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#9 魔獣の心拍


 バシュン!
 黒獅将ディルガインは、自らが発する異音を聞いた。

 バシュン!
 まただ。

 バシュン、バシュン、バシュン!!
 それは、少しづつ加速した。

 バシュンバシュンバシュンバシュンバシュンバシュン!!

 それは、心音だった。

 それは、魔獣に変えた身の「仮初めの心臓」が、せいいっぱい奏でる、恐怖の証だった。

 ディルガインは震えつつも、
 ぎん、
 と、その先にある元凶を睨んだ。

(わたしよ…。恐れているのか?
 禁断の魔法を得た今や、わたしは魔王にすらなれる身ではないか…いやいやいや、何を思っているのだ。
 わたしは魔王だ。すでに魔王だというのだ。もはや「魔王にすらなれる」どころのお話ではないのだ。
…この音がその証だというのに…!)

「どわーっはっはっはっは!」

 バシュンバシュンと恐怖を感じている気持ちを振り払うかのようにディルガインは、不自然に笑った。
 そしてなるべく豪快に聞こえるように、せいいっぱい叫んだ。
 「魔王」としての過剰な自覚が、黒獅将ディルガインを薄く装飾していた。

「ははははは…邪魔をするな小童(こわっぱ)ども…! 貴様らのような孤児どもに何が出来る!」

 そう言いながら、同時に(何かが出来てしまったらどうしよう)とも思い、ディルガインのバシュンバシュンはますます膨れあがり、さらにその気持ちを三倍速で振り払うように叫んだ。

「去れッ!」

 ここでディルガインは、血祭りにしてくれるわ、と言いたかったのだが、言えなかった。
 たったいま残虐に聖騎団を惨殺したばかりのディルガインだったが、それは、無理をしていたのだ。
 だから、こういうときにこうやって、ボロが出る。

「去らないッ!」

 さあっ。
 ケンヤが叫び返すと、ケンヤを中心に風が起こり、王の間の両脇で旗がはためいた。

 ブルーファルコンの存在が世界を滅ぼす、という考え方。
 その脅威の起こる可能性を少しでも減らせるよう「風帝を支えうる存在を排除すること」が、ディルガインにとっての正義だった。

 しかし、その脅威自体が目の前に現れてしまったのだ。

 ディルガインは今日、風帝を倒しに来たわけではない。

 ディルガインは今日、風帝を支える可能性のある存在を排除しに来ただけなのだ。

 こうなってしまうともう、いっぱいいっぱいになっている自分をなんとか取り繕うしかない。

 はっ。
 そこでディルガインは気付いた。
 本来の目的…「王宮の征圧」を思い出したのだ。

 しかし騎皇帝ドルリラ王は、いつの間にか消え去っていた。

 ディルガインがケンヤの登場に当惑していたほんの一瞬のあいだに、ドルリラ王は消え失せていたのであった。

「去ったッ!」

 いつの間に去ったのだ!王は!

「おん? あれ、アルシャ、ガンマのやつどこいった?」
「あっというまに王様を抱えて避難させてたよ、ケンヤ。さっき見えなかったのか?」
「よく気付いたなアルシャ。オレは、なんかさっき、みんなでケンヤ=リュウオウザン!とか言い合ってたから気付かなかった」

「そういやなんかガンマのやつ、この部屋はいったとたん急に顔色わるくなってたな…」

「…血が…多いからな、この部屋」

 ケンヤはそうアルシャーナに返事しながら、それでもガンマはさすがだな、と感心した。

 ガンマは幼い頃の体験から極度の流血恐怖症だった。
 そんなガンマには、この王の間に横たわる聖騎士たちの赤き亡骸は耐えられなかったことだろう。

 そして騎皇帝ドルリラ王はいままさに殺害されようとしていたところだったのだ。
 だがガンマが王を避難させたことによって、ディルガインの今回における本来の目的は達成が難しくなったのであった。

 ケンヤが敵を指さした。

「ワルジャークを出せよ、ディルガイン」

 この子供は…このクーデターの首謀者がワルジャーク様であることを知っているのか…。
 だろうな、ともディルガインは思ったが、その反面でよくも知っているものだという驚きもあった。

「出て来いよワルジャーク…どっかでこれを見ているんだろ?…ワルジャーク!」

 風によってはためくウイングラード国旗は、風を受けてぴんと四角形の姿を示していた。

 予想外の事態を改めて把握した黒獅将ディルガインは、激しく波打つ自らの胸を押さえ、ゆっくりと息を吐いた。 

 この動転を抑えなければならなかった。

 同僚たち…レウやヒュペリオン、それに「あの子」を含めた「ワルジャークの4本足」の中で、ディルガインはナンバー4におさまっているわけにはいかない。

 ルンドラの領主として、ディンキャッスルの城主として、そして黒獅将として、痴態を晒すわけにはいかない。

 バシュン…
 ばしゅん…
 どくん…
 とぅくん…
 くん…

 落ち着け落ち着け…。
 そして黒獅将ディルガインは変身を解いた。

 魔獣の姿は、しゅるしゅると姿を変え、再び弱冠二十歳の青年領主…「ディルガイン公」が姿を現した。
 といっても、まもなく領主の座は剥奪されるはずだろうが…。

 ともあれ、自らの支配するルンドラの民、そしてウイングラードを含む全ドカニアルドの民たちの平和は、ここでの自分の行動にもかかっているのだ。
 それが政治だ。
 ディルガインはそう考えた。

「なあ坊や。すこしおじさんと話し合いをしてみないか」
 そういって、作り笑いをにやりとしてみせた。

 ディルガインは弱冠二十歳だが、あえて自らをおじさんと称し、ケンヤを坊やと称した。
 ケンヤに自らが大人であることを示し、すこしでも優位に立たなければならなかったからだ。

「話はいいからワルジャークを出せよ…!」

 そう言ってケンヤは、きり、とディルガインに顔を向けた。
 さっきまで「小童(こわっぱ)」と言っていたのが「坊や」になった。
 いきなりそう、取って付けたようなことを言われても通用しない。

「どわっはっはっは!!」

 また不自然な笑いをはさみ、構わずディルガインは語りはじめた。

「なあ… 考えてもみるんだ、坊や。
 坊やは、みんなが幸せに暮らすのと、みんな死んでしまうのとどちらがいい?」

「…みんなが幸せに暮らすほうがいいよ」

「はん。そうだろう? …じゃあ質問だ、坊や。
 もし誰かが犠牲になることでみんなが幸せに暮らせるというのなら、その誰かは犠牲になるべきだと思わないかな」

「犠牲って…なに?」

「犠牲は犠牲さ。どうなんだ坊や」

「その犠牲っていうのが、王様や、聖騎士のひとや、オレの父さんたちだっていうのか?」

「はははは……坊やのことだよ。ケンヤ」

「オレのこと?」

「そう。それからそして…、坊やを守ろうとする人たち…それが、そう…その、ドルリラ王や蒼い風たちだ」

「……」

「ブルーファルコンがあると、世界は滅ぶんだ」

「滅ばないよ!」

「滅ぶ!」

「滅ばないさ!」

「滅ぶといっている!」

「滅ばないとしたらどうするんだよ!」

「滅ばないとしても、それは神様のおもちゃだ!
 ブルーファルコンは人間の子供のおもちゃにしておけるようなものではない!」

「違う…ディルガイン!これは…世界を守るための、ちからだ!」

「どわっはっはっはっは!
 坊や、きみは子供だからなにも知らないだけなんだよ」

「え…」

「坊や、おじさんは大人だからそれがわかるんだよ」

「わかるの?」

「はん…。わかるとも。
 おじさんもルンドラっていう国の王様なんだ。たくさんの国民のみんなから支持されているんだ」

「そんな…そんなこと…」

「なんで支持されてるかわかるかい?」
「なんだよ…」

「おじさんが、風帝なんかない世の中にしようってルンドラのみんなに言ってるからだよぐおわふうううっつつつっ!!!!」

 どう!

 アルシャーナがディルガインの後頭部に蹴りを入れた。

「うっせぇジジイ!」

 アルシャーナに必殺の蹴りを入れられたディルガインは崩れ落ちた瓦礫の山に上半身を突っ込んで、びよよんと突き刺さった。

「柿Ξ脚(かきくうきゃく)…。了蹴(りょうしゅう)!」

 と、アルシャーナは奥義名を名乗ったが、ディルガインの頭部はこういう事情で防音設備が整っていたので、ディルガインはその技名を聞くことはできなかった。

 ドゴン!
 と土煙や轟音。

「ペースにはまってんじゃねーよ大将」

 そういってアルシャーナは、こつ、とケンヤの頭を小突き
「いまのを、政治家の口車に乗せられたっていうんだよ」
 と、あきれた。

 アルシャーナは続けた。

「邪雷王シーザーハルトも砕帝王ワルジャークも、
 罪もないひとをたくさん殺した。
 そんな悪党をやっつけるのが、あたしたち、蒼いそよ風の使命なんだよ。
 政治は政治家がすればいい。
 だけど身勝手な破壊や殺戮は許せない!
 …そうだろ、大将」

 そう言ってアルシャーナがケンヤに笑顔を見せた。
 そうだ、とケンヤは思った。
 それからアルシャーナの笑顔にすこし高揚を覚えた。

「…サンキューな、アルシャ」

 そうだ。それで十分だ。

「そうですわ。それで十分ですわ!」

 そこに、レルリラ姫が現れた。
 ぴちくりぴー(鳥)も現れた。
 せっかく王様を避難させたのに、今度はお姫様と鳥が現れてしまったのであった…。

「面(おもて)を上げなさい、ディルガイン」
 黒獅将ディルガインは瓦礫の中に上半身を突っ込んでいて、なにやらモゴモゴ抜こうとしていたが、なかなか抜けずにいた。

「面(おもて)を上げなさい、ディルガイン」

 モゴモゴ。

「面(おもて)を上げなさい、ディルガイン」

 ディルガインはこれ以上のモゴモゴは面倒に思い、ガラガラと瓦礫ごと上半身を起こしたあと、再び魔獣の姿に変身した。

―――――――ゴウン!!!!――――――

 ディルガインは再び魔獣へと変わり、轟音がロンドロンドの王宮中に響き渡った。

「わたくしはあなたにさきほど、面(おもて)を上げなさいとは申しつけましたが、面(おもて)のデザインを変えなさいとはひとことも申し上げておりませんのですわよ、ディルガイン」

 ディルガインは魔獣となったまま、ただじっとしていた。なにかを考えているのだろうか。

「それにしても蒼いそよ風の皆さん。

さきほどのお話、感心しましたわ、皆さんはいつもそういう強い決意で日々、このドカニアルドを守って下さっていたのですね。

素晴らしいですわ。…それに引き替え…」

 うしろで執事のジージが、なにやらレルリラに安全なところへ戻るように説得をしているが、レルリラ姫は構わず演説を続けた。

「それに引き替え、あなたはなんということなのですか?
ディルガイン!

 ルンドラは国ではありません。ルンドラはわがウイングラードの一地域です。
 確かに…ルンドラの中にはあなたや、故・ワルジャークたちのように、独立を求める方たちがいることも知っています。  その意見があることは認めます。

 しかし、その意見を通したいならば、なんのために騎皇帝王国議会はあるのですか?

 あなたは政治家なのでしょう。でしたら政治で訴えたらどうなのです?
 それを…それをいったいなんなのですか、この有様は。

 ユクシやカクシは我が国をずっと守ってきた偉大な人です。断じてあなたに殺されるべき理由はありません。

 理不尽な暴力での独立など、ルンドラの中でも善良な民たちは望んでいないはずです。そう…わたくしは信じています。

 かつて、故・砕帝王将ワルジャークは、ルンドラを拠点にエウロピアおよびウイングラード全土を支配しましたが、当時の蒼い風に倒され、ここロンドロンドで処刑されました。それが悪のたどるべき末路だったからです。

 どのような大魔王が来ようとも…、たとえワルジャークが再び霊魂を拾われ復活していたとしても、わたくしたちは決して屈しません!」

 そこでレルリラ姫は演説を止めた。

 黒獅将ディルガインが跪いたからであった。

 それに合わせてディルガインの胸の獅子がのどを鳴らした。ゴロゴロ…と。

 そして
「わかりました…レルリラ姫…」
 ディルガインはそう言った。

「わかってくださったのですね、ディルガイン」
「いえ…」
「!」

「あなたがわからずやであり、死ぬべきだということがわかりました!! 正義のために!
 黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)!」

 グォアオ!
 そう、手のひらを返すようにディルガインの胸の獅子が吠えると同時に、すっかり破壊された王の間の破壊がさらに進行する事態が引き起こされた。

 獅子の手のひらを返すと肉球が見える。
 獅子の手のひらを返すと肉球が見えるので、この事態はこれすなわち、「肉球の事態」と言えるだろう。今考えた造語である。

  ザゥォァガカカカァァァァァァッ!!!!

 肉球の事態が起こった。

 激しい熱、衝撃、天井の破片、音、光、爆風。
土煙(つちけむり)、もうもうと。

 レルリラ姫は目を開けた。

「レックス!」

 そこには…
 聖騎士レックスが竜のトムテにまたがり、黒獅将ディルガインの獅子の牙を受け止めていた。

「正義に謝れ…。
 そう、さっきカクシさんに言われただろ?
 もう一度オレが言ってやるよディルガイン!!

 正義に、謝れ!」

「どわっはっはっは!聖騎士レックス…
 くどい男だな…!
 しかし…黒獅子牙襲撃(ブラックレオファング)を受け止めるとはな…!」

「へん…。宇宙一清純でけがれなき天使に、馬鹿が牙を向けたとあっちゃあ、男レックス、受け止められねえでおれようかってなもんだ!こーの、スットコドッコイがっっ!」

 と、レックスとトムテがディルガインを睨んだ。

「はん…。寝ていればよかったものを…」
 ディルガインは口角を上げ、啖呵を嘲笑で返した。

 ケンヤは、そんなレックスとディルガインのやりとりを見ながら、
ディルガインの攻撃とレックスの防御のクオリティの高さに衝撃を受けていた。

 そして魔王の王の配下の技、そして下界の誇る聖騎の壁。
 どちらも想像を遙かに超えるレベルの技だったのだ。

 しかし、こうも思っていた。
 このレベルは高い。しかし、このレベルであれば、自分も十分通用する、と。

 レルリラ姫は、さきの一瞬の恐怖から解き放たれた安堵から、涙を浮かべていた。

「ありがとうレックス…」
「レルリラ姫…。ありがとうというのは、つまりそれはオレと結婚してくれるって意味ですよね?」

「違いますいやですキモイです。
 でも、ありがとうレックス。
 あなたは…わたくしの命の恩人です」

「それはやっぱり本当はOKという意味ですね?」

 姫はレックスの額に無言でチョップを入れた。
 さっきの涙は、マッハで引いた。
 レックスはディルガインをにらみながらレルリラ姫に言った。

「さっきのはユクシさんが…倒された技なんです…」
「…ユクシが…」

「ええ。同じ技でオレの大切な人を殺させるようなことは…もうさせませんよ。姫」

 レックスの笑顔にヤケドが目立つ。よく見るとレックスは随分とダメージを受けているようだ。

「わたくしたちは今日、大切な聖騎団をふたりも失ってしまいました…。
 あなたもひどく負傷しています…もう、休んでいて下さい、レックス」
「姫…そこまでオレのことを…」
「ちゃうちゃう」

 レルリラ姫の呆れはもはや、ナニワルチア語でつっこむ域にまで突入していた。

「休めと言われましてもそうはいきませんよ姫…。
 いまこのロンドロンドにいる聖騎士は、オレだけなんですから。
 アッカ隊長とキャロットはペパーミンガムに行ってるし、
 オーサとマッツはエンジバラに行っている…。
 そしてユクシさんとカクシさんはこんなことに…。
 それに、このガキたちだって、かつての蒼い風みたいに戦えるようになるにはまだ幼すぎるでしょう。無理ですよ」

「レックス、あなたはさっきのアルシャーナさんの蹴りを見なかったのですか?」
「?…そのときはまだ寝てましたが…」

「レックスさん」

 ケンヤが言った。

「じゃあ見てくれよ。戦えるかどうかを、さ」

 ひゅっとケンヤがレックスに何かのビンを投げた。
 ぱし、

 レックスがケンヤから受け取ったビンは、ポジル社のHP回復ポーションだった。

「クソガキめ…見せてみな…」
 レックスは座り込むトムテの背中に、ベンチに掛けるように座り、ポーションのビンのフタをぱしゅっと開けた。

 その「ぱしゅっ」と擬音を同じくして、
 ぱしゅっと。

 ケンヤは片腕に装着された、ウイングガントレットという名の柄(つか)を取り外し叫んだ。

「風陣王!」
 すると輝きを放ち、柄(つか)から輝く刀身が姿をみせた。

「戦士剣…風陣王…!」
「!」

 ディルガインは一目でわかった。
「…それはジークニウムだな…」

「風陣王っていうんだ」

 その刀身は、意思制御により発生させる金属・ジークニウムで生み出されたものだったのだ。
 つまりそれはこの「風陣王」という剣が、神託の神器であるという証であった。

 かつての初代風帝・フウラが持ったという伝説のジークニウムの武器「フージリオン」。
 おそらくこれは、それか、もしくはそれにまつわる神器なのだ。

 バシュン!

 バシュン、バシュン、バシュン!!

 バシュンバシュンバシュンバシュンバシュンバシュン!!

 ディルガインの魔獣としての「仮初めの心臓」が再び、恐怖の心拍を奏でていた。

「ディルガイン」

「…なんだ…、小童(こわっぱ)」

 もう、坊やとは言わない。

「あんたがもうすこし卑怯なやつじゃなかったら…オレ、さっき、あんたにだまされてたかもしれない」

「はははは…そうか…」
「だけどあんたは、卑怯だし、小物だ」
「はん…。だから騙されないというのか」
「ああ。だから騙されない」
「だから斬るのか」
「斬るよ」
「ワルジャーク様も斬るのか」
「斬るよ」
「はん。われわれを斬ったら、世界が滅ぶぞ」
「滅ばないよ」
「滅ぶさ」
「滅ばないったら滅ばない!」
「滅んだらどうすんのだ!」
「どうするもこうするもないよ」
「どわーっはっはっは。どうもならん。どうもならんぞ?」

「ああもう、しつけー!」

 ケンヤが風陣王を一振りした。

 ズゴウン!!

 ディルガインは、その身を魔獣に変えていたことに感謝した。
 四本の獣の脚力が、ディルガインの回避を成功させていた。
 間一髪で避けられたのだった。

 ディルガインの避けた先には、粉々に砕け散ったブロンズ像が残骸となっていた。
 荘厳な宮廷美術家・パブモト=ピカローが荘厳に荘厳を重ねて、荘厳に六十年かけて製作した、荘厳で幾何学的なブロンズ像「荘厳」が、荘厳なまでに粉々に砕け散っていた。

「やった、避け…ぐおわふうううっつつつっ!!!!

 どう!
 アルシャーナがディルガインの腰椎に蹴りを入れた。

「飛んでけジジイ!」

 ディルガインは抜け落ちた天井の穴から、天高く吹き飛ばされた。
「柿Ξ脚(かきくうきゃく)…。了蹴(りょうしゅう)!」
 本日二度目の柿Ξ脚であった。

「ガンマのほうに蹴っておいたよ大将」
「わかってんな、アルシャ」
「まあね」
「よしアルシャ、外に行こ。ガンマと一緒にとどめ差そう!」
「ああ!」

 ガンマと一緒に、というところがケンヤのいきついた結論だった。

 先ほどのやりとりを経て、ディルガインのようなタイプは、どうにもケンヤには相性が悪いということを味わって、ケンヤは若干懲りていた。

 それは戦力的な問題ではなく、精神的な問題としてである。

 これまで、ケンヤに向かって魔王たちが投げかけてきた言葉に、ケンヤは随分傷ついてきた。
 滅入っていた。
 滅入り慣れているといってもいい。

 「風帝の存在がこの次元を滅ぼす」という思想は、どれだけ否定してもケンヤ自身を苦しめていた。

 しかし、それでも、
 ケンヤは戦えている。

 仲間に支えられ、支え、
 信じられ、信じ、

 そうではないんだ、と思える。

 だからケンヤは、苦しいけれど、それでも、大丈夫だと思った。

「レックスさん、あとは…任せな」

 そう言って、ケンヤとアルシャーナは、そのまま外へディルガインが天井を超えて落ちていった方向へ、王の間を抜けて駆けだしていった。

「レックス。
 あなたはアルシャーナさんの蹴りを見ましたか?」

「今度はしっかり見ましたよ、姫」

「さっきの風陣王の一斬も、見ましたか?」
「見ました見ました」

 にっこりとレルリラ姫はレックスにほほえみ、
「ね?」
 と問いかけた。

 それでレックスは
「ええ」
 そう答えた。

 そうなのか。そういうことなのか。
 そうレックスは思った。

 姫の涙が感染したのか、レックスにも少し涙が出た。

 さっき飲んだポーションが急速に身体を回復させはじめ、その心地よさと、極度の緊張から脱出した脱力感で、レックスは一気に心身のちからが抜け落ちるのを感じた。

 オレは、生きられた。

 そう思ったあと、「残された者」としての想いがレックスを巡った。
 そうだ…今日からオレ、ユクシさんの息子さんを育てるんだ…。 ペックって言ったよな。ユクシさんの息子さん。
 あっ、そうだ…息子さん…なんてよそよそしいんじゃ駄目だ。
 「ガキ」でいいんだ。

 だってペックは今日からオレの家族なんだから…。

 そんなことを想いながらも、レックスは、そのまま再び、眠るように気絶した。

 竜のトムテに救護室に運ばれていく聖騎士レックスの表情は、ほんのりとした安心感につつまれていた。
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