#3 山のほうのリュウオウザン
さて。先代の風帝はご存じ・ケンヤ=リュウオウザンである。
その先祖である初代風帝の風帝院フウラの本名は、フウランザー=リューガインという。
なぜ苗字が違うのか。
それはケンヤの曾祖母でフウラの孫のリシュア=リューガインという女性が、ロウガ=リュウオウザンという男性と結婚したからである。
リュウオウザン家は、実はリュウオウザンという山に住む一族の姓のひとつを由来にしている。
山のほうのリュウオウザンは、二ポニア帝帝国(ミカドていこく)・ノガナノーガエリアにある標高一九三〇ナメトルの山である。
では何故、ノガナノーガのその山の名はリュウオウザンというのだろう。
それは、その山の集落には龍も住んでいるからである。
といってもケンヤ=リュウオウザンの祖先が龍なわけではない。
龍も住んでいるが、人間も住んでいるのだ。
さらに、龍でもない人間でもない、龍人たちも住んでいた。
これが、「住んでいた」と過去形なのには理由がある。
そう。リュウオウザンにあった龍人の里・キットアシュガーはこの物語の冒頭で滅ぼされたからである。
その際にジョー達によって壊滅を免れ、残された龍の里シュモイカタと、人間の里ヨマッセは、木頂緑翼イズヴォロの封印を守りながらひっそりと日常を送っていた。
そんなイズヴォロの封印が解けかかっているという。
封印を守るヨマッセ大社の宮司マノッチャと、封士(シーラー)ロウザという父娘が、魔王封印における代表格であるロンドロンドのバッキングミ本殿に相談したところ、総大司教ムシェラより「蒼い風」に出動依頼が出たのであった。
ちなみに総大司教といえばヌヌセちゃんという人物がかつては務めていた役職であるが、彼女がどうなったのかの情報はこのエピソードでは割愛する。
冬のノガナノーガの高原は雪が多く、雪に埋もれかかった水晶の採掘場やスキー場のリフトなどもいくつか見えるが、ここ何日かは天候も良く、雪のない地肌もいくつか点在している。
そんな風景を見ながら少女たちが飛んでゆくと、目的地としていた連山のひとつが見えてきた。
「見えてきましたよ、ファイちゃん。あの山がリュウオウザンですね」
「すごいねキョウちゃん。きれいな山だね。高原が段々になってる。わー、これがあたしのご先祖様が住んでたリュウオウザンの里なんだ」
「わたしもこの里のひとつで生まれたそうなんです。三ヶ月くらいで今のお父さんに引き取られたそうですから覚えてないですけど」
「そうだよね。山麓の手前が人間の里、そこから登ると魔頂を封印している龍人の里の跡、さらにその上に結界に守られた龍の里だね」
「工房みたいな建物もいくつかありますね」
「水晶の加工所だね。このへんは水晶の原石が採れる鉱山地帯だから。だからこんな山の上とか中腹とかにも集落が出来たんだね」
「勾玉とかアイテムに加工したりとかするところですね」
「そうそう」
「…じゃあまず依頼人のいる、人間の里のヨマッセ大社まで行ってみましょう」
「神社」は、二ポニア各地に建てられた、太陽神ペティカーレイソルを祀るゼプティム神殿である。
ヨマッセ大社は広い境内を構える、リュウオウザンの人間の里の中で最も大きな神社なのだ。
また、九九九四年にジョー達によってイズヴォロが封印された際には、壊滅した龍人の里キットアシュガーの跡地にヨマッセ大社の別社であるキットアシュガー封印殿が建てられ、イズヴォロの封印が守られるようになった。
さて、ファイとキョウがヨマッセ大社の門前町を行くと、初詣でにぎわう様々な人々が、ファイとキョウの姿に反応して、口々に声をかけてきてくれた。
「あっ、風帝様だ」
「風帝様あけましておめでとうございます!」
「ござまちゅー」
「風帝様、光帝様、下界(ドカニアルド)をいつも、魔王とか魔獣とか魔人とか魔界人とか魔物とか究極のイエティとかいろんなものから救ってくれてありがとうございます!」
「聖帝様がた、今年のヨマッセ大社の初詣は本殿だけの開催ですよ。別社のキットアシュガーの封印殿のほうは閉まってるそうですよ。ご注意を」
「封印殿なんかに毎年初詣する人なんてあなたくらいですよ、相当モノ好きなんだから」
「いやいやー、ひと通り回る派のガチ勢も例年は結構いるんだって。多数派ではないにせよ」
「ファイちゃん超かわ」
「昨年は当代の五聖帝が白砕狐王(びゃくさいこおう)レクソン達を倒してくれなかったら下界(ドカニアルド)は無くなってたっていうねえ。ありがとうねえ」
「風帝様、光帝様、はつもうでいくの? たこあげした? 風帝様はいつもおもち何個たべるの?」
「光帝様そんなの着てさむくないの?」
「ということはボクの推しの超エモい雷帝ガルシャ君も近くにいるはず…、いたら遠くから眺めたい…。ボクそれだけでいい…。遠くから一回眺められたらもうそれだけで当面はごはん何杯でもたべれる…。どこかなどこかな…。っておらんやんけええええ! …ガルシャ君お正月くらいはゆっくりしてほしい…(早口で)」
「おや、龍人さんだね。昔はよくこのリュウオウザンの里にもいたけど懐かしい」
「あのお嬢ちゃんはただの龍人さんじゃないよ。五聖帝の光帝様だよ。それにしてもむかしは龍人と人間と龍たちで、水晶の原石の発掘量とかいろいろ張り合ってたりしたもんさねえ。龍人さんのお里が無くなっちゃうんならもっと仲良くしておきたかったよ」
「ああああ、新年早々に推しの光帝キョウ様に会えるなんていい年になるわー」
「風帝さんって冬休みの学校の宿題を吹き飛ばすとかできない?」
「お前やめろよ、大事な任務中かもしれないだろ。風帝様、光帝様、お気をつけて!」
「もうひとりの風帝様は今日はいないんじゃのう」
「ファイちゃん今年もがんばってください! うちの兄貴五人が大ファンみたいで、雑誌のファイちゃんの隠し撮りグラビアとかみていつもなんか五人でエキサイトしてます!! こんど、ファイちゃんのうすい本を作るそうです!」
と、門前町の参拝客たちはとめどなくファイたちに声をかけてくれた。
とりあえずファイはそのなかのひとりの声に対して重要な返答をするしかない。
「あなたが、あの、いつも情熱的なファンレターを基地本部にくれるあの五人の妹さんね…。ありがとう。よろしく言っておいてね妹さん。うすい本は、その中にエッチなページがあったら送らないでいいからね。これ大事だから言っておいてね」
「そもそもこの本がうすい本ですもんね。あっ、ありがとうございます、ありがとうございます皆さん――。あっ。ただいまファイちゃんの好きな△にゃんかく△のチョコスナックを頂きました。ありがとうございます。こんなのなんぼあってもいいですからねえ」
ファイとキョウは道行く人に挨拶をしながら、大社の大きな門のところまでやってきた。
といっても、ふたりは初詣どころではなかった。
「ここがヨマッセ大社だね!」
「書いてありますね。社殿の脇に宮司さんの家らしきものがありますね。行ってみましょう」
「おっとさんのずくなし! あああああもうやぶせったい!! めっためったもーもーしー!!!! 出て行ってやるんすうううう―――!!!!」
「「!?!?」」
女の子のよくわからない方言の叫び声が聞こえてきて、どんがらがっしゃーん!!!!!! と何か音がしたかと思うと、社務所兼住居から女の子が飛び出してきた。
体格はファイやキョウより少し小柄な子だ。
女の子は、だだだ…と走っていって、うっかりキョウと衝突してしまった。
「きゃっ!」
ぽーん、とメガネが飛んでいった。
女の子が「メガネメガネ…」と探しだしたので「はい」と、ファイは拾って渡してあげた。
「あ… ご、ごめんなさんすぅ―――…。ぶつかった方はお、お怪我とかぁ…、あんべーなっちょーだいすかぁああ…?」
「あんべーなっちょーだいす?」
塩梅は何ともないですかという意味である。
しりもちをついてしまったキョウは、よく言葉が分からないまま立ち上がった。
「あ…ひょっとしてぇー…、蒼い風の方々で、ござんすかぁ――?」
「そ、そうですけど」
「こらっし――でござんすぅ―――!!」
これは、いらっしゃいという意味である。
門前町で会った地元の人たちよりずっと方言が強い子だ。意識して古くからある方言を話すようにしているのだろうか。
「見苦しぃところを見せてしまったんすぅ――、あっしはぁ、皆様に依頼を申し上げてた册山封士(ザクザンシーラー)・ロウザ=リュウオウザンでござんすぅ――。あけましておめでとうござんすー」
「お、おめでとうございます。…りゅ、リュウオウザン!? あ、あたしは波風戦士(パフファイター)・ファイ=リュウオウザン。あたしも苗字がリュウオウザンなんだ」
「わたしは光龍幻士(ヒカルマグス)・キョウ=イチモンジです、はじめましてロウザさん。あけおめなのです」
「はい、ことよろなのでござんすー。
あっしがリュウオウザンなのは、あっしの四代前の先祖が、昔の蒼い風メンバーのロウガ=リュウオウザン様とロウラ=リュウオウザン様というご兄妹のいとこにあたるからなんでござんすよぉ。つまりこのロウザは、ファイさんとはかなり遠い親戚でござんすぅ――。それにぃー、キョウさんのことも聞ぃてるでござんすぅー。キョウさんの産まれた龍族の里キットアシュガーが滅びてからも、あっしたち残されたリュウオウザンの里のもんは、大切に跡地を管理してるんでござんすぅー」
ぱたぱたと衣装をはたきながらロウザは、てへへ、と笑った。
「そうだったんですね。ロウザさん、称号があるってことはもう元服されてるんですね」
「ああ、ちょっと比較的ぃ、あっし体格が小柄だからよく子供だと間違えられるんですぅ、でも元服してる大人なんすぅ。
…と、立ち話で雑談してる場合じゃないんすたぁー、魔頂の封印が解けそうなんすぅー。だから、この、神社で一番忙しい日に、あっしは初詣の仕事はやめにしてあなた方をお呼びさせて頂いてるんですぅー。
普通に封印したり封印を守ったりするだけのことなら、あっし共もそれが専門なので大丈夫なんすけどぉ。常識的な封印強度ではちょっと難しいレベルの不安定さに踏み入れかかってましてぇ、めっためった、あっし共で作れる以上の強い封印札が欲しくて、この道の最高峰である総大司教様にご相談して、皆様に来ていただいた次第なんすぅ」
「うん、キョウちゃんがムシェラ様から封印札を預かってきてるよ、ロウザさん。それに何かあっても大丈夫だからね、だってあたし風帝だから」
「おおお、ファイさん心強いでござんすぅ! というわけでぜひちょっとそこんとこの山道を登って見らしーでござんすぅー。雑談は登りながらにしらしーでござんすぅー」
山の上に登る山道の前に告知の立て看板が置いてあり、「別社・キットアシュガー封印殿は初詣中止・当面お休み中です」と大きな字で書かれている。恐ろしい魔頂の封印が解けそうでも大社の本殿は初詣中止にはしないあたりは、何度も世界を救ってきた蒼い風や五聖帝への信頼からの判断だろうか。あまりいい判断ではないと思われるが。
「ちょっとぉ、雪解け水が凍って滑りやすくなってる石段とかもあるので、気をつけてくだしぃでござんすー」
「ありがとう! そういや…さっきロウザさん、お父さんと喧嘩して家を飛び出したように見えたんだけど、そこは大丈夫なの?」
「あのずくなしのことはいぃんですよぉファイさん! 今日は、おっとさんは初詣の受け入れの仕事でてんてこまいだしぃ、さっきもあの社務所で出入りの業者の調整してて…。それはいぃんでござんすけど、まあそんなことより、あぁもう、おっとさんってば、やぶせったぃ… めっためったもーもーしーでござんすからぁー」
「ずくなし?」
「ずくなしっすぅー。ちょっと急ぎながら言ぅでござんすけどねえ…」
三人は山道を登って、人間の里ヨマッセから、キットアシュガー封印殿のある場所に向かっていった。
その道中で、ロウザは家庭の事情を話してくれた。
「ずくなしっすぅー。あのおっとさん、脱いだパンツはそのまんまだしぃー、洗濯物は畳まないしぃ、ほいで風呂は当番日でも言わなきゃ洗ってくれないしぃ、あっしが腕によりぃかけておいしいごはん作っても好き嫌いして中途半端に残すしぃー、ほんじゃぁその割にはすぐに腹減ったぁ腹減ったぁ言うしぃ、賽銭がどんだけ入っててもあっしへのおこづかいはスズメの涙くらいしかくれねぇし、あっしは本を山ほど買うのが好きなんでござんすけど本を買いすぎるなってすぐ言うしぃ、社務所に本棚を増やしたいって言っても却下されたしぃ、もう元服したんだから自分でも稼げとか言い出すしぃ、ジュースをそんなに飲むなって言うくせに自分はじゃんじゃん酒のむしぃ、ほいで朝は起こしてくれないしぃ、ほいで起こしてくれって言ったら言ったで朝になったらノックもしねぇでデリカシーもなくいきなりあっしの乙女の部屋に入ってくるしぃ、スケベな本は隠してるしぃ、それに…再婚したいひとがいるとか…言いだすしぃ、ほいで、めっためった、おっとさんが知らない人と結婚しちゃったら、そしたらあっし、あっし、もう…ここに居づらくなっちゃうでござんすしぃ…」
「…お父さんのことで色々ストレスためちゃってるんだね」
「ファイさんわかってくれなさんすかぁ、あっしはうれしぃでござんすぅー」
「うん…わかるよぉ、急ぎじゃなかったらロウザさんをハグしてるとこ」
「このひと困ったことにハグ魔なんです。フリーハグ風帝なんですよ。ロウザさん」
「ハグでござんすかぁ…、うへへ」
ロウザはちょっと照れた。そしてこの事態が落ち着いたら記念にしてもらおうかな、という期待が頭をよぎった。
ファイは
「あたしのパパはね、いつもママといちゃいちゃいちゃいちゃしてたのが子供心にちょっと恥ずかしかったな、いやだいぶ…かな。でもパパもママも大好きだったんだ。五年会えてないとね、なんだかそういうのもただ懐かしくなっちゃった」
と、はにかんだ。
キョウは龍人の姿から人間の姿に変身して走りながら、自分の場合はどうなのか考えてみた。
「わたしもお父さんともう五年も会えてないですけど、なんだか豪快な人だから、もしお父さんと一緒に暮らしたらやっぱりロウザさんみたいにストレスたまっちゃうのかなあ…。でもね、なんだかもしお父さんと二人暮らしできたらって思ったら、わたしきっと、なんか嬉しくなっちゃいます。蒼い風はいつも集団生活でしたから。それに…血のつながりがない分、お父さんがわたしに愛情をたくさん注いでくれてたのがよくわかるっていうか…。それにね、うちのお父さんは魔法をかけられていて、おなかがすくと子供の姿になっちゃうんです。だから何か…ボーイフレンドみたいに思っちゃうこともあるんです。お父さんのこと」
「…そうなんですねぇ…親もいろいろでござんすぅー」
「事情はそれぞれ違うからねえ、ロウザさん大変なんだね」
「愛情は…あっしもすごく…注がれてるのはわかるんすぅ…。でも不満のほうが先に出ちゃうんす。…でもぉ…」
「でも?」
「本当は…わかってるんでござんすぅー。元服したらもう大人なんだから、こんなに悩むくらいならぁ、依存しないで出ていくのもひとつの道なのかもなって…」
「…ロウザさんは魔法、得意そうだよね? 魔王の封印なんてものを任されるなんて並みの術師じゃないはず。どうなのかな?」
「…ファイさん、急にぃそんなこと聞いて、どしたんでござんすか? 魔法は…蒼い風の精鋭の方に比べたら全然かもでござんすが…四文字呪文まで使えるでござんすよ」
「四文字! やるね! うちの組、バランス的には回復魔法や補助魔法に回るタイプの人員が比較的少ないんだ。編成次第ではあるんだけど…」
「…あっしが一番得意なのは封印魔法でござんすがぁー、回復魔法も補助魔法も、それに攻撃魔法もひととぉりこなすんでござんすよ。…ひょっとしてスカウトして下さんすかぁ?」
「そゆことなんだ。今、蒼い風は一応、あたしと、双子の弟のターの二人でダブルリーダーだからね。だからあたしの要望は通りやすいよ。先代五聖帝…パパ達は長期不在だけど一番古株のアルシャーナさんには面通しをしなきゃいけないし、まあ、もし他のメンバーから実力的に戦死しそうって思われたら反対されちゃうんだけど、たぶん反対されないと思う。だってさ、四文字使いなら…逆にみんなを救えるからね」
山道の石段を駆け上がりながら、そう言ってファイは笑顔をロウザに向けた。
このひとは、ハグをしてない時でも心で抱きしめてくれるような人なのかもしれない。ロウザはファイのことをそんなふうに感じていた。
「あっしはぁ…本を買うのが好きでいっぱい持ってるんすけどぉ、あっし、自分の好きな本を誰かに読んでもらうのも好きなんすぅ――。本を、蒼い風の基地とか飛空艇とかに置いてもいいんすかぁ?」
「うんうん、もちろんだよ」
「それみんな喜びますよ、いいと思います!」
いつも登っている石段の道が、ロウザには今日だけは何だか特別な、未来を切り開く虹の架け橋のように思えてきていた。
それと同時に父と離れるのならそれはそれで寂しいという気持ちも沸いてきた。そして、ケンカしたことは仲直りというか、関係をリカバリーしないとな、とも思えてくる…。
ロウザは父子家庭である。
ロウザの母は、ロウザの幼い頃に妻子ある年上の参拝客と不倫して駆け落ち同然に家を出て行ってしまった。幼いロウザに、何度も何度もごめんねごめんねと言って去って行ってしまった。それからずっと会っていない。ああは言っていたが償う気などなかったのだと今は思っている。
父の育児は決して上手くなかったし料理も口に合わなかった。親子関係もずっと良好とはなかなか言えない。
ロウザはそれから読書や魔法や封士(シーラー)の修行にのめりこむようになったが、ひとりで自分を育ててくれた父への感謝も心にはあった。
「あっしのうちは今ぁ、ここの封印を守るのが大事な仕事のひとつなんでござんすけどぉー、でかい大社があるもんでここの里には他にも何人も神職がいるし、今日だってその人たちだけで、あっし抜きで初詣の運営だって回せてるし、ほぃで、おっとさんもいるしぃ…、おっとさん、誰か知らない人と再婚しちゃいそうでござんすしぃ――…、
だから、あっしはもう、蒼い風に入って下界(ドカニアルド)の人を守るのもいいかも…でござんすね。
でも実力的に間に合うのか…。でも…ほんじゃぁ…もうちょっと、考えさせてくだしーますか?」
ロウザはどうするか、もうほとんど決めているのだが、結論は一度、家に持ち帰ることにした。
「うん、考えといてよロウザさん」
「わぁ、さっきもファイちゃんが話してましたけど、いまわたしたち、HP多めの敵だと回復要員が足りないこととかたまにあるので、ロウザさんが来てくれたら助かりますー」
そんな話をしながら三人が石段を登りきると、かつて龍人の里キットアシュガーがあった跡地にたどりついていた。
こちらの社殿は初詣中止になったので、あたりは閑散としている。
このさらに山上にある龍の集落のシュモイカタの里は結界に守られている。
シュモイカタには沌龍神(とんりゅうしん)ファーウダーリュと太陽神ペティカーレイソルの二神を合わせて祀る別の神社がある。山の下の人間の里とは信仰の流派が半分異なるのと結界の守りから出たくないので、龍たちは龍の里以外にはあまり初詣に下りてきたりはしない。
そもそも仕事などの生きるのに必要な用件以外では、あまり下に降りてこないのだ。
龍たちはリュウオウザンの山の近郊にある水晶の鉱山の採掘に出て、里の中で水晶の原石を加工し、加工した水晶や勾玉やアイテムを道具屋組合に卸して食料などを買い、生計を立てている。
キットアシュガーの里跡の入り口には山の下の眺めを見下ろせるような形で、シュモイカタを守るために犠牲になった龍人たちの大きな慰霊碑が建っている。
さらに参道の先にはヨマッセ大社の別社であるキットアシュガー封印殿が遠く見え、そこに向かう道筋にはいくつも石像が建っている。
引き続き、駆けながらロウザが説明してくれた。
「あそこに三つ並んでいる石像はぁー、あっしの先祖で蒼い風でも活躍したロウガ=リュウオウザン様と、妹のロウラ=リュウオウザン様。そしてロウガ様と結婚した蒼い風三代目リーダーのリシュア様の像でござんすぅー。ロウガ様とロウラ様はこの里出身ですし、外敵から何度もこの里を守ってくださったので石像が作られましたんすぅー」
「へえ、すごく立派な像ですね」
「その横に三つ並んでいるのはぁー、最近作られた象でござんすぅー」
「あっ…お父さん」
「龍人の里が滅んだ日にぃー、イズヴォロを倒して封印して下さった、ジョー=イチモンジ様、レア=リティ様、マーキュル様ことマーズ=キュル=リードリッヒ様の像でござんすぅー。この方々がいなければぁー、この上にある龍の里や、この下にある人間の里も滅んでいたかもしれなぃでござんすぅー」
「うわー、エクスジードが見たら『我輩の像がありませんな、イズヴォロを封印したのは我輩ですぞ』とか言いそうですね」
「大魔王…冥頂魔天エクスジードは契約が切れたら下界(ドカニアルド)を襲うと常に明言しながら活動していてぇ、過去にもその事実があったので像の製作は見送られたんでござんす」
「うん、それで正解です。彼が封印したといってもその基礎封印の強度が足りなかったからこんなことになってるんですし」
「…ジョーさんとマーキュルさんとレアさんっていう組み合わせで戦ったのはそもそもこの時だけなんだろうなあ。レアな組み合わせだね」
「レアさんもいますしね」
「うわー、言っちゃったねえキョウちゃん」
「先に言っちゃったのはファイちゃんですw」
などと話しているうちに三人は、魔頂を封じたというヨマッセ大社の別社・キットアシュガー封印殿に到着した。
大きな木造の社殿である。
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