第十四話 ゼスタインの雨G
―RAINNING VIII―
こうして、ジャクロスは、ゼグマは、敗れた。
ジョーは袋に残ったカールをひと飲みしてから、倒れたジャクロスを背にして、ガンマとクラークとヴァルが離れて見ている場所へ歩いていった。
そして、三帝の四人は、ゾルアと邪士帝達の戦いに視線を移した。
そこではゾルアが、アルシャーナとマーキュルとアーガスを相手に立ち回りながら、状況を把握していた。
(・・・陛下が・・・敗れた・・・)
把握(はあく)はしたが、その事実を受けてどう行動するのか、ということには判断が必要だった。
(風は・・・まだか・・・ッ!! そうかっ・・・!!)
ゾルアは少し戦いの手を止めて、苦悶(くもん)の表情を浮かべた。
そこに隙(すき)を見いだした邪士帝たち。
「そこだっ、ゾルアっ!!」
アルシャーナが叫び、マーキュル、アーガスと共にゾルアに襲いかかった。
「時空裂強舞飛破波(じくうれっきょうぶっとばっはー)!!」
アルシャーナが拳圧とともに空系波法を放った。
波法の常軌を逸した凄まじき破壊力である。
「Λ凍巻Λ襲(ランドマークランス)!!」
続いてマーキュルが凍烈(とうれつ)なる槍法(そうほう)を繰り出した。
凍気エネルギーがうねり、その斬波(ざんは)は高く、塔となって聳(そび)えた。
「裂地ギガント金剛撃!!」
そしてアーガスが斧を振り下ろした。
圧倒的パワーが前の二撃に相乗して甚(はなは)だしい衝撃が走った。
ゾルアは三人の攻撃を丸腰で食らいながら
「そうか・・・そうか・・・そうなのか・・・そうかそうかそうかああ!!」
と、ジャクロスの敗北を噛みしめた。
ゾルアは自らに降り注がれていて、降り注ぎすぎていて、行き場のない三人の激しい攻撃エネルギーを受け止めていた。
行き場のないエネルギーはどうすればいいのか。
行き場を作ればいいのである。
三人の攻撃エネルギーを闇気(アンキ)で包み、自らの激しい攻撃エネルギーもさらに加えた上で、サイコロ程度に圧縮した後、三人に放った。
「Ζ波陣(ぜっぱじん)!!」
ゾン!!!!!!!!!
なんという器用な男なのだろう。これが、ゾル=ゾルアなのだった。
アルシャーナとマーキュルとアーガスはゾルアの波法に一気に蹴散らされ、その猛烈な威力に、崩れ落ちた。
「そういうことかっ・・・!」
と、ゾルアはまた独り言を言った。
「どういうことだっ・・・!」
と、三人が倒れながら言い返した。
血液と、砕かれた鎧の破片をボロボロこぼしながら、拳士(クンファー)と兵士(ソルジャー)と力士(デストロイヤー)の三人は、ゆっくりと上半身を起こした。
しかし、負傷のため、三人はなかなか立つことが出来ないでいる。
「・・・フッフッフ・・・はーっはっはっは!!
ここまでだ・・・。最後まで戦いたかったが・・・私と陛下は退(ひ)く!!」
砕かれ散らばる義手と槍と斧の欠片(かけら)を、戦利品としてそれぞれひとつずつ拾いながら、ゾルアが決意を述べた。
「風は吹きそうだ。
吹きそうだがなかなか吹かんうち・・・、陛下は敗れてしまった・・・。 やっと吹いたときに陛下が死んでしまっていては、陛下の十二万年の成仏は果たせぬのだ・・・。
アークカイザー様も復活なされた今、立て直すべき時。
追うなよ・・・。風と闇(やくしゃ)なき陣など、誰も望むまい!!」
そこに、「ならぬ!!」と異論を挟んだ者がいた。
ゾルアが振り向くと、ジョーに敗れ、倒れ傷ついたジャクロスが、その意識を取り戻し、除光液とティッシュで顔の落書きを消していた。
「・・・陛下!」
ゾルアは駆け寄った。
ジャクロスは横になったまま、ゾルアを暖かい眼差しで見つめた。
「すべての時はいま、連なっているのだ・・・。いよいよだ・・・薫ってきたぞ・・・。
風がな・・・!!」
ゾルアは倒れたジャクロスの手を取り、「陛下・・・!」と、潤んだ。
「ゾルアは退け。我には間もなく風が吹く。案ずるな。闇(われ)はすでにゾルア・・・、貴様が継いだのだからな・・・」
「しかしっ!」
と、ゾルアが言うとすかさずジャクロスが征した。
「命ずるっ!」
そしてジャクロスは
「退け。そして生きろ」
と、言葉を続けた。
「し・・・しかしっ!」
「ゾル=ゾルアは・・・、死に逝く我に代わり闇を生きるに相応しい。早く行け。国では恋仲も待っているのだろう・・・?」
ゾルアは、その質問には、答えずにはおれなかった。
「陛下。・・・あれはもう・・・我が新妻にございます・・・」
「では・・・晩飯の支度をしているぞ、今頃」
ゾルアに、エルティアの笑顔が浮かんだ。
そうか・・・またいつものように酷い出来の夕食を作っているのだろうな。
だとしたらわたしのために作られたその料理は、わたし以外の誰が食べるというのだろうか。そう思った。
それからゾルアは、この戦場における自軍を、ジャクロス一人にすることに抵抗を感じた。
だが、ここで一人、風に吹かれるということが陛下のあるべき「闘(たたかい)」なのだ。
そしてそれを、陛下は望んでいる。
五聖帝と邪士帝達とゼグマは・・・悪いようにはするまい。
なるべきようになるだろう。
そう信じようと、思った。
ゾルアは苦渋の思いで、受け入れた。
「・・・了解しました・・・。
陛下の勅意(ちょくい)は、しかと胸に」
ドン・・・。
ゼスタインに、ゾルアの決意が響いた。
そしてゾルアは九人の宿敵(とも)達を見て言った。
「蒼い風よ、五将軍よ。ここは退く。
『また会おう。』この口上を耳にしたからには私を追うな」
アルシャーナが
「ゾルア・・・」
と呟いた。
ゾルアはこのまま去りたかったが、ひとつ、蒔いた種を回収しようと思った。
「おっとそうだ、武士(ウォリアー)。幼児転生(サクラーグーミ)の解呪方法だが・・・」
ジョーは少し面倒そうに答えた。
「今は解呪なんて望んでねえよ。腹が減っても縮まないオレ様なんか、もはやオレ様じゃねえや。この魔法もジャクロスが死ぬか二十年で解けるんだろ。もし解けちまったらまたガンマか誰かにかけてもらわあ・・・。ああ・・・てめえでもいいぜ」
「・・・フッフッフ・・・、はーっはっはっは! そうか。ならいい!」
ゾルアは笑った。彼はもはや魔法能力を失っているのだが、ここでそのことを言うのも無粋だと思った。
それからゾルアは、波帝のひざ枕で十二万年の旅に出ている風帝を見た。
陛下が追い求める風。
吹くと信じ、想った。
(風帝よ・・・。どうか陛下に心残りなき了命を・・・!!
わたしにはわかるぞ・・・ウワサでな!!)
「さらば!!」
バシュン!
ゾルアは、消えた。
マーキュルが立ち上がり、ゾルアの行き先を察して叫んだ。
「移界魔法陣(いかいまほうじん)・・・地下だっ!!」
するとアーガスも立ち上がり、マーキュルに叫んだ。
「追うまい!!」
それからアーガスは、マーキュルの肩にぽん、と手を置き
「・・・終わったのだ、マーキュル」
と、おだやかに、強く、諭(さと)した。
「・・・アーガス・・・」
マーキュルは、自分は・・・妬いているのだな・・・。と思った。
ゼグマと思ってずっと想い従っていた存在は、近年に関してはずっと、あのジャクロスだったのだ。
そのジャクロスと心を通わせたゾルアに、自分は妬いているのだな・・・、と。
マーキュルは呼吸を整えて、
(・・・陛下・・・!!)
と、心で叫んだ。
除光液の容器が倒れ、溢れた液体が石畳に地図を作っていた。
ジャクロスは、ひとり、倒れたまま、そこにいた。
はぁ…はぁ…。
想像以上にダメージを受けている。
斬られすぎた。
視界も微かだ。
そして、いままで支配してきた『肉体』を制御する力も、もはや僅かだった。
心の中にいる『肉体』の主に訊いてみた。
(ゾルアは行ったか? 黒龍丸(コクリュウマル)…)
ジャクロスがそう尋ねると、ゼグマがこう応えた。
“行ったぞ…。ジャクロス…”
「よしそうか…。 …ぐっ…」
支配が、解かれようとしていた。しかし、ジャクロスの魂もまた、あとわずかの支配の継続を求めていた。
「ぐっ、ぐああああああああああああっ!!」
クラークが、かつて自分の肉体を支配していたヴァルに言った。
「見ろ、ルディナータ……ジャクロスがっ!」
操士(コントローラー)として長く過ごした経験のあるヴァルには、いまジャクロスに何が起こっているのかを理解するのは容易(たやす)かった。
ヴァルが言った。
「拒否反応だ…!! ジャクロスの魂が弱まったことで…“操士(コントローラー)状態”の剥離と、その回避が同時に起こっているのだ…!」
ゼグマはジャクロスの心の中でジャクロスを案じ、呼びかけた。
“ジャクロス…ジャクロス…!!”
しかしジャクロスは気丈であった。
「大丈夫だっ…間もなくだ…この凪(なぎ)はっ…!!」
と言ったのだ。
この凪は・・・!
そのジャクロスの言葉に、
ゼグマの意識と三帝と邪士帝達はいっせいに、風帝を見た。
凪が、変化を見せていた。
そして皆、強く願った。
「・・・風よ・・・!!」
丁度そのときである。
セシルが、抱き留めている風帝のなかに、『旅』から戻ってきた心を、確認したのは。
「…ケンヤ… みつけたっ!」
カミイがジャクロスから複製し、ケンヤが体験していた十二万年に及ぶ『ジャクロスの記憶』の最後の場面は、ケンヤがジャクロスに向かって走ってくる、つい先ほどの記憶だった。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…!!
ケンヤが向かってきて、向かってきて、向かってきて、
プツン、と、途切れた。
|