#13 追って、ロンドロンド街道
一方。
海を挟んで、ウイングラード本島。
一月のウイングラード本島は、肌寒い日が続いていた。
日照時間は短く、雨や霧の日も多いが、本日のロンドロンドの街は珍しく晴れ渡り、ひんやりとした澄んだ空をバックにして、街のどこからでも小高い丘の上にあるお城がよく見えた。
北端はウィウィクの村から南端はドッブワァーの街まで、ウイングラード本島を南北に横断する、参宮ロンドロンド街道。
この「参宮ロンドロンド街道」という名称における「参宮」の目的地となるのは、一義的にはロンドロンド城王宮だが、多くの庶民にとっての目的地は、王宮の所有する広大な緑地「ロンドロンドガーデンプレイス」内にある、ウイングラード騎皇帝立聖神宮殿群であった。
ロンドロンド城の王宮の四方のうち、前方には意外とこじんまりとしたロンドロンドの街が広がり、残る三方の方向にはこの緑地が確保されていて、広大な草地や森や空き地の中に、ところどころに聖神宮殿が点在していた。
城壁に囲まれたロンドロンド城の王宮の前方・正門エウイアアーチから延びる、参宮ロンドロンド街道の石畳には、新旧の店舗や民家や宿等が並び、街道を行き来する人は厚手のセーターやコートを着込んで、一月の防寒対策としていた。
そんな夕暮れのロンドロンドの城下街は、ざわついていた。
なぜならば。
ウイングラード騎皇帝王国のみならず、全下界(ドカニアルド)の治安維持の頂点に位置するロンドロンド城の王宮から、たびたび魔法による爆発音や雷撃が轟き、爆風の柱が上がったり、炎の柱が上がったり、雷の柱が上がったり、お城の屋根が吹き飛んだりして、城内が破壊されてゆく模様が街からも確認できたからである。
これを見た街の人々は騒然としていた。
街道沿いに連なる店舗や民家からは、多くの民が出てきて、何事かと心配そうに見守っていた。
世間ではまだ、レウとヒュペリオンによるエンジバラおよびペパーミンガム襲撃事件は、レルリラ姫がケンヤ達に説明したようにまだ報道されていないこともあり、一体なにが起きたのかは街の住民たちにはわからなかったのだ。
ロンドロンドの街に住む貴婦人たちも、街道沿いの井戸端会議で、
「奥様、みました?あれ…!」
「なんなのかしら、あれ…」
「わからないわ私、あれ…」
「やだわあ。爆弾テロだとしたら久しぶりよね、あれ…」
「今夜のおかず、どうしようかしら…」
などと、困惑している。
そのときである。
貴婦人のひとりが叫んだ。
「あっ!」
他の貴婦人たちも同調して叫んだ。
「あっ!」「あっ!」「あっ!」
しゅばっ!しゅばばばっ!!
貴婦人たちが、鋭い勘を働かせて何かを予測し、一斉にめいめいの長いスカートを抑えた。
その五秒後、突風が巻き起こった。
そして、猛スピードでなにかが街道を全速力で駆けていった。
なにかが通り過ぎたあとも、貴婦人たちは、「次が来る予感」を察知してスカートを押さえ続けていた。
案の定、十秒後。
またしても同じくらいの猛スピードで、なにかが追走していった。
しばらく、それらの「なにか」達に付き合うように風がそのあとを追い掛け、風が止んだのを確認した貴婦人たちはようやくスカートを押さえる手を元のポジションに戻した。
職人技で無事スカートを押さえきった熟練の貴婦人たちは、
「あぶなかったですわ…」
「あぶなすぎましたわ…」
「あぶなさここに極まりましたわ…」
「あまりにあぶなすぎたあまりに、あぶなさが一周して、逆に全然あぶなくありませんでしたわ…」
「私は、そのあぶなくないのが一周したあと、さらにもう半周だけしたので、結局どちらでもなかったですわ…」
「今夜はカレーにしようかしら…」
などと言って安堵した。
「しかし、何だったのかしら…」
さすがの貴婦人たちも、それらが何だったのかは、よくわからなかった。
「ただ、あとから来たほうは、いっけー!って言ってましたわ!」
「いっけー、言ってました言ってました!」
「いっけー…って、なにかしら…」
「一計を案じていたのかしら…」
遠くで、確かにそう聞こえていた。
冷たい外気に、婦人たちの息が白く踊っていた。
★ ★ ★
「いっけええぇーっ!!!!」
ケンヤが叫ぶ!
「いっけええええー!!!!!!」
「いてもーたれえぇーっ!!!!」
アルシャーナとガンマも叫ぶ!
「ぴいいいぃぃーっ!!」
いつのまにいたのか、ぴちくりぴー(鳥)も叫ぶ!
竜のトムテは、背中にケンヤとガンマとアルシャーナを乗せ、頭にぴちくりぴーを乗せ、猛スピードでレルリラ姫をさらった黒獅将ディルガインを追跡していた。
「ちくしょおおおーっ!!!!追い付かねええええーっっ!!!!」
竜のトムテが同じテンションで叫んだ。
「大丈夫やああああー!! 縮まっとる!! 縮まっとるでええー!!」
ガンマが距離を分析してこう叫ぶと、トムテは喜び、
「グワオオオーッ!!」
と竜らしく嘶(いなな)いた。
参宮ロンドロンド街道の石畳を、
竜の嘶(いなな)きが響き渡る。
そして、魔獣と竜の蹄(ひづめ)が駆ける音が響き渡る。
器用に歩行者や障害物を避けながら、びゅんびゅん猛然と駆け抜ける両獣。
ケンヤは、黒獅将ディルガインに担がれているレルリラ姫に向かって、こう叫んだ。
「レルーっっ!もう少しだからなああああーっ!!!!」
ディルガインに抱えられたレルリラ姫に、背後で追跡するケンヤの叫びが聞こえた。
レルリラ姫にはそれまで、「レル」と呼んでくれる人はいなかった。
彼女は、王女だからである。
だからレルリラ姫は、
「…レルとはなんですか、レルとは。…もう…」
と、小さくつぶやきながらも、
ちょっぴり自分がこの状況にわくわくしていることに気付いていた。
「ちょ、調、子、に、乗る、なよ、小童(こわっぱ)、ども、が、っ!」
ディルガインは、激しく息を切らしながら、猛スピードで走りつつ、鋭い口調でそう言った。
激しい怒りとダメージと疲れで、ディルガインは、その声も、その発言内容も、ともに余裕のないものとなっていた。
ディルガインのこの発言のあと、レルリラ姫はぞわっと寒気がした。
一月の冷たい外気の中を猛スピードで走っているので、強い冷風にさらされている寒さも感じているが、この寒気は、その寒気とは明らかに別個の、神経的な部分に作用する寒さだ。
それは、ディルガインから発せられた、自分への殺気なのだとレルリラ姫は、気付いた。
(そういえば、このディルガインは、わたくしを殺したいのでしたわ…)
つい先程、この魔獣は自分を殺そうとしたのだ、
とレルリラ姫は思い返していた。
ディルガインがレルリラ姫を殺したいのに殺さないのは、
「魔王は姫をさらうものだ」
と、ワルジャークがつぶやいたからである。
ただ、それだけの原因にすぎない。
ディルガインはワルジャークに「姫を殺すな」とはっきり指示されているわけではないのだ。
だから、例え殺されないとしても、危険な状況である。
恐怖を感じた八歳の少女・レルリラ姫の涙腺はすこし潤いを蓄えたが、それに気付いた少女は、強い意思を持って涙腺の潤いを殲滅させた。
状況からレルリラ姫は確信していたのである。
絶対に大丈夫だ、と。
しかし、竜のトムテも息を切らせはじめてきた。
そこで、アルシャーナが声をかけた。
「大丈夫かい?トムテ」
「あ、あたぼうよ!!
け、今朝、ちいっとばかし、レックスの旦那と大喧嘩しすぎただけだっつーのっ!!」
トムテは強気だった。
自分の疲弊の原因が、このたびの戦闘や追撃だとは言わなかった。
そうすることによって、ディルガインよりレックスのほうが上だと言いたい気持ちを示した。
「トムテ、あんた男だな」
とケンヤは感心した。
「へん。姫を救えない竜は、聖騎士レックスの竜とは言えねーからよっ!!」
そのトムテの言葉を聞いたケンヤは、トムテの背中をポン、と軽く叩いて同調し、言った。
「ああ…レルは、これからのウイングラードと下界(ドカニアルド)にとって、大切な人だ。絶対に助ける!!」
今日ケンヤが出会ったレルリラ姫という少女は、八歳にして、しっかりとした王女としての自覚と、風格と、正義感を持っていた。
自分のペースを確固として保っているところがあり、自己中心的な印象も受け、まだ十分相手の空気を読めないところもある。
だがレルリラ姫は、そんな中でも、きちんと相手の立場や主張を汲み取りながら何とか対応しようとしていることに、ケンヤは気付いた。
様々な受難が次々に降り注ぐ一国の王女には、こういう人材が必要なのだ。
そう、ケンヤは強く感じた。
そして再び、声を張り上げた。
「いっけええーっ!!トムテー!!」
「いーってやらああああーっ!!」
トムテはそうケンヤに叫び返し、脚力により力を込めた。
ガンマがトムテに魔法をかけた。
「おっしゃー!!呪文・覚疾速(カールインス)!!」
この魔法の効果により、トムテのスピードは跳ね上がった。
トムテはディルガインに、ぐんぐん追い付いていった。
「追い付きはじめたっ!!」
アルシャーナが叫んだ。
「ぴいっ!」
ぴちくりぴー(鳥)も同意した。
追われる黒獅将ディルガインは、バシュンバシュンと跳ね上がる自分自身の心臓の音をなるべく気にしないようにしつつ、冷静ではない自分に冷静になるよう自分から呼びかけながら、必死で打開策を考えていた。
様々なドーピングを施してくるあの魔法少年が特に厄介だ。
通常のスピードなら負けないのだが…。
…そうだ。
もう、あれをあれしてああするしか、ない。
MPは足りるだろうか。足りないかもしれない。
しかし、やるしかない。
「呪文・煙幕(ムッセーロ)!!」
ディルガインが二文字魔法を唱えると、ボウ!と煙幕が放たれ、一気にあたりは煙に覆われた。
一瞬、ケンヤ達の視界からディルガイン達が消えた。
「げほ!げほ!げほ!」
むせるケンヤたち。
「そうはいくかいっ!!…呪文っ!解煙幕(ムッセーヌ)!!」
ガンマがすかさず解呪魔法を放つと、煙幕はまた一気に消え去った。
すると、ケンヤ達の索敵範囲からディルガイン達の姿は消え去って…
…いたかに見えたが、
消え去っていなかった。
「空だっ!!」
アルシャーナが上空を指差した。
アルシャーナが指を差したのは、後方、五時の方向。
「なにか」が、ケンヤ達を一気に引き離し、小さく遠ざかってゆくのが見えた。
「リーダーかんにんっ!!」
ガンマは、ケンヤのハチマキのヒラヒラを掴んで引っ張り、ケンヤの頭部を自分側に引き寄せると、ケンヤの頭に巻かれたハチマキを下にずらしてケンヤの視界を塞いだ。
「うわ!!もしかしてっ!!」
ケンヤは慌てた。
「やってくれ運ちゃん!!」
ガンマがトムテに叫ぶと
「グワアオオォーッ!!」
とトムテは答え、翼を羽ばたかせた。
アルシャーナがびしっと指を差したまま、叫んだ。
「よし飛べっ!トムテー!!」
「グワアオオォーッ!!」
竜が返事した。
すると、
「うああああああー!!」
と、視界を奪われた極度の高所恐怖症をわずらう患者がひとり、 高所恐怖症の病状を示したが、トムテ達がそれに構うことはなかった。
だん、と、トムテは一気に地面を蹴り、
空へ!
高速飛行に突入した。
竜の翼はぎゅんぎゅんと、上空へ、上空へ。
ロンドロンドの上空へ。
「おー!!」
空からみるロンドロンドの街の絶景にアルシャーナは感嘆の声をあげた。
ガンマは、ケンヤが気絶したのを確認すると、紐を出してケンヤの身体をトムテに縛った。
呪文・覚疾速(カールインス)の効力を得ているトムテは、ぎゅんぎゅん加速飛行した。
一度離されてしまった追跡対象は、またどんどん近づいていった。
アルシャーナとガンマは改めて叫んだ。
「いっけええええーっ!!」
「いてまえやああーっ!!」
「ぴいーっ!!」
ぴちくりぴーも賛同したように鳴いた。
「ぴ…」
ぴちくりぴーは何かに気付いたようだ。
「ぴい?!」
ぴちくりぴーは頭の先についた羽根をうっすら光らせたあと、なにかに驚いた。
「ぴい!」
ぴちくりぴーは、ぴちくりぴーは、
「ぴいぴいぴいぴいぴいぴい!!」
超、ぴちくりはじめた!
ガンマが叫んだ。
「!!!しもたっ!!!」
ガンマは、ぴちくりぴーが何をぴちくっているのかを、察知したのだ。
「このわいが、出し抜かれるなんて…っ!!」
ガンマは、ディルガインとの駆け引きに負けたのだと気付いたのだ。
「ああああっ!!」
アルシャーナも自分自身の目視で、気がついた。
ディルガインに見えるものは、なんと、ディルガインに似せて精巧に出来た、風船だったのだ。
「ディルガインの奴、あの煙幕の短い間に巻きやがったのかっ!
あ、あんなスピードじゃ、読めないって!」
アルシャーナは、そう言って自ら悔しがりながらも、ショックを隠し切れないガンマをフォローした。
「わいと…したことがっ!!」
ガンマは風船を睨みつけた。
そのときである。
風船の中から、声がした。
「ポテポテポテ…。まんまと騙されたポテ…」
「ポテ!?」
聞き慣れない方言にガンマとアルシャーナとトムテは面食らった。
それからガンマは
「あかんっ!!」
と叫び、あわてて杖をぐるん!とバトンのように高速で回しながら、
「呪文!防幕(マーバリア)!!」
と唱えた。
トムテたちの回りに透明な球体の魔法障壁が形成された。
つまりガンマは急いで防御魔法を唱えたのである。
そして、その一秒後、一気にディルガイン風船は大爆発を起こした。
爆発と同時に大量のなにかの硬い固形物が、石つぶてのようにドカドカと魔法障壁に降り注いだ。
ガンマが驚いた。
「これは…ジャガイモ…!」
石つぶてではなく、
芋つぶてだったのだ。
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