#11 ワルジャロンド宣言
砕帝王将ワルジャークの砕登場により、正門エウイアアーチを取り巻く空気は一気に破砕された。
破砕された空気が、エウイアアーチの傍らのエウイアアーチローズガーデンに咲くバラの花びらを散らせた。
「久しぶりだな…ドルリラ」
「ワルジャーク…変わり果てたな…」
まうまうと、バラの花びらが舞う。
ばらばらと、舞って散らばるバラ。
ドルリラが知っているワルジャークという男は、はじめ、人間だった。
当時からワルジャークは、一部からルンドラの英雄と呼ばれる犯罪者であったが、それでもはじめは、たしかに人間だった。
しかし今やワルジャークは、処刑と復活を経て、まったく違う存在になっていた。
姿も声も気も行動も、人間のそれではない。
完全な魔王のそれであった。
それは、魔王の頂上、三大魔王の一角なのであるからして、それがそれであるのは当然のそれなのであった。
それは、それを放ちながら、それでありながらもそれっぽく人語を投げかけた。
「話はディルガインから聞いたな。そういうわけだ。
そういうわけで、宣言をしよう。
ドルリラ、いまからお前はこの宣言に同意する…。
本日ウイングラード王宮は、このワルジャークにより陥落した。
本日よりこの国の名前は、ウイングラード騎皇帝王国、ではない。 砕帝国ワルジャロンドだ」
「砕帝国ワルジャロンド?!?!」
「砕帝国ワルジャロンドだ」
「砕帝国ワルジャロンドだと…」
「そう。これが、ワルジャロンド宣言だ。
そしてここが私の居城、ロンドロンド城だ!」
人間ではない何かが、何やら、ドルリラには理解できないことを言った。
「私は、かつて処刑されたこの都から、再びエウロピアを、そしてドカニアルドを、統べよう!」
ドルリラは、ワルジャークの語った言葉と、先だってディルガインが語ったばかりのワルジャークの理想論の要点を整理した。
・砕帝国ワルジャロンドを名乗る。
・ルンドラを独立させる。
・王宮を滅ぼす。
・聖騎団を滅ぼす。
・下界を征服する。
・すべての民を教育する。
・風帝を生まない社会作りをする。
ざっとこんなところだろうか。
「ワルジャーク…ドカニアルドの民たちが、貴様のそんなくだらない案を支持するとでも思っているのか?」
そうドルリラが言うと
「お父様の言うとおりですわ! 民たちは決して馬鹿ではありません。いったい誰がこの世界を守り、誰がこの世界を滅ぼしてきたかを考えれば、答えはひとつですわ!」
と、レルリラ姫が続けて言った。
うしろで例によって執事のジージがレルリラ姫に、安全なところへ下がるように進言している。
それにしてもいつの間にレルリラ姫はエウイアアーチにやって来たのだろうか。
「民たちが、そうすぐに簡単に言うことを聞くとは思わんさ…。
だが…我が師が復活するための、お膳立ては出来る」
ドルリラは面食らった。
「お膳立て……?」
ワルジャークは、例の穴の中からひょいと魔法で、黒こげになったディルガインを引き上げながら、話を続けた。
「私のやることなど、酔狂にすぎん。
どうせ…このワルジャークは本来、破壊しかできない男だ。
しかしそんな私でも師の教えを経て、あるいは師を憎むことによって、どうにか師の真似事のような、あるいは反面的のような、酔狂くらいはやってみせようというものなのだよ。
だが…やはり私は、師ではない。師と同じようには出来はしない。
しかし…。我が師は違うぞ」
ケンヤが叫んだ。
「邪雷王かッ!」
アルシャーナも叫んだ。
「邪雷王も、一枚噛んでるのかッ?!」
ガンマも叫んだ。
「なにいうてんねん…! 邪雷王シーザーハルトは…イリアスのじいちゃんが封印したはずや…ッ!」
「シーザーハルトが封印されているということは、死んでいないということだ。
そうだろう? ガンマード=ジーオリオン」
ワルジャークがガンマを征した。
ガンマは、ワルジャークが自分をフルネームで呼んだことに神経を逆なでされ。ぞわっとした。
たまらなく、不快だった。
そして、シーザーハルトが巻き起こした、忌まわしい「あの日」の悲劇を思い出し、頭痛がした。
ワルジャークは語った。
「本当の王者というものは、どんな状況でも、人の上に立ったとたんに人を引きつける。
その能力において、比類なき器を持っている男がいる。
しかし、どれだけ比類なき器も、器の中に料理を入れねばただの物質に過ぎない。
私はその男のそういう比類なき器ぶりに激しい憎悪も覚えるが、
それでも私は、彼のその、お膳立てをする。
お膳を立てねば食事は出来ない。
だから立つ。立てる。立て抜く。死んでもおっ立てる。
それが、お膳としてここまで調理された料理たる存在の使命だ」
ワルジャークはそう、邪雷王シーザーハルトと自分の師弟関係を評した。
ケンヤとガンマとアルシャーナとドルリラとレルリラとジージと兵たちは、この魔王の言葉の響きにただ耳を傾けてしまった。
「民が我々を支持するか、という、さきほどの質問の答えを言おう。
シーザーハルトなら、それが出来る!
シーザーハルトのカリスマ性をもってすれば、たやすい事だ!」
そのワルジャークの言葉は、時間が止まったような静寂を生んだ。
「…ついに…それを言うてしもたな…ワルジャーク…」
ガンマがつぶやいた。
ワルジャークは、ついに明言したのだ。
ワルジャークが、邪雷王シーザーハルトの復活をもくろんでいるということを。
「だから…私は、師への憎悪にまみれながらも、すすんでその下地を作るのだ!」
ワルジャークは、それがさも当然のように言った。
それがワルジャークの苦しみであり、また、誇りなのだ。
それを聞きながら、ディルガインはもうろうとした頭で、そんなワルジャークの言葉に酔っていた。
まるで自分が、会ったこともない魔王の王・邪雷王シーザーハルトの片腕にでもなった気分だった。
ワルジャークは鉄槌を指示棒のように、騎皇帝ドルリラ王に向け、決断を迫った。
「さあドルリラ。話がずいぶん逸れたぞ。
さあ認めろ。ウイングラードの陥落を!
断る術はないぞ。私に立ち向かう者はもはや誰も出せまい。
出せるか?ん?誰が出せる?
なってもいない風帝か?
子供ばかりの蒼いそよ風か?
出るとも限らないザスタークか?
それとも負傷したただひとりの聖騎士か?
出せるものか!
出せるものならばさあここに出してみるがいい!」
ドルリラがなにか言い返そうとしたとき、
追い打ちがかかった。
そこにもう一人の魔王が登場したのだ。
ひゅざああぁっっ。
そのとき、エウイアアーチローズガーデンに咲く色とりどりのバラの中から、白いバラだけが一斉に散り、そこに現れた少女の周囲にくるくると舞った。
「……ワルジャークさん……、さっき邪雷王さまの話してたっスよね」
「なんだ、お前も来たのか。言いつけていた仕事はどうした」
「片付けたっスよ。だってワルジャークさんが邪雷王さまについて語り出しちゃうんだもん。聞きたいじゃないスか」
「何者だ…」
ドルリラ王が魔王たちの会話に口を挟んだ。
「白狐帝レウ…」
少女のその名前を紹介したのは、ケンヤであった。
ケンヤは白狐帝レウがワルジャークの配下になった瞬間に立ち会っている。
あの日、敗北して地べたを舐めた砂の味を、ケンヤは一生忘れないだろう…。
ドルリラは、すかさず焦った。
「レウ…! 貴様が白狐帝レウだと…!
では聖騎団のオーサとマッツがエンジバラへ、貴様の討伐に出ていたはず…!」
「それってこれっスか?」
ひょい、と白狐帝レウがビニール袋に入った市販の油揚げを投げた。
ぱさ。
【あぶらあげ】 《二枚入り》
近所のスーパーで売っているアレだ。
「あのしつこい騎士のふたりなら、その油揚げのなかに封印してあるっスよ。うどんに入れて食べる気にもならないし。
あげるっス。あげだけに」
「オーサ! マッツ!」
ドルリラはあわててその油揚げを抱え込んだ。
「それから報告しとくっスよ、王さん。あんた王さんだよね。
エンジバラ領議会の連中は十把一絡げにして、こんなふうに、あぶらげに入れてオレが預かってるっスから。
人質っつーか、あげじちっていうか、まあそんなかんじっスから。
つまりエンジバラは事実上オレの支配下にあるってわけっス」
「!!」
「でさ、ワルジャークさん。ペパーミンガムに行ってるヒュペリオンは戦果報告まだなんスか?」
「時間の問題だろうな。…それにしても…さすがだ。よくやったレウ」
「えへへへ、邪雷王さまのためだと思ったら出来ないことは何もないっスよ。ワルジャークさん」
少女は、頬を染めて照れた。
「…ドルリラ、わかっただろう。さあ、決断を急げ。答えろ!」
ワルジャークが催促した。
「わああああああああああああああああ!!!!!」
ず ざ ん ! !
エウイアアーチローズガーデンに咲く、白以外のバラが、そのとき一気に散った。
ケンヤ=リュウオウザンが、一気に風陣王を振り下ろしたのだ。
その日最大の爆風が起こった。
正門エウイアアーチは砕け散った。
初代騎皇帝エウイア像は砕け散った。
エウイアアーチローズガーデン開園記念碑は砕け散った。
正門前・門番詰め所1号棟は砕け散った。
爆風が止むのにどのくらいの時間がかかっただろう。
ごううううううううううううううううううううううううう………
「これが…答えだ」
爆風がやまないうちに、ワルジャークにドルリラが言った。
ワルジャークは無傷だった。
黒師匠ディルガインが傷ついたその身でワルジャークを抱えて回避したのだ。
「私は敵の攻撃を避けるのが嫌いなんだがな、ディルガイン」
「知っています…ですが…ワルジャーク様に傷がつくのは…嫌なんです…」
「フッ…」
ワルジャークは、仕方のない奴だ、という顔でディルガインに微笑んだ。
黒獅将ディルガインは、確信した。
自分は、風帝の攻撃を避けられると。
一方、白狐帝レウは…うずくまっていた。つまり…攻撃を受けたようだ。
レウは…ゆっくり…立ち上がり、肩からの出血を確認した。
傷口は… ブルーファルコンの形状になっていた。
「…ケンヤ…リュウオウザン…」
きっ、
白狐帝レウは、立ち上がってケンヤを見て、
「ばかあ!」
少女は、少年を罵倒した。
「こっ…この身は、邪雷王様の子を産むための身。
そ…それに…剣波を浴びせたんだっ…、あんたはっ!」
「それが、どうした!」
「こんなのが…跡になったら、
ど、ど、どうすんだよ!どぅ…!!!」
少女の目から涙がぽろぽろぽろこぼれだした。
「え…」
ケンヤは少し、焦った。
「じゃ…邪雷王さまの言ってたとおりだ… 風帝って最悪だ…
風帝なんて、全員しねばいい…ッッ! 狐純白波波(こずみしらなみは)ッッ!!」
白い波動が九つ、きりもみ状にケンヤに放たれた。
あのときの…あの技だ…
ケンヤは、そうは思ったが、しかし、なにもしないで済んだ。
レウの取り乱した様は、そのまま波動に現れた。
九つの波動は八方に分かれ、無茶苦茶な方向に飛んでいき、誰に当たることもなくロンドロンドの王宮の八方で爆音を放った。
九つのうち八方に分かれなかった残り一方の波動はワルジャークに当たった。
ワルジャークは、あえて避けなかった。
避けないことによって、レウがどう行動するのかということを、ワルジャークは知っていたからだった。
「ああっ…ワルジャークさん…!
サーセン!ワルジャークさん! サーセン!」
ワルジャークに、目を真っ赤にしたレウが寄ってきた。
レウは大変慌てて、ワルジャークに回復魔法をかけたり、ワルジャークのヤケドを舐めたりした。
ワルジャークは間近でそんな作業をするレウの肌をじっと見て、レウの受けたダメージを観察し、冷静にケンヤの攻撃力を推し計った。
ケンヤは、防御に秀でたレウを斬った。
「シーザーシールド」と呼ばれる、鉄壁の魔法制御防御装置の防御網をいとも簡単に破り、出血させるまでのダメージを与えたのだ。
ダメージを与えた、といっても白狐帝レウは、3大魔王たるワルジャークやワイゾーンに次ぐ実力を持つ、邪雷王シーザーハルトの片腕さえもつとめた魔王だ。
レウは少女ではあるし、このようにシーザーハルトに関わるトラブルが起こるとどうしようもないが、本来レウは恐るべき熟練の実力者なのだ。
そんなレウにとってこんなダメージなど、まったく問題がない。
ここでワルジャークが危機感を感じたのはレウの心身のダメージに、ではなかった。
ケンヤが一斬で「シーザーシールド」を破ったことに、ワルジャークは戦慄したのだ。
レウにとって残念な話だが、当時、邪雷王シーザーハルトにとってレウは恋愛対象ではなかった。
だが、それでもシーザーハルトは最大限、レウを守った。
シーザーハルトは何人かの妻を作っていたし、子供もいたが、その誰よりもレウを守っていた。ワルジャークはそのことをよく知っていた。
それがこの無敵ともいえる防御システムを備えたレウの鎧だった。
当時の蒼い風ジン隊も、邪雷王を封じることは出来たが、レウを攻略することは出来なかった。
それを、このケンヤは…。
そうだ…
ブルーファルコンを、ロンドロンドから遠くへ離し、
それからロンドロンドを獲れば、面倒はない…。
ワルジャークは大きな決断をした。
作戦を変えねばならない。
「よし…ドルリラ。
私はワルジャロンド宣言の内容を改訂するぞ。
この国を私がワルジャロンドに変えるのは…少し延期してやろう」
「!?」
なんと、あっさり「ワルジャロンド建国」は延期された。
「そのかわり…といってはなんだが。
私は、魔王というのは普通、姫をさらうものだと思うのだが、どう思う?ディルガイン」
ワルジャークはそう言って、ディルガインに目配せをした。
そして、
「考えが変わったら連絡をくれ、ドルリラ」
と言って、ひゅぱっと。
天翔樹の葉を投げ、ワルジャークが退場した。
「あんた…絶対許さないからな、ケンヤ!」
泣きべそをかきながら、レウも退場した。
自らの失態で、尊敬する主に拳を放ってしまったレウは、そそくさと主についていくしかなかった。
だっ!!
ケンヤとアルシャーナとガンマは、一気にレルリラ姫に向かってダッシュした。
ワルジャークがディルガインに何を言ったのか、わかったのだ。
それは、ほんの数メートルの距離だった。
だが、追いつけなかった。
「きゃああああっ!!」
レルリラ姫を抱えた黒獅将ディルガインは、
「さらばだ!」
と言って、退場し…
退場し… し…
……退場しようとしたが、出来なかった。
ディルガインは魔法力も尽き、先だってのドサクサでアイテム袋も失っていたのだった。
「くそう!!」
手負いのディルガインは、おもむろに猛スピードで、レルリラ姫を抱えたまま、四本の魔獣の脚で駆けだしていった。
「は、はなしなさいディルガイン! はなすのですっ! はなせばわかります! はなしあうことがわたくしたちには大切なのです!」
ディルガインは猛然と走る作業で忙しく、またレルリラ姫の髪の毛のボリュームがあまりにも多くてかつぎにくい、ということもあり、とてもではないがレルリラ姫の「はなしあいの交渉」に耳を貸す余裕はなかった。
ディルガインが駆け出すと同時に、ケンヤとガンマとアルシャーナも、出来る限りの猛スピードで走った。
走った、走った、走った。
行きに歩いた、参宮ロンドロンド街道を猛然と走った。
しかしどんどんディルガインは、遠ざかってゆく。
「くそー! ディルガインめっちゃ速い!」
「ずるいなあいつ!合計四本の脚があるから!」
「そんなこと言ったら俺たち三人で六本も足あるのになんで追いつけないんだよ!」
「三人だったら合計八本じゃないの?」
「なんで?」
「…なんでもない…計算間違えた…」
「あれ?おいガンマ、オレの計算合ってる?」
などとケンヤとアルシャが言い合いながら猛スピードで走っていると、ガンマがいないことに気付いた。
運動能力のないガンマは、遅れてしまったのだろうか。
そこに!
そんなケンヤとアルシャーナを猛スピードで追い越し、立ちはだかった存在があった。
「2人とも、オレの背中に乗れ!はやく!」
それは、竜のトムテだった。ガンマもちゃっかり上に乗っている。
「さっき、乗せてもろてん」
蒼いそよ風の猛追撃が、はじまった。
《つづく》
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