱりと言った。

 そのとき。
「パンパカパーン!!」
 と、聞こえた。

 ラッパの音色が鳴り響いたわけではない。
 誰かが「パンパカパーン」と発言したのだ。

「パンパカパーン、パンパンパ、パンパカパーン!!
 ようこそパワーブリッジへ!!」

 シルクハットをかぶり、人語を話す巨大な鳥が、翼を両腕のように使用して、ステッキをくるくる回しながら登場した。

 一八〇センチナメトルほどに巨大化したコマドリの外観。
 ただし、クチバシの先に、豚の鼻がついている。

 その生物が話し始めた。

「わたくし、このパワーブリッジなどのロンドロンド名所を自主的に愛好する組織・『ロンドロンドふるさと会館』の大館長、ロヴィンポーク=ド=リッチロンド大伯爵でございます!
 このパワーブリッジを作ったロヴィンマトン大伯爵とも一部だけ名前が似ているので、子孫かもしれないと自主的に大推測しております!
 さてところでパンパカパーン!!
 ロンドロンドの名所でロンドロンドふるさと会館の館員に会った方には、ロンドロンドふるさとスタンプを特製スタンプカードに、なんと、スタンプ一個!もれなく一個さしあげます! 
 パンパカパーン!おめでとうございます!!
 しかしただいま、『夕方タイムサービスキャンペーン』期間中なので、さらに追加で、ロンドロンドふるさとスタンプを十八個!もれなくスタンプ十八個さしあげますのでパンパカパーン!!!!
 ロンドロンドふるさとスタンプ、もれなく始印!!」

 ズババババババ!!
 ロヴィンポーク大伯爵は、スタンプカードを二枚空中に放り投げると、「ロンドロンドふるさとスタンプステッキ」の先についたスタンプで、高速でロンドロンドふるさとスタンプカードに、スタンプを押した。

「了印!!とう!!」

 と言って、ロヴィンポーク大伯爵は、黒獅将ディルガインとレルリラ姫に、ロンドロンドふるさとスタンプカードを手渡した。
 スタンプが集まると一体どうなるのかは聞かないまま、二人はスタンプカードを受け取った。

 どうやら二人は、観光案内人であるこの大伯爵に、観光客と見なされた模様のようなのである。

 そんなロヴィンポーク大伯爵に、ディルガインが言った。

「私は、ルンドラ領主ディルガインである…。
 ロヴィンポーク大伯爵。HPが回復するスポットはどっちだ?」

 するとロヴィンポーク大伯爵は、

「では、ただいま『回復スポットご案内キャンペーン』実施中につき、ロンドロンドふるさとスタンプを、追加でなんと七個!もれなく七個さしあげます!!」

 と言い、再度スタンプカードをディルガインから受け取って、改めてロンドロンドふるさとスタンプを押した。  こんどはオーバーアクションせずに、普通に地味にポツポツと押した。

 押しながらロヴィンポーク大伯爵は
「始印とか了印とか言うのは何度もやると結構くどいので、割愛させていただきます」
 と、言った。

 なんていいひとなのだろうか。

 レルリラ姫は、この大伯爵には余計なトラブルに関わってほしくないと思い、
「ありがとうロヴィンポーク大伯爵。あとはわたくしたちで行けますわ」
 と言った。

 これ以上関わらせてはロンドロンドを愛する爵位ある人物を、むやみに危機にさらすだけだからである。

 しかし、
「いえ!ぜひぜひご案内させてください!!もうスタンプ押しちゃいましたので!!」
 と、ロヴィンポーク大伯爵は張り切って先導した。
 スタンプは絶対なのであった。

 なんていいひとなのだろうか。

 レルリラ姫も、スタンプが集まることにすこし期待してしまったため、(スタンプがつくのですから仕方ないですわね……)と、思うことにした。

 そして伯爵と領主と王女は、橋を渡っていった。

 パワーブリッジの下を流れるクーモズ川のゆるやかな流れに、ロンドロンドの街並みと夕焼けが映り込んで美しい。

「すみません、そういえばただいま『夕焼けキャンペーン』中なので、夕焼けの日はスタンプ四個追加でした…。もれなく…」

 ぺこぺこ謝りながらスタンプを押すロヴィンポーク大伯爵の頬も夕焼けに染まっていた。

「パンパカパーン、ここです!!」

 ロヴィンポーク大伯爵が指を差した先。
 橋の床石のなかに、一枚だけ色の違う床石がある。

「橋を渡り切ったあとの、橋の端。
 この中央の青いタイルを踏むと、ピロリロリンと音がして、HPが回復いたします」

 と、ロヴィンポーク大伯爵が解説した。

 しかし、そのときである。
 レルリラ姫がこう言った。

「ただし、例外はあります。
 黒獅将ディルガイン。
 このウイングラード騎皇帝王国王女・レルリラ=ウイングラード=ワースレモンが断じます。
 あなたには、このパワーブリッジの加護を得る資格は、ありません!!」

「そんなはずはない!!
 ここに乗ればピロリロリーンと音がしてHPが回復する!それだけのことだっ!!」

 すかさずディルガインは言い返し、青いタイルの上に立った。

 ブッブーッ!!

 と、ブザーが鳴った。

「ブッブーだとお!!」

 ディルガインの顔が青ざめた。

「ピ…ピ…ピ…」
 と、呟いたあと、ディルガインは激昂し、叫んだ。

「ピロリロリンはどうしたああああああ!!!!!!」

 ブッブーッ!!

 ブザーが返事した。

 ディルガインは失意で崩れ落ちた。
 そこでレルリラ姫は、崩れ落ちたディルガインの拘束から抜け出した。

 すかさずロヴィンポーク大伯爵がレルリラ姫にひざまずいた。

「ははあーっ!!これはこれは姫さまっ!姫さまだったとは!!
 気付きませんで失礼いたしましたでパンパカパーン!!」

 レルリラ姫はなんとなく察して、ロヴィンポーク大伯爵にロンドロンドふるさとスタンプカードを手渡してみた。

「はい!!ただいまより『姫さま失礼いたしましたキャンペーン』実施中につき、ロンドロンドふるさとスタンプをもれなく五十六個!スタンプ五十六個さしあげますうう!パンパカパーン!!」

 レルリラ姫のスタンプカードにロヴィンポーク大伯爵があわててズバズバと、ふるさとスタンプを押しはじめた。

 それからレルリラ姫は、青いタイルの上に立った。

 ピロリロリーン!!

 光がレルリラ姫を包み、レルリラ姫のHPは回復した。

「見ましたか?黒獅将ディルガイン。このパワーブリッジは決して、悪のHPだけは回復させはしません!!」

「おかしい! ど、どうなっているのだこれは!!」
 ディルガインがアワアワした。

 ディルガインはあたりを観察してみた。

「おやっ…」
 橋の両サイドに等間隔に並ぶ柱のなかで、橋の端。
 青い敷石の一番近くにある柱の両サイドのうち、片方の一本だけが、妙に太い。

 よくみると、妙に太い柱には、なんと、ドアがついている。
 その中に、魔法力を感じる。

(この妙に太い柱の中から、通行人に回復魔法をかける人がいたのか…!)
 と、ディルガインは勘付いてしまった。

「中に人がいるな――――ッ!!!!」

 ディルガインが叫んだ。

「中に人など、いませんッッ!!」
 と、時を置かずにレルリラ姫が返した。

「中に人はいないことになっています!」
 とロヴィンポーク大伯爵が余計な補足をした。

「中に人がいるのかやはり!!」
 当然ディルガインがこう言うと

「中に人はいませんたら!!」
 と、しゃかりきプリンセスが躍起になった。

「中に人がいることは秘密なんです!!だからいません!!」
 と、豚鼻の観光案内人がフォローのつもりで墓穴を掘ったため、

「いや絶対いません!」
 とレルリラ姫は意地をみせた。当然、言い合いになる。

「ではなぜ妙に太い!!」
「たまたま妙に太いんですわ!!」
「ではなぜドアがついている!!」
「それも、たまたまドアノブ的な飾りがついたんですわ!!」
「ではなぜ中から魔力(フォース)を感じるのだ!!」
「それも、た、たまたまですわ!! 何にでも魔力(フォース)は宿ります!!」

 子供の嘘に付き合っていてもキリがない。
 そう考えたディルガインは、くるり、と妙に太い柱を向いた。
「では、柱に聞こう。妙に太い柱よ。中に人がいるだろう?」

 ブッブー!!

「わかった。ならこの柱は破壊しよう。紛らわしいからな…!」

 ズオウン!!
 轟音が響き渡り、またしてもディルガインはその身を魔獣にした。
 なんとディルガインは、まだその身を魔獣に変える余力を残していたのだ。

「ひええええ!!」
 カランカランと、ロヴィンポーク大伯爵の落とした、ロンドロンドふるさとスタンプステッキの落下音が響いた。
 それと同時に大伯爵は驚いて腰を抜かした。

 妙に太い柱を睨みつけるディルガイン。
 そのとき。
 妙に太い柱とディルガインとの間に、すっ、とレルリラ姫が立ち塞がった。
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