「ジャクロス・・・! ありがとうなんて・・・言うな・・・!」
ずぶ濡れのケンヤはその言葉が聞こえた。なのでそう言ったあと、
「あ・・・いや・・・やっぱその言葉、受け取っとく・・・」
と言った。
ケンヤは安らかな死に顔のジャクロスの、雨に濡れた頬の一部を鉢巻ですこし拭ってから、その頬に絆創膏を貼った。
「こいつはその、受け取りのサインだ・・・。
・・・了嵐(コンプレッション)!」
ケンヤは先の十二万年の旅に出る前に、「戦う者のすべてを受け止める」と言ったのだ。ケンヤはそれを思い出したのだった。
そして、堪え切れなくなった。
ケンヤに、涙と能力が込み上げてきた。
絆創膏を剥がしたあとの裏紙のゴミを、くしゃっと握りつぶした。
なにか、大きな声でよくわからないことを叫んでいた。
ブルーファルコン本体を離脱させたケンヤは、ブルーファルコン本体・・・すなわちカミイがそれまで自分のなかに存在していた場所に、彼女の残した風の魂の源の残滓(ざんし)が激しく膨張しているのに気がついた。
まだ・・・風帝(かぜ)の能力(ちから)を・・・使える・・・!
ケンヤは高い空から地上の恋を見下ろし、恋に瞳で言葉を投げた。
「ごめんセシル」
「えっ」
セシルは空を見た。
ケンヤの肉体を破壊して、放射線状に飆(つむじかぜ)が飛び出していた。
それは毛糸玉をこしらえるときの毛糸のように、ケンヤの周りを旋回して大きな球になっていった。
そして、ひゅんひゅんと世界中を風が包んだ。
ドカニアルドを奇跡の風が包んだ。
雨が上がったばかりのドン・グリーランの街中に付着している水滴が、風を受けて少し舞い上がり、陽光を受けてキラキラと輝く。
「風の涙・・・」
セシルは、蚊の鳴くような声でそうつぶやき、思った。
(泣いてるんだね。ブルーファルコンも)
そして、風が吹いた。
左手の甲が光り、オリオンの片方が戻ってきた。
鎧も、元の姿に戻ってしまった。
もう波帝ではなくなったのだ。
そして、セシルは、気付いた。
セシルの中のケンヤの鼓動は、止まった。
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