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#33 ネシカート城の戦い



 ウイングラード島最大の湖・ネシ湖に浮かぶ巨大な城・ネシカート城。

 城の門の前には、膨大な数のジャガイモと、様々な仮面が転がっていた。獅子や兎やパンダやハトや分度器やギネスビールや注入軟膏などをモチーフにした、意味のわからない仮面がたくさん落ちている。

 状況としては、芋獅子仮面(過去に出たものとは別個体)をはじめ、芋兎仮面(いもうさぎかめん)や、芋パンダ仮面や、芋鳩仮面(いもばとかめん)や、芋分度器仮面や芋ギネスビール仮面や芋注入軟膏仮面たちが倒されたのである。  ケンヤたち蒼いそよ風がやってきたのだ。ひとたまりもない。

 こうして芋仮面との戦闘シーンの描写は省略してしまったが、ともあれ、芋注入軟膏仮面に注入軟膏を注入された蒼いそよ風のメンバーはいないことだけは明記しておかねばならないだろう。彼らの名誉のために。

 砕帝国ワルジャロンドは新興国である。そしてここネシンヴァネスの村の新たな辺境伯の魔人ヌァッスは例の通りの無法者である。当然、兵士の調達は不十分となる。陥落したウイングラード騎皇帝王国に忠誠の厚い元からの兵たちはそうそう裏切りはしない。そこで黒獅将直属特殊魔導器研究員・自由の牙シシーシシシシザエモンを中心に開発された、いわゆる芋仮面シリーズとよばれる特殊魔導器の仮面で自在に兵士を大量生産することにしたのだ。そうして大量の芋をコピーして兵士に充てていたわけだが…、それはまあ、こうなるわけなのであった。

 門の奥の一階広間、階段前で、兵たちを失って残された敵が二名、頑張っていた。ワルジャロンドの北部地域・スコトラ全域を任されている、領主のイズヴォロ鉄侯爵と、その一地域・ここネシンヴァネスの村やネシカート城を預かるヌァッス辺境伯である。

 ヌァッスはすでにタンバリンを残り一枚だけ残して全ての攻撃手段を失い、腰が抜けている。そしてイズヴォロの背後からケンヤとガンマとアルシャーナとレルリラ姫とトムテとぴちくりぴーをなじっていた。

「ひ、ひえええ、貴様ら、よ、よくもこちらにおられるイズヴォロ鉄侯爵様を本気で怒らせたったもんじゃのう! も、もうここまでじゃけえ、貴様ら! イズヴォロ侯、やるんじゃ、やったるんじゃ! あのカバチタレどもをあのしゃけらもねぇ(とんでもない)武器で、しゃけらもねぇ目に合わせたってくれ!!」

 ヌァッスにそんな依頼をされたのは、緑色に輝く金属の鎧やマスクに包まれ、強者のオーラを纏った仮面の者…、スコトラ領主・イズヴォロ鉄侯爵だった。

「フッ…!」
 パチパチパチパチ……
 イズヴォロ侯は、ひとり、パチパチと拍手をはじめた。

「賞賛に値する! 賞賛! 賞賛です! 我が主(あるじ)レウ様を倒し、あの数の兵やヌァッスを倒し、このイズヴォロの攻撃もここまで通用しないとは賞賛です!」

 ケンヤも息を切らしながらそれに答えた。
「イズヴォロ鉄侯爵…! あんたもなかなかやるじゃないか…オレ達の普通の攻撃じゃビクともしない。さすがワルジャークに、ワルジャロンドの北部広域を任されるだけある」

 イズヴォロは拍手を終えて高笑いをした。
「はっはっはっは! 当然に値する! 当然! 当然です! 私はスコトラを預かる領主という重役。ワルジャーク様の四本足の誰かがもし残念ながら欠けたら、私が緑担当で入ってもおかしくないと私、個人的には自己評価しているくらいなのです当然です! それでは、このイズヴォロの持つ最大の攻撃手段で貴方たちを迎え撃つとしましょうか…。迎撃! 迎撃です!」

 イズヴォロ鉄侯爵は拍手を終えて右手を天にかざした。

「出現せよ緑翼(りょくよく)の大剣(たいけん)! ウィリディス・アーラ・クレイモア! 出現! 出現です!」

 ズォウン!

 と呻りながら、緑の翼を象った鍔(つば)を持つ、二ナメトルもある巨大な両刃で幅広の大剣(クレイモア)「ウィリディス・アーラ・クレイモア」がイズヴォロの手に収まった。

「さすがじゃのう…!」
 ヌァッス辺境伯が感嘆を示した。

 鉄侯爵イズヴォロは、緑の光沢の刀身を輝かせるウィリディス・アーラ・クレイモアを両手で構え、
「斬撃!」
 と叫んだ。緑翼の大剣が振り下ろされ激しい威力の刃動(はどう)が迸(ほとばし)ったが、ケンヤたちはなんとか避けることができた。斬撃で破壊された部下の居城の床のタイルが派手に舞い上がった。

 ヌァッス辺境伯が悲鳴を上げた。

「ひょえええ、イズヴォロ侯! イズヴォロ鉄侯爵様! わしの大事なネシカート城を壊されたらしゃけらもねえです! 壊さないように戦ってくれんと困るんじゃがのう!」

「静粛に値する! 静粛! 静粛です! 我が国ワルジャロンドを守るための重要な戦局にあるのです! だまりなさいヌァッス、静粛! 静粛です!」
 と、イズヴォロはヌァッスを制した。

「とんでもない威力だ、どうする大将!」
 と、さすがのアルシャーナも焦った。ケンヤはついに例の物を使うことにした。

「一応つけとくか…、神風…追装!」

 ケンヤの鎧の上から、届きたての追加装備が覆われた。トムテの母のネーミアの指導通りにこの装備にはケンヤの神風(カミカゼ)のエレメンタルを仕込んだので、追装を求めると装備自体に込められた魔法の力で身にまとうことができる。

「イズヴォロ、あんたはオレひとりでやる。あんたが話が分かる人間かどうかはわからないけど、戦いに長けた人物だってことはよくわかった。多対一じゃなくて、オレひとりででもあんたを倒せるくらいなんだってわかってもらえれば、オレ達が砕帝王将ワルジャークの四本足と、ワルジャークを倒す力を持った存在だってこと、わかってもらえると思う。そしたらスコトラを…解放してほしい」

 そんなケンヤの決意にイズヴォロはこう答えた。

「驚愕に値する…! 驚愕! この大剣(クレイモア)の威力を見てもそのようなことが出来ると思っているのですか? 大した自信です…、私は貴方を子供扱いしない。そうですね…。名乗りなさい」

「自信なんてもんじゃない。これは決意なんだ、そう決めたんだ。だから、やるんだ」

 ケンヤの構えた戦士剣・風陣王の宝玉がぎゅん、と呻(うな)る。

「吾(われ)、故あって元服を待たず、神託の陣を告ぐ。
 風の声を聴け。
 吾、疾風戦士(シップーファイター)ジンと、孔迅風水師(クウジンジオマンサー)アルマの子、神風の…ケンヤ!」

 ヴォウ!
 と、風が舞った。

 そこで、イズヴォロも改めて、長めの名乗りをした。

「吾(われ)、故あって神風の元服を待たず、死後この沙汰を待つ。
 吾、スコトラの始祖より繋がる伝説の緑翼の大剣・ウィリディス・アーラ・クレイモアを授かりし真鉄(まがね)の者。  ウィッカーギルタワーの緑鉄(ロクガネ)の主、緑鉄の意思、緑鉄の闘志。
 砕帝国ワルジャロンド北域の守護者(ガーディアン)・スコトラ領主、緑鉄(ロクガネ)の鉄侯爵…イズヴォロ!」

 デュン!
 と大剣(クレイモア)より鉄粉が舞った。互いに名乗り、開陣した。

 ケンヤの仲間たちは、ケンヤの後ろでケンヤの戦いを見守っている。

 ケンヤは叫んだ。
「風来(ふうらい)! 風矢陣(アネモスヴェロス)!! 風来風来風来風来(ふうらいふうらいふうらいふうらい)…!!」

 ケンヤの右腕に装着された風陣王の宝玉の左右の金属部分が伸び、弓の姿となった。
 ぎゅうううううん……! 風が集い、風陣王の宝玉に吸い込まれてゆく。

「風行(ふうこう)…。風矢陣(ふうやじん)…! ア…ネ…モ…ス…! …ヴェロスッ!!!!」

 ずあっ! ケンヤの握り拳が、回転しながら突き出されると、圧縮された風の矢「アネモスヴェロス」が放たれた。

 ズォウン!!!!

 風矢陣(ふうやじん)アネモスヴェロスは大きな音をたて、爆風が巻き起こり、
「ぐあああああっ! …ぐううう! 斬撃!」
 イズヴォロが吹っ飛ばされながらもなんとか緑翼の大剣ウィリディス・アーラ・クレイモアを振り下ろした。

「盾風(タテカゼ)っ!」

 ケンヤの起こした風が猛烈に旋回して盾を作り、イズヴォロの斬撃は上空に受け流された。

「なんですとおおお!」

 イズヴォロは衝撃を受けた。スコトラの始祖より繋がる伝説の緑翼の大剣・ウィリディス・アーラ・クレイモアの斬撃が、受け流されたのだ。風に!

「これが風帝の…力なんだよ! ワルジャークが最も恐れる! 罪のちからなんだよ!」

「圧巻です…圧巻に値する…そんな力に…我々はどうやって…勝てばいいのです…」

「負けたらいいんじゃないのかな」
「しかし…!」

 しかしもかかしもなかった。

「風来・拳風車(こぶしかざぐるま)……疾・風・竜・巻(アネモストロヴィロス)…!」

 ケンヤは無数の拳をイズヴォロに放った。拳風車(こぶしかざぐるま)を受けて舞い上がるイズヴォロを、かまいたちの風の刃・アネモストロヴィロスが襲った。イズヴォロの緑鉄の鎧がどんどん粉々になっていく。

「ふぐおわああああっ!!!!!!」

 イズヴォロはなすすべもなかった。

「これは…あんたの主(あるじ)、白狐帝レウを倒した技だ……」

 ずうううん、と、緑鉄(ロクガネ)の主、緑鉄の意思、緑鉄の闘志、砕帝国ワルジャロンド北域の守護者(ガーディアン)、スコトラ領主・緑鉄の鉄侯爵イズヴォロは、地に沈んだ。

「…敗北です…。敗北に値する…」

 イズヴォロ候は地に倒れながら、自身の敗北を認めた。もう戦闘のできる状態ではない。

「か…神風…。貴方ひとりで私に勝ったら…貴方達がワルジャーク様たちに勝てるということを認め、スコトラを…解放しろという話でしたね…」
「そう言った」

「だ……だがそれは…貴方が私に勝っても…貴方がたがワルジャーク様たちに勝てる証にはなりません。この私を戦闘不能にしたのですから……もしかしたらという思いは、ある。存在する。存在に値します。だが、証明には至っていない…。だから、実際にやってみてください、いま…、ここで…!」

 ドン!

 それからわずか1秒。
 白い天翔樹の葉がひらひらと舞った。

「そういうことだ」

 そう、低音の声が響き渡った。

 その声は、あっというまにその場の空気を粉々に粉砕するほどの威圧感を発揮した。

 ケンヤはこの威圧感に、覚えがある。魔王の頂上、三大魔王の一角の、あの魔王だ。

「!」

 その場には、砕帝王将ワルジャークが、ふたたび、登場していた。
 「再登場」というよりは、「砕登場」。つまり、砕帝王将ワルジャークが、砕登場した。

「ははああああっ! これはこれは砕帝王将ワルジャーク様!」

 ヌァッス辺境伯は、すかさず土下座をした。自らの居城に最高権力が来城したのだ。

 イズヴォロも倒れたまま、
「よ…ようこそワルジャーク様…に…任務は順調でございます」
 と弱弱しく言って、ワルジャークを出迎えた。

「フッ、よく言えたものだなイズヴォロ」
 手ひどい傷を負ったスコトラ領主イズヴォロと、辺境伯ヌァッスを見て、ワルジャークはすこし楽しそうに笑った。

「…お…恐れ…入ります…」
 と、イズヴォロは薄れゆく意識の中で、恐縮の態度を示すしかなかった。

 さらに続いて、さらなる天翔樹(てんしょうじゅ)の葉の形の光が舞い降りた。どこからともなく声。どこからともなく姿。
 グオオオオン!

 と、赤虎(せきこ)の嘶(いなな)きが響き、赤い粒子に包まれ、登場したのは赤虎臣ヒュペリオンである。
 顔は、冷たい瞳をした青年に見えたが、その姿は、異形であった。

「来臨させていただく。貴様たちに直接会うのは…蒼い風が滅んだ日、以来か」

「赤虎臣…ヒュペリオン!」
 アルシャーナが言った。ヒュペリオンはケンヤとガンマとアルシャーナにとって、憎むべき仇(かたき)の一角である。

 ヒュペリオンはこう述べた。
「諸君。ワルジャークの四本足と呼ばれる四人がいることは知っているか。私がそのひとりだ。残るメンバーを紹介しよう」

 続いて、黒いオーラが充満し、そこから天翔樹の葉の形の光が射し、ディルガインも登場した。

「ワルジャークの四本足…黒獅将ディルガイン。ここに立つ!」

「ディルガイン…貴方…どういうことなのですか…それは…」

 レルリラ姫は、ディルガインの異変に気付いた。
 ガンマも気付いた。
「ディルガイン…な…なんか…! 魔力が…膨れ上がっとる! これは…竜の…魔力!」

 ディルガインは陽気に
「どわっはっはっは! そういうことだ、よくわかったなガンマード・ジーオリオン」
 と嬉しそうだ。

「竜の卵を奪ったのは…てめえのそんな力のためだったっていうのかよ…!」
 トムテは怒りの反応を示した。

 ルンドラ領主ディルガイン公は、スコトラ領主イズヴォロ侯に声をかけた。
「イズヴォロ侯よ、今日調達した卵は揃っているだろうな?」

 だが、イズヴォロはもう返事をしなかった。ケンヤに敗れ大きなダメージを負ったイズヴォロは、ワルジャークの登場を見届けたあと、ついに気絶してしまったのだ。仮面をかぶっているのでわかりにくい。

 そこでヌァッスがイズヴォロの替わりにフォローを入れた。
「ディ、ディルガイン公、りゅ、竜の卵の調達は万端にてございますけえ! ただ、上階の聖壇の準備がもうすこしありますけえのう…、じゃが、担当の兵がさきほど倒されてしもうて……わ、わしがやってきます!」
 そう言ってヌァッスは、階段から上階に上がっていった。

 ディルガインは先程、「今日調達した卵は揃っているか」と言った。それでトムテは、三日前に奪われた自分の弟か妹になるはずだった卵はもう助からないのだ、ということを悟った。

「ゆ…許せねえ…」
 トムテは怒りと悔しさに、歯を食いしばった。

 ひゅざああぁっっ。

 続いて、ネシカート城の城壁の花瓶に挿された赤と白と紫のバラの中から、白いバラだけが一斉に散り、くるくると舞い、そこから、白いきつねが現れた。そしてきつねは、すっ、と配下のイズヴォロの倒れた姿を見て、寂しそうに目を細めた。

「白狐帝レウ…! 生きて…いたのか…」
 ケンヤが言った。

 その言葉にレウは
「こんこんこん…!」
 とだけ、鳴いた。まだ話せるほどは回復していないのだ。

 このケンヤの言葉に返答したのは別の者だった。

「そうだよケンヤ。でも…レウはもう少しで死ぬところだったんだ。レウは僕にとって大切な家族なのに…」

 その声は…。

「……この声は……」

「えっ…」

「そんな…」

「…やっぱり…」

 と、言ったのはケンヤ、アルシャーナ、レルリラ姫、ガンマの順である。

 激しい黄金の光と放熱が差し、出現した天翔樹の葉がパラパラと砕けてゆく。

 そこに現れた少年に、ケンヤとアルシャーナとレルリラ姫は最大限の衝撃を受けている。

「「「ライト…!」」」

「僕だよ、みんな」
 ライトは言った。

「ケンヤ。ガンマ。レル。アルシャーナ。僕は君たちにとても感謝している。僕は君たちが大好きだ。だけど、僕は、やらなきゃいけないんだ。僕は君たちのおかげで美しい世界があるって知った。だから僕は君たちと別れて、そして、君たちと戦いに来た。この世界を、風帝の脅威から守るために」

 ガンマは、溜息をついた。ガンマだけはニャンチェプールのシャワー室での一件で、ライトがワルジャークの元にいる存在という事を突き止めていた。だが、それでもライトを信じていくつかのことを秘密にしていたからだ。

 ケンヤ達が把握していたのは、次の三点だ。

 ・ライトは「世界は正しい魔王に支配されなければならない」という魔王主義思想を持っていた。
 ・ライトはルンドラから来て、ワルジャークのことはワルジャーク様と呼んでいた。
 ・ライトが去ったきっかけは、ケンヤたちが「ワルジャークを倒す目的がある」と知った瞬間だった。

 そうだ…。そういうことなのか…。ケンヤ達はライトの正体に衝撃を受けていたが、ようやく納得した。

「レウは…ライトの家族だったの」
 ケンヤが言うと

「うん…」
 ライトは返事をした。

「ワルジャーク様も、そうなんだ。ケンヤ」

 そしてこう続けた。

 ケンヤはエンジバラで、捕まえられたら説得を聞こうと言ってくれたライトの最後の迷いを思い出していた。

 だけどもう、説得は出来ないのだろうか。

「僕は君たちを倒す。あの時、僕を君が捕まえてくれなかったことも…理由の一つだ、ケンヤ」

 そんなライトの言葉に、ケンヤは返事をできなかった。

 少なくとも…もう一度捕まえてみようかというような状況ではない。そしてあの時ケンヤは、追いつけなかったのだ。ライトの心に。

「ライトさんが…ワルジャークの…」
 レルリラ姫は、震えて、ショックを抑えている。

 ライトはそんなレルリラ姫の反応に胸を痛めて、また
「レル、もう一回言おう。こっち側に来ないか。そして話をしよう」
 なんてことを言ってしまっていた。

「…だめ…だめなの…ライトさん…!」
 レルリラ姫は続けた。
「わたくしは行けません、ライトさん。なぜならば…、これはディルガインにも言ったことですが…。魔王主義に基づく『破壊と支配ありきの思想』を持つワルジャークの帝王学は、絶対に、誤っているからです」

「レル…」
 ライトは、その反応にふるふると首を振った。

 断絶がある。イグザードとの間に感じた断絶とはまた違った、断絶があるのだ。

「ワルジャーク様…はじめましょう」
 ライトは、事態を進めるしかなかった。

 こうして、ついに「ワルジャークの四本足」が「蒼いそよ風」と対面してしまった。

「名乗れ」
 ワルジャークが言った。

 ケンヤはまだ、ライトと戦う決意までは定まっていなかった。彼とはもう、それだけの友情関係が出来上がっていたのだ。

 ただ、湖面からネシカート城の天窓を経由して流れてくる風がケンヤの肌にすうっ、と触れるのを感じて、まずはこの風向きと……、つまり現実と向き合うしかない、と思うしかなかった。ワルジャークは、大切な存在を奪った存在なのだから。

 ゾン! と、ケンヤは、「蒼い風の旗」を掲げた。ケンヤが向き合った風は、ケンヤの掲げた旗をはためかせた。

 この旗は、蒼い風フウラ隊より受け継がれてきた隊のシンボルだ。旗の上部には、歴代リーダーの名前が書かれたリボンが付けられている。ケンヤの名前はない。いまの隊の名前は「蒼いそよ風」だからだ。

 ケンヤは、先程イズヴォロに名乗ったばかりなんだけどな……と思いつつも、構うものか、と決意を新たにした。

 そして、四人と二匹が、名乗りを上げた。

「吾等(われら)、故あって元服を待たず、神託の陣を告ぐ。風の声を聴け。
 吾、疾風戦士(シップーファイター)ジンと、孔迅風水師(クウジンジオマンサー)アルマの子、
 神風の…ケンヤ!」

 ドン!
 名乗りが、衝撃音を劈(つんざ)いた。

「術(じゅつ)し御(ぎょ)するでナニワの雷(いかずち)。
 吾(われ)、養父(ようふ)、電鳴魔導師(デンメイメイジ)イリアスの子、そして名も知らぬ母の子、御雷(ミカヅチ)の…ガンマ!」

 ドン! 以後も割愛するが、名乗るたびに衝撃音が劈(つんざ)かれてゆく。

「この天空(あまつみそら)の下(もと)、轟(とどろ)めく一閃。
 吾、朱空拳士(シュクウクンファー)スザクと、閃灼蹴士(センジャクキッカー)ユカナの子、閃空(センクー)の…アルシャーナ!」

「幾輪の、華達と花弁(はなびら)に包まれましょうか。成敗です。
 吾、騎皇帝ドルリラと騎皇妃ネノンの子、
 ウイングラード騎皇帝王国王女、華輪(カリン)の…レルリラ!」

「夜は朝に似てるから、だからたまにゃあ、たまにゃあ妙に許せねえ。許せるときも許せねえ。あんた明日は飛べねえぜ!
 ウイングラード聖騎団・烈竜騎士(レツリューナイト)レックスが騎竜、牙鐔騎竜(ガヒョウナイツドラゴン)トムテ! グワオオオーッ!」
 竜の嘶(いなな)きが轟いた。

「ぴいぴいぴい、ぴいぴいぴい」
 ぴちくりぴーも名乗った。たぶん。

「……」

 ここで、ケンヤたちがトムテに突っ込みを入れた。

「ちょっと待って」
「えっ」
「うん、ちょっと待って」
「なに?」
「トムテ、なんやねんその名乗り」
「オレ?」
「夜が朝に似てるから、たまに許せないってなに?」
「どういう意味?」
「いま夜じゃないよね」
「許せるときも許せない?」
「わたくしはトムテのその名乗りは知っていましたが意味がわかりませんよね…」
「…レックスの旦那がこれにしろって…」
「はあ…」
「まあいいや」

 そこで、
「名乗りの枕の文言など何でもよい」
 と、ワルジャークが、堰き止められた流れを制した。

「そうだよケンヤ。ワルジャーク様の言うとおりだ。我が軍の兵士には、『そのアホ毛、抜くよ!』とか『正義感がめっちゃ点滅してるんよ』とか『倒せない。愛せない。フッフー!』とかいう枕の名乗りの奴もいる。どうでもいいんだ」

「どうでもいいな、ライト」
「ああ、どうでもいいんだケンヤ」
 真顔でケンヤとライトは言葉を交わした。断絶はあるが、まだ、築かれた関係性は残っていると感じた。

 ところでそういえば、ライトはそれまで親という言葉の意味を知らなかったのだ。だから元服を済ませていない年齢の者が名乗りで親の名を言う意味もつい最近まで知らなかった。
 だけどもう、ライトは知った。わかる。エンジバラでヒュペリオンが言っていた通りに、ライトはワルジャークに色々教えてもらった。
 だからケンヤたちの名乗りを聞いて、そうなのか、と感じることが出来た。

 ライトの名乗りには親の名前は組み込まれていない。ライトには親がいるのか、そこはまだ教えてもらっていない。

 まだ、何か、隠されている。苛立ちは、まだ残っている。だけどライトは進むと決めたのだ。

「名を名乗ることが大事なのだ。我々も名乗ろう」

 ワルジャークがそう言って右手の掌を開くと、そこに殺意の精霊エネルギーを纏った輝く鉄槌(てっつい)が現れた。ワルジャークはこれを掲げた。
 風が騒ぎ、乱れるのをケンヤは感じた。

 そしてワルジャークと、その四本足が名乗りを上げた。

「吾等、故あって此方(こなた)の敵の元服を待たず、死後この沙汰を待つ」
 ワルジャークはこう言って、さらに続けた。

「吾こそは破壊の果て、全てを統べる道筋を作る、逆鱗の鉄槌。
 三大魔王最大の実績を誇る、砕帝国ワルジャロンドの王、
 砕帝王将ワルジャーク!」

 ドン!
 名乗りが大気の精霊を騒がせ、ひとり、またひとりと名乗るたび、轟きの音色は高らかに鳴り響いてゆく。
 続いてワルジャーク四天王の名乗りである。

「高き赤天(せきてん)の頂きより天陽(てんよう)照り猛(たけ)る赤虎!
 砕帝王様と積年を重ねし第一の忠臣、義の投擲(ジャべリン)!
 ワルジャークの四本足が一足、赤虎臣ヒュペリオン!」

「大いなる砕帝王様、そして邪雷王様より意思の連なる漆黒の牙!
 ワルジャロンドの為、ルンドラの為、正義の為、ここに立つ!!
 ワルジャークの四本足が一足、黒獅将ディルガイン!」

「こんこんこん、こんこんこん、こんこん、こんこん」

「……レウの名乗りは変わって僕が言おう」

 こんこん、としか言えないレウの分は、ライトが言ってあげることにした。
「つまみつままれ、つみつまれ。
 つままれたとき、つままれるところにつまむ者あり白狐あり。
 ワルジャークの四本足が一足、白狐帝レウ!」

 続いてライトは、レウの分に続いて自分の名乗りも続けた。

「吾、故あって元服を待たず、神託の陣を告ぐ。
 星輝き、流れゆく蒼き大地を司る、決断の金狼。
 ワルジャークの四本足が一足、狼星王ライト!」

 ライトの名乗りはライトが考えたものではない。あるとき、メモが自身の机に置かれていたのだ。
 もしかしたらネオガーザムかもしれない、とライトは思っている。感覚として、だ。
 だとしたら面白くはないが、ただ、自分のエレメンタルと示し合せると、しっくりくると思っている。

 ワルジャークと四本足の名乗りが終わった。

「構えよ、四本足」
 開陣にあたりワルジャークが言った。

「赤虎の投擲(とうてき)…ヒュペジャベリオン!」
「黒獅子牙(ブラックレオファング)!」
「魔剣・星導聡流剣!」
 ヒュペリオンとディルガインとライトは、其々の武器を構え、レウも前身を低くして構えをとった。

 ワルジャークも鉄槌(てっつい)を改めて掲げ、

「鉄槌霊(てっついれい)ミトラカの宿りし、砕帝王将の鉄槌・スフィリカタストロフィ!」

 と言い、鉄槌の名を明らかにした。その一瞬、背後に女性の精霊の姿が浮かんだ。ワルジャークの鉄槌は、剣霊ならぬ鉄槌霊を宿した武器なのだ。

 こうして、ワルジャーク直々に、四本足をすべて擁して現れたのだ。互いに、負けるわけにはいかない最重要局面が到来した。

 その時である。

 空に透明のバリア球体が浮かんだ。その中には二人の……魔王がいる。

「まにまにだよ! 間に合ったよー、やったね龍魔王!」

「……そうみたいだな、アイハーケン。この龍魔王様はあまり興味はないんだけどさ、せっかくだから見学させてもらうよ、ワルジャーク……」

 ワルジャークは眉をひそめた。
「貴様か、千龍魔王ワイゾーン……。それに、アイ……」

 空中に魔法の座椅子が並び浮かんでいた。

 千龍魔王ワイゾーンと、砕日拳使アイハーケン。

 二人の魔王はどっしりと腰をかけた。ふたりの間には巨大な壺が置かれている。その中には観戦のお供に、おやつカンパニー謹製の銘菓ベビースターラーメンがたくさん入っているのだった。

「なっ…いったい何用だ、貴様ら…、見学なら帰っていただこうか!」
 と、ディルガインは言った。二人とも、若干二十歳のディルガインにとっては初めて見る魔王たちである。その威圧を感じて焦りを感じながらも、強がりを込めてディルガインはそう言葉にしていた。

「何用だとはご挨拶だな、誰か知らないが。このオレ、龍魔王様は無精ものだからさ、邪雷王様じきじきの命じゃなきゃ戦うつもりはないんだけどな、まあ、このアイハーケンが誘うから付き合いで来たんだ」

「そうそうだよ! そうなんだよ。せっかく元旦那とその四本足がすべて揃って風帝の卵と戦うなんて、いい見世物だからね、龍魔王と一緒に観戦しちゃおうね! もしワルが風帝に負けたら、死に目くらいは見てあげたいしね。元妻として。…てなてなわけなんだよ! ぱりぱりぱり!」

 ちなみに最後のぱりぱりぱりは、ベビースターラーメンを食べる音である。ただし口に出してぱりぱりぱり、と言っている。

「アイハーケン様、貴方はこのヒュペリオンが封印したばかりのはずだが…また復活したのですか…」

「そうだよヒュペリオン。ふうふうだよ! 何回封印されたらいいの! 元部下のキミに封印されるとかほんとひどいよ。またアトマックに封印を解いてもらっちゃった。おこだよ。おこおこだよ」

「牙戦陸尉アトマックめ…余計なことを…」

 さて、ここで魔王たちのことについて整理しておこう。

 砕帝王将ワルジャークと赤虎臣ヒュペリオンと白狐帝レウ、そして龍魔王ワイゾーンも砕日拳使アイハーケンも、あの牙戦陸尉アトマックも、みな「魔王の王」と呼ばれる邪雷王シーザーハルトの配下である。

 ちなみに黒獅将ディルガインやライトは、邪雷王と面識はないが、思想の影響下にはある。

 ただ、魔王たちの関係は微妙な関係であることも多い。
 例えば、かつてワルジャークが邪雷王に謀反を起こしたことがきっかけで、アトマックはワルジャークと敵対するようになった。

 今回登場した砕日拳使アイハーケンも同様である。砕帝王将ワルジャークと同じ「砕」のエレメンタルを持つ彼女は、ワルジャークの元妻だ。かつてワルジャークがエウロピアおよびウイングラード全土を支配した頃、彼女はワルジャークに「砕」の力を与えられ、禁断の魔法を使い、魔王となった。そしてヒュペリオンやソーンピリオらとともにワルジャークの片腕として力をふるった。だが幾多の魔王たちと同様に邪雷王の思想影響を強く受けていたアイハーケンは、ワルジャークが邪雷王に謀反を起こしたことがきっかけで、ワルジャークと離縁し、敵対するようになった。そのため、以後はワルジャークの忠臣ヒュペリオンに封印されたり復活したりを繰り返している。

 今回登場したもうひとりの魔王、龍魔王こと千龍魔王ワイゾーンは、魔王たちの中で最強の戦闘能力を持つ大魔王だ。三大魔王のなかでも邪雷王やワルジャークを超える実力を持っているが、邪雷王に思想面で共鳴し、邪雷王の配下となった経緯がある。ただし気まぐれで怠惰な性格の龍魔王は、あまり積極的な行動を起こさない。かつてこの物語の回想シーンで蒼い風ジン隊が壊滅したときのことが描かれたときにも、彼の名前が登場している。つまり、かつての蒼い風の壊滅は、事実上、三大魔王がすべて集結した結果の出来事ともいえる。

 ケンヤたちは、突然現れた第三勢力に驚いた。

「風が……一層と震えてる……そうだ……あれは龍魔王ワイゾーン……」

 ケンヤは風とともに震えた。

 龍魔王はかつての蒼い風壊滅に関わったので、ケンヤとガンマとアルシャーナには見覚えがある相手だった。それにしても……

「……デタラメだ……っ!」

 龍魔王は戦闘体勢でない状態で、すでに圧倒的な力を放っている。その力量はもはや、まともではない。

「それにあの魔王……ワルジャークの元妻ですって……?」

「そう言ったね。あれが砕日拳使アイハーケンか……記録でしか知らないけど」

 レルリラ姫とアルシャーナは揃ってそんな言葉を交わした。

 ガンマも
「観戦やて……ナメた真似を……!」
 と、怒りを示した。

 ヒュペリオンは、ライトに耳打ちをした。
「この戦い、わたしか、ワルジャーク様から離れるなよ。距離を取るな。お前は様々なところから……欲しがられている可能性がある。気を付けろ」

 ライトはネオガーザムから、魔界宮に勧誘も受けているのを思いだした。ほかの魔王からも欲しがられているのかもしれない。

「わかった……」

 ライトはヒュペリオンの傍らで構えた。

 ワルジャークは、ともかく戦闘をはじめることにした。

 そのために、上空の龍魔王と元妻に

「確認しておこう。この戦いに手を出す気はないのだな、ワイゾーンもアイも」
 と、訊いた。

 龍魔王は
「そのつもりだよ。あまり興味はないけど、せっかくだからな。ワルジャークがどう戦うのか、見せてもらいたいんだ。あと、俺の中の龍たちも竜の力がどうとかこうとか騒いでるしね……。そこは、どうでもいいから意味はわかってないんだけど」
 と言いながら壺に手を突っ込み、ベビースターをバリバリと食べた。

 どうやら龍魔王の中には龍たちがいるらしい。

 アイハーケンも壺からベビースターを一掴みし、
「もともとだよ、もともと観戦目的で龍魔王をさそったんだよ。だいたいだよ、だいたいこの戦いはワルが始めたことだからね。手出しはしないよ。するわけないよね。破壊しか出来ないキミは、夫婦関係まで破壊しちゃったんだから。はかはかだよ。ぱりぱりぱり」
 と言って、もぐもぐした。

 そんなことを言われた「破壊しか出来ない男」ワルジャークは、元妻アイハーケンと龍魔王が現在どういう関係なのか少し気になったが、踏み込むまい、と思った。元妻とは敵対関係に変わってからはもう、未練はない。あんまり。

 ちなみにワルジャークは龍魔王ワイゾーンとは敵対関係ではない。ともに邪雷王の下で励んだ仲だ。龍魔王は気まぐれだからか、ワルジャークの行動には基本的に静観する。邪雷王に謀反を起こしたときでさえ静観している。それが、彼の基本的なやり方なのだ。

「ならばいい。黙って見ているがいい、我々ワルジャロンドの戦いを。……流れ弾にはせいぜい気を付けるのだな」

 ワルジャークはそう言って、ケンヤ達の方向を向いた。

 第三勢力のワルジャーク旧知の魔王たちの出現で、ワルジャークたちの立場は微妙に変わったと言える。最強の魔王が見届ける戦いになったからだ。ワルジャークたちは魔王たちに示しのつかない戦いは出来ないし、今後の各勢力の争いにも、より影響を与える。

 ワルジャークは、ひと呼吸して、自らの信念を鉄槌に込めた。

 ぎゅうううん……。

 エネルギーが溜まってゆく。

「へえ……随分と成長している……」
 龍魔王を笑みを浮かべ、ワルジャークの力をそう評した。

「懐かしいなあ……」
 アイハーケンは元夫の構えをみて、そう呟いた。

「下拵(ごしら)えさせていただこう……」
 ワルジャークは四本の角がついた巨大な鉄槌をぐるんと回した。鉄槌霊ミトラカの姿が背後に浮かび、ケンヤ達に「砕」のエレメンタルで満たされた精霊エネルギーが放たれた。

「盾風壁帯(たてかぜへきたい)ッ!」

 ケンヤは瞬時にして、高速で風を回転させた盾風を複数並べて、盾たちの壁をこしらえたが、ワルジャークの破壊殺意の波動はその壁を打ち破り、ケンヤたちを襲った。

 ズゴオオン! 砕帝の破壊の轟音。

 ワルジャークの信念を込めた純粋な破壊エネルギー衝撃と圧力が、ケンヤとガンマとアルシャーナとレルリラ姫とトムテを襲い、四人と一頭は吹っ飛ばされて城壁にその身を叩きつけられてしまった。

 ケンヤの持っていた蒼い風の旗が高く上空に舞い上がる。

 ぴちくりぴーだけはレルリラ姫が超速で上空に投げたのでダメージを受けずに済んだ。
「ぴいぴいぴい!」

 ぴちくりぴーは、同じく舞い上がっていた蒼い風の旗をがぶつかりそうになったので、あわてて避けた。

「うう…」
 ケンヤは横並びに吹っ飛んだ、自分と仲間たちの様子を確認した。
 皆、強く壁にぶつけられて大きなダメージを受けている。

 そのときである。ディルガインは異変に気付いた。
「やはり来やがったか…」

 それから間もなく、上空から、「少年少女よ、惨苦のときだな」と、声。

「…来た…」
 と、ケンヤも誰かが来たのかがわかった。

 あの音が高鳴った。
 ひゅうううううう…。ふゅゅぅううう…。……ひゅうううううう。ふゅゅぅううう…。
 風が、風を鳴らす。音は、音に重なる。カゼのウタ。あの音楽魔法だ。

 ざんざんざざん、ざんざんざ、ざんざん! ざんざんざざん、ざんざんざ、ざんざん!

 変調し、テンポが早まってゆく。
「その名も、ザスターク=ザ=ブルートルネード…!」
 バァァァン!

「貴様のこのような暴虐なる破壊を許すほど、このザスタークは寛容ではない。もうさせぬぞ、砕帝王将ワルジャーク」

 上空から舞い降りたザスタークは、右腕から剣を出現させ、即座に大地を蹴ってワルジャークに突進した。

 ワルジャークは鉄槌・スフィリカタストロフィでザスタークの剣を受け止め、すさまじい激突の波動が戦場に幾重もの輪を重ねた。

「ザスタークさん!」
「…大きな怪我はしていないか? 少年少女よ」

 ザスタークはワルジャークの鉄槌を受け止めながらそう言った。

「もうちょっと早かったら怪我自体なかったんだけどな、ザスタークさん」

「それが試練だ、少年よ」
 と、ケンヤの軽口をザスタークはあしらった。

 観戦している龍魔王は、ザスタークの登場に「ほう…」とだけつぶやいた。

 ザスタークが登場した時の蒼い風ジン隊壊滅時の戦いには龍魔王も参戦しているが、タイミング上、彼はザスタークとは会ったことがなかった。

 ワルジャークはザスタークと互いの武器を合わせて膠着しつつ、
「では…はじめるのだ!」
 と号令をかけた。

「何を?」

 とケンヤが尋ねたときにはもう「事態」は始まっていた。

 ダメージを受けて半身を起こしているケンヤに向かって、白いきつねが、物凄い勢いで突進してきたのだ。

「えっ……レウ…そうくる…っ!?」

 ケンヤがそう言っている間にも、瞬時にレウはケンヤの背後に回り込み、ずざざっ!、と、少し距離をおいて折り返した。そしてそのまま、超スピードでケンヤに体当たりを敢行した。

 どうっ!

 それは、ケンヤが避ける間もないスピードであった。

 レウによるアタックで弾き飛ばされたケンヤの肉体は、武器を構えて待ち構えるディルガインとヒュペリオンとライトのほうに飛んでいった。

 レウがわざわざターンをしてからケンヤに体当たりをしたのは、ケンヤをこの罠に引き込むためだったのだ。

「そういう作戦なんかっ!」
 と、ガンマは叫んでいた。

 そのとき、ワルジャークの背後に再び鉄槌霊ミトラカの姿が浮かんだ。

 ミトラカは微笑みながら、優しくワルジャークに声を発した。

「わたしを振って下さい…わたしを振って下さい…。鉄槌の下されるべき者に…、破壊の鉄槌をお下し下さい…ワルジャーク様…!」

 ワルジャークはそれに答え、叫んだ。

「無論だミトラカ! さぁて……邪魔だザスターク! ぬうん!」

「ぬぐおおおっ!」

 ワルジャークは激しくスフィリカタストロフィを振り上げ、組み合っていたザスタークを弾き飛ばし、そして身体の向きを変え、ケンヤに向かって突進した。

 レウが弾いたケンヤをいま、ワルジャークとライトとヒュペリオンとディルガインが一斉に攻撃する、その体勢に入った。

 ワルジャークとワルジャークの四本足、それらのすべてが「風帝の卵」に戦力を集中させる作戦なのだ。

 ガンマとアルシャーナとレルリラ姫とトムテは、先程のワルジャークの「下拵え」のダメージの強さと、ワルジャークたちのあまりのスピーディーな流れに、一歩出遅れてしまった。

「ライトさんやめてえええっ!」
 レルリラ姫は、つい、そう叫んでいた。

 だがもうライトは、決めていたのだ。深い苦悩の果てに、決めたのだ。だからライトは、家族とともに、ケンヤに刀を振るった。

 ワルジャークとライトとヒュペリオンとディルガインが、それぞれの技を放った。

「ミトラカ霊臨(れいりん)スフィリカタストロフィ砕槌永滅(さいついえいめつ)ディストラクション!!」

「魔剣技(まけんぎ)…L鑼刀(エルドラド)!!」

「エリュトロンジャべリン!!」

「黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)!!」

 ワルジャークの、鉄槌霊ミトラカの宿りし砕帝王将の鉄槌・スフィリカタストロフィが、
 魔剣士チャラリーも携えたというライトの魔剣・星導聡流剣が、
 赤く鋭きヒュペリオンの投擲(とうてき)・ヒュペジャベリオンが、
 圧巻の強化を果たしたディルガインの黒獅子牙(ブラツクレオファング)が、

 四つの「撃」が、ケンヤに集中して放たれた。

「ワルジャークの技名…長っ…」
 と、龍魔王が呟いた。

 …そこに…、駆けつけたのは、
 やはり、ザスタークだった。

   ズザガゴウン!!!!

 音色の異なる四人の様々な武器の奏でるインパクト。

 これらはケンヤに向けて振るわれた技だったが、ザスタークは即座にケンヤの前にたち、ダメージを一手に引き受けていた。

「ザスタークさんっ!」

 ケンヤが叫んだときはもう、ザスタークは、四人の攻撃を真正面から被っていた。

《つづく》
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