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#18 届かないチーズ


 ロンドロンドのパワーブリッジ前で、ケンヤが白狐帝レウと対峙していたその頃。
 ルンドラのディンキャッスル・領主特務塔では、砕帝王将ワルジャークの声が響いていた。

「芋は、蒸かし終えたか?」

 ひとりの雑兵が跪いた。
「はっ、ワルジャーク様、予定時刻まであと数分、まもなく蒸かせるようです。量が量ですのでお待たせ致します…」
「よかろう」

 いももん、いももん。
 ディンキャッスル城内に、芋を蒸かす香りが漂っていた。

「ディルガイン…戻ったか」
 そうワルジャークが呟いた三秒後、天翔樹の葉の形の光が舞い降り、黒獅将ディルガインが、ロンドロンドから転送されてきた。

 バターン!
 ディルガインは、大の字になって倒れ、白目を剥(む)いている。

 じゅるじゅるじゅる、
 ごぼごぼごぼ、
 ぶくぶくぶく…

 白目といいつつ赤く充血したディルガインの目からは、とめどなく涙が流れている。それだけでなく、顔からは水やら粘液やら泡やら、様々な体液が噴出している。

 兵たちを掻き分けて、ディルガインの付人(つきびと)四名が登場した。

「きゃぁっ、ディル様!」
「はうぅっ、領主ディル様!」
「あぁぁっ、黒獅将ディル様!」
「ふぇぇっ、フルネームで言うとディルガイン=ルンドラル=マッハー様! 長いから略してディル様!」

 略してディル様は、死にそうである。

「ディル様、申し上げます! ディルガイン汁(じる)が出ております!」
「ディルガイン汁が!」
「ディ、ディルガイン汁! かぐわしい!」
「ディル様、おエロいですっ! 萌える!」

 四人はディルガインを囲み、それぞれの黒系パーソナルカラーの専用カバーのポケットティッシュからティッシュを取り出し、ディルガインから溢れ出るディルガイン汁を拭きにかかった。

「ディルガイン汁が!」
「とめどなくディルガイン汁!」
「ディル様、す、すごい!」
「こんなにいっぱい迸(ほとばし)ってる!」

「ひゅう…、ひゅう…」

 レルリラ姫によってもたらされた殺人的な威力の花粉症により、息も苦しそうなディルガインは、四人の配下の少年少女を見た。

 この物語でディルガインが初登場したとき…。ディルガインがドルリラ王に謁見するため入場してきた場面で、ディルガインが四人の付人を従えていたのをお覚えだろうか。
 少女二名、少年二名。彼らこそ、類い稀なる有能かつ変態を誇る黒獅将の側近、「ディルガイン付人(つきびと)四人衆」である。

「リオナ、レーヴェ、アサード、シシーシシシシザエモン…。
 貴様ら四人…無事だったか…。いつのまにロンドロンドから、このディンキャッスルに戻ってきた…」

「はい…ディル様が、走って行って行方不明になりましたので…」
「はい…ディル様、不明な行方になりましたので…」
「はい…ディル様の、行方が不明すぎましたので…」
「はい…ディル様の過ぎたる行方不明は不在に等しく、これ即ち仕方ないからお家に帰ろうという我等の涙の決断でして…。長い」

 ディルガインは、しょうがないな、という表情で、引き続き拭かれた。

「…まあいい。私がこんな目に遭うのは想定外だったが、貴様らとともに練り上げた、想定外までカバーした色々な戦術が、今日は役に立ってくれたからな」

「…ディルガインよ」

 大の字になり、付人に拭かれるままになっている黒獅将ディルガインに、砕帝王将ワルジャークが声をかけた。 「…ハッ…」
「レウは一緒ではないのか?」

「…ハッ、…ワ、ワルジャーク様…。レウは私に替わりケンヤ=リュウオウザンの足止めを…」
「他の二人…ガンマとアルシャーナといったか、あの二人についてはどうなっている」
「い…芋獅子仮面で…足止めをしております、ワルジャーク様」

「そうか、よかろう。…それにしてもレウめ…。…深追いせんとよいがな…。まあ、あやつもわかっているはず。ブルーファルコンの発動だけはさせんだろう。レウが足止めをするなら、それはそれで都合は悪くない」

「はっ、では念のため、レウに足止めの継続を連絡いたします…」

 ディルガインは寝転んだまま一礼をした。

 すると、察した付人のアサードが、すっとディルガインに魔報用紙とペンを手渡した。ディルガインは寝転んだまま魔報用紙を受け取り、レウ宛の手紙を書きはじめた。涙で潤んだ目と、震える手のため、文字がゆがんでいる。

 ワルジャークは角をシュッシュとさすりながら、ふむ、と顎に手を当てた。時計は十八時三十分を指している。

「よし…、レウが足止めしてくれている今がタイミングだな。行くぞ、ディルガイン」
「え」
「行くぞ」
「い、いずこへ」
「無論ロンドロンドだ。ワルジャロンド建国だ。…なあに、十九時半には戻れる」

 ぶしゅううう!
 再びディルガインから、新鮮なディルガイン汁が噴き出した。

「ディル様!」
 ディルガイン付人四人衆は一斉に残ったティッシュを、恥ずかしきディルガイン汁の各噴出孔にあてがった。

 じゅるじゅるじゅる…

「…ワ、ワルジャーク様、この通り私、ひどい花粉症になってしまいまして…。ワルジャーク様の絶大なお力で治しては頂けないでしょうか…」

 もはや一介の垂れ流し大の字寝そべり黒獅将であるディルガインは、ワルジャークに弱々しくおねだりをした。

「知っているかディルガイン、私は破壊しかできない男だ」

「…ハッ…。そうでした…」

「ちょうど良いところに来た…。奴に頼むのだな。来たな! ヒュペリオン」

「!?」

「は。ここに。ワルジャーク様」

 またしても天翔樹(てんしょうじゅ)の葉の形の光が舞い降り、今度は赤虎臣ヒュペリオンが、ペパーミンガムから舞い降りた。

「ただいま来臨いたしましたワルジャーク様。…それに、ディル…。ふふふ、領主ともあろうものが、面白い格好だな」

「ヒュぺ…。くそっ…」
 そう言って、大の字のまま悔しがるディルガインの額にヒュペリオンは手を当て、その姿を観察した。

「ディル、強力な華法にやられたな…。それに魔法の傷、拳法の傷、剣の傷、火傷、泥もついている…。滅茶苦茶だな。何人から受けた傷だ?」

 三人の聖騎士、蒼いそよ風の三人、そして姫、あと…。

「な…七人…かな…。あと、竜が一匹」
「ふふ、すごいなお前。こんなディルが見れるとは面白い日だ。…よく死ななかったな」
「ああヒュペ…。…レウのおかげなのだ…」

 機嫌よくディルガインと話していたヒュペリオンだったが、レウの名前を聞くと眉間にシワが寄った。
 ヒュペリオンは、レウがあまり好きではないのだ。
 ヒュペリオンは、詠唱を唱えはじめた。

 ディルガインは財布から紙幣を四枚取り出しながら配下に声をかけた。

「ご苦労だった…下がれ、付人四人衆…。今日の議会の議事録を読んで、議事に関して有効な政策があれば、取り急ぎ四人で話し合い、熟考しておけ。レーヴェとアサードは二十時になったら、その報告に来い。
 あと・・・秘密任務は今日は無しだ。終わったらこれで四人で新年会にでも行ってこい」

「「「「はっ!」」」」

 ディルガインが指示すると、お小遣いを受け取ったディルガイン付人四人衆は、すっと退場した。

 ディルガインは領主としての職務もあるが、多くの領主としての職務は、有能な付人四人衆や、フェオダールという副領主に任せているのだ。
 秘密任務というのは…謎である。さっぱりわからない。

 ディルガインを取り囲んでいた四人がいなくなり、ヒュペリオンは、ディルガインに抗ヒスタミン魔法や回復魔法をかけはじめた。
 回復の光を浴びて、ディルガインは気持ちがよいのか「うあああああ…」などと唸っている。

 この時間を利用して、ワルジャークはヒュペリオンの報告を耳にすることにした。
「ヒュペリオンよ、ペパーミンガム制圧はうまく行ったか?」

「はい、制圧しました。あそこは、民も領主たちも素直なものですね。自分たちの命の守り方というものを知っている。この通り、ペパーミンガム降伏の調印を拝領してきましたよ」

 ヒュペリオンは右手でディルガインに魔法をかけながら、左手でワルジャークに、書簡を入れた筒を手渡した。

 ワルジャークは、中をあらためつつ
「しかし、帰りが遅かったな」
 と訊いた。

「はい…。調印を手に入れた直後、面倒なのが来ましてね。下界最高峰の相手です」

 ぴく、とワルジャークが反応し、こう言った。
「なるほど…ウイングラード聖騎団アッカ隊長か。名高い男だ」

 ヒュペリオンはため息をつき、返事をした。
「はい。何なんですかね、あのアッカという男は。異常に手こずりました。わが軍に欲しいくらいです。
 …それに…新入りですかね、キャロットという強力(ごうりき)の騎士もいました」

「倒せたのか?」
 ワルジャークが聞くと、ヒュペリオンは目を細め、こう述べた。

「それが…。そのキャロットという騎士に重症を負わせたら、退却されてしまいました。アッカもそれなりに負傷させていたのですが…。二人とも倒したかったです。まあ、私も六度も回復魔法を使うはめになりましたし、回復手段がなければ危険な相手でした。つまり、今回は引き分けということです…よっと!」

 ヒュペリオンはディルガインに魔法をかけ終え、ディルガインの手をとって立ち上がらせた。

   ワルジャークがヒュペリオンに言った。
「謙遜を言うなヒュペリオン…。大儀であったな」
「ありがとうございますワルジャーク様」

 ディルガインは伸びをして
「んああ…ふぅ…すまないなヒュぺ。ああ…嘘のように治った…」
 と、言った。

「よかったなディル」
 そう言ってヒュペリオンはディルガインの肩にぽん、と手を置いた。
 ヒュペリオンとディルガインは、それぞれ兵たちからMPポーションを受け取り、ぐっと飲み干した。

 それを見て、よし、行くぞ、と、ワルジャークが言おうとしたが、そこに、一人の兵がやってきた。

「レウ様ー! ライト様ー! レウ様、ライト様はおられますでしょうかー?」
 そこで、ヒュペリオンが兵にたずねた。

「ん? どうした」

「ハッ、レウ様ご依頼のあぶらあげと、ライト様ご依頼のチーズをお持ちいたしました」
「そうか」
 ヒュペリオンはあまり興味なさそうに返事をした。

 そこに、
「ありがとう、チーズ、いただくよ」
 と言って、ライトが登場した。

「ライト、夕食は食べたのか」
とワルジャークが聞くと、ライトは
「はい、イグザードが作ってくれました。バーモントカレーを」
と答えた。

「ではライト、魔法数学の宿題は出来たのか」
「はい、ここに」
 ライトは五冊の問題集を取り出した。

「うむ、ヒュペリオン、あとで答えあわせをしてやれ」
 ワルジャークにそう言われると、ヒュペリオンは少し表情をゆるめ、
「かしこまりました。ライト、頑張ったな」
 と言った。
「それを言うのは採点をしてからにしてよヒュペリオン」
 と、ライトは笑った。
「レウは?」
 ふと、ライトが尋ねた。
「レウは…ちょっと所用で出かけた」
 と、ワルジャークが回答した。

「え、でもレウは、このチーズを僕に届けてくれるって言ったんです。僕が早くこの宿題を終えてしまったから、その必要はなくなったけど…それを伝えないと」
 そうライトが言うと、ワルジャークはこう答えた。
「仕方あるまい、レウには急用が出来たのだ」

(…まただ…。ワルジャーク様はまた、僕の知りたいことを知らせてくれない…)

 ライトはふと、部屋の片隅にある「白雪稲荷(しらゆきいなり)」を見た。
ゼプティム神の一柱(いっちゅう)、白氷神ホワイティーミックの神像と目が合った。それは、レウの私物の小さなゼプティム神の神棚である。

 この白雪稲荷には常に油揚げが百枚ほど備えられていて、レウはここから油揚げを召還し、様々な局面で利用するのだ。
 レウは、油揚げが半分になると買い足すようにしていた。

 ライトが、宿題をやる前にここを見たときは、揚げは五十枚くらいあったはずだが、もう揚げは、残り数枚になっていた。

 買い物から帰った兵は驚き、慌てて買ってきた五十枚の油揚げを白雪稲荷(しらゆきいなり)の定位置に置いた。

 ライトはワルジャークに尋ねた。
「ワルジャーク様、レウは、また戦いに行ったんですか? さきほども魔力(フォース)が半分に消耗していたのに…」

 ワルジャークは
「それはお前は気にせずともよい。心配するな、多分MPポーションを飲んでいったと思う」
 と返した。

「そうですかワルジャーク様…。で、ディルガインとヒュペリオンはどこへ行っていたんですか?」

「それも気にせずともよい」
 と、またワルジャークが言った。

 ライトは、たまらないな、と思ったが、なんとか気持ちを押し殺した。

 そこに、もう一人の兵が駆け込んできた。

「ワルジャーク様、例のものが出来上がりました」
「うむ、いつでも召還できるようにしておけ。追加も作れ」
「かしこまりました」

 ライトは気になって仕方がない。

「例のものって、ふかし芋(いも)ですよね? ふかし芋ですよね? なんに使うんですか、あれだけのふかし芋」

「ライト、気にするな」
「うう…」
 ライトはイラついてきた。

 ワルジャークは構わずに言った。
「よし、行くぞ、ディルガイン、ヒュペリオン」
「行きますか、ワルジャーク様」
「おっし、行きましょう」

 すかさずライトは叫んだ。
「僕も連れて行って下さい!」
「駄目だ」
 ぴしゃり。
 ワルジャークは間髪挟まず答えた。
「何でですか!」
「子供だからだ」
「……」

(大人は勝手だ。もう、仕方ないなんて…堪えきれない…)

 ライトは爆発しそうな気持ちを抑え、黙って去った。

「行くぞ」

 ワルジャークとディルガインとヒュペリオンは、出発した。
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