SPECIAL HURRICANE 13 -FEARFUL☆DUNGEON-
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#2 キョウとファイのお正月



 それから、およそ十四年の歳月が過ぎた。

 下界暦一〇〇〇八年一月一日の元旦の朝である。

 ひゅううううん…と、二ポニア山脈の雲海や木々を縫うように一匹の立派な龍が飛んでゆく。
 若いが、もう元服したばかりの龍だ。

 そのうしろを、「カミイの翼」と呼ばれる「ブルーファルコンウイング」を背に生やし、風になって身体ひとつで飛んでいく少女が追いかけ、声を上げた。

「キョウちゃ―――ん!!!!」

「ファイちゃん!!!!」
 きゅっ、と動きを止めたキョウに、ケンヤとセシルの娘・ファイが抱きついた。
 ぼふっ。

「おいついたああああ!! キョウちゃん、あけま!!!!」

 ぎゅううっと、ファイはキョウへの抱きつきを強める。
「もうほんとハグ魔ですねえ、ファイちゃんは」
「新年の初ハグだよー。もうちょっとぎゅっとさせて?」
「じゃあそのまま行きますよ」

 ファイをその胴に絡ませたままでキョウはひゅんっっと、先を急いだ。
 ファイは背中に生やしていたジークニウム金属の翼を消して、腕の力だけで龍にしがみついた。

「あけましておめでとうございます、ファイちゃん。近づいてくるの、鼓動でわかってから実はちょっとドキドキしてました」
「あたしもわかってたよお、キョウちゃんがあんまりドキドキうれしくてうれションしちゃったらどうしようって思ってた」
「もーいつまでも子供じゃないんですから、そんなのしませんよ」
「うんうん??」

 風帝は、その使徒「四帝」と、瞳で気持ちが読みあえたり、互いの心臓の鼓動の様子やおおよその位置がわかりあえるのである。
 ちなみに四帝同士では出来ない。

「…でもわたしたちの戦いに盆も正月もないですね。こんな元旦に魔頂の封印が解けそうかもしれない、なんて連絡が入るなんて…」

「でもキョウちゃんひとりじゃ危険かもしれないからね。もし死んじゃって『キョウちゃんキョウ年十四歳』とかになったら悲しすぎるからね。あたしの抱えてる依頼が早く片付いてよかったよ。あたしは未明からエドーキオンの放火魔愚連隊って連中をぶっとばしてきたんだ」

「はあ、正月早々に放火魔とか、やんなっちゃいますね」
「火事と喧嘩はエドーキオンの華って言うらしいんだけどね、まあそんなの、この風帝ファイちゃんの敵じゃないよ、えっへん」
「じゃあ寝てないんですか」
「まあねえ、このままキョウちゃんを抱き枕にして寝ちゃおうかなあ」
「おっこちますよ? おちたら死にますよ? ファイちゃん享年十四歳なーんてことになったらター君が泣きますよ」
「ターだけじゃなくてみんな泣いてよね?」

「そういや…ター君とガルシャ君とクルリラ王子は大丈夫でしょうか?」

 ターは、ファイの双子の弟である。
 ガルシャはガンマとアルシャーナの子で、クルリラはクラークとレルリラ姫の子である。

「あの三人はなんかもうクリスマス前からずっと、バイゴワス合州国のバッテンタウンで、イッタンケウケゲン集合体とかいうのと戦ってるんだよね。あたしたちも、他の組も、いろんな依頼が来るからなかなか助けてあげられないけど」

「三人の『鼓動』はどんな感じですか」

「えーと、心臓の鼓動の感じの情報だと…今はなんか落ち着いてる。現時刻は戦ってないと思う。朝だからかな。距離は…えーとまだバイゴワスのほうにいるみたい…かなあ…。うーんと…ちょっと移動してる…かな? わかんないな。
 なんだろな…えーと…ターのヤツは…たぶんこれ納豆を混ぜてるね。うん。…それから王子は…ネギのような…ニラのような…アスパラガスのような…何かを…切ってるような…。それからガルシャは…味噌のような…何かを鍋に入れてるような…、わかんないけど多分そんな具合だよ」

「ネギと味噌なんじゃないですかね」

 仲間が納豆を混ぜたり野菜を切ったりすると、微妙に身体が揺れ、心臓にもその振動が伝わる。それをファイは鼓動の具合から読み取っているのだ。プライベートも何もない。

「…まあ何にせよ、こっちが終わったら駆け付けましょう。…ファイちゃんは少し寝たほうがいいと思うけど」

「あー…パパ達がいてくれたらな…」
「お父さんたち…先代五聖帝が旅だって、もうどのくらい帰ってきてないんですっけ?」
「もう五年くらいになるかな…」
「パパやママ達…無事なのかなあ…」
 ぎゅっ…と、少し、ファイがキョウの龍の身体を抱きしめる力が強まった。

「…あ…あたしも…それ、やり返していいですか?」

 キョウは飛行の進路を前方から下方に角度を変えると、すとん、と、高原の木陰に着地して、それから人間の姿に変身した。

 ファイがキョウの首に手を回した体勢のまま、キョウもファイを抱きしめ返した。
「キョウちゃん…?」

 ぎゅうう、と、十四歳のふたりがハグしあっている。

「わたしお父さんのこと思い出しちゃって…。思い出すとダメなんです。お父さん…大丈夫なのかな…。心配だよ。会いたい。わたしお父さんに会いたいよファイちゃん。どうしたらいいのかな…。お父さん…お父さん…」

「ジョーさんはさあ、めちゃくちゃ強いから大丈夫だよ。
 それにあたしのパパもママも、それにガンマさんもクラヴァルさんも…つまりクラーク王さまとヴァルナイトさんまでも一緒なんだから。
 あんな強い人たちいないんだから。心配ないよ。ねっ、ファイちゃん…」

「うん…うん…お父さん…」
「こうしてると落ち着くね…。でも少し落ち着いたら行こうか。魔頂が復活したら…たくさんの人が犠牲になっちゃうかもだし…」
「…そうですよね…行かないと…。すぐ…すぐ行きましょう!」

「あたしも…こっからは自分で飛ぶね。なんか…これ以上やってたら変な気持ちになってきちゃいそうだから」
「変な気持ちってなんですかあ?」

 ファイはそこで、すっ、と自分の目を遮った。
 風帝は四帝と目で会話できるので、どう「変な気持ち」になったのか読まれてしまう。
「いこ! キョウちゃん!」
「顔赤いですよお、ファイちゃん」
「ターにはこのこと内緒だからねっ!」
「ファイちゃんあちこちでみんなにハグしてるのに今さらじゃないですかぁ」
「ターは最近へこむんだよ、あたしが他の子とハグすると」
「でもファイちゃんはやめないよね」
「うん、だってこれやってないとあたし、なんか調子おかしくなるんだよね。でもターはさあ、自分にだけそうしてほしいって、そう、目に書いてある。それもわかるんだけどね」

 ブルーファルコンの機能として、風帝と四帝は一緒にいないとじきに引き寄せられてしまう、というものがある。五聖帝という存在を成立させる機能の一つともいえる。
 ブルーファルコンが風帝の使徒を選んだあとも、五人それぞれは別々に行動することは可能だが、そうなると精神的な欲求を募らせる構造になっている。

 言ってしまえばそれは、一緒にいない間も耐えようと思えば耐えられるものだ。
 だが、落ち着きはしない。
 ターはそれで我慢をしてストレスを抱えながら、まあ、自分なりに自分で欲求を処理しつつ、なんとかやっているようだ。

 一方ファイの場合は、「ハグ魔になる」という形で精神バランスを取ろうとするように仕上がってしまったのだった。

 光帝キョウも雷帝ガルシャも炎帝クルリラもまた、ブルーファルコンに選ばれてからは風帝に対して同様の、風帝と一緒にいないと心が吸い寄せられるような現象が起こっている。
 それぞれ、五聖帝とはそういうものだということは分かっているので何とか色々なことをして欲求のやりくりをしているのだ。

 だからキョウは、ターのジェラシーのような気持ちにも同情していた。
「ター君の気持ちはなかなか複雑なことになってそうです」

「そうなんだよね…。でもあたしもあたしで気持ちは複雑でなかなか…
 だってさ、気持ちが全部わかっちゃうんだよ。それに、わかられちゃうんだよ。だって風帝と四帝は、目で会話できるんだもん。本当はどうしたいのか。何がしたいのか。だってさ、ほら、キョウちゃんも、あたしが本当はどうしたいかも、…わかっちゃってるでしょ」
「そりゃまあ…ですね。…てことはわたしも…ファイちゃんに、わかられちゃってますもんね」

「だからターのこともわかっちゃうし、あたしもわかられちゃうんだけど…問題はその内容でさあ…」
「お互い…エッチな気分になっちゃうっていうことですか?」
「ああ…言葉にされちゃうと否定したくなるけど…違うとも言い切れなくて…。困ったものだよね。あ、これも言っちゃだめだよ。誰にもだよ」
「もちろんですよ。えーと…つまり、みんなエッチなんですよ。場合によっては…愛とか恋とかって言ってもいいんだけど…。わたしだってさっき、なりましたもん」
「言っちゃった」
「ああ、何言ってるんだろわたし」
「でも知ってるよ。そんなのあたしもだし。…それも目に書いてあるからわかられちゃってるね」
「まあ、そういうものなんですよ…」
「そういうものじゃ…仕方ないね」

「だからまあ、そのうちに、ター君ともなるようになっちゃうんでしょう」
「…あ、あはは、どうしよっかな、困るな、えー、だって…」
「困るなら…それはね、いつものようにター君とハグだけしたらいいと思います。それがいつものファイちゃんです。ター君はそれでもんもんさせとけばいいんです。男の子はそういうものなんじゃないですかね」
「そっか」

 ハグしないほうがいいと言わないあたり、さすがである。
 …どうかしているが、目を見たらすべてわかってしまってウソがつけないのだから仕方がない。

「そうですよ、それしかないです。だって、ずっとそうしてるんですから。ター君だって今までできたんだから、これからもがまんくらい出来ます」

「でもそれで…がまんの限界が来たらどうなっちゃうんだろう」

「えー…やだもう…。そしたら…うん、見に行きますね!」
「見にくるの!」
「もうわたしたちにそんな隠し事なしですよ!」
「そのとき、どうなっちゃってるんだろう?」
「知りませんよおー」
「何だか知らないけど、そのまま混じって参加しかねないなこの子…」
「んー? なにか言いましたかあ?」

「えーと、そうだね。…っていくら何でもターとはそんなことしないからね? ターも大丈夫だよ!」
「わかってますよお。そんな双子でまた…やだなあ」
「わかってない。絶対わかってない。目に書いてある。…まあ、とにかく、急ごうか!」

「そんなのファイちゃんのことだって、わたしもわかってるんですよ? …はい、急ぎましょう!」
「ああ…もうキョウちゃん、えっち!」
「もー、目を見ないでください! 前を見ないと進めないんですから」

「ああ…一体どうなっちゃうんだろうね…。でも本音を言うとなんか…、わくわくもする」

「急ぎましょう!」
 そう言いながら、風帝と光帝の少女たちは、互いにちょっと耳などを赤らめながら、二ポニア・ノガナノーガの山々を再び飛んで行った。


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