#1 ロンドロンドまで
野道。一月。
ヨウセイツツミの花なんか咲いて。
遠くで鐘の音、お城も見えた。
ここは下界(ドカニアルド)。
下界暦にして、九九八五年。
ケンヤ、ガンマ、アルシャーナ。
少年ふたり。少女がひとり。
三人の「蒼いそよ風」が、参宮ロンドロンド街道を吹いていた。
「おん?」
ふと、少年のひとり・ケンヤは、フェニックス(?)をかたどった、木製の古い立て看板に、呼び止められるように歩みを止めた。
〈ロンドロンドまで三キロナメトル〉。
バカッツラに造られた、ギョロ目の鳥型の看板。
(覚えがある。こいつ…)
ケンヤは忘れもしなかった。
(四つんときだ…。…あれはもう…五年前だ…)
まだ、ケンヤが前線で魔王と戦いはじめた頃だった。
親父におんぶされて、薄暗がりの、戦場からの帰り道。
肩のキズに、鎧の重さが食い込む痛み、そしてそれが言いだせない…歯がゆさと。
四つにもなって親父なんかに背負われるのを、「蒼い風」の隊のみんな(特にアルシャーナ)に見られる…恥ずかしさと。
なんか、親父が親父なのに親父のくせして、少し、泣いていた…情けなさと。
倒した魔王が、死に際に言っていた言葉の…やるせなさとが。
ハガユサ・ハズカシサ・ナサケナサ・ヤルセナサ。
ハガユサ・ハズカシサ・ナサケナサ・ヤルセナサ。
ケンヤの頭のなかをグルグル回る、その中で。
ギン。
ケンヤは突然、闇に鋭く、謎の眼光と、目が合った。
ケンヤは、びくんと、恐怖した。
フワ、
背筋に、精霊が働きかけて、ケンヤのなかから、風が起きた。
血で、素肌に張りついた肌着を、ぱりっと剥いた。
鎧が、風で浮き上がって、その間なんとなく、痛みが和らいで…、
すぐに、ただの看板だと、気付いた。
まだ読めなくても、文字とは判った。
〈ロンドロンドまで三キロナメトル〉。
ずしっ。
風が凪いで、鎧が重さを取り戻した。
忘れられようはずもなかった。
(オレは、かぜを、おこせるんだな。
ああ、やっぱり、そうなんだ。
やっぱりオレは、じぶんのなかに、かぜのもとを、かってるんだ)
ケンヤの中にある、風の意思。風のちから。
これを、ブルーファルコンといった。
『風帝は…、そのガキは、この次元すら滅ぼす、最大の悪…!いてはならん存在だ…!』
あの魔王の死に際の言葉だった。
やるせなかった。
ケンヤは今後、同じ言葉を何度も聞くことになる。
怖いものならたくさんあった。
高いところ。その下。厳しい修行。魔王。父親。長老。母方の祖父。冷たい大人。空を飛ぶこと。空を飛ぶ乗り物。吊り橋。計算。死。こわい絵。この看板。
…幾つかは克服し、幾つかは今でも恐怖だった。
(一番怖いのは、オレだ)
それでもケンヤは、こう思った。
何度も、何度も。強いインパクトとともに、思い続けてきた。
自分のこの風に、魔王たち、物、人、欲望、伝説、力、死、事件、絶望、希望、あらゆるものが群がってきた。ときには、この風に対抗して、圧倒的な力をもって…!
そして、約二年前。周りにいた父たちは、母たちは、長老は、そしてたくさんの大人達は、滅ぼされた。
彼らは、「守るべきものを守る」ことを引き換えに、散った。
数多くの魔王達の中心的存在である、邪雷王シーザーハルトとの戦いの果て…。
三人の子供達を残して、戦隊「蒼い風」は、壊滅した…。
ケンヤ、ガンマ、アルシャーナ。
それからずっと、三人で、旅して、生きてきた。
悪いやつらも結構やっつけた。
どうしても死にそうなピンチになった時だけ、ザスタークと名乗る、謎の仮面のおじさんが現れた。
ザスタークさんは、いつも文句を言いながら、敵の弱点のヒントを教えたり、お金を払ったり、ごはんをつくってくれたりしたけど、ケンヤ達が大きくなったので、最近は、たまにしか来なくなった。
ケンヤ達も随分強くなったこともあろう。
正体は、まだわからなかった。
(あのおっちゃんは、幼い少年少女を、ふびんに思った大人の人なのかな…?)
ケンヤには、わからなかった。
〈ロンドロンドまで三キロナメトル〉。
問題のフェニックスの看板。
今では、信じられないくらいのバカッツラに見えた。
(こんなマヌケな看板を怖がってたオレって、ばっかだなあ…)
ケンヤは思った。
看板を思い出すと、連鎖的にこの辺りの色々なことを思い出した。
この野の向こうに見える、ロンドロンド城。
騎皇帝とかいう王様の怖い顔。
有名な聖騎士達。
騎兵の黒くて長い、へんちくりんな帽子。
以外にこじんまりした、ロンドロンドの町並み。
あの頃は幼かったけど、確かに思い出すことができた。
あれから五年、ケンヤ九歳。
鎧の着用に、ストレスを感じることはなくなった。
ケンヤ=リュウオウザン。
黒い髪。黒い瞳。
父の形見のハチマキは、勇気の証。
鎧の胸には、ブルーファルコンをかたどった青い紋章。
背中には、刃身も鞘もない剣の柄(つか)、戦士剣・風陣王。
身にまとうエレメンタルは、「神風(カミカゼ)」。
そして、魂にはブルーファルコンの紋章が刻まれている。
一四歳の元服には、戦士(ファイター)の称号を名乗るつもりだ。
「風帝」と呼ばれる、伝説の戦士。
ケンヤは、その風帝に目覚める過程…、「準風帝」という段階にあった。
「リーダー」
間抜けな看板の前で、間抜けにボケラッとしているケンヤを、もうひとりの少年、ガンマが呼んだ。
「おん?」
ケンヤが振り返ると、見慣れた青い髪。つい、目が合ってしまった。
ケンヤの中に、ガンマの優しさがとびこんできた。
伝わってきた。じわり。
ガンマは、
“もう…、これを恐れる必要は、あらへんよな?”
と、目で語ってから、
「いこか」
と、にっこり笑み、ケンヤに言った。
ケンヤは、見られた、と思った。
自分の耳が熱っぽくなっていくのがわかった。
こんな時の目は、見られたくなかった。照れて、目をそらした。
赤い耳を、ガンマに見られたくないな、と思ってから、ああ、いまさらコイツに何を見られても構うもんか、とも、思った。
それから、大丈夫だ、と思った。ガンマの目に励まされて、今の自分に自信を持った。
安心した。前を、歩きはじめた。
こういう時に、なんて言ったらいいか、知らなかった。
ケンヤは、ふわっと、やわらかな風を吹かせて、ガンマに返事の代わりをした。
とくん。
この風に、ガンマの心臓の鼓動が、反応するのがわかった。
少し、うれしかった。
ケンヤは、ガンマと、目で会話することができた。
互いの心臓の鼓動を感じることができた。
運命の風。
ケンヤの中にいるブルーファルコンの意思は、ガンマを、風帝の使徒のひとり…雷帝に選んだのだ。
ガンマもまた、その雷帝に目覚める過程…準雷帝にあった。
ガンマード=ジーオリオン。
十歳。
魔法が得意。
具体的にいうと、九九八五年現在、下界にはその唱え手は、存在しないといわれている「五文字魔法」をガンマは唱えることができる。
発明、研究、音楽も好き。
世界中の言葉を話せる。
頭がいい。
屈託がない。
血を見るのが大の苦手。
ふわ、
ケンヤのハチマキと髪が、今までと逆向きに流れた。
一文字魔法。ガンマの返事だった。
(大丈夫だ)
ケンヤは改めて思った。
ケンヤはお返しに、もっと強い風をだした。
ガンマも応えて、強くしてきた。
元気がでた。調子にのって、勢いをだした。
びゅうびゅういってきた。あ。そろそろくるかも…。
ズガッ!
きたー。
「スカートまくれるっっつーの…。…了閃!」
ゴスウン。
風が止み。
ケンガン両者、野に埋もれ、ヨウセイツツミの傍らに咲く、二輪の花と化した。
アルシャーナ必殺、柿Ξ脚・後頭喝破閃(かきくうきゃく・こうとうかっぱせん)、見事に炸裂であった。
これならば、例によって、敵に味方に効果抜群。
さすが。一層、技に磨きがかかっておりました。
あいたー…
(…ぱんつを気にするやつが使うような脚技じゃねーだろ、この派手さわ…)
土中で、そう思いながら咲いていた、ケンガン二輪の花々なのだが、それを言うのは、二重に痛いので言わなかった…。
花とは寡黙なもの。
可憐に可憐に可憐に咲こう。
咲きましょう。
「きょーうもたーびしてだーんだーんだーん
あーるいてあーるいていーいかーんじーっ
かーんじをわーすれてれーんしゅーちょー」
「アーナ、そのうたなんなん?」
「今つくったうた。『漢字のうた』」
「わすれとるやん」
ガンマだけは、アルシャーナを、アーナと呼んでいた。
そんなこんなで足取りも軽く。
蒼いそよ風、三人がゆく。
「おー、もうすぐだぜ、大将!やっとだぁ〜ッ!」
「へへ、ハラへったんだろ、アルシャ」
「ま、ナ」
もうひとりの仲間、アルシャーナと会話を交わした。
アルシャーナ=リーフェン。
十歳。
ケンヤのいとこである。
閃空のエレメンタルをまとう。
拳士(クンファー)修行中。
おわかりのように、女の子ながら、この三人で最も腕っぷし強い。
さて、ケンヤ、ガンマ、アルシャーナの三名によって構成される「蒼いそよ風」の目的は、悪を倒し、困っている人たちを助けることにあった。
しかし、さらに核心に踏み込んだ目下の目的は、「蒼い風」を壊滅させた、邪雷王シーザーハルトの思想影響下にある多数の魔王を、全て倒すことにあった。
強大な力をもって民の平和を脅かす悪の親玉を、魔王という。
邪雷王シーザーハルトは長年にわたり、配下や旧敵に、多大な思想的影響を与え続け、多くの魔王を生みだしてきた。
故に彼は、魔王の中の魔王と呼ばれていた。
その邪雷王シーザーハルトが、最も忌み嫌う存在、それが、ブルーファルコンであり、ブルーファルコンをもつ、風帝であり、風帝の強化・サポート機関である、蒼い風であった。
かくして蒼い風は、滅びた。
ケンヤたちがロンドロンドに向かう理由は、先日届いた、ザスタークさんからの一枚の魔報(魔法によって届いた手紙)にあった。
《少年少女よ。ロンドロンドが危ない。ディルガインは魔王と化した。裏にワルジャークの影あり。何事も試練。適切に行動してみろ。油断は禁物。ついでだが、おまけカード目的にチョコを買いすぎるのも禁物だぞ、虫歯になるからな。ザスタークより》
ワルジャークは、かつて邪雷王シーザーハルトの一番弟子だった魔王だった。
そののち、邪雷王と対立した過去もあった。
3人の行動も、ザスタークさんには筒抜けのようだった。
3人とも、お金をカードに使いすぎて反省。このへんまだまだ子供であった。
ウイングラード騎皇帝王国は、主にウイングラード島と、ルンドラ島の2島によって成る。
そのルンドラ島の若き領主を、ディルガインといった。
明日はディルガイン公が、ウイングラードの王・騎皇帝ドルリラに謁見をする日なのだった。
「街だ…」
「日い、暮れるまでに来られて、よかったわ」
「からあげ定食、食おうぜっ」
ケンヤ、ガンマ、アルシャーナ。
「蒼いそよ風」三人、そろいぶみ。
(記憶の通りだ…)
街の眺望を見て、ケンヤは、やはりと思った。
まぬけなフェニックスから、三キロナメトル。
ついについた。ここはロンドロンド。
するするっ。
するするっと、いま。
冒険の幕があがった。
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