第十五話 ゼスタインの雨H
―RAINNING IX―
ジャクロスは倒れながら、傷口に、風を浴びていた。
「おおおおおお」
風帝が、そこにいる。
「ふ……ふうてい……!!」
「…ジャクロス…」
ケンヤはジャクロスの瞳を見たあと、すっと、空を向いた。
「覚えてるか? ジャクロス。お前がカミイをさらった日の空も、こんなふうに、降りそうな…、泣きたくなるような空だったな…」
「お」
そうだ。
ジャクロスはひと文字、嗚咽(おえつ)した。
ケンヤは空を見つめつつ、語った。
「それからカミイを抱いたまま、泣きながら雨の中、張り付け台を悪魔の店まで買いに行ったよな。冷たくて重たかった…。そんでカミイはずっとその間、お前をつたない言葉で説得してたっけ…。
わかるよなジャクロス。
カミイはお前を、救おうとしてたんだ」
今のケンヤの心には、ジャクロスの生きてきた記憶が刻み込まれているのだ。
「オレはあの日…、カミイが出来なかったことをするために今ここに来た。お前と同じ十二万年を過ごして、お前の全てを受け止めて、ここに来た」
それを聞いたジャクロスは、再び、立ち上がった。
よく立ち上がるものだとジャクロス自身も思った。
「き…、奇遇だな…。ちょうど我も今そこで、雷帝と炎帝と光帝に風帝への道を示され…っ、ちょ、ちょうど今、貴様のところへぶん投げられてきたところだ…!!」
そしてジャクロスは、ありったけの声で、叫んだ!
「ブルーファルコン!!!!!!」
風帝も、ありったけの声で、応えた!
「いかにも。オレはブルーファルコン!!!!!!」
本望。
ジャクロスは本望と、思い、願った。
「我、そのために生まれ・・・・・・
死す」
(もうひとりのオレ…)と思ったあと、
「ジャクロス…」
と、ケンヤは思いを強め、言った。
「…ケンヤ」
すっと、セシルがケンヤの隣に並び立った。
「…ああ」
風帝と波帝の手のオリオンの紋章が、放熱をはじめた。
セシルが言った。
「ジョー。あなたとケンヤの技…、お借りするね」
「おー」
ジョーはそれだけ言ったが、ジョーなりに快諾の意を示したのであった。
「牙龍皇卍壊爻(がろうまかいこう)か…!」
ヴァルが言った。
かつてクラークの肉体を支配していたヴァルに対し、ケンヤとジョーが繰り出した技。
精神を斬る剣技の、双斬技(そうざんわざ)である。
ケンヤとジョーが繰り出したときは、この双斬技の名を戦武牙龍皇卍壊爻(せんぶがろうまかいこう)といった。
ではケンヤとセシルがこの技を繰り出した場合、戦剣牙龍皇卍壊爻(せんけんがろうまかいこう)とでもいうのだろうか。
セシルも、この技の特訓は、すでにケンヤと行っていた。
といっても二つになった聖剣オリオン・・・つまり、フージリオンとセイザリオンを用いて繰り出すのはもちろん初めてであるが。
ケンヤが言った。
「オリオンを…」
「おっけー」
セシルが答えた。
ケンヤとセシルは、ともに左手の甲を揃え、そして声を揃えた。
「「チェンジ・・・カリバー!!」」
ブォン!
フージリオンとセイザリオン。
ふたつのオリオンの聖剣(エクスカリバー)がふたつの台上に姿を現わした。
ガシィッ!!
ケンヤとセシルは再び、掌(てのひら)を合わせた。
左手の掌をクロスに組んだ。
セシルは願った。
(本当の力を見せて…オリオン!!)
トクントクントクントクントクントクントクントクントクン
二人の呼吸と心臓の鼓動を全く同じになるように揃えて・・・
「!」
そして、ケンヤとセシルは、視線を合わせた。
ダッ!
二人で駆け出した。
と同時に、台上から二本の聖剣(エクスカリバー)が引っこ抜かれて・・・
ダダダダダダダダダダダダ・・・
走る! 走る!
波帝走る! 風帝走る!
超走り、
いよいよというときに
「どおおおおおおおおおおお」と言う!
ここは、こう言うことになっているのだ!
ダダダダダダダダダダダダ・・・
「どおおおおおおおおおおお!!」
ザン!!
鮮やかな弧を描いて、二本の聖剣(エクスカリバー)がXの文字を描くようにジャクロスを斬った。
カッ!
二人が斬ると同時に走り過ぎると、台から抜かれた聖剣の聖なる光・・・オリオンセルカイバーの光が、あたり一面に激しく輝いた。
このときジャクロスの肉体に刻まれた傷からは、とくに激しく光が放たれた。
風波(かざなみ)が、うねる。
魂と肉体の繋ぎ目が、いままさに斬られている。
ジャクロスの魂は、ゼグマの肉体から離れてゆこうとしていた。
「ああ・・・あああああ!!」
ジャクロスは斬られながら、無数の刃を身にまとった少年の霊がそこで作業をしているのを感じた。
斬られているから感じることが出来るのであろう。その霊とは、かつての戦いでも会った経験がある。
黙って精神切断作業を行っている「それ」は、「剣霊オリオン」であった。おそらくジャクロスにしか見えてはいまい。
(…斬っているのか…我を斬っているな、剣霊オリオン…)
ジャクロスは、オリオンの聖剣(エクスカリバー)の光輝く風波(かざなみ)のなかにいた。
少年(オリオン)の霊体を覆う無数の刃が生命のように様々な形状にうねっては変わり、うねっては変わりを繰り返し、作業していた。
光輝く風波のなか、ジャクロスはオリオンに問いかけたが、少年の姿をした無口な剣霊は切なそうな顔をしつつ、それでいて、何も言わなかった。
ただ、無数の刃が、なにやらシュパシュパしていた。
剣霊オリオンが無口なのには、理由がある。
刃を持った者が誰かに何かものを言うと、それは脅迫になるからである。
ジャクロスは再び剣霊オリオンに訴えた。
(ならぬオリオン。我はもう…もはや、ここではない別の器に移ろうつもりはない。我はこの器で…兄の身体で死にたいのだ!!)
すると、無数の刃だけが一斉にふわりと消えた。だが、光だけは継続していた。
そしてやっと、オリオンは口を開いた。
「悪魔・シャドーバハムートに戻れ…。闇王丸(やみおうまる)」
百年前のジャクロスは、「闇王丸(やみおうまる)」という名前をメインに使っていたのだった。
剣霊オリオンが刃が消したのにも、理由がある。
誰かに説得をするときは、刃物を向けながらしてはいけない。
それをすると、ますますそれは、脅迫になってしまうからである。
剣霊オリオンとジャクロスは、百年ぶりに会話を交わした。
(戻れる…のか…? 十二万年前の本来のあの肉体に…
我は・・・あの肉体で死んでもいいのか・・・? ・・・はっ・・・)
そこまで言ってジャクロスは気付いた。そういえばオリオンの聖剣(エクスカリバー)の光は先日も、ヴァルの魂に元の肉体を授けたのだった。
そこに、もうひとり、霊が現れた。
風霊(ふうれい)であった。
「シャドーバハムート。もうキミは何にも宿らなくていいんだ」
「・・・カミイ・・・!」
ジャクロスは、追い焦がれる失われた恋と、再会した。
風霊(カミィ)が剣霊(オリオン)に目配せをすると、オリオンの姿は消えた。
その引き替えに、無数の刃だけが再び現れ、光の中でオリオンセルカイバーの作業を再開させた。
そんなオリオンの放つ光輝く風波のなか、
カミイの霊は、語りかけた。
それは、あのときと変わらない、けがれなき少女のままの瞳だった。
「…まったくキミは…。いつまでも器をいくつも移ろって…。
もう、いいかげんにしていいんだよぅ、って言いに来たんだ」
ジャクロスは、カミイに、言いたいことがたくさんあった。
だけど、なかなか、言葉が出なかった。
だから、絞り出すように、言った。
「そっ・・・それはお前も同じだッッッ!! なぜ…いつまでも…
その風帝に宿る…
その風帝になるっ・・・
そのっ・・・!
それを風帝にするのだ!!」
カミイも、瞳からしとしとと水を流し、言葉を絞りだしていた。
「きみ・・・
みたいなのが
いるから・・・」
これにはジャクロスも、泣いた。そしてカミイに言った。
「泣くな・・」
カミイは、すこし、照れたような顔をした。
ジャクロスは
「そう・・・同じだ・・・。お前がいるから・・・お前のため・・・我は・・・」
と、言った。
だがジャクロスは本当は、「同じではない」と知っていた。
カミイは「きみみたいなのがいるから」と言ったのである。決して「きみがいるから」とは言わなかったのだ。
ジャクロスはカミイだけを倒すために生まれた。
だがカミイは、ジャクロスだけを倒すために生まれたのではない。
だが、自分こそは、その「きみみたいなの」の代表なのだ。だからこそジャクロスは、かつてヴィリオンに贈られた言葉を叫んだ。
「放たれるべきは・・・鳥(カミイ)だっ・・・!」
その言葉は、鳥飼(ふうて)いに言うつもりだった。だがもう風帝はすでにジャクロスの記憶を持っている。ヴィリオンの言葉も受け取っている。
だからその言葉は、カミイに言えれば良い。
ジャクロスは、自分自身が一番言いたかったことを言った。
「自由になれ・・・カミイ!!」
するとカミイは
「ん・・・」
と答えたが、さらにこう続けた。
「でも・・・、先に自由になれるのは、きみなんだよ」
カミイは涙を溢れさせて、それから、満面の笑顔を浮かべた。
そして、消えていった。
「そんな・・・駄目だ・・・泣くし・・・泣くな・・・行くな・・・ナクナ・・・」
光輝く風波のなか、ジャクロスは、決壊した。
「ナクナカミイイイイイイアアアアアアア!!!!!!」
|