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#38 狼星王の戴冠



 鼠咬卿(そこうきょう)イグザードの訃報がライトのもとに届いたのは、二月の上旬のことだった。

 イグザードは、ブルーネイルで赤鳳拳聖ヘルメスによってつけられた傷が仇となり、ノリコッチ攻防戦にてレルリラ姫の三文字魔法によって倒されたという。
 両軍の軍勢は戦いの果てに激しく疲弊し、しばらく戦えなくなり停戦となったとのことである。

 聖騎団や蒼いそよ風は大きな戦果を残したが、負傷者が出たことや停戦を見届けたこともあり、すでにノリコッチを去ったと報道されている。

 今は、あれからいともたやすく脱獄した緑鉄(ロクガネ)の鉄侯爵イズヴォロが、いともたやすく取り戻した緑翼(りよくよく)の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアを携(たずさ)えて、停戦中のノリコッチにおいてイグザードの後任にあたっている。

 それにしてもネシンヴァネス警察はなんというザル警備であろうか。

 ライトは、イグザード抜きでひとりで入浴するのにもようやく慣れてきた、と思い始めていたところだったが、彼女の訃報を知ったライトはしばらくイグザードとの思い出深い浴槽で動けなくなってしまい、ふやけて、指やら肌やらに少しあかぎれが出来てしまった。そして昨夜から朝まで浴槽でぼーっとしてしまっていた。

 イグザードは「今はとにかく生き抜くのでちゅ」と言っていた。
 その彼女が生き抜けなかったなんて…。

 最近のライトといえば、毎日のように様々な自称勇者やら自称英雄やら、いろいろなパーティーが城を取り戻しにロンドロンド城にやって来るのを潰しまくる、という作業で退屈していなかった。ノリコッチが停戦になったぶんも、生き残った下界の各勢力がウイングラードの本陣を取り戻すべく攻め込んできているのだ。

 殺さずに倒す、という自らに掲げたテーマを守りながら自軍を守ることにも、ライトには手ごたえがある日々だった。  だがそんな中で、この知らせが来た。

 この「なるべく殺さないで」ということをライトがワルジャークに約束させたことで、これが「人類みなごろちでちゅ」が身上のイグザードの足かせになったのではないだろうか。

 しかし、イグザードはレルリラ姫が倒したというから、もしイグザードが「みなごろち」禁止されていなかったら逆にレルリラ姫の方が「レルごろち」されていたかもしれない。
 ライトの脳裏にはそんなことがぐるぐる回っていた。

 …そういえば…ザスタークが言っていた…母のことや父のこと…あれはどういう意味だったのだろうか…。
 ワルジャークの指示通りに考えないようにしているが、ライトにはどうしても、引っかかっていた。

「こんこんこん」

 そこに、きつねの白狐帝レウが浴室に入ってきて、全裸のライトの指をくわえ、ライトを浴室の外に出そうと引っ張った。

「わかったよ、レウ」
 ライトは、やっと浴室から出た。

「こんこん」
 レウは今度はバスタオルを持ってきた。

「心配かけてごめん…」
 ライトがきつねの頭を撫でると、きつねはライトの足のあかぎれをペロペロと舐めた。

 ワルジャーク様がディンキャッスルから到着しました、と兵が告げに来たのはそんな時だった。

  ◆  ◆  ◆ 

「喜べライト。イグザードの復活に目途が立ったぞ」
 砕帝王将ワルジャークが言った。

 昼前。ここはロンドロンド城の正門エウイアアーチ前広場・エウイアアーチローズガーデンである。  バラの花壇の隣ではきつねのレウがおすわりをしている。

 その奥にはヒュペリオンの手で石化された騎兵五十名や、その他の兵士たちがずらっと並べられている。この物語に以前出ていた騎兵のオットーも石化されている。

 そこでは、ワルジャークとライトの二人による稽古が始まっていた。

「本当ですかワルジャーク様」
 ワルジャークの木槌(きづち)をぎゅんぎゅん交わしながらライトが訊くと、嘘を言ってどうする、とワルジャークが返答した。

「調べたところイグザードの血筋にアンデッドの者がいたようだ。魔女の魔法屋に見積もりを取ってある。そしてソーンピリオの兵たちが復活の材料を集めている」
「よかった…」
「復活したら晴れてゾンビだな。アンデッドだ」
「う、うん…」

 冴えない返事をする寝不足のライトの木剣をワルジャークの木槌(きづち)は容赦なく弾き飛ばした。木剣がからんからんと転がった。
 そういえばイグザードは「戦いの最中での迷いは隙をつかれて危険でちゅ」と言っていたっけ…。

「イグザードもこれで、魔力(フォース)がワンランク上がるだろう。…魔卿、といったところか」
「ありがとうございますワルジャーク様」

「…礼を尽くす気があるかライト。だったら、だが…」
 ここでワルジャークは提案をした。

 最近、軍の人員の消耗が激しく、ワルジャークはルンドラでの軍の整備に多忙で、ロンドロンドの職務はライトに任せることが増えている。ヒュペリオンも最近はソーンピリオの邪雷王復活の研究に手を貸していてなかなか動けない。それに加えて、今後の激闘を予測すると…、
 打つ手は打っておかねばな、
 と、ワルジャークは思うのだった。

「ライト。お前にも、ステージを上がってもらおうと思うのだが、どうかな」
「ステージとは?」
「わかるか?」

「当てさせてください。ワルジャーク様…。そうだ…、僕にも…魔獣化能力をお与えになるつもりですね?」
「はずれだが…それもしておこうか? せっかくソーンピリオも招いているのだから丁度いい」
 ぶううん、と空気が歪んだ。

 ワルジャークは魔法で黒い宝箱を取り出し、そこから王冠を取り出した。
「答えはこれだ。狼星王の冠だ。特注で出来上がったばかりだ」

「このロンドロンド城、いま玉座が空いている。ふさわしい者が座ってみるのもいいと思うのだが、それはお前というのはどうだろう? 狼星王ライトよ」

 そのロンドロンド城の「王の間」は、ディルガインと聖騎士レックスの激闘の際に、ディルガインが弾いたレックスの剣の威力で天井が抜け落ちてしまい、五十年かけて描かれた宮廷画家パブモト・ピカローの天井絵も崩壊してしまったのだが、城の反対側に同じ広さで作られている「王妃の間」があったため、いまはそこに玉座をえっちらおっちら運んできて「王の間」という名に改名していた。

 天井が抜けたところは現在、ブルーシートが掛けられている。予算は軍事費にあてたいため、天井の抜けた部屋は壊す予定だ。

「その玉座には、魔獣になる者が座っても…?」
 ライトが言うと、
「なあに、許されなければ裁かれるだけだ」
 と、ワルジャークは言った。

「なんですかワルジャーク様、悲観的なことを言って」
「フッ、そうならないように破壊をもって返り討ちにすればいい」
「ワルジャーク様…」
 ライトが続ける。
「…いまの王の間を、『狼星王とレルリラ妃の間』という名に変更したいと思います。いつか…そうですね、姫が元服するころには」

「ほう…あれを妃に迎えると?」
「たぶん却下されそうですが、できたら」
「確かレルリラ姫にはもうすでに合計二回スカウトを断られている。承諾しそうな雰囲気ではなさそうだが」
「なあに、許されなければ裁かれるだけです」
 ライトはさっそくワルジャークの言葉をそっくり真似た。

 流れが傾けば、王妃の座にケンヤかガンマを迎えたっていい気持ちも同じくらいは疼(うず)いているのだが、風帝を倒すという覚悟に反するしもっと無理そうなのでその気持ちは押し殺している。ライトは自分でも内面の欲望には節操がなく、煩(わずら)っていた。

「フッ、わたしもかつては若くに妻を迎えたが大変失敗した」
「学ばせていただきます」
 そんなどうしようもないライトは、ワルジャークから冠を受け取った。

「こーん、こーん」と鳴いて、白いきつねのレウがライトの周りをくるくると飛び回って祝福した。

「今度こそ…僕は…覚悟を決めないといけない。王にも魔獣にも、なろう」

  ◆  ◆  ◆ 

 次の日。

 狼星王ライトが砕帝国ワルジャロンドにおけるロンドロンド領の領主となり、ロンドロンド城の城主になった、という内容の瓦版の号外が、ワルジャロンド全土に配られた。

《つづく》

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