CHAPTER 14 -RAINNING VIII-
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 ケンヤ…!
 外で、誰かが自分を呼んでいる。

 ・・・ケンヤは・・・まだ・・・、夢を見ていた。
 少し、いや、かなり、心の整理(デフラグ)をしなければいけなかった。

 ケンヤは夢の中で、「夢の中の自分の姿」を見た。

 そこに、ちょうど鏡があった。
 髪型はオレだ。顔もオレだ。ハチマキもある。

 ただ、自分の身体の左半分は、シャドーバハムートと同じ色・・・左半身だけが真っ黒になっていた。

 鏡がおかしいのだろうか、と、思った。

 ケンヤは両手を見た。左手だけが真っ黒だった。

 じゃあ、心はどうだろう。
 夢の中でケンヤは、自分として話せるか、試してみた。

「長かったなあ…。十二万年って…」

 そんなシンプルなことを言ってみて、オレだ。と思った。

「…確認するぜ、オレよ」
 そのオレに問いかける。

「戦う者の全てを受け止めるんだよなオレ…

 誓うんだよなオレ…
 救うんだよなオレ………!!!!!!」

 十二万年過ごした。だがオレだ。そうだ。
 そう思ってもう一度鏡を見た。
 ケンヤの半身はまだ、真っ黒だった。

 これは、オレだろうか。
 本当にオレで、いいんだろうか。
 ケンヤは、夢の中で、自分自身に問いかけてみた。






 【一度立ち上がればもう前しか見えない。決して倒れはしない】






 …本当に、そういうことってあるのかな。

 何回も、オレは誓ったんだ。



 『オレはもう駄目だ』とも、『オレはもう弱音を吐かない』とも、何回思ったことだろう。

 何回倒れ、立ち上がっただろう。

 苦しまないと誓った。受け止めると誓った。



 大切なものの存在が大きいほど、挫折の刃は深く刺し、使命が肩に重いほど、逃げ道の扉は大きく開く。



 風なき闇が、染む。



 無風(なぎ)がっ…!!









 そこまで自分に問いかけてから

「どうしてオレはっ… 風帝だっ…!!」

 改めて、夢の中で、声に出してみた。

「どうしてオレが風帝なんだ…っ!」




 …カラカラカラカラカラ…




 夢の中の朦朧(もうろう)とした感覚のなか、水車小屋の歯車が回る音が聞こえてきた。




 これは・・・




 夢の内容が、切り替わった。

 これは・・・ケンヤが五歳のころの記憶の夢だった。

 暗くて狭くてじめじめして、草のにおいがするところ。

「…ひっく…ひっく…ひっく…」

 幼いケンヤが、ひとり、泣いていた。
 この日はこうやってしばらく、ひとりで静寂のなか、泣いていたのだ。

 ぎい、と扉が開いて、険しい顔の大人の男が入ってきた。
 ケンヤの父、ジンである。

「見つけたぞケンヤ…。
 今度はこの水車小屋に逃げてきたのか…。
 妖魔王ヌヒョリラヴォシュノンが、エドーキオンの都を襲ってるんだ。『蒼い風』出陣だ。行くぞケンヤ」

 ケンヤはいつものように逆らった。
「…嫌だよ父さん…。ひっく…ひっく…」

「駄目だ。逃げることは許されん」

 父(ジン)の背部で、叔父(おじ)が父(ジン)に声を掛けた。

「やめとけよ義兄(ジン)。ケンヤはまだ五歳じゃないか…。
 この間だって二週間も逃げ出して、その間、水も飲まずに生きてたっていうし…。今度は水のある所にいたから良かったが…かわいそうじゃないか」

「はなせスザク。そういう問題じゃないんだ」
 そうジンが断った。

  「おいジンっ…、うちの娘のアルシャーナだってまだ実戦に出してねえんだ。それに魔王なんて大人のオレだってビビるぜ? だって魔王だぜ? いくらケンヤが枕元に風陣王を授けられてたからって…」

 ジンはケンヤに、スザクへの反論を聞かせた。

「スザク。そういう問題でもない。
 ケンヤは…、魔王からじゃなく、自分から逃げてるんだ。
 …アルシャには戦う意思がある。すでに達人の域だ。だが、いかんせん幼い。だがケンヤは違う。年齢はアルシャより幼いが、ケンヤ、お前は違うんだ」

 ケンヤは、ケンヤなりに、五歳なりに、逃げ出しながらも、ずっとひとりで考えていたのだ。どうすべきなのかを。

 数時間前にガンマから魔報(てがみ)が来ていた。魔法によって届けられたその紙片には「そこでしばらく、ひとりで考えてみ」と書かれていたからだ。

 そのため、ケンヤなりに考えていた。だから、父の言うことは、正しいな、その通りだな、と確認しながら聞くことが出来た。そしてそう思える自分に少し驚いてもいた。

 だが、まだケンヤには意地があった。
 聞き分けのいい子供だったら、こんなところに来てはいない。

 もう少しだが、まだ、立ち上がれなかった。

 そんなケンヤの背中を押すように、父が言った。

「ハッキリ言おう。ケンヤ。お前は現段階ですでに、『蒼い風』の誰よりも強い力を持っている!」

 ――――ブルーファルコン…――――!!!

 ケンヤは自分の中にある力が反応したような気がした。

 ジンは、続けて核心を突いた。

「自分の背負うものが重いのだろう。その重さを考えるとつらいのだろう。
 ケンヤ!!
 自分の運命から逃げるな。
 自分の可能性から逃げるな。
 勇気を持て」

 ケンヤは、ああ、だから今オレは、このときの夢を見ているんだ、と思いだした。

 夢の中で父が、夢の中の幼い自分に教えてくれている。

 父・ジンがあの言葉を言った。

「戦いってのは…
 強かろうが弱かろうが、勇気がなければわからないものだ。
 ケンヤは、その勇気の導く道へ行くのだ…!」

 ケンヤは、ぞくっと、した。

 ジンは問いかけた。

「戦う恐怖…
 失う恐怖…
 壊す恐怖に
 死ぬ恐怖

 その正体は・・・何だ?」

 ケンヤは、立ち上がった。
 ジンが、回答した。

「心(じぶんじしん)だ・・・!」

 そして、ジンは、ケンヤに、手を差し伸べた。

「心(こころ)なら…強い意志持ち、一秒で変われ!!
 心配するな…。お前は強い」

 ぴん、と、ケンヤの視線が、ジンの掌(てのひら)に向かった。

「お前の勇気と、持って生まれたその力で、お前は、この全ドカニアルドを、全次元を、全ゼプティム界を、救うことが出来る。
 お前は、お前の行く世界の全てを守ることが出来るのだ」

 ジンが、断言した。

「どんな大魔王も。
 どんな大邪神も。
 真の風帝ならば、必ず討ち取ることが出来る!」

 父が、差し伸べた掌(てのひら)を力強く広げた。
「行くぞケンヤ…」

 ケンヤは、手を伸ばした。



 サアアアアアア・・・



 夢が、光に包まれていく。
 ケンヤは差し伸べられた掌を掴もうと、手を伸ばした。

 夢が、世界が、光で覆われていった。

 差し伸べられた手を掴んだ。

 そしてケンヤは、光の中で、その掌(てのひら)がたくましい父のものではなく、やわらかくしなやかな掌であることに気付いた。

 この掌とは、昨夜(ゆうべ)、握りあった記憶がある・・・。

 ふと、相手を見ると。
 光の中で、セシルがいた。

 自分の姿も、五歳の自分から十六歳の自分へと変わっていた。

 だが、まだ、夢の中だった。

「ケンヤ…。はじめて会った日…おしえてくれたよね」
 セシルは両手でぎゅっと、ケンヤの差し出した手を握った。

「『戦いは、あるものがなけりゃわからない。セシルはそいつの導く道に行け。お前にはそれが何か。そしてその導くところがどこかわかるはずだ』…って…」

 そうか、あれは、父から受け取って、セシルに渡した言葉だったんだ。

「あたし、あのとき勇気を選ぶ勇気をもらったんだよ。
 いまから思うとあの瞬間からずっと、あたしには、ケンヤしか見えなくなっちゃってるんだ」

 そう言うセシルの瞳に、吸い込まれそうだった。


「大好きだったギベルの街。…あたしの全てがあった街のすべてが消えて…。たったひとり街の中にいた。
 なんとかしなきゃ…とは思ったけど…」
 そこでセシルの手に、きゅっ、握る力が籠もった。

 言葉が連なる。

「でも、なんにもできなかった。不安と焦りがすごかったけど、 不安や焦りに、悲しさに、傷つかないことに必死だった。  泣かないように必死だった。
 にこにこしていることに、必死だった。
 不安も焦りも悪い予感も使命感も、いろんなことが心の中をぐるぐるしてたけど、押さえ込むのに必死だった。
 ケンヤたちが街にやってきたときも『ギベルの街にようこそ』なんて言ってにこにこしてた。
 必死で、必死に見えないようにしてた。
 でもほんとは不安だったの。焦ってたの。ケンヤに会うまでは」

 セシルはこつんと、自分のおでこをケンヤの胸板にくっつけた。

「だけど、それがケンヤの一言で、不安も焦りも吹き飛んじゃった。
 たったひとつ。勇気。この言葉を胸に刻むだけで、あたしも戦える。あたしにもそれが出来るんだって思えたんだよ」

 それからセシルは、おでこを少し強く押しつけた。

 「気持ちが・・・進行して、本当に意識したら止まらなくなっちゃったのはもっとあとのこと・・・。
 あの・・・目覚めた日。カミイがあたしを波帝に選んでくれたときなんだけどね。大変だったよ。
 ずっと風帝の鼓動が聞こえてくるんだもん。
 あれからはもう、目を見られたらみんな知られちゃうようになっちゃったんだから。
 わかってたよねケンヤも。よく我慢したよ。あたし」


 セシルはおでこをケンヤから離して、ケンヤの手を握ったままくるっと後ろを向いて、言葉を続けた。

「ゆうべまでね・・・!」

 それから、首を振り向かせてケンヤの瞳を見て、微笑んだ。

「あと…もひとつ報告。
 いつもの『わるい予感』
 …もう、…全然なし!」

 セシルはケンヤの手を引いた。


  「さ…行こ! ケンヤ・・・!」


 光の強い方向へ、セシルが行く。


 ケンヤも、行く。



 …パリン!



 そのとき、ケンヤの半身から黒いものが飛び散った。
 漆黒(しっこく)に覆われていたケンヤの半身は、元の色を取り戻していた。

 ケンヤは改めて、自分に問いかけてみた。

 どうしてオレは風帝なんだろう…。

 …弱いからだ…!

 この気持ちがわかるからだ・・・!!

 そして、帰るべき所へと向かう。
 夢から醒めてゆく・・・。




 ぱちり。




 ケンヤが目を開けると、手はまだ、ぎゅっと握られていた。

「セシル…」

「おはよ」

 頬を染めて、セシルが微笑んだ。

 オレは、セシルにひざまくらされてたのか・・・。

 ケンヤが少女の瞳を見ると、恋が、いつものように飛び込んできてくれた。

 ここは、これが、オレに飛び込んできてくれる世界だ。

 そうだ、ここは、下界(ドカニアルド)だ。

 戻ってきたのだ。ゼスタインに。

 ケンヤは両手を見た。両方とも肌色をしていた。


「おー」
 と、ジョー。

「リュウオウザン…!!」
 と、クラーク。

「どや! ブルーファルコンは!」
 と、ガンマ。


 風帝は四帝の瞳を見て、自分が旅に出ている間に起こったおおよそのことを理解した。


「ああ…」


 ケンヤは握られていた手をやさしく離したあと、セシルの頭にぽふ、と手を置いて礼をした。

 それから、父の形見の鉢巻が緩んでいないか確認した。問題ない。


 ゆっくり、立ち上がった。
 ゆっくり、吹き出してきた。


 風が。

 風が!


 ケンヤはジャクロスを見た。
 ジャクロスは倒れ、激しい傷(ダメージ)に耐えながら、自分を見つめていた。

 先程、どや、ブルーファルコンは、と聞かれていた。
 どうだろうか。




「ブルーファルコン・・・始動!」




 オン!

 風が、一気に凪(なぎ)を吹き飛ばした。
 ケンヤの鎧は、そのとき新たな姿に切り替わっていた。
 こういう現象は、カミイの意思によるものである。

 ・・・オオオオオ・・・



 新たな鎧となったケンヤが、そこにいた。



 風帝は、復活した。



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