#7 黒獅将(ディルガイン)vs聖騎士
ズゴバン!!!と、王の間。
執事ジージが駆けてきたその部屋に、さらに轟音。ジージは言葉を失った。
ウイングラード騎皇帝王国の誇る、ロンドロンド城・王の間の天井が。
抜けた、抜けた、抜け落ちた…!!
シャンデリア燦然(さんぜん)と砕け散り。
荘厳(そうごん)な宮廷画家パブモト=ピカローが、荘厳に50年かけて、荘厳に荘厳に描いたという、荘厳で有名な天井絵も、それはそれは荘厳に、台無し(パー)。
聖騎士レックス渾身の太刀を、魔獣と化したルンドラ領主…ディルガインの黒い爪が弾き、弾かれた剣が天井を破ったのだ…!
そして…。下界の誇る聖騎の剣は、空の彼方へ。
「トムテ――ッ!」
レックスは相棒の竜の名を叫び、両手に気を溜める。
「しょうがねえオッサンだな!」
と、後方から竜のトムテは、レックスを向き、すうっと呼吸した。
かっ!赤く輝いた。
ごおっ!!!
激しい炎を得たレックスの気は、高く燃えあがった!
ディルガインの胸の獅子が吠えた、グォアオ、と!
「ははは…やめておけ…。大切な一国一城が焦げるのが関の山だ。…わたしには効かん!」
「があっ!!ほんじゃ試してみなよ…。素晴らしいって評判だぜぃ……!」
「はん!その言葉は、火災保険の営業マンが言ったのだろ?ははははは!!」
「んがぁぁぁァァ―――――!!!」
聖騎士レックス最大の奥義、その名を双波炎撃・闘矛諦烈波(そうはえんげき・とむてれっぱ)…!!
すかさず片目の聖騎士カクシは、騎皇帝ドルリラと周囲に、防火壁(ボカジュニア)の三文字魔法をかける。
一方、片腕の聖騎士ユクシは、まずいぞ!と叫ぶやいなや、飛び出した!!
ザゥォァガカカカァァァァァァッ!!!!
激しい熱、衝撃、天井の破片、音、光、爆風。
「ユクシ!!」
騎皇帝ドルリラ王は叫んでいた。
土煙(つちけむり)、もうもうと。
ほんの一瞬ではあるが、レックスは気を失っていたようだった。
我に返ると、なにやらなまあたたかい。やや重いが、ひと1人分ではない。
目をあけると、レックスの上には…ユクシの上半身がいた…。
ねちょ。
大量の血…である。自分の血ではない。ああ…向こうにユクシの下半身が見える…!
「ユクシさんっ!!!」
「と…取り乱す奴があるか…馬鹿者…レ…レックス…集中せよ…王の御前であるぞ…」
いつもなら、ここでユクシさん黄金の右腕のゲンコツが飛んでくるのに…。
こなかった。
「…お…お前のような未熟者は…、あいつには勝てん…。もっと…腕をみがけレックス…お前には2本も、みがくべき腕がある…。しかも若いんだからな…」
ユクシはレックスをかばって、ディルガインの獅子の牙「黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)」の直撃を受けたのである。
レックスの攻撃も、大したダメージは受けていないようなのだ…!
この人が飛び込まなければ、レックスがこうなっていた…!!
「俺は…お前のために死ぬのだ…せ…正座はしなくてよいから…死ぬな…そしてオレの3歳の息子(ガキ)の…めんどうは…たのむ…。お前のようなロクデナシには…嫁の来ても…な…ないだろうから…な…」
レックスは黙って頷いた。
ユクシは、ちらと、相棒のカクシを見た。
カクシの左の独眼が応えた。
二人は、微笑した。
そして…ユクシは、事切れた…。
レックスは、号泣した!
「うあああああっ!!!!ユクシさん!!ユクシさ―――ん!!」
ゴス!
レックスにカクシのゲンコツが飛んだ。
それはユクシの得意技だったものだ。
「落ちつきというものを持ちなさいレックス。あなたも王国の聖騎士なのだから…」
ごおっ!!
左眼を燃やして、カクシはディルガインを向いた。
「ディルガイン公…。高貴なる王宮を…よくも血で汚しましたね。あなたは先程、自らを正義と語ったが…正義にあやまりなさい…。そして何より…かけがえなき相棒の仇……!」
右腕のユクシと、左眼のカクシ。レックスが世界で最も尊敬する二人が、…あああ!!!
レックスは叫んだ。声枯れんと…
「カクシさんっっっっっ!!」
ディルガインは無表情に、しかし、確かに悲しく笑ったものであった。
「ははははは…!…許せ…!!」と…。
聖騎士カクシと、黒獅将ディルガインが向き合った。
新たなる犠牲者が生まれるのに、そう時間はかからなかった。
だっ!
執事のジージは、王の間を飛び出し、再びレルリラ姫の部屋へ向かった。
この時代、巷では、下界(ドカニアルド)最強の人間は、聖騎団のアッカ隊長と言われていた。
そしてその次は、ユクシか、カクシか、あるいは先の武闘大会優勝の、赤鳳(せきほう)拳聖ヘルメスだろうと言われていた。
その中の一人が、一撃で倒されたのだ!
しかも相手は…化物だ!!
あれがディルガイン公なものか…!
目も口もない…足も4本…!
あれは人間ではないではないか!
ダメだ!!ジージは必死で走った。藁にもすがりたかった。
誰かに何とかしてほしかった。
“あたしたちは、もう二度と負けないんだ”
『蒼いそよ風』の、あの少女の決意と自信のまなざし。
「万に一つ」という言葉もある。
救って欲しい。何て勝手なのだろう。
許していただきたい。ジージは泣きながら走った。
舞っていた。
聖騎士カクシが、舞っていた。
黒獅将ディルガインの獅子の牙を何撃も何撃も、マシンガンのように受け続け、受け続け、独眼カクシの体が、舞っていた。
果てしなく、なすすべなく、舞いつづけるカクシ。
血と。衝撃と。涙と。
共に舞った。
ザン!!
最後に激しく牙を、カクシに深ぶかと突き刺すと、ディルガインはカクシを地面に落とした。
ズザ。
ようやく、カクシは許されたのだ…。
そこに、剣が降ってきた。
一番はじめにレックスとディルガインが激突した際、天井を突き破って空に舞いあがったレックスの剣が、ようやく降ってきたのである。
ざく。
……それは、倒れたカクシの心臓に刺さった……。
「あああああああああ……!!!!!」
悲鳴をあげながら、すでにレックスは、再び気を失っていた…。
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