#17 姫を守ろうキャンペーン
 
 クーモズ川の川面(かわも)。
  
 遠くの川岸から見物の住人たちが指を差して、なにやら注目している。
  
 その指先が、さし示す先で、 
 ぎゅんぎゅんぎゅん。
  
 竜の翼が風に乗る。
  
 竜の上で、少年が少女を抱き抱えながら、言った。
  
「しっかりつかまってろよ、レル!!」
  
 川面を突っ切る一月の冷たい空気にさらされながらも、レルリラ姫は自分を抱き抱えるケンヤの体温を感じて、自分の頬が染まってゆくのを感じた。
  
「ありがとうっ、ケンヤ。お姫様だっこ、うれしいです。 
 わたくし、お姫様人生ひとすじこのかた八年数カ月、いままでずっと、お姫様だっこされたかったんです!! 
 だって、わたくし、姫なんですもの!」
  
「え、そうなの?」 
 ケンヤがとぼけて聞いた。
  
 レルリラ姫は嬉しそうに答えた。 
「はい、それはもう!…まあ、こんな焦げたドレスじゃ、様にならないですけどねっ…。 
 …あっ、 
 そうだケンヤ!」
  
「おん?」
  
「ケンヤ、このお姫様だっこ状態のままでディルガインに勝ったらかっこいいと思うんですけど!風帝的に!」
  
「風帝的に?」 
「風帝的に!」
  
 そう言われたケンヤは思うところがあり、 
 レルリラ姫をトムテの背中に下ろし、ケンヤの腰につかまらせたまま腰掛けさせた。
  
 レルリラ姫は、お姫様だっこ状態ではなくなった。
  
「もう…ノリが悪いのね、ケンヤ」
  
 レルリラ姫がふくれた。
  
 そこでケンヤは
  
「レル。戦いってのは、そんなに甘いもんじゃないんだ。 
 …わかるよな。あんたなら」
  
 と、すこし強い口調で言った。
  
 それからケンヤは
  
「まあ、やってみたい気持ちはあるけどな!」
  
 と、本音も付け足して、すこし笑顔をみせた。
  
 あ、ケンヤは、少し怒ってくれたんだ。 
 そうレルリラ姫は感じた。
  
 先ほどまでレルリラ姫の頬を冷たく吹きさらしていた、川面を吹く一月の風。 
 その風が、一瞬、ふわりっとやわらかい風に変わって、彼女の頬を撫でた。
  
 それで、レルリラ姫は、 
 おでこの絆創膏に、ちょん、と、すこし触ってみた。
  
 やっぱり、 
 嬉しい。
  
 それで満足したレルリラ姫は、話題を変えた。
  
「わかりましたわ。ありがとうケンヤ。 
 ところでケンヤ。ガンマさんやアルシャーナさんは?」
  
「ああ。いもと戦ってる!」 
「いも…ですか?!」 
「いもだ」 
「いもですか…」 
「いもなんだよ…」 
「いもなんて…。 
 わたくしを救うために必死で追ってくださったために、 
 まさか、いもと戦うはめになるなんて…。 
 …聞きましたか?ロヴィンポーク大伯爵」
  
「はい。パンパカパーン!」
  
 トムテの前脚で豚鼻つきのクチバシをを掴まれながら、竜の下方でロヴィンポーク大伯爵が返事をした。
  
「ケンヤもガンマさんもアルシャーナさんもロヴィンポーク大伯爵もぴちくりぴーも、わたくしも、みんな、姫を守ろうキャンペーンの対象ですよね!」
  
「は、はい!パンパカパーン! 
 皆様、ロンドロンドふるさとスタンプをひとり六六〇〇個ずつ! 
 もれなく六六〇〇個ずつさしあげます!!」
  
 姫はちゃっかり、姫自身も「姫を守った一員」に付け加えたわけだが、このキャンペーンは姫自身の自己防衛も有効らしい。
  
 何だか知らないが何かをたくさんもらえることを聞いたケンヤは、
  
「やったあああ!! 
 何だかしらないけどサンキューな!おじさん!!」 
 と歓声をあげた。
  
「ぴいぴいぴい!」 
 と、ぴちくりぴーも嬉しそうだ。
  
 ロンドロンドふるさとスタンプが集まるとどうなるのかは、まったく知らないままで、ケンヤやレルリラ姫やぴちくりぴーは大喜びするのであった。
  
「レックスの旦那はもらえないんですかい?スタンプ六六〇〇個」 
 つられてトムテが聞いた。
  
「もう!トムテったら! 
 無理ですわ!あのレックスに何かあげたら、また、婚約の証ですね〜とかキモいこと言ってつけあがるから! 
 いいんです。レックスには、わたくしが感謝していることは十分伝わってますから…。過剰なくらい!」
  
「あっはっは!違いねえ!」
  
 トムテは笑って低空飛行を続けた。 
 ロンドロンドふるさとスタンプというのは、別にレルリラ姫が発行しているわけではないのだが、レルリラ姫の指示により、聖騎士レックスにはロンドロンドふるさとスタンプは一個も与えられない運びとなったのであった。
  
 哀れ、レックス。
  
 レルリラ姫たちを救ったトムテは、そのまま上昇することはなかった。
  
 トムテは、あくまで水面すれすれに飛行してクーモズ川を渡りきり、堤防に沿って川岸を伝い、パワーブリッジの終点の青タイル付近まで飛んで来た。
  
 レルリラ姫がトムテに尋ねた。
  
「トムテ、なんでこんな回り道をするのですか?」
  
「おおよ。高いところを飛んで、姫様が落ちたら危ねえからな!」
  
 トムテはあえて、ケンヤの高所恐怖症に触れなかった。
  
「あらっ、やさしいのねトムテ! 
 でもわたくし、そんなドジっ子プリンセスじゃありませんっ☆」
  
「それより、つかまれプリンセスっ!!」
  
 トムテが急に叫ぶと同時に、 
 ディルガインから火球が飛んで来た。
  
「きゃあ!!」
  
 ぎゅん! 
 トムテは急旋回して回避した。
  
「でいっ!! でいっ!!」
  
 アレルギー結膜炎で白目を真っ赤にしたディルガインは、立つ力も失いひざまずきながらも、胸の獅子から火球を次々に繰り出してきた。
  
「きゃああ!な、なんてタフなんでしょうディルガイン!!」
  
 ぴちくりぴーを胸元にしまいながらレルリラ姫が焦った。
  
「や、やべえ!!」
  
 トムテが叫んだ。
  
 トムテはディルガインの火球をぎゅんぎゅん避けていたが、ついに頭部に直撃をうけてしまった。
  
「グワア!!」
  
 爆音が響き、トムテは墜落した。
  
 ざしゃあ。
  
 トムテが、ケンヤとレルリラ姫とロヴィンポーク大伯爵の三人のクッションになる形で落ちたので、三人には怪我はなかった。
  
 場所は、パワーブリッジを渡った対岸。 
 パワーブリッジ前である。
  
「うう…み、みなさん大丈夫ですか?」 
 レルリラ姫が尋ねた。
  
「ぴい」 
 ぴちくりぴーが答えた。
  
「うぐぐ……」
  
 トムテのダメージは大きいようだ。 
 思わずレルリラ姫がパワーブリッジの回復スポットの青タイル付近をちらっと見ると、 
 青タイルは点滅していた。
  
 やっぱり妙に太い柱は、MPが足りないようである。
  
 そこでレルリラ姫は
  
「よーしっ!!ケンヤ!! 
 トムテの回復は、このわたくしに任せてくださいっ!」
  
 と、華粉翼王女杖(カフィングプリンセスワンド)を出した。
  
 ケンヤが驚いて聞いた。 
「レル、回復魔法使えるのか!やるな!」
  
 レルリラ姫は答えた。 
「魔法も使えるんですが、今からいたしますのは魔法ではなくて… 
ああ、とにかくケンヤは行って行って!!」
  
「あいよ」
  
 ざん。
  
 あいよと言って、ケンヤはディルガインの目前に立った。
  
 しかし、 
 ディルガインはもはや、 
 寝ていた。
  
「ひゅう…ひゅうう……、げ、げほ、げほ…」
  
 「最後の力」を何度もふりしぼっていろんなことをしたディルガインには、もはや、病にふせって立ち上がる力もない。
  
 アレルギー性喘息(ぜんそく)の、咳さえも弱々しい。 
 ケンヤは驚いて 
「ディルガインをこんなふうにしたのは…、レル?」 
 と聞いた。
  
「ぴい!」 
 ぴちくりぴーが肯定した。
  
「まあ…その前にディルガインは消耗していましたから」 
 ケンヤの質問に、レルリラ姫がにっこり返事した。
  
 …それにしても、ケンヤたちが追い掛けっこをしていた時点のディルガインは、こんなコンディションではなかったはずだ。 
 レルリラ姫はその、「魔法ではない何か」を使って、ここまでしたというのだろうか。
  
 トムテを介抱するレルリラ姫を見ると、なにか魔法陣のようなものを出しているが、それは、ガンマがよく出している魔法陣とはなにかが異なるようだ。 
 まあ…話はあとで聞くとして…。 
 ケンヤは、ディルガインを倒さなければならない。
  
「剣化風陣(けんかふうじん)…!」
  
 ケンヤは例によって腕の柄を取り、剣の刃を出現させた。
  
「…こ…こんな小童(こわっぱ)どもに…敗れるとは…」 
 虫の息のディルガインは覚悟を決めて、つぶやいた。
  
 それを受けて、ケンヤは静かに言った。
  
「これは、 
 レルリラ姫と、聖騎士たちと、蒼いそよ風の勝利だ…。 
 神風斬(かみかぜぎり)…!!」
  
 刀身に高速で絡まる風が、 
 剣の姿をも変えたかのように見せている。
  
 ケンヤは、風をまとった戦士剣・風陣王を振り下ろした。 
 ザン!!
  
 風が散った。 
 埃(ほこり)が舞い上がった。
  
「おんっ!?」
  
 そして、そのインパクトの瞬間に異変に気付いたケンヤが叫んだ。 
「な、なんだこれっ!?」
  
 ディルガインを斬ったはずのその場所に、 
 ディルガインは、 
 いなかった。 
 いなかったかわりに、 
 いなりずし。
  
 漢字で書くと、稲荷寿司である。
  
「いなりずしだっ!!!??」
  
 ディルガインがいた場所に、ディルガインのかわりに、小さい稲荷寿司が一カン、まっぷたつになって転がっていた。
  
 いつのまに、こんな身代わりの術を…!
  
 ケンヤは、 
 きつねにつままれたような顔をした。 
 きつねにつままれたような気分になり、 
「きつねにつままれたようだまるで…ッ!!」
  
 と、つぶやいた。
  
 そこに、きつねの声。
  
「つまみつままれ 
 つみつまれ…! 
 つままれたとき、 
 つままれるところに 
 つまむ者あり、 
 白狐ありっ!」
  
 ディルガインをつまんだ白狐帝レウが、パワーブリッジの妙に太い柱の頂上に立ち、登場していた。
  
「意味わからん!!」 
 ケンヤが言った。
  
 レウは狐の尻尾をふよふよ揺らしながら 
「また会ったっスね。ケンヤ=リュウオウザン…!」 
 と、静かに言った。その声と瞳は復讐の怒りに燃えている。
  
 ケンヤが叫んだ。 
「白狐帝…レウ!!」
  
「見事に化かされたっスね! 
 オレの超呪文(ネオスペル)・『稲荷転狐(イナリーシャルイナリュージョン)』に!」
  
 稲荷寿司と対象を入れ換える、高度な四文字の狐系魔法である。
  
 いも風船と入れ代わったり、 
 稲荷寿司と入れ代わったり、 
 入れ代わりの激しい本日の黒獅将ディルガインであった。
  
 レウはケンヤを睨んだまま、黙ってディルガインに「天翔樹の葉」を渡して、ディルガインに言った。 
「ディルガインさん。 
 さっきあんたが諦めの言葉を吐いたのは、聞かなかったことにしてやるっス」 
「すまん…。いつか…この借りは…返すぞ、レウ…」 
 そう言って黒獅将ディルガインは「天翔樹の葉」を投げ、去った。 
「選手交代っス!」 
 レウはこう言って、ひゅっ、と妙に太い柱から飛び降りて、その軽い身体でしなやかに降り立った。 
「オレの相手は誰っスか? 姫か竜か柱か豚鳥か小鳥か風帝か!」
  
 豚鳥がすかさず言った。 
「パンパカパーン!!スタンプシートが足りないので補充しなければいけないキャンペーンにつき、対象のわたくしはもれなく!ロンドロンドふるさと会館にいったん戻ります!!」
  
 なにがパンパカパーンなのかは意味不明だが、 
 なんだか強い人が来て安心したロヴィンポーク大伯爵は走って逃げていった。 
 ロンドロンドふるさとスタンプを六六〇〇個も押すには、いったい何枚スタンプシートがいるのだろうか。
  
 レウが律義に言い直した。 
「オレの相手は誰っスか? 姫か竜か柱か小鳥か風帝か!」
  
 ブッブー!! 
 あっちで、妙に太い柱が拒否した。
  
「ぴい!」 
 小鳥が鳴いた。ぴいだけでは、イエスかノーか、わからない。
  
「オレに決まってるだろ!!」 
 ケンヤは叫び、改めて戦士剣・風陣王を構えた。
  
 レルリラ姫が 
「ケンヤ、絶対勝って!」 
 と言うと、
  
 ぴっ。 
 と、ケンヤは親指を立てた。
 
  
《つづく》
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